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アオイの身体
しおりを挟むヒナタが急に家へ来たせいで、夕飯の支度をして食べ終える頃には、外は真っ暗になっていた。
「明日の朝も卵が食べられる?」とソワソワしているアオイに、わかったわかった、と適当に返事をした後、「アオイ、俺の手をよく見てな」と俺は自分の手のひらをアオイの前に広げた。
「見てな。今は何にも乗ってない手のひらに……」
両方の手のひらを軽く握り締めた後に、パッとアオイの目の前でもう一度広げてみせる。
「えっ!どうして……!?」とアオイは驚いて目を丸くした後、スゴイ、と笑顔を見せた。
「……さっきヒナタがやって見せてくれた……えっと、不思議な力と同じ?」
「…………そうだけど?」
「ホタルもスゴイね。……チョコレートなんて久しぶりに見た」
ヒナタの名前を出されると、まるで俺が「あんなヤツよりも、俺の方がよっぽどニンゲンギツネとして優れている」ということを証明したくて必死になっているみたいで、気分が悪かった。
だから、「さっき散々あの変態から甘いものを貰って、美味しい美味しいと喜んでいたね?じゃあ、これはいらないか」とアオイには一口も食べさせないで取り上げてやろうと思った。
……それなのに、「俺はチョコレートが大好き。いいな、食べたいな」とアオイがねだってくるから、結局は渡してしまった。
「……ホタルも食べて?」
パキンと割った一かけのチョコレートをアオイが差し出してくる。
チョコレートなんて珍しくもなんともない。甘いばかりで、人間の作り出した食べ物の中では、完成度が油揚げに比べたらずいぶん低いから、そもそもそんなに好きじゃない。
だけど、「こんなに美味しいチョコレート初めて食べた」とアオイがあんまり喜ぶから、しょうがないから付き合ってやるか……という気になって、そのままアオイの手からチョコレートを食べた。
「美味しい?」
「……元々は俺があげたチョコレートだけど」
「うん。でも、美味しいものを食べた時、誰かに「美味しいね」ってずっと言ってみたかったから……」
赤いきつねを見せびらかしながら食べたとしても「こんなの虐待だろうが!」とヒナタからうるさく言われない程度に、アオイには太って貰わないといけない。
それなのに、アオイは一枚のチョコレートを食べることすらもトロくて、挙げ句の果てには「……もう半分は明日食べる」と銀紙で包み直してしまった。
こんなものいくらだって出してやると俺が何度言っても「ホタルがくれた美味しいチョコレートは、大事に食べたいから」と、アオイは聞く耳を持たなかった。
□
ただでさえ食事を済ませる時間が遅かったというのに、チョコレートまで食べたせいで、子供が寝る時間はとっくに過ぎてしまっている。
それでアオイに、さっさと外にある風呂に入ってくるように言ったら「外が暗くて、一人で行くのは怖い」とグズグズ言い始めた。
「……何がそんなに怖いんだか」
「だって……狐の里には街灯も無いし、家と家どうしが離れているから、外が暗くて……。
俺が前に住んでたところは、こんなに暗くなることが無かったから……」
結局、一人で入るのは怖い、とアオイが嫌がるから一緒に風呂に入ることになった。
人間と違ってニンゲンギツネは毎日風呂には入らない。一日の終わりに身体を清める術をかければ清潔な状態でいられるからだ。
だから、俺の力で身体を清めてやったのにも関わらず、朝も夜も風呂に入って水を浴びたがる人間のことを「なぜ?」と俺はずっと疑問に感じていた。
アオイは風呂に入る時も全ての動作がゆっくりしていて、服を脱ぐ、という簡単なことですらも、「早くしなよ」と俺に促されても、なかなか取りかかれなかった。
「……人間の子供は本当に手がかかるな」
「待って!自分で脱ぐから待って……」
仕方ないから小さい子供にしてやるみたいにアオイの服を剥ぎ取って裸にした。
……アオイの肌は白い。白いとは言っても光輝く明るい肌ではなかった。
肌の美しさに気を遣った結果……と言うよりは、家にいる時間が長くて、それで肌の色がどんどんくすんでしまった、としか思えない白さだった。
「……服を脱いだら、君はいっそう子供っぽいな」
「……うん」
アオイの裸を見るのは初めてだった。
大人の男の身体にはほど遠くて、細くて硬そうで……。
ちっとも美味しそうじゃない身体をしていた。
