現代日本に転生したから、魔王のことは俺がよく見張っとく。 

サトー

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その後(2)

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◇◆◇

「嘘だろ!? いくら夏休みだからってこんなに混むのかよ!?」

 なあ!? と、思わず足を止めて見上げた視線の先ではカナタが困ったように笑っている。ちなみにここは、入園ゲートどころか駐車場の入り口だ。チケット売場の前で何十人もの人が蛇腹になって並んでいるのが目に入った瞬間、「これはもうダメだ」となんだかクラクラした。

「夏休みだからね」
「それは、わかるけど……」
「ごめんな、ノゾム。俺の浮き輪をしぼませるのに時間がかかったじゃん。……あれで出発が遅れたからだ」
「……違う。こんなに混んでるなら、たぶんオープンよりもずっと早くに並んでいないといけなかったんだと思う」

 つーっとこめかみを汗がつたう。チケット売場に並ぶ時間を短縮するためにウェブで当日券を買ったとしても、いくつもある入園ゲートの前も混雑している。ゲートを通過した後はぎゅうぎゅうの更衣室でなんとか場所を確保して、プールではみんなで場所を譲り合いながら静かに泳がないといけないだろう。前の人間と間隔を開けて滑り降りるウォータースライダーなんて、いったいどれだけの行列が出来ているんだろうか。

「とりあえず入る? 中に入ってからも並ぶと思うけど……」
「うーん……」

 とにかく暑い。今日の気温は34度だと天気予報で言っていた。周囲を見渡してみると、みんな小さな扇風機を持っていたり、首にアイスノンを巻いている。たぶん、駅やバス停から歩いて移動するだけでも汗だくになることや、当日券を買うために並ぶならかなり待つことをあらかじめ予想して暑さ対策のグッズを準備してきたんだろう。それに比べて、俺とカナタは帽子さえもかぶっていない。


「そ、装備不足だ……」

 過酷な旅を乗りきるには充分すぎるほどの準備が必要だと、魔王を倒すための冒険の日々であれほど学んだはずなのに。……真冬に「これしかないから」と、適当な道具屋で買った毛皮のマントだけを羽織って山を越えようとしたら、突然現れた魔王に「そんな舐めた装備でやって来るなんて、どうやらよっぽど死にたいみたいだな」とボコボコにされて、雪山専用のマントや靴を売っている店の前で捨てられたことを思い出す。


「あ、ああ……」
「ノゾム? なんかすごく難しい顔をしてるけど大丈夫……?」

 夏休みにカナタと二人だけで遠出をするのが嬉しくて、それで、つい浮かれて油断をしてしまった。もっと「何時から並べば一番に入れるんだろう?」「何曜日が一番空いているんだろう」といったことについて調べておくべきだった。このプールを攻略する作戦を真面目に考えていればこんなことにはならなかったのに。

「ごめん、カナタ、ごめん……。俺がプールを舐めていたばっからに……」
「違うよ。俺がシャチを膨らませたから……」

 二人とも謝っているせいで、どんどん雰囲気は気まずくなっていく。俺とカナタの間に流れる空気は冷えているのに、強すぎる日差しのせいで突っ立っているだけでも汗が止まらないし、なんだか頭はぼーっとしてくる。

「こんなに混んでたら、プールの水だって熱いだろうな」
「うん……? うん、そーだな……」
「ねえ、ノゾム。どうしよっか」

 カナタからの問い掛けに俺は黙ったまま首を傾げた。もちろん、すぐにでもインターネットで当日券を買って入園ゲートを通った後は急いで更衣室に向かうべきなんだろう。だって、こうして混雑に圧倒されている間にもどんどん人は増えている。グズグズしている暇なんかないはずなのに……。


「……ノゾム、プールはちゃんと作戦を立て直してからにしよう。きっと今日ははぐれないようにするだけで精一杯だと思う」
「え? じゃあこの後はどうするんだよ……?」
「ちょっとだけ二人になれる所に行こう」

 二人になれるところ、がどこなのか俺にはよくわからなかったし、とにかく暑すぎて考える気力も無かった。だから、「クーラーがある場所に行って休憩しよう」というカナタの提案はとても魅力的だと感じたし、断る理由なんかどこにもない。

「あー……カナタはそれでいいのか? せっかくシャチだって準備したのに……」
「うん。まだまだ時間はあるし、それに俺は、ノゾムと一緒にいられるなら行き先はどこだっていいんだ」
「……うん」

 これは友達としてじゃなくて、ちゃんと付き合っている相手に対して言っている言葉だ、と思うと少しだけ照れ臭い気持ちになった。いつだってカナタは、俺よりもずっと、恋人らしい関係を築くのに一生懸命だ。

「うん。俺も。カナタと二人ならどこでも……」

 ひひ、と照れ臭くて俺が笑うと、カナタもニコッと笑う。
 下調べも装備も不充分、人混みには圧倒されて、暑さには勝てない。……かつて勇者と魔王だった頃に比べたら二人とも信じられないぐらい弱体化しているのに、それを嘆かわしいとは思わない。こうやってちょっとしたアクシデントを、カナタと二人で「なんとかなるよな」と思えたことが嬉しかった。


「道とかは全部俺が知っているから大丈夫」と言うから、俺はひたすらカナタの後をひょこひょこと着いていった。途中、自動販売機でカナタが回復薬だって、ポカリスエットを買ってくれた。
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