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★その後の二人(※同人誌より)

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 中学の頃からタクミは若干怒りっぽかった。

 特に、俺がタクミ以外の誰かと親しくしていると「アイツ、なに?」と露骨に機嫌を悪くする。そーか、そーか、そんなに俺が好きだったんだね、可愛いところもあるじゃん…と中学生までのタクミならいくらふて腐れようがギリ許せる。

 厄介なことに、お互い大人になって、「ずっと、ここにいろ」としつこいから一緒に暮らしてやっているというのに、タクミは子供の頃と変わらないテンションでしょっちゅう俺にキレてくる。

「ねー、ゴメンってば。新聞代をちょっとパクったくらいで、そんなに怒んなくてもいいじゃん」

 自分とそう体格の変わらないタクミの背中に抱きついて、媚びた声でベタベタしていたら、作業を邪魔されて余計にムカついたのか「やめろよっ!」と乱暴に跳ね除けられてしまった。

「いったあ……なにすんだよ、もー……」

 タクミのせいで柱に頭をぶつけてしまった。なんて乱暴でガサツな男なんだろう、と恨めしい気持ちで背中を軽く殴ると、うんざりした顔でタクミが振り返った。

「……お前といると、疲れる」
「は……? えっ、おい……」

 あと俺に何回も同じことを言わせるな、と吐き捨てるように呟いた後、店の鍵を俺に押し付けてタクミは外へ出て行ってしまった。

「なんだよ……」

 えー……ガチでキレたとかそういうヤツ? 閉店後の作業も放り出して出て行くなんて、そんなことあり? と思っていたら、外から軽トラのエンジン音が聞こえた。

「はあ? 俺を置いて先に帰るとか、信じらんない……」

 どうやらそうとう怒らせてしまったらしく、置いてけぼりにされてしまった。べつに花屋と家は歩いて帰れない程遠いわけじゃない。子供の足でも歩いて数分で着く。
 
 だけど、どんなにケンカをした日でも「帰るぞ」とタクミは必ず俺をボロい軽トラの助手席に乗せて連れて帰った。いつもとなんか違う、ということにちょっとだけ面食らったものの、先に帰られてしまったんなら、もうどうしようもない。

 前にタクミから習ったとおりに、花専用の冷蔵庫の温度をチェックして、店内を軽く掃除してから、店を閉めた。ただ片付けをして戸締まりをする、ということが、タクミがいないだけで、いつもの倍は時間がかかった。
歩いて家へ戻ると、駐車場に軽トラは止まっていたのにタクミはいなくなっていた。



「おかえり……って、すごい酒臭いんだけど」
 結局タクミが帰ってきたのは二十三時過ぎだった。
 タクミが夕飯の準備もしないで出ていくから、俺はペヤングを食べて一人でずっと待っていたというのに、ロクに飲めもしないのに顔が真っ赤になるまで飲んで、泥酔して帰ってくるなんて、コイツはいったい何を考えているんだろう。どうせ、高校の同級生が近所でやってる「汚いけどそこそこ美味い」飲み屋の隅で、黙って酒を飲んでいたに違いない。

 いつまでも帰ってこないから、「何処に行った?」とちょっとでも心配した俺がバカだった。アホクサ、もう寝よ……と、這うようにしてぐでんぐでんになりながら廊下を歩くタクミのことは無視して、さっさと寝室に戻ってから布団に寝転んだ。

 明日が仕入れにいく日じゃ無くて良かった。こんな状態じゃ、車は絶対運転させられない。
 店は開けないといけないから、どんなに「頭が痛い、気分が悪い。吐きそう」と言われようが、引きずってでも店に連れていってやる……と腹を立てていると、ふらついた足取りでタクミが部屋に入ってきた。
倒れるようにして体を布団に横たえた後、何を思ったのか、モゾモゾと身動ぎしながらこっちへ近付いてくる。

「……リン」
「は? ちょっと、何考えてんの?」

 そのまま寝転んでいる俺に抱きついて、甘えるようにして体を擦り寄せてくる。タクミはあまり酒を飲めない。コップ一杯のビールでボーッとし、中瓶一本を飲み干しただけで、翌日はヒドイ二日酔いに悩まされる。それから……普段の無愛想でぶっきらぼうな姿からは想像出来ないほど甘えんぼうになる。

