5 / 26
黙っているのにうるさい
しおりを挟む
トウヤが確率の問題を解き終えて顔を上げるとリュカと目が合った。リュカは意味ありげに何度も頷いた後、微笑んだ。
「君、ずいぶん勉強が得意なんだね。先生から聞いていたよりもずうっと優秀でビックリしたよ」
「そう思うならほっとけよ!うっとうしくて集中出来ねーだろうが!」
リュカはパチパチと瞬きを繰り返した後、「君がうるさいって怒鳴ってきたから、その後はずっと黙って静かにしてたよ?」と小首を傾げた。
「静かにしてただって?ずっと、横に座って邪魔してきただろーが!黙っているのにうるさいって、アンタどうなってんだよ?」
「黙っているのにうるさいか……君、面白いこと言うね」
トウヤは本気で腹が立っているのに、リュカは二人のやり取りを「友人どうしの軽口の叩きあい」だと思っているかのように、ケラケラと愉快そうに笑うばかりだった。今すぐコイツを殴りたい、トウヤは切実にそう思った。
そばに黙って座っているだけでここまでうっとうしい人間に会ったのは初めてだった。
「黙っているのにうるさい」……トウヤだって、他の人がそう言っていたら、「いったい何を言ってるんだ?」と不思議に思ったかもしれなかった。けれど、本当にリュカはただいるだけでうるさかった。
勉強を始めよう、と教科書を開いた瞬間からリュカは張り切っていた。やたら教えたがったし、「どこかわからないところは?遠慮なく聞いていいから!……トウヤ、本当に遠慮はいらないよ!」と教科書のページをめくるたびに、目を輝かせてそう言ってきた。
始めは舌打ちや無言で睨み付ける等をしながらも聞き流していたトウヤだったが、五回目でついに爆発して「うるせーよ!気が散るだろうが!」とリュカを怒鳴り付けた。
その時はリュカも肩を竦めてから「ごめんね」と謝った。予習でもしてきたのか、細々とした文字で何かびっしりと書かれたノートを、黙って眺め始めたリュカの姿を確認してから、それでいい、と一人頷いた。
トウヤは、成績が悪いという理由で人から馬鹿にされるのは絶対に嫌だった。だから、寮の自室でいつも隠れるようにして勉強していた。
逆に真面目すぎると思われると、それはそれでからかいの対象になるため、授業中はろくにノートもとらず、「こんなことはとっくに知っていますが」という顔でぼんやりとしてみたり、大嫌いなフィックス先生の授業では居眠りもした。
カイルなんかは「トウヤはろくに勉強しないのに、頭がいいんだもん。ズルいなあ!」とよくトウヤに言ってきた。
自分でも非効率的でバカげているという自覚はあったが、「バカ」や「ガリ勉」といった理由で小突かれている奴が目に入ると、「これでいい」と思わざるを得なかった。
カリカリというシャープペンシルで文字を書く音だけが耳に入ってくる。俺は、今、集中している、と自分でも分かるくらいに感覚が研ぎ澄まされていた。
問題を見た瞬間解法が浮かぶし、手の動きが追い付かなくてもどかしく感じられる程、計算は早く出来た。
どんどん教科書の問題を解き進め、難易度の高い証明問題に取りかかっていると、視界の隅で何かが動いた。顔を上げずに視線だけで、それがなんなのかを確認をする。
リュカの影だった。窓からの光で、リュカの上半身の影が向かい合って座るトウヤの方へ長く伸びている。
……黙って見ているのが苦痛だとでも言うように、ウズウズとして、落ち着きがない。思わず顔を上げるとリュカもトウヤの方を見ていた。
「……わからないところが?」
嬉しそうな顔で囁くようにそう聞かれた。
もしかしたら、ずっとこうやってトウヤのことを見ていて、顔を上げるのを、今か今かと待っていたのかもしれなかった。
「ジロジロ見てんじゃねーよ!気色悪い!」
「フフッ。君って本当に元気がいいね」
俺はそういうの嫌いじゃないよ、とリュカに微笑まれて、トウヤは怒りで爆発しそうだった。
コイツは、俺がイラついて怒鳴ったり、悪態を吐いたりするほど喜ぶ、なぜならマトモじゃないからだ。
トウヤはそう結論づけて、それならばリュカを徹底的に無視しようと目の前の問題に集中した。
けれど、無視しようとすればするほど、わからないところで躓いているんじゃないかと心配そうにしていたり、問題を解き終わった時には本当に嬉しそうな顔で何度も頷いたり、そういったリュカの細やかな表情の変化が視界の端に映り込んでくる。
