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【同人誌より】お隣さんのエッチな格好(1)

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 とてもよく似合っているのに、スーツを着るのは嫌いだとマナトは言う。
 ユウイチさん、仕事中ずっとスーツを着てパソコンをしてるんだよね? 大変ですね……? と大真面目な顔で尋ねてくるマナトの額には汗が滲んでいるのか、前髪に細かい束がいくつも出来ている。

「真夏に車の下へ潜って作業をするのもすごく大変だと思うけど」
「えー……。俺はパソコンもスーツも苦手だからな……」

 早く着替えたい、と言うマナトの右腕に上着がかかっている。シワを全く気にしていないのか、すでにリクルートスーツはぐちゃぐちゃになってしまっているけれど、「試験が終わったら、お腹が空きました」とマナトはニコニコしていた。

「ユウイチさんがご褒美にご馳走してくれるって言うから、今日は頑張れました」
「本当に? それは良かった」
「ユウイチさんはいつもどんなお店で飲んでるんですか?」

 お腹が空いているようだし、てっきりいつものように焼肉を食べたがるかと思っていたら「ユウイチさんがよく行くお店に俺も行ってみたい」とマナトは言う。

「マナトが気に入るかはわからないけど……」

 一応、連れていく前にそう伝えて、保険をかけておくことにした。
 初めての就職活動で無事に面接試験を終えたマナトの表情は明るかった。「どうだった?」と手応えについてはまだ聞けていないものの、この様子ならどうやら心配はいらないのかもしれない。



「ブランドものの服や化粧品だって確かに高価で価値があるけど、でも、でも、車って、絶対偽物が作れないじゃないですか!? 偽物を作るための工場のラインを作るのにすっごくお金がかかるわけだし……。そう思うとやっぱり車ってスッゴイよね!? 開発者の知恵や技術を簡単に盗めない、特別な価値があるものだって、俺、いつも思っているんですよね……!」

 早口で捲し立てた後、ぐいっとマナトはグラスに残っていたビールを飲み干した。「なんだかすごく頑張って喋っているな……。可愛い……」という事だけが印象に残って、どう返事をしたらいいか迷ったものの、「確かに。全部マナトの言う通りだと思う」と伝えると、マナトは「えへ……えへへ……」と真っ赤な顔で笑った。
 いつも行儀が良くて、「酔っ払うと、この後何も出来なくなっちゃうから……」と二人でいる時は飲み過ぎないようにしているマナトがここまでベロベロになるのは珍しい。
「ユウイチさん、ここ一人でよく来るんですか?」「串焼きって美味しいね」とずいぶん楽しそうにしていたのと、ようやく面接試験が終わった、という解放感とで、マナトはよく食べ、よく飲んだ。
 可愛いマナトに「ユウイチさんも飲んで?」と勧められるまま、グラスに口を付けてしまっていたため、自分自身も思っていた以上に酔いが回ってしまっている。「えっと、ラベルは下だっけ……!? あれっ……!?」とおたおたしながらマナトが注いでくれたビールを断れるわけがないとは言え、これは困った……と気休め程度にこめかみや眉間を指でぐりぐりと揉んだ。
 
 見慣れない黒のリクルートスーツ姿のマナトは、カウンター席に腰掛けているだけで「可愛すぎないか……?」と思わず見とれてしまうほど魅力的だった。画一的で無難なデザインのスーツでも、マナトが着ると学生らしい爽やかさと若々しさが感じられて、本来の真面目さが際立っていた。
 本人は「暑いし窮屈」と苦痛に感じているためすぐにネクタイは外して、上着も脱いでしまったのは残念だったが、可愛い可愛い、と宥めて今だけしか拝めない貴重な姿をしっかりと目に焼き付けておいた。

「うう……。面接ではこの半分も喋れなかった……」
「えっ……」
「やっぱり、営業じゃなくても、面接でちゃんと喋れなかったら、きっとダメですよね……。そうしたら、また一からやり直さなきゃ」

 さっきまで、上機嫌で車について熱弁していたのに、急に俯いてしょんぼりしてしまう。声や表情からもすっかり元気を無くしてしまったマナトを「大丈夫だから」と慌てて励ました。

「そうかなあ」
「ちゃんと伝わってる。大丈夫大丈夫……」

 実際の面接の出来がどうなったのかはわからない。けれど、大きな目を輝かせて、「責任を持って整備や修理をして車に乗る人とその暮らしを守るのが整備士の仕事なのかなって……。自分の好きな車のことで人の役にたてるってすごく嬉しいから、一生の仕事に出来たらいいな、って思います」と話し続けるマナトは、真剣で一生懸命だった。きっと、真面目でがんばり屋な所や、車への熱意は伝わっているに違いなかった。



 ずいぶん酔っ払ってしまったうえに「食べ過ぎちゃった。お腹が苦しい」と言うマナトを連れて電車で帰る自信が無くて、タクシーに乗ることにした。どうせ同じ場所へ帰るというのに、マナトはむにゃむにゃした口調で「すみません、すみません。本当にごめんなさい」と何度も謝ってくる。

「そこまで遠くないし、そんなに謝らないで……」
「うー……」

 しょんぼりと窓にもたれ掛かっている様子は飼い主に叱られて悲しい顔をする子犬によく似ていた。落ち込んでいて可哀想……でも、可愛い……、と複雑な気持ちでマナトを眺めていると、「あっ! すごい……! デリカをあんなふうにヴィンテージっぽくカスタムするなんて! へええ~! かっこいいなあ~!」と急にがばっと顔を上げて外を走る車に大はしゃぎする。
 真面目で恥ずかしがり屋なのに、飲み過ぎると感情の起伏が激しくなってしまうなんて、またマナトの新しい一面を知ってしまった。
 なんなら、もっと絡んでくれたって構わない。「ユウイチさん、パパ活って興味ある……? 俺もしてみたいなー、小遣いちょうだい?」とシンプルに金をせびってきてくれてもいいし、「ジロジロ見ないでくださいよっ! 気色悪い!」と罵倒してもらうのも悪くない。マナトは怒った顔も可愛いからな……とあれこれ想像している間に、家へと到着してしまった。

「ゆっくり歩かないと危ないよ……」
「え? 大丈夫大丈夫」

 タクシーから降りた瞬間に、「お兄ちゃん、忘れ物! 上着、忘れてますよ!」とドライバーに呼び止められたうえに、階段を上る足取りだってずいぶんおぼつかないのに、マナトは「平気だよ」と元気いっぱいだった。
 酔っ払いの介抱は正直言ってそんなに得意じゃない。職場の飲み会では「もちろん二次会も三次会も来るよな、生田?」としつこく絡んでくる同期を何度も置いて帰ったことだってあるし、そもそも自分自身が飲み過ぎるとハメを外しすぎてしまうタイプなので、見ているだけでハラハラして疲れてしまう。
 それなのに、酔っ払ったマナトは可愛くて仕方がない。ゆっくり慎重にマナトのペースに合わせて階段を上るだけで、疲れが吹き飛ぶ。そして。

「あれっ……」

 今夜はゆっくり休んだ方がいい、おやすみ……と部屋まで送るつもりだったのに、当然のようにマナトが着いてきてしまっていた。こんなに酔っ払ってしまったマナトを部屋に連れ込むなんて、俺はなんてことを……! と思わず頭を抱えたくなった。
 本当だったらこのチャンスを活かして、「パパ活プレイ」に挑戦してみることについて、マナトからの合意を得たい。
「美味しかった~、ユウイチさん美味しいご褒美をありがとう」とぐにゃぐにゃになっている今の状態のマナトなら「大丈夫だから。今日みたいに食事をして、ちょっとホテルに行くだけでお小遣いがもらえるだけの簡単なプレイだから」で押せば楽勝に違いなかった。
 ただ、大人としてまず最初にやるべき事はマナトの体を気遣う事だろう……と思い、断念した。

「ああ……、そんな所に寝転んで……。水も飲んで服も着替えないと……」
「う~……」

 渋々……といった様子で体を起こしたマナトは「めんどくさい……。やっぱりスーツは嫌いだな」と溢していた。

「そのうち慣れるよ。こんなに似合っているのに……」

 ぼんやりしてしまっているのか、マナトはなかなか着替えようとしなかった。手伝ってやろうと、シャツのボタンに手を伸ばしても、じっと大人しくしている。

「ユウイチさん」
「うん……?」
「ユウイチさんの、スーツ……。俺のと全然違う……。いいな……」

 俺のは、専門学校に入学する時に買った安いスーツなんです。ユウイチさんの、スーツかっこいいな。でも、俺が着たってユウイチさんみたいにはなれないだろうけど……。

「お……!?」

 むにゃむにゃした口調でマナトから話し掛けられるだけでも、興奮してしまうのに、「いいな」と胸や腕にペタペタ触れられて、冷静でいられるわけがなかった。

「あああっ……! 可愛すぎる……」

 こっちはマナトが嫌がるだろうから、「シャワーを浴びる前のマナトの体」というご馳走を目の前にしても、理性を保っているのに、本人がこうやって誘惑してくるのだから恐ろしい。
 頭の中では美しい顔をした悪魔が「一度くらい世の中の厳しさってやつをさあ、マナトに教えてやりなよ」と唆してくる。本当に、許されるのならマナトの体を捕まえて、ありとあらゆる所の匂いを嗅いでしまいたい。「ユウイチさん、やめて……! ごめんなさい、もう許して」とマナトがしくしく泣いている姿を想像して、なんとか自分を押さえ付けた。

「ユウイチさん、だいすき」
「……どうもありがとう。嬉しいよ」

 一切マナトの顔を見ないようにしてシャツのボタンを全部外した。ぜひ買い取りたいけど、きっと非売品だろうなあ……とマナトの身に付けているインナーを凝視している時だった。

「ユウイチさんの服は、俺が脱がせてもいい……?」
「な、なんだって……」
「ユウイチさん、もっと一緒にいたいです」

  パパ活、世の中の厳しさ、インナー一枚十万円、ここまで誘われておいて「もう遅いから自分の家に帰りなさい」と言うのは逆に失礼……。
 うるうるした大きな目を閉じて、マナトが顔を近付けてくる。柔らかい唇で口付けられた瞬間、自分の記憶が少しずつ溶けて無くなっていくのを感じた。
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