「リン、気分が悪い……」
「じゃあ、さっさと寝ろよ! 明日も仕事だっていうのにバカじゃないの?」
「……りん」

 図体のデカイやつに甘えられても正直言って、重いし暑苦しい。前にユウイチとマナトが家に遊びに来た時もそうだった。泥酔したタクミは二人が帰った後に、「急に家が静かになると変な感じがする」なんて気味が悪いことを言って俺にまとわりついてきた。

「……リン、少しだけ」
「やめろよ! いい加減にして!」
「なんでだよ、付き合ってるのに……」

 ちゅ、とタクミの唇が頬に触れる。顔を押し退けようとしても、タクミのゴツゴツした手で腕を押さえ付けられる。さっき、「気分が悪い」とか言ってたけど、あれは嘘だったのか? と言いたくなるほど強い力だった。「どけ! 邪魔! 俺はもう寝たいんだけど!」と何度怒鳴り付けてもタクミは離れようとしなかった。

「タクミ……! やめろってばっ! ……んうっ……」

 両手で頬を包み込まれて、タクミが唇を強引に押し付けてくる。タクミがその気になっているのはわかるけど、明日も仕事なのに……と思うとどうしても時間が気になった。
 いや、と身を捩っても、足をバタつかせても、タクミは俺のことを逃がさなかった。タクミの舌で唇をこじ開けられて、口の中を舐め回される。「入れろ」と強引に人の唇に入り込んできたくせに、チロチロとくすぐるような動きで、上顎や歯列を舌でなぞられて、体がゾクゾクする。ダメだって拒まないといけないのに、着ている服をずり上げられて、タクミの男っぽい手で胸を触られると、気持ちがよくて、ちょっとだけ心がグラついた。

「んっ……だめ、だめだってば……」
「リン、俺は」

 お前が好きだ、と囁くように言われて、ほんの少しドキッとした。今までタクミからは「大切」だとか「どこにも行くな」だとか、そういうことは言われていたけど、一緒に暮らしてセックスをするようになっても「好きだ」と言われたことなんて一度も無い。照れ屋のタクミをお膳立てしてやろうと、俺が散々誘惑して、テクニックの限りを尽くしてやった時ですら、ダメだった。タクミは何か言いたそうにしながらも、結局は何も言えずに俺を強く抱き締めることしか出来なかったからだ。

「……あっそ。知ってる。どうもアリガトー」
 本当は少しだけ動揺していたけど、それを知られるのは癪だし、だいたいタクミはバカみたいに酔っぱらっているしで、適当に受け流すことにした。

「リン、俺は……。俺だって、お前にいちいちくだらない事なんか言いたくねーよ……」

 絞り出すような声でタクミはそう言った後、ふーっと深いため息を吐いた。
「くだらない事」がだいたいなんなのかは、説明されなくてもだいたいわかっている。金をパクるのはやめろとか、お前はまず金を貯めることを覚えろとか、そういう事だ。タクミから貰ったバイト代の使い道についてはとやかく言ってこないけど、一日で全部使いきってしまった時は本当に呆れられた。

「少しでもいいから金を貯めろ。あと、ポケットに金を直で入れるのもやめろ」と、タクミはペラペラの革財布をくれた。だけど、いつも貰ったお金は一瞬で無くなってしまうから、しぶしぶ五千円札を入れて、財布は持ち歩かずに部屋に隠している。……いつも、「貯金は来月からでいいや」って、すぐに手をつけてしまうから、財布の中身は五千円、ゼロ円、五千円、ゼロ円……を繰り返してばかりだけど。
 お使いの釣り銭だとか準備していた新聞代だとかをパクる度にタクミは俺を叱った。叱った後、ボソッといつも同じようなことを言う。