ただ、アオイが恥ずかしそうにしながらやたら隠したがるせいで、なんだか見たくて堪らなくなる。
俺はもともとそういう意地の悪い性質のニンゲンギツネなのだから仕方ない。
だから、服を脱いだアオイの身体のあちこちを指でつついて遊んだ。
アオイはノロマだから隙だらけで、脇腹をくすぐったり背中を指先でなぞると、その度に「ひゃっ!」「あっ…!もうやめてよ!」と飛び上がる。
なんて面白いんだろう、とゲラゲラ笑った。
アオイが怒って「もう風呂には入らない!」と言わなければずっと遊んでいられるほど愉快だった。
「……明日からは明るい時間に風呂に入る」
「なるほど。明るい時間に一緒に入るわけか」
「違うよ!ホタルとは別々で入る……」
この家に人間を泊めて、こんなふうに過ごすのは久しぶりだった。
普段一人の時は静かな夜が続く。風呂に入れてやったり、卵だのチョコレートだのを食べさせてやったり、手はかかるものの、今まで出会ったどんな人間よりもアオイはからかいがいがあって、面白い。
アオイはすっかりむくれているけど、その表情を見ているだけでおかしくて、俺はクスクス笑ってしまう。やっぱりアオイを側に置いておくのは悪くないかもしれない。
せっかく「アオイをおもちゃにして遊ぶ」という面白いことを見つけたのに、今日はヒナタのやかましい声を聞いていたせいなのか、なんだか調子が悪い。頭がムズムズする。
□
トロくさくはあったものの、アオイはシャワーが無いからヒノキの風呂桶に溜めたお湯を、手桶で掬って身体を洗うことも、シャンプーじゃなくて白くて四角い固形石鹸しか無いことについても特に不満は口にしなかった。
アオイ以外の人間だったら、……特に女は「髪がギシギシする」「洗った気がしない」とこの家の風呂について、必ず文句を言う。
けれど、人間の使いたがるシャンプーや、その他液体で出来た石鹸は、鼻が利くニンゲンギツネには匂いがキツすぎて、ずっと嗅いでいると俺は頭痛がしてしまう。
ほとんど香りの付いていない石鹸を使ったアオイの体と髪からは、ちゃんと清潔な人間特有の良い匂いがした。
服を脱ぐ時はダラダラしていたにも関わらず、今度は逆で、濡れたままで服を着ようとするから、捕まえてタオルで体を拭いてやらないといけなかった。
「あの、自分で拭けるからいいよ……」
「拭けないから俺が世話を焼いてやってると言うのに……」
「待って!そこは、自分で拭くから……。いやだ、やだ!……うぅ……」
くすぐられていた時と同じように身を捩って嫌がっていたから、タオルでくるんだ後に抱き締めるようにして、身体を押さえ付けた。
そうすると、いよいよ諦めたのか、アオイは下を向いたままおとなしくなった。
裸を見られたり、触られたりするのを嫌がったりするということは、子供の身体をしているくせに、恥じらい、というものをアオイは一応持ち合わせているらしかった。
暴れなくなったアオイの髪を拭いてやってから、身体についた水滴を拭き取っていると、「ホタル」と小さな声でアオイが呼ぶのが聞こえる。
「うん…?」
「…………ニンゲンギツネって、人間を食べる?」
「……食べないよ」
ニンゲンギツネの長い歴史の中で「人間を食べる」なんて聞いたことが無かった。
狐は肉食よりの雑食だから、俺達の遠い遠いご先祖は鶏や果物を食べていたんだろうけど、今は人間とほとんど同じような食べ物を口にする。
ニンゲンギツネにとって人間は食料ではなくて……「可愛い生き物」だ。
可愛いから化かして遊んでやりたい。可愛いからたまに本気でケンカもする。
可愛いから夢中になって、狐の里に連れてきてでも、一緒になりたい。
ニンゲンギツネは人間のことを「可愛いね」と眺めているのが大好きな種族だから、捕って食べたりなんかしない。
仮にニンゲンギツネが可愛い人間を食べていたとしても、「食べるところなんか、ほとんどないじゃないか!」と、とてもじゃないけど手を付ける気にはなれないようなアオイの身体を抱き寄せた。
「まさか、俺がアオイを太らせて食べようとしてると思った?ふふ……バカだなあ……」
「違うよ!……だって、一緒に寝てる時に……」
そこまで言ってから、アオイはもごもごと口ごもった。
目の前のアオイの身体をまじまじと観察する。そういえば、ペロペロと俺に首を舐められていた時に、この身体は微かに震えていた。
アオイの匂いと、それから、くすぐったさに耐えようとしながらも小さな声を漏らしていたことが、すぐに思い出せた。
「……ああいうのって何?
