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【その後】見知らぬお客さん(4)
しおりを挟むなんだかそろそろ戻って来そうな気配がする、アイツと鉢合わせるのは気まずい、とキキョウ先生はホタルが帰ってくる前にそそくさと出ていってしまった。
気配がするって、どういうことだろう? 家の前の通りに出てみても、ホタルの姿はどこにも見当たらなかった。せっかくだから、ホタルにも会ってから帰れば良かったのに、と残念な気持ちで家へ戻ってから、今度はしっかりと戸の鍵を閉めた。
キキョウ先生に近況を教えてもらえたから、ホタルを待っている間、ヒナタに手紙を書くことにした。本当は会って話がしたいけど、俺は一人で狐の里と人間の世界を繋ぐ、暗いほら穴を抜け出すことは出来ない。ホタルからも「絶対に一人で、ほら穴には近づくな」とキツく言われている。
会いたい、と書きすぎると忙しいヒナタを困らせてしまうから、冒頭に一回だけ「お元気ですか? ヒナタの次の長い休みの時には、会いたいです」と書くことにした。
あとは、どんな勉強を頑張っているかと、ホタルとの暮らしのことを書くことにした。 近所に住んでいる大きなテレビを持っているニンゲンギツネの家に、近所中で集まって年末にテレビで放送していた「カップラーメン総選挙」を見守ったこと。みんな手に汗を握って、一生懸命赤いきつねが上位に入るよう祈っていた。惜しくもカップヌードルには敗れてしまったけれど、二位という結果に「たぬき共参ったか!」「俺たちの勝ちだ!」「頑張って投票した甲斐があったな!」とみんなでバンザイをして、大喜びしていた。
お正月には、いなり寿司とヤクルトをたくさん背負ってホタルと一緒にニンゲンギツネのお年寄りの家へお手伝いに行った。
俺は今までお正月の挨拶なんてほとんどしたことがないから、狐の姿をしているお年寄りに「あけましておめでとうございます」と言うだけですごくドキドキした。
「キャ、キャ、キャ」
「あ……? デキてるから、こうやって毎日連れて歩いてるんだろうが! 毎回毎回同じことを聞くんじゃないっ……!」
お年寄りにとっては、俺とホタルが「デキている」事と、それを冷やかされたホタルがプリプリ怒る事の両方がよっぽど面白いらしく、いつもウキャキャキャと大笑いする。
「くだらないことばかり言っていないで、金をよこせ」と言うホタルを無視して、おじいちゃんやおばあちゃんは、俺にだけお年玉をくれた。
「えっ……、あの、これ……」
まごまごしているとちっちゃな前足でチョンチョンと体をつつかれた。おじいちゃんやおばあちゃんから何を言われているのかはわからなかったけれど、ケケケ、と笑っていることだけはわかった。……お年玉を貰ったことを手紙に書いた後、ヒナタが心配しないように「お年玉は将来のために、ちゃんと大事に取ってあります」と書いておいた。
手紙を便箋の一枚と半分まで書いたところでホタルが戻ってきた。家へ入ってくるなり、俺はおかえりなさいしか言っていないのに、「キキョウの奴が来ていたのか」とホタルが言うからビックリしてしまった。
「どうしてわかったの!?」
「家へ戻る途中から、アイツの気配を感じていたからな。それに、赤いきつねの匂いもする」
ホタルもキキョウ先生と同じように「気配」のことを口にする。人間の俺には、どれだけ集中しようとわからない、ニンゲンギツネだけの特別な感覚なんだろうか。
「いいな……。俺も遠くからでもホタルの事がわかるようになりたいな」
「いつでも側にいるだろう」
「留守番の時に、もうすぐホタルが帰ってくるかどうか、俺もわかるようになりたい……」
不思議な力も、よく利く鼻も、どんな物音も聞き逃さない耳も、なに一つ持ち合わせていない人間の俺には到底無理な話だった。
