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★さようなら

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シャワーの後、下着だけを身に付けた状態で、ベッドに仰向けに寝るように言われて、両手を身体の前で縛られた。
使われているのは柔らかいタオルだし、キツくぎゅうぎゅうに縛られているわけじゃない。それでも、さっきからずっと心臓がバクバクと音を立てている。

生田さんはただグルグルとタオルを巻いて、結ぶんじゃなくて、十字に交差させた後、一方の端を両手首の間へ縦に一周させたり、凝った縛り方をしていた。

「どうして、こんな縛り方を知ってるんですか?調べたんですか?」
「…………ボーイスカウトで習った」
「絶対、嘘ですよね?」
「……うん」

どうしてこんなすぐバレるような嘘をつくんだろう……と呆れたけど、生田さんは嘘がバレたことについて、特にすまなさそうにするわけでもなく、どうかしたらほんの少し嬉しそうだった。
「絶対嘘だ」と俺に突っ込まれるために嘘をついたんじゃないだろうか、とすら思えた。

縛られた手首をほんの少しだけ動かしてみる。
凝った縛り方のせいなのか、そう簡単には外れそうになかった。
なんだか、不安になる。「やっぱり取って」と言うか迷ったけど、怖い、よりも「ちょっと頑張ってみよう」という気持ちの方が勝った。

「生田さん……」

頑張りたいけど、やっぱり心細くも感じられる。それで、おかしなことだけど、俺を縛った張本人である生田さんの名前を、すがるようにして呼んだ。

「鈴井さん、怖い?嫌だ?」
「ちょっと怖いけど……痛いことしない?」

絶対しないよ、と下着だけ身に付けた生田さんが俺の側に横になった。手が自由にならないから、しがみつくことも出来ない。
もっと近くに来て、不安だよ、と思いながら生田さんの身体に少しでも触れようとモゾモゾと身を捩る。
生田さんは気が付いてくれたのか、そうじゃないのかは分からないけど、俺の身体をそうっと抱き締めた。


「……今日だけ、鈴井さんのこと、付き合ってる人だと思ってもいい?」
「俺が?……生田さんの彼氏?」

口に出して言ってみると、そんなことはありえないのに、となんだか寂しい気持ちになる。
どうして寂しいと思うんだろう、これじゃあ、生田さんの彼氏になりたいみたいだ……と思いつつ、「そんなわけない」と即座に否定出来ない自分がいる。

生田さんの指先が、俺の頬を撫でる。少しくすぐったいけど心地いい。
彼氏だったら、いやらしいことをしなくても、こんなふうに当たり前に触って貰えて生田さんからの愛情を感じることが出来るのかなあ、という気がした。

俺が甘やかされたり優しくされたりするのは、身体を売っているからだ。
生田さんと過ごす時間に居心地の良さを感じれば感じるほど、ここは本当は俺の居場所じゃない、という現実が突きつけられる。それが、最近はひどく苦しかった。

「鈴井さんに言われてから、真面目に出会い系のアプリでいい人を探しているけど、なかなか見つからないから……」
「うん……。わかりました…」

「早くいい人が見つかるといいですね」と、俺はここ最近心にもないことを口にしていました、本当はこのまま生田さんに彼氏が見つからなければいいのになあ、ってずっと思っていました、ごめんなさい……という罪悪感で生田さんの顔が見れなかった。

生田さんの部屋でダラダラと、とりとめのない話をする時みたいに、本当は自分の気持ちを正直に伝えたい。
けれど、お金を貰っている以上、生田さんとのことはちゃんと仕事として割り切らないといけないから、絶対にそんなことは出来ない。
俺に出来るのは生田さんから求められていることに対して、今までと同じように一生懸命応じることだけだった。

「……じゃあ、今日だけ彼氏ってことで……。いっぱい可愛がってくださいね」

もし、今日満足して貰えたら、生田さんの気が向いた時に、たまには彼氏にして貰えたりするのかなあ、と思いつつ、ギクシャクと生田さんに笑いかけた。




「……マナト」

生田さんはなんだか緊張しているみたいだった。顔は強張っているし、俺を名前で呼んだことに対して、「本当にいいんだろうか」と不安そうにしている。

「来て……、早くしたいよ……」

「生田さん、大丈夫」という意味を込めて、甘えるようにそう言った。
伝わったのか、生田さんが顔をすごく近付けてきた。俺の身体からも生田さんの身体からも、同じ石鹸の匂いがして、なんだかそのことにすごくドキドキした。