「……頼むから俺を見るな。何か本でも読んでろよ」
怒鳴る気力を無くしたトウヤがそう呟くと、リュカは「そういうわけにはいかないよ!」と首を横に振った。
「君の役に立ちたいと思って来ているんだから……。見て、俺、昨日は夜中まで起きて、高校の時の教科書で勉強したんだよ」
さっき眺めていたノートを開いた状態で、リュカがトウヤの方へ差し出してきた。
だからなんだ、と呆れながらも、「見て!」と目をキラキラさせるリュカが面倒だったので、トウヤは適当にパラパラとページを捲った。
……あらゆる教科についてよくまとめられていたし、どうかしたら、この学園の教師にも負けないくらい、人に勉強を教えることについて一生懸命研究しているように思えた。
「アンタがすごいのは分かったから……とにかく俺の側に張り付いて、ソワソワするのは止めろよ。……分からない時は、聞けばいいんだろ」
「……うん」
「すごい」と言われたことが嬉しかったのか、いつか頼られることが楽しみで仕方ないのか、トウヤの言葉を噛み締めるようにリュカは頷いた。
心なしかリュカの頬が紅潮しているように見えて、トウヤは「コイツ、バカか?」と呆れた。
恐ろしく単純で、めんどくさくて……これではどちらが自習に付き合っている大人なのか分からない。
「……トウヤ、君は俺の弟みたいなものだから、遠慮しないで勉強もそれ以外のことも、どうか俺を頼って欲しい」
「何が弟だっ!俺がどんだけ我慢してテメーに付き合ってやってると思ってんだ!」
「君、いつも大きな声ですごく元気があるよね。よく褒められるだろ?」
「誰のせいだと思ってんだ!お前、いい加減にしろよ!」
駄目だ、こんな奴は一度殴られないと、人をイラつかせることを絶対止めない、とトウヤはリュカに煽られた怒りで頭がおかしくなりそうだった。
殴れば暴力沙汰を起こしたという理由で重い罰が下される。殴る以外の方法で、コイツを黙らせなければ、とトウヤは固く決意した。
まさか、数日後にあんな方法でリュカを黙らせることになるとは、この時のトウヤは思いもしなかった。
「ふふ」とふんわりと明るく微笑むリュカの唇の柔らかさを、今のトウヤはまだ知らない。
「君、ずいぶん勉強が得意なんだね。先生から聞いていたよりもずうっと優秀でビックリしたよ」
「そう思うならほっとけよ!うっとうしくて集中出来ねーだろうが!」
リュカはパチパチと瞬きを繰り返した後、「君がうるさいって怒鳴ってきたから、その後はずっと黙って静かにしてたよ?」と小首を傾げた。
「静かにしてただって?ずっと、横に座って邪魔してきただろーが!黙っているのにうるさいって、アンタどうなってんだよ?」
「黙っているのにうるさいか……君、面白いこと言うね」
トウヤは本気で腹が立っているのに、リュカは二人のやり取りを「友人どうしの軽口の叩きあい」だと思っているかのように、ケラケラと愉快そうに笑うばかりだった。今すぐコイツを殴りたい、トウヤは切実にそう思った。
そばに黙って座っているだけでここまでうっとうしい人間に会ったのは初めてだった。
「黙っているのにうるさい」……トウヤだって、他の人がそう言っていたら、「いったい何を言ってるんだ?」と不思議に思ったかもしれなかった。けれど、本当にリュカはただいるだけでうるさかった。
勉強を始めよう、と教科書を開いた瞬間からリュカは張り切っていた。やたら教えたがったし、「どこかわからないところは?遠慮なく聞いていいから!……トウヤ、本当に遠慮はいらないよ!」と教科書のページをめくるたびに、目を輝かせてそう言ってきた。
始めは舌打ちや無言で睨み付ける等をしながらも聞き流していたトウヤだったが、五回目でついに爆発して「うるせーよ!気が散るだろうが!」とリュカを怒鳴り付けた。
その時はリュカも肩を竦めてから「ごめんね」と謝った。予習でもしてきたのか、細々とした文字で何かびっしりと書かれたノートを、黙って眺め始めたリュカの姿を確認してから、それでいい、と一人頷いた。
トウヤは、成績が悪いという理由で人から馬鹿にされるのは絶対に嫌だった。だから、寮の自室でいつも隠れるようにして勉強していた。
逆に真面目すぎると思われると、それはそれでからかいの対象になるため、授業中はろくにノートもとらず、「こんなことはとっくに知っていますが」という顔でぼんやりとしてみたり、大嫌いなフィックス先生の授業では居眠りもした。