「……リン、金を平気でパクるのはダメだ」

 自分が数千円を失ったことではなくて、別の何かに対していつも真剣にタクミは怒っている。どれだけ叱られようが俺はすぐに忘れてしまうけれど、言う方のタクミにとっては同じことをもう何百回と繰り返している。それで「お前といると、疲れる」だったんだろうか、って気がしたから「うん」って返事をしておいた。

「タクミ……」

 ごめんね、俺のせいでこんなにヘロヘロになるまで飲ませてしまってごめんね、って心の中でしか言えない俺を、タクミは無理やり謝らせることはしなかった。
 どうして俺が貰ったバイト代を一瞬で使いきってしまうのか、どうして金を貯める習慣が身に付いていないのか、それをタクミは全部わかっているから、「もういい」と言うだけだった。

「…………もう、しない。たぶん」

 たぶん、千円とか五百円くらいだったらパクるかもだけど……、タクミが俺にずっと付き合ってくれてるのと同じように、俺もちょっとだけ……タクミとの約束を守ってみようかなって、思えた。

 タクミは俺の反応に対して、大袈裟に驚いたり、冷やかしてきたりはせずに、俺の手をそっと掴んだ。顔を上げるとタクミと目が合う。一瞬、タクミが俺の顔に見とれた後、どちらからともなく、触れるだけのキスをした。

「なあ、リン、……今日は一回ですませるから……」
「……いいよ」

 ただベロベロに酔っ払っただけのタクミに対してだったら「何が一回ですませるだ! いつも、二発も三発も人のナカに出しやがって! さっさと寝ろ!」と怒鳴り付けて、きっと布団から追い出していた。
 だけど、今日だけは「一回くらいヤらせてやるか、俺の事が大好きみたいだし」と思えたから、自分の布団の中に招き入れることにした。



「いやっ、もうやめろってば……! ああっ……やだっ、いやあ……」

 タクミは俺を抱くまでずっと童貞だったのだと言う。一緒に暮らすようになってから、もう何度もセックスをしているけれど、正直言って上手いか下手かで言うと、あんまり上手くはない。早く突っ込みたいだろうと思って、「もういいよ。入れなよ」と俺が気を遣っても、絶対言うことは聞かない。しつこく胸を吸ってくるし、「……お前、一応ついてんだな」とでも言いたげな顔で、頑張ってしゃぶってくれる。
 「いい?」と確かめながら、俺の体を一生懸命知ろうとする。そのせいで、毎回毎回俺は余裕がなくなってしまって途中からは「キモチイイ」だけで頭がいっぱいになる。

 そうなると、「しょうがねーなー」は「もっとして」になるし、「やめろって言ってるだろうがっ!」は「ダメ、気持ちいい」になってしまう。今日も散々前戯に時間をかけられたせいで、指を挿入された途端、我慢が出来なくなってしまった。それで、俺の方から「ねえ、もう欲しいよ」とねだってしまった。

 べつに、そのことについてタクミは何も言ってきたりはしない。「淫乱」とか「どスケベ」とか腹の立つことを言ったりもしない。
 ただ、無駄に体力と性欲があるからなのか、俺がねだった以上のものを返そうとするかのように、すごくすごくしつこくされる。「一回だけだから」という約束で押し倒された今日だってそうだ。「二度とバックでするな」と俺からキツク言い聞かせられているのと、「顔を見てしたいから」という理由で、タクミはいつも正常位で俺を抱く。
 童貞喪失直後はとにかく快感を得ようと夢中になっていることも多かったのに、最近のタクミは、ちゃんと前立腺に当てにくる。ただ、闇雲に腰を振って激しくはやくすればいいというわけではない、ということを勝手に覚えて、「自分も相手を気持ちよくしたい」という欲求を満たそうとする。

「あっ、あっ、だめ、もうやめろよっ……」
「リンっ……」

 繋がっている所も、頭の中も、「キモチイイ」だけを感じるのが精一杯になってしまって、こんな下手くそなセックスでどうして俺が、といつも悔しくて堪らなくなる。

「やっ、奥、やめてっ……! いやっ、やめろよっ……!」
「……可愛い」

 なにが、可愛いだ、くそう……と思ってももう遅くて、タクミに体を揺さぶられて、みっともなく声をあげることしか出来ない。

「リンっ、……好きって、言えよ」
「誰が言うかよっ……、あっ! やめ、……言うからっ、待って、待って……!」

 気持ちいいところをガツガツ突かれた後、焦らすようにグリグリとナカを掻き回される。もうちょっとでイケそう、という状態にされた後、寸止めの状態にされておかしくなりそうだった。