「……好きだ」
「……生田さ……んっ、」
 
キスをされたのは今日が初めてだった。生田さんはキスを恋人同士がする特別な行為だと考えているから、してこないんだろう、と今まではずっとそう思っていた。
けど、唇が触れた瞬間に、なんだかずっと我慢していたのかな、と感じられるような激しいキスをされた。

生田さんの熱い舌が、口内に入ってくる。自分の舌を差し出して必死でそれに応えた。
食べられちゃう、と思うほど、強く吸われ、呼吸が乱れる程、長く深く口付けられた。
ぼんやりとする頭で、苦しいけど、このまま何も考えずに身を委ねてしまいたいと、感じていた。
唇が離れていった時には、はっ、はっと肩で息をしながら、追いかけるようにして頭を思いきり反らせて、生田さんの顔を見つめた。

「生田さん……」

マナト、可愛い、大好きだ、と顔のあちこちに触れるだけのキスをされる。さっきまでは、性感を煽るようなキスだったけど、今は逆でなんだか俺を宥めるようなキスだった。

「やっ、いやあ……」
 
「本当?俺が好きですか?」と聞き返したくなる。でも、もしそれに「本当だよ、マナトが大好きだよ」と答えられたら、きっと、歯止めが効かなくなってしまう。
この時間だけじゃなくて、ずっとずっと、「マナトが好き」と言って欲しくなる。

生田さんは本当の彼氏が出来るまでの間、お金を払ってでも若い男の身体に触って、恋人っぽいことをしたいだけだ。俺という人間が好きだからやっているわけじゃない。
それが分かっているから、「好きだ」とキスをされるのは胸が苦しくて、もっとして欲しいけど、もうしないで欲しかった。
 
「マナト、……キスは嫌だ?」
「違う……!違うけど……」
 
縛られているせいで手が自由に使えないから、目の前の身体にしがみつくことが出来ず、もどかしい。

「違う……あの、もっと、他の所にもいっぱいして……」

本当の理由を正直に伝えたら、きっと空気が冷えてしまうだろうから、そうならないように、必死で考えた言い回しだった。
「どこに?」と生田さんが、ギラギラした目でこっちを見ていいて、明らかに期待されている。
もっと興奮させてあげないと駄目だ。今は仕事中だし、俺の個人的な感傷は持ち込むことは出来ない……そう思いながら口を開いた。



「……言わないとしてくれないの……?俺の身体、嫌い…?」

生田さんは、すごく真剣な顔つきで「嫌いなわけない」とすぐに否定した。
そのまま、また唇にキスをされる。啄むようにして何度も触れるだけのキスにうっとりとしていると、耳元で「マナト、好きだ」と囁かれた。


マナト。マナトは可愛い。大好きだ。
本当は写真に撮ってオカズにしたいし、毎日一緒にお風呂にも入りたいし、隙あらばセクハラして怒られたい。マナト、好きだよ……。

可愛い、好きだという言葉を囁かれながら、あちこちにキスをされている合間に何かいろいろ気色悪いことを言われたような気もするけど、身体は気持ちがよくって、ぼんやりした頭で「うん、うん」と頷くのが精一杯だった。

手を自由に動かせない俺の身体を、生田さんの舌が這う。縛られた手を頭の上で押さえ付けられて、胸を責められる。
無防備で抵抗出来ない格好にされて、自分の身体全部を生田さんに差し出しているかのようだった。

舌先で乳輪を円を描くようにして舐められる。まだ、直接吸われたわけじゃないのに、「小さい」と生田さんに言われる乳首が、固く尖っているのが自分でもわかる。
先端をペロペロと優しく舐められ、舌先で転がすようにされると、「待ってました」とでも言わんばかりに、自分の意思とは関係なく身体が跳ねる。

「あっ!やだ、恥ずかしい……」
「気持ちよくない?」
「気持ちいい……あ、ああっ……」

「気持ちいい」と声をあげながら、俺の身体が作り替えられてしまう、と首を小さく横に振った。
生田さんがしょっちゅう触るせいで、今では一人でする時も乳首を弄るようになってしまっている。

「マナトの乳首は敏感で可愛いよ」
「やだあっ!違うっ……!んっ、ううっ……い、やだ、気持ちいい、きもちいいの、変……」
「気持ちいいのは変じゃないよ……」

マナト、可愛い。食べたいくらい可愛いよ、と乳首を唇で軽く挟まれる。
やっぱり自分で触るより何倍も気持ちがいい。
この先俺は普通に女の人とのセックスで満足出来るんだろうか、だって男の人に求められるのってすごく気持ちいい……と不安で泣きたくなる程、感じていた。


「じゃあ、食べて……」

これを言ったら、空気が冷えるとか、生田さんを興奮させなきゃとか、そんなことを気にせずに唯一言えた本心だった。


「……横向きで寝てごらん、俺に背中を向けて……」

縛られた手は身体の前に戻されて、ゴロリと横向きに転がされる。

「あっ……」

乳首を触られながら、首筋や背中を舐められる。ゾクゾクする感覚に、声を出すのが我慢できない。
「ダメ!気持ちいいよお……」という、鼻にかかったような声は本当に俺の声なんだろうか、と自分では信じたく無かった。
今日は泊まりで時間を気にしないでいいからなのか、性器にはなかなか触って貰えない。
されるがままの状態で、ただただ、焦らされるのは苦しい。ぎゅっと握りしめた手のひらは汗で湿っている。


「ねえ、俺も触りたい……」
「……いいよ、何もしないで」
「ああっ、なんでえ……」
「マナトが気持ちよくなってるところが、見たいから」
「俺だって、同じなのに……酷い……」
「……マナト、こっち向いて」

無理やり振り向かされて、キスをされた。生田さんの手が俺のパンツへ伸びる。
泊まりで会う約束をしてから、すぐに買いに行った。……奮発してポール・スミスで買った。ブランドロゴのスペルがランダムにプリントされていて、カラーはバーガンディー。
普段履いてるパンツの3倍くらい高かった。こういうのって勝負パンツって言うのかな、と思いながらお会計した。

「……マナト新しいパンツだよね?可愛いな…」
「うぅ……」

俺がどんなパンツを持っているのかを把握しているらしく、卸し立ての下着だということに生田さんは気が付いているみたいだった。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになる。
大きな手でお尻を撫で回されて、もしかして、と身体に力が入る。

「……入れるの?」

入れないよ、と生田さんはちょっとビックリした声で返事をしてから、俺のパンツをずり下ろした。
そのまま剥ぎ取られて全裸にされる。

「……ちょっと、恥ずかしいかな。ごめん」
「えっ?!…やだ、こんな格好……!いや!いやです!」

片足を持ち上げられて、そのまま生田さんの腰に寄りかかるような形にされる。
こんなふうに足を開かされたことはないし、同じ裸でいるにしても足を閉じてる時とは恥ずかしいの度合いが全然違う。
恥ずかしいところを思いきりさらけ出しているような、そんな気持ちだった。

生田さんは「少しの間だから」と言ったけど、そのままねちっこく俺の性器を触り始めた。
恥ずかしい、やめてよお、もう出ちゃうと訴えると途端に手の動きを止められたり、弱くされたりした。
「この格好のまま出していいよ」とは言うけど、長く楽しみたいのか、なかなかイカせてくれない。

「……あっ、あっ、もうだめ、いきたい……」

生田さんが自分の硬くなった性器を後ろから、擦り付けてくる。
グッ、グッと何度か腰を振られて、これってセックスしてる時みたいだ、と思うと一気に耳が熱くなるのが感じられた。

「いやっ……あ、あ、お願い……」
「……マナト、ごめん、もうちょっと頑張って」

もうちょっとって?もうおかしくなりそう……と頭の中はグチャグチャだった。

「いくたさ……、もう、入れる?ふ、……んっ、入れたら、これ終わる?」
「……入れないよ」
「もういれてよお……お願いだから…」

すすり泣くような声で俺にそうせがまれて、「コイツは本気だ」と一瞬で冷めてしまったのか「鈴井さん無理だ」とすぐに否定された。

「な、んで……。入れてよお……」
「……痛いよ」
「いいから、いれてよ…!おねがい、いじわるしないで……」
「……ごめん、鈴井さん、焦らしすぎた。ちゃんと触るから……」
「……ねえ、ここ入れて、セックスしよう?」

手を後ろに伸ばすことが出来ないから、自分のお尻を生田さんの性器へ擦り付けるようにして、「ここに入れて」と訴える。
生田さんのモノだって、すごく硬くなっていたし、俺が腰を揺らして誘惑すると、気持ちがいいのか呻き声が聞こえた。
きっと入れたいに違いなかった。それでも、生田さんは聞いてくれなかった。

ダメ、と生田さんの手がゆるゆると性器を刺激してくる。散々焦らされて苦しくて、それから……俺は今日、そのつもりでここへ来たのに、と思うとなんだか切なくなって涙がボロボロと溢れてきた。
泣きながら「お願いだから、おちんちん入れてよ」と懇願したら、一瞬だけ生田さんの手に力がこもった。
急に強く擦られて、強い刺激に思わず、「ダメ、いく」と声をあげる。

「……そういうことを言われたら、本気で入れたくなる」
「……いいよ。して……?まだ、いくの、おれ、我慢するからっ……お願い、いれて…」

乱暴に身体を仰向けの状態にされる。涙でグチャグチャになった俺の顔を、生田さんはほんの一瞬確認した。
それから、俺の足を思いきり開いた。



「やだあっ……!やめてよ!ちがうっ!これ、いやだ!あ、あ……」

手は縛ったまま、足もしっかりと押さえつけた状態で、生田さんは俺の性器を口に含んだ。
大きな口と舌でじゅるじゅると音を立てて、吸い上げられる。

「いやだっ、いきたくない……!やだっ、あああ……」

心とは関係なく、身体はずっとこの時を待っていたようで、呆気なく生田さんの口内で果ててしまった。

「ひどい……どうして入れてくれないの?痛くたっていいから入れてよ!生田さんのバカ!」と初めて本気で生田さんを罵倒した。
そしたら怒ってしまったのか、「もう、出ません。やめてください」と大泣きするまで、生田さんの舌と手で何回もイカされた。
結局、この夜、生田さんは一度も射精しなかった。





「……もう落ち着いた?…鈴井さん、ごめん、大丈夫?」

生田さんにそう聞かれて無言で頷いた。泣きすぎて、頭がぼうっとするし、ごしごし擦ったせいで瞼は腫れている気がした。

「……今日はお金はいらないです」
「えっ?どうして?」
「困らせちゃったし、なんにもしてないから……」

本当の彼氏にするみたいにされて、浮かれてしまった。
きっと今日じゃなくて、デートの約束をした日から、或いはもっと前から、俺は生田さんが自分の雇い主であることを忘れて浮かれていた。



「俺は、このままゲイになってしまうんでしょうか……」

生田さんに買ってもらえなくなって、生田さんを忘れられたら、俺の身体は元に戻れるのだろうか。
それとも生田さんじゃない、別の男の人を探すようになるのかな、それは嫌だな……とすごく気が重くなる。

俺がポツリと呟いた一言に生田さんはほとんど間を置かずに「鈴井さんは、ゲイじゃない」と答えた。

「……大丈夫だよ。これから普通に女性と恋愛して、セックスして、結婚も出来る。大丈夫」

大丈夫、ごめんごめん、俺が変なことに付き合わせたから、悩まないでいいことで鈴井さんを悩ませてしまった。本当にごめん……と言う生田さんの声は穏やかで優しかったけど、今までしてくれたみたいに、擦ったり抱き締めたりはしてくれなかった。

「すみません……」

何度も女の人を好きになろうと悩んだ、三十歳までずっとずっと恋愛するのを我慢してきた、という生田さんに「普通に女性と恋愛して、セックスして、結婚も出来る。大丈夫」なんて言わせてしまった……と思うと、また泣けてきた。

「鈴井さん、泣かないで。大丈夫だから……」

泣いている間、ずっと慰めてくれたけど、生田さんはもう絶対に俺の身体には触れようとはしなかった。



その日は、泣き疲れていつの間にか眠ってしまった。翌朝、目を覚ました時には生田さんはすでに起きて身支度を整えていた。

あまり二人とも喋らず、気まずい雰囲気のまま家へ戻った。

別れる時に「鈴井さん、ありがとう」と生田さんはたくさんたくさんお金をくれた。次に会う約束はしなかった。

家に戻って金額を確認した時、このお金と引き換えに、ものすごく大切なものを失ってしまったような気がして声をあげて泣いた。
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