カイルなんかは「トウヤはろくに勉強しないのに、頭がいいんだもん。ズルいなあ!」とよくトウヤに言ってきた。
自分でも非効率的でバカげているという自覚はあったが、「バカ」や「ガリ勉」といった理由で小突かれている奴が目に入ると、「これでいい」と思わざるを得なかった。
カリカリというシャープペンシルで文字を書く音だけが耳に入ってくる。俺は、今、集中している、と自分でも分かるくらいに感覚が研ぎ澄まされていた。
問題を見た瞬間解法が浮かぶし、手の動きが追い付かなくてもどかしく感じられる程、計算は早く出来た。
どんどん教科書の問題を解き進め、難易度の高い証明問題に取りかかっていると、視界の隅で何かが動いた。顔を上げずに視線だけで、それがなんなのかを確認をする。
リュカの影だった。窓からの光で、リュカの上半身の影が向かい合って座るトウヤの方へ長く伸びている。
……黙って見ているのが苦痛だとでも言うように、ウズウズとして、落ち着きがない。思わず顔を上げるとリュカもトウヤの方を見ていた。
「……わからないところが?」
嬉しそうな顔で囁くようにそう聞かれた。
もしかしたら、ずっとこうやってトウヤのことを見ていて、顔を上げるのを、今か今かと待っていたのかもしれなかった。
「ジロジロ見てんじゃねーよ!気色悪い!」
「フフッ。君って本当に元気がいいね」
俺はそういうの嫌いじゃないよ、とリュカに微笑まれて、トウヤは怒りで爆発しそうだった。
コイツは、俺がイラついて怒鳴ったり、悪態を吐いたりするほど喜ぶ、なぜならマトモじゃないからだ。
トウヤはそう結論づけて、それならばリュカを徹底的に無視しようと目の前の問題に集中した。
けれど、無視しようとすればするほど、わからないところで躓いているんじゃないかと心配そうにしていたり、問題を解き終わった時には本当に嬉しそうな顔で何度も頷いたり、そういったリュカの細やかな表情の変化が視界の端に映り込んでくる。
「……頼むから俺を見るな。何か本でも読んでろよ」
怒鳴る気力を無くしたトウヤがそう呟くと、リュカは「そういうわけにはいかないよ!」と首を横に振った。
「君の役に立ちたいと思って来ているんだから……。見て、俺、昨日は夜中まで起きて、高校の時の教科書で勉強したんだよ」
さっき眺めていたノートを開いた状態で、リュカがトウヤの方へ差し出してきた。
だからなんだ、と呆れながらも、「見て!」と目をキラキラさせるリュカが面倒だったので、トウヤは適当にパラパラとページを捲った。
……あらゆる教科についてよくまとめられていたし、どうかしたら、この学園の教師にも負けないくらい、人に勉強を教えることについて一生懸命研究しているように思えた。
「アンタがすごいのは分かったから……とにかく俺の側に張り付いて、ソワソワするのは止めろよ。……分からない時は、聞けばいいんだろ」
「……うん」
「すごい」と言われたことが嬉しかったのか、いつか頼られることが楽しみで仕方ないのか、トウヤの言葉を噛み締めるようにリュカは頷いた。
心なしかリュカの頬が紅潮しているように見えて、トウヤは「コイツ、バカか?」と呆れた。
恐ろしく単純で、めんどくさくて……これではどちらが自習に付き合っている大人なのか分からない。
「……トウヤ、君は俺の弟みたいなものだから、遠慮しないで勉強もそれ以外のことも、どうか俺を頼って欲しい」
「何が弟だっ!俺がどんだけ我慢してテメーに付き合ってやってると思ってんだ!」
「君、いつも大きな声ですごく元気があるよね。よく褒められるだろ?」
「誰のせいだと思ってんだ!お前、いい加減にしろよ!」
駄目だ、こんな奴は一度殴られないと、人をイラつかせることを絶対止めない、とトウヤはリュカに煽られた怒りで頭がおかしくなりそうだった。
殴れば暴力沙汰を起こしたという理由で重い罰が下される。殴る以外の方法で、コイツを黙らせなければ、とトウヤは固く決意した。
まさか、数日後にあんな方法でリュカを黙らせることになるとは、この時のトウヤは思いもしなかった。
「ふふ」とふんわりと明るく微笑むリュカの唇の柔らかさを、今のトウヤはまだ知らない。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる