現代日本に転生したから、魔王のことは俺がよく見張っとく。 

サトー

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前世の記憶

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「お前に時間をやろう。せいぜいその小さな体を限界まで鍛えておけ。しっかり成長してお前が一人前の勇者になった頃に、俺がこの手で殺してやるさ……」

 おかしくて堪らないといった様子で、魔王はクスクスと笑った。田舎の村で育った俺は、そんなふうに笑う男を見るのは初めてだった。
 この先、たとえ寝食を惜しんで俺が修行をしたとしても、人間の勇者なんか簡単に捻り潰せる、という意味の笑いに違いなかった。
 さっきからずっと握りしめたままの手のひらは汗で湿ってぬるぬるしている。 
 本当に悔しいけれど今の俺ではダメだ。まだまだ勇気も知恵も力も足りない。もっともっと強くなって必ず俺がコイツを倒してやる、と固く胸に誓った。



「……勝手に言ってろ! い、今はまだ子供だけど、勇者の俺がお前のことを絶対倒してやるからな! か、覚悟しろよ……!」

 ……そう口に出来たのは魔王が去ってからのことだった。一応、「も、もういないよな……!?」と何度も周囲を確認したものの、やっぱり恐ろしくなってしまって、その日は宿屋まで走って戻った。

 それからは毎日、日が登る前に目を覚まし、魔王の手下である魔物と戦い経験を積んだ。夜は寝る間も惜しんで古い書物を読み漁り、魔法のことや魔王について勉強した。
 たくさんの本を読んでいると、どれが嘘でどれが本当のことなのかわからないほど、魔王に関する情報は集まった。

 魔王は大小合わせてすでに九つの村を滅ぼしていて、数えきれないほど多くの人間を殺している。その中には偉大な冒険者や戦士も含まれていると言う。最近は静かに暮らしているようだが、再び村を襲い人を殺すようになるかもしれないと言い伝えられている。

 この世界の全ての魔物は魔王の手下であり、日に日に狂暴さは増すばかり。つまり、魔王が直接手を下さずとも、手下を使えばいつでも人間を襲うことが出来るというわけだ。
 魔王はこの世界で最も美しい宝石とされている「プレシャスイオス」になぜか執着していて、それを奪うために手段を選ばず、人々が平和に暮らしていた村を滅ぼしたのだと言われている。
 だいたいどの文献にも書かれていたのは、この三つだった。

 なんて強欲で残酷で恐ろしい奴だろうか。必ず俺がアイツを止める、アイツを許してはいけない。魔王について知れば知るほど俺の心は熱く燃えていた。

 魔王は成長の程度を確かめるかのように「よう、まだ生きてたか」と時々俺の前に姿を表した。そうして、まだまだ半人前の俺をいたぶっては満足して帰っていく。

「ふっふっふ……。お前、いい目付きをしているな。俺をそんな目で見るなんて、なかなか度胸があるじゃあないか……」
「う、うう……」
「お前を殺せる日が待ち遠しいよ」
「クソッタレが……! くそう……、必ず倒してやる……!」

 悔しい、悔しい、悔しい……。涙だけは絶対見せて堪るかと歯を食い縛りながら美しい顔を睨み付けると、魔王はいつだって満足そうに微笑んでいた。
 一度、プレシャスイオスをせっせと集めていることを「プレシャスおじさん」と煽った時だけは激昂した魔王に半殺しにされた。けれど、基本的に魔王は俺をほどほどに痛め付けては、何処かへいなくなってしまう。
 気まぐれに姿を表す魔王に手も足も出せないまま、いいように遊ばれて時間だけが過ぎていった。
 
 時々魔王からは「お前、そんな魔法を覚えたのか、やるじゃないか」「だんだん顔つきが勇者らしくなってきたな」と言われた。その度に「バカにすんな……! ふざけやがって……!」と俺はますます修行に励んだ。
 ……不思議なことに、故郷の両親や「勇者さま、頑張って」と応援してくれる旅の途中で知り合った人々を思い出すよりも、憎くて憎くて堪らない魔王のことを考えている方が、俄然力が湧いてくる。

 そうして、俺の剣や魔法を使った攻撃が魔王に当たるようになる頃には、俺は17歳になっていた。



「ノゾムー、ぼーっとしてんなよ」
「えっ!? わ、やめろよっ……!」

 ついつい昔のことを思い出してぼーっとしてしまっていると、脇腹をカナタに突っつかれた。
 よりにもよって、カナタと二人で歩いている時に油断をしてしまうなんて。原因はわからないけれど、最近は特に昔のことを思い出してぼんやりとしてしまうことが多い。

 魔王を殺し、そして自分自身も死んだ年齢に、そろそろ近付きつつあるからだろうか。それとも、見張りのためにカナタの側にいることが関係しているのか。

 前世の記憶を一気に思い出したのも、高校の入学式でカナタの姿を初めて目にした時だった。あの時は、封印されていた記憶が自分頭の中へ一気に雪崩れ込んでくるような感覚に呆然としてしまって、身なりの点検に回ってきた教師から「顔色が悪い。大丈夫か」と式を欠席することを勧められた。
 
 そうだとしたら、このまま俺と一緒にいることで、カナタは思い出さなくてもいい魔王だった頃の記憶を取り戻してしまうかもしれない。そうしたら、俺は余計な事をしてしまっているわけで……。

「ノゾム、ノゾム」
「あっ、ごめん……。またぼーっとしてた……」
「もしかして、気分が悪い? 昼に食べ過ぎた?」
「べつに、そーいうわけじゃ……」

 どうしたんだよ、と顔を覗き込んでくるカナタは、どこからどう見ても純粋に友人を心配する普通の高校生だった。

「考え事?」
「まあ、そんなとこ……」

 ノゾムが? とカナタはケラケラ笑う。小さな口をしているからなのか、大笑いをしていてもカナタの表情にはどことなく品がある。

 入学式の日もそうだった。別の中学からやって来たカナタは、クラス発表がでかでかと貼り出された掲示板の前で、友達と何かふざけあいながら笑っていた。綺麗な顔をしたカナタはその時からすでに目立っていてみんなの注目を集めていた。
 そして、何もかもを思い出してしまった俺も「アイツだ」とカナタに目が釘付けになった。



「ノゾムの考え事ってなに? 」
「……教えない」
「教えろよー」
「やめろよっ!」

 肩を小突かれただけで、姿も声も性格も話し方も何もかもが変わってしまっているけれど、やっぱりカナタは魔王の生まれ変わりなんだって、何度も戦いを挑んでいた俺にはわかった。

 初めて出会った日から、いつだって頭の中はカナタ……魔王のことでいっぱいだった。


 

 
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