「どんなに離れていたって、俺はいつだってアオイの事を見てる」
「……本当?」
「……約束する。アオイを一人にしたりなんかしないさ」
遅くなって悪かったな、とホタルが頭を撫でてくれた。
「ううん……」
一人で留守番をした日はいつも、ホタルはいっそう俺に優しくしてくれる。だから、俺は寂しかった、退屈だった、と正直に伝えずに「平気だよ」と我慢だって出来る。
足を悪くして以来、籠りっきりになってしまっているばあ様の元へ行く前に花を摘んでいたから、いつもより少しだけ時間がかかってしまったのだとホタルは言った。
「……人間のやってる花屋で花を買うと高い金を取られるけどな、そこら辺でキンセンカを摘めばタダだ」
俺の「優しいな」「花を摘むホタルって、なんだか可愛いな」という視線に気が付いたのか、ホタルはフン、と鼻を鳴らした後、そっぽを向いてしまう。本当はお婆ちゃんに少しでも明るい気持ちになって欲しかったから、春が来る前の山を歩き回ってホタルは花を摘んだに違いなかった。
「……何を笑っている?」
「ううん……」
自分が花を贈られたわけじゃないのに、嬉しい気持ちになる。ホタルは自分の事を何度も「意地が悪いニンゲンギツネ」だって言うけど、側にいる俺の心をいつだって温かくしてくれる。だけど今日は、ホタルみたいな優しい心の持ち主を俺だけが一人占めしてもいいのかな、って少しだけ胸が痛んだ。
ホタルは「……帰ってくる途中で余った赤いきつねと交換してきた」と俺にもお土産をくれた。
「あっ、すごい……! 中華まんだ」
茶色い紙袋の中には、真っ白で大きな饅頭が二つ入っていた。ホタルに「赤いきつねと交換して」と頼んできたニンゲンギツネは、どこで中華まんを手に入れたのかはわからないけれど、ふかふかの生地は作りたてみたいに温かい。
中身は肉まんとあんまんで、味が違っていたからホタルと半分ずつ分け合って食べた。 お母さんと暮らしていた頃は食べものは冷えているのが当たり前で、いつだって一人で食べるものだった。
そのせいなのか、二人で温かい食べ物を食べるとなんだか安心出来る。だから、ホタルと食べる温かいご飯は、俺にとって特別だった。
「ねえ、ホタル。ホカホカしていて、湯気も、美味しいね」
湯気ではちっともお腹はいっぱいにならないけれど……と付け足す前に、側に座っていたホタルに、ぐっと肩を抱かれた。
「どうしたの……?」
「べつに……。アオイがあんまり喜ぶから……」
もっと食べろ、とホタルは自分の分のあんまんを俺にくれた。よくよく考えてみたら、湯気も美味しいなんて、すごく食い意地が張っていると思われたのかもしれない。変なことを言わなければ良かった、と後悔していたら、「幸せだな」とホタルが呟いた。
「……ホタル、幸せ?」
「そうだな。アオイと二人で暮らすようになってからは、ずっと幸せだ」
「うん……。えっと、俺さ、ずっと……。あの、しばらくの間は二人きりでいたいな」
本当はキキョウ先生から勧められたように、「ホタルは、子供が欲しい?」って聞いてみるべきだったのかもしれない。だけどまだ、その勇気が出なかった。
ホタルの本当の気持ちを教えて、と頼んだとしても、それを受け止められる自信も無くて、「しばらくの間は二人きり」と言うのが精一杯だった。
「フフ……そんな事を一生懸命伝えてくるなんて、可愛い奴だな」
ずっとアオイの側にいるさ、とクスクス笑いながらホタルが俺の髪をサラサラと手ですいた。
俺がもう少し成長して、ちゃんと話が出来るようになるまで、どうかもう少しだけ待っていてね、と心の中で勝手に約束をしてから、俺は黙ったままホタルに寄り添い続けた。【つづく】
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