に、人間どうしがする理由はなんとなくわかるけど、……あの、ホタルはどうして俺にああいうことをするの……」
……子供だと思っていたものの、アオイは人間どうしのする「ああいうこと」がどういう意味を含んでいるのかちゃんと理解しているようだった。
わかっているうえで、「やめて欲しい」と言うべきなのか、或いは、その先をせがむべきなのか、どうしたらいいのか判断出来ずに固まってしまっている。
「……人間どうしは、なぜ同じ布団で寝て抱き合うのか、アオイはちゃーんと知っているってわけだ」
「……その……、相手のことが大好きで、どうしても触りたい時に、たぶんそうする、と思う……。
でも、ニンゲンギツネはたぶん、ち、違うんだよね……?」
「そーだなあ……」
タオルに包まれたまま突っ立っているアオイは、恥ずかしそうにしながらも、たどたどしく喋った。
何にも知らずにボーッとしているように見えて、ちゃんとわかっているのだとしたら、「ああいうのって何?」は、受け入れることも知らん顔をすることも出来なければ、抵抗する術も持たないアオイなりに、勇気を出して言った一言に違いなかった。
「俺がアオイのことが大好きだから、もっと触りたいって言ったらどうする?」
「えっ……」
もっと困らせてどんな顔をするのか見てやろう、と思いそんな冗談を言うと、アオイは驚いた顔をした後、モジモジし始めた。
「ねえねえ、どうするの?」
「ど、どうするって……」
「……アオイの耳は小さくて可愛いね」
「あっ……!やめてよ……」
アオイを壁と俺の身体で挟んでから、逃がさないようにしっかりと捕まえた。
湿って張り付いている髪をよけてから、アオイの小さな耳に唇を近付ける。
風呂に入った後だからなのか、ほんの少しだけ熱い。
「くすぐったい」と耳を隠そうと縮こまっているアオイの身体を強く抱き締めながらコリコリしている部分に舌を這わせると、ビクン、と大袈裟に反応する様子が全身で感じられる。
「んっ……、待って……。ホタル、だめ……」
「……可愛い」
本当にアオイは可愛かった。「もっとして」と俺に纏わりついてくる人間の大人とはまるで違っていた。
何も知らない清潔な身体をいいように弄ばれて、正直に反応しながらも、ささやかな抵抗を見せられると、ますますいじめたくなってしまう。
可愛い、こんなに可愛い人間に会ったのは初めてだよ、とうっとりしながらピチャピチャとアオイの耳を舐めた。
もう片方の耳も指の先でくすぐるようにして撫でてやると、アオイは泣きそうな顔でイヤイヤと首を振った。
タオルが邪魔だ、と取り上げてやろうと思ったら「ダメ、もう許して……」とアオイの手が湿ったタオルを強く握り締めた。
「やめて……、んっ、んんっ……くすぐったい……」
もっとくすぐったいことをしてやれば、アオイはきっとぼんやりしてしまう。
そしたらタオルを取り上げて、もっと別の部分に意地悪が出来る……と思っていた時だった。
「は……?あ、あれ……?」
「……ホタル?」
久しぶりの感覚に目眩がしそうになる。思わず自分の頭を両手で抑えると、足元がふらついた。
「な、なんで……?えっ?……あっ、いやだあっ、く、ううっ……」
「ホタル?大丈夫?」
なんでだ?アオイをからかって遊んでいただけなのに、俺はいつ興奮した?こんなのは違う。何かの間違いだ、と焦れば焦るほど、どんどん頭とお尻がむず痒くなってくる。
俺の身体は、久しぶりに狐の姿に戻ろうとしていた。
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