「いやだっ……あああっ、もうやめて……! すき、すきっ……」
「く、うっ……りん……」
「いく、いく、あああっ、出るっ……!」

 当然俺が達したからといって、やめて貰えるわけがなくて、「ダメ、ダメ、死んじゃう、もう許して」と俺がいくら泣いてもタクミは離してくれなかった。抱かれている最中は、何度も「好き」と言わされて、なんだかそれで余計に感じてしまった。

 タクミは汚い。俺はタクミとセックスすると、なぜか気持ちが緩んで、「もうやめて」って気持ちよすぎて泣いてしまう。タクミと一緒に暮らす前は、もう誰にも俺の体に触らないで欲しいし、二度とセックスなんかしたくないと思っていた。それなのに、今はセックスを覚えたてのタクミと同じように、のめり込んでしまっている。

「すき、たくみ、すきっ……」

 ボロボロと溢れる俺の涙を拭ってから、タクミは俺を抱き締めた。それがなんだか、心地がよくて、全部が終わって体が自由になってからも、タクミからしばらく離れられないでいた。



「……好き、って言ってる時、お前って締まりがよくなるんだな」
「は……?」

 余韻でぼんやりしていた状態から、少しずつ回復しつつある時にタクミからそんなことを言われて、ぶん殴ってやりたくなった。「ガバガバだ」「緩い」と言われるよりはマシだけど、平気でムードをぶち壊すような事を言ってくるのが信じられなかった。

「もう二度とお前とは寝ない。しつこいし、デリカシーもない。ほんとサイテー」
「……悪かったよ。いっぱい泣かせて」
「泣いてませんけど! それに、さっき無理やり言わされたけど、俺は全然お前の事なんか……」

 そこまで言いかけてから、しゃくりあげながら俺が「タクミが好き」とつっかえつっかえ言った時に、タクミが本当に安心した声で「良かった」と呟いていたのを思い出した。……俺のたった一言で、コイツの何かが救われたんだろうか、って思ってしまうような言い方だった。だから、「好きじゃないし」とふて腐れるのはなんだか憚られる。

「……ちょっとしか好きじゃないし」
「そうか」
「あ、あー……なんか疲れたなーっ! じゃー、おつかれさん。俺、シャワー浴びてくるから!」
「は……? お前……そういうふうにすぐ切り替えるのはやめろよ。終わった後の雰囲気とか、いろいろあるだろうが」
「……締まりがどうのとか、平気で言ってくるお前にだけは言われたくないんですけど」

 フフッ、と俺が笑うと、タクミもニヤリと笑う。朝になればタクミは俺を「さっさと起きろ!」と怒鳴るだろうし、俺は頭から布団を被って「今日は休む。手伝いはイヤ」と言い返すだろう。寝て起きたら、いつも通りの全然甘くもなければ色っぽくもない関係に戻る。

 目の側や額に、柔らかいものが触れてきた。いつも、俺とケンカする時に「バカヤロウ」「ふざけるなっ!」と乱暴なことをポンポン言ってくるタクミの唇。こんなふうに「好きだ、ずっと」って訴えてくるみたいにして、気持ちを伝えられるとなんだかむず痒い。

 叱ってくる時だって、タクミは俺のことが嫌いだから、怒鳴っているわけじゃないってことはわかっている。「好きだ」って優しく言ってくる時となんにも変わらないんだってわかっていたから、俺も時々タクミの前で素直になれる。
 むず痒いけど、「ずっとここにいる」ってタクミに約束させられちゃったし、たまにはこういうのも悪くないのかもしれない。そういうことにしとくか、と思ってまだベタベタしていたそうなタクミの腕を引いて、「一緒に入る……?」とシャワーに誘ってやった。
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