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お裾分け(1)
しおりを挟む定時に退勤出来て、マナトが何処かへ出掛けている日はなるべく早く自宅へ帰るようにしている。
隣の席の同期に「今日は飲みに行くぞ」と誘われたが「いや、間に合ってるからいいよ」と即座に断った。
「お前、間に合ってるからってなんなの? 普通に断られるより傷付くんだけど……」
「……えっ? ごめん、なんか言った?」
「はあ……。お前いっつもボーッとしてるよな……」
ボーッとしているというよりは、帰ってからやることを考えるのに集中していた、という方が正しかった。
同期のこの男は「隣の部屋からパンツが飛んできたがどうしよう」「鈴井さんをホテルに誘っていいんだろうか」「なんとかしてマナトの口座番号を入手する方法はないだろうか」と俺が真剣に悩んでいる時に限っていつも絡んでくるので、対処に困っている。
今日だって、会社を出て駅へ着くまでの間に上手く撒かないといけなくて、ずいぶん苦労させられた。
◆
「今日は友達と飲んできますね。ユウイチさん、またね」
マナトから届いたメッセージの「ユウイチさん、またね」が可愛すぎて、とりあえずスクリーンショットを撮影した。それから、「マナト」フォルダへ保存する。
平日のしかも水曜日に、学校とバイトが終わってから飲みに行くなんて、若くて元気だなあと感心してしまう。
マナトは学校にもバイト先にも友達がいて、時間があれば一緒に遊んでいるようだった。家でじっとしているよりも外に行くことの方が好きなんだろうかと思って「会社から支給された冬のボーナスをマナトのために使う」という目的を果たすのも兼ねて、この前初めて服を買いに連れていった。
単純に「なんでも買ってあげるよ」と言ったところで、絶対に遠慮して何も欲しがらないだろうから、出掛ける何日も前から作戦を練った。
「20歳 男 服 人気」といったワードで何度も検索を繰り返し、マナトに似合いそうな服のテイストについて熟考し、当日はまず始めに「俺の仕事用の服を買いたいんだけど」という理由でファッションビルへと連れ出した。
無難なシャツを試着しただけなのに、マナトが「ユウイチさん、やっぱりかっこいいね」と微笑むから即決した。あまりに可愛いから「可愛い、抱く……、なぜ俺はこんなところで買い物をしているんだろう。ホテルへ行かなくては……」と一瞬本来の目的を見失いかけた。
「ユウイチさん、他にも何か見る?」
「………はっ! そうだった!」
「どうしたの?」
マナトに服を買うんだった……となんとか正気を取り戻してから、「マナトはどういうのをよく着る?」とさり気なく、若者向けのフロアへ連れ出した。
店内をキョロキョロしていたマナトが、「可愛い」と白いニットを手にとってはしゃぎ始めたタイミングで、押しの強そうな店員を一人捕まえて、「この服に合うものを一式選んで欲しいんですけど」と頼んだ。
本当は「なるべく、あざとくて可愛い感じに仕上げてもらえませんか?」とも付け足したかったが、我慢した。
店員は服を売るプロで、一瞬でボア素材のブルゾン、黒のスキニーデニムを調達してきて、「えっ、えっ?」と困惑しているマナトを「着るだけでいいですから!」と試着室に押し込んだ。
マナトが着替えている間に、「すみません、靴も欲しいんですけど。サイズは26センチで」と頼むと、スエード素材のホワイトのスニーカーをすぐに持ってきた。
あとは、「マナト、このお兄さんがマナトのために一生懸命考えてくれたコーディネート、せっかくだから買った方がいいと思うけど……。ちょうど、俺も何かプレゼントをしたいと思っていたし……」という囁きで簡単に丸め込むことが出来て、マナトに服を買うことが出来た。
「ユウイチさん、こんなに買って貰ってすみません……。何かお礼をさせてください」
買い物からの帰り道の途中、大きな紙袋を抱えてすまなさそうにしているマナトは叱られた小型犬みたいで愛らしかった。
「お礼……?」
「俺に出来ることなら、なんでも……」
「……マナトの作ったご飯が、食べたい……」
「えっ? そんなことでいいの?」
マナトは目を丸くしてから、ニコッと笑った。
「わかった。でも、俺、実は自炊はほとんどしなくて……。練習してからでもいい? 上達したらユウイチさんを家に呼ぶね」
料理を食べる権利だけでなく、まだ一度も入ったことのないマナトの家への招待券まで獲得してしまった。
たまに、「この前、ハンバーグ作ってみたー。ユウイチさんは好きですか?」「……オムライスを作ったけど、失敗した」とちゃんと約束を覚えているアピールをしてくるところが本当に可愛い。部屋に侵入出来た日には何をしようか考えただけで……。
「……はっ!」
マナトのことを考えていたら、ビールが進みすぎる。本当はマナトと一緒に飲みたい。
けれど、マナトは友達とはベロベロになるまで飲むのに、俺と二人でいる時はあまり飲みたがらない。
少し前に、勇気を出して理由を聞いたら「飲んだら眠くなっちゃうから……。そしたら、ユウイチさんと、何も出来なくなるから嫌だなあと思って」と恥ずかしそうに答えたのが可愛すぎて、つい、尻を揉んでしまって悲鳴をあげられた。
「ふう……」
でも、出来れば泥酔したマナトを抱いてみたい。一回でいいから……と考えているうちに、また、帰ってからの予定を忘れるところだった。
マナトがいない時にしか出来ないささやかな楽しみを俺は「開封の儀」と呼んでいる。
何をしているのかと言うと、いつかマナトに使いたいと思って通販で買ったアダルトグッズのパッケージを開封している。ただ、それだけのことだ。
素材や質感を確認した後、操作性・安全性までしっかり確かめるようにしている。マナトに対しては、まだ一度も使ったことはない。それでも、買って手に取って、恥ずかしがるマナトが「こんなの初めて……」と気持ち良さそうにしている姿を想像するだけで、言い様のない興奮を覚える。
この前マナトが受け取ってくれた荷物も実はアダルトグッズだったから、すぐにクローゼットにしまいこんでそのままになってしまっている。今日こそは開封しなければ、と考えただけで胸が高鳴った。
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