お隣さんがパンツを見せろと言うからプロ意識を持ってそれに応える

サトー

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パンツを見せる

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「あのっ、俺のパンツを見たところで、悲しい気持ちは無くならないと思います」 
「いや、無くなる。ほんの一瞬見せてくれればそれでいいから。パンツを見せるとか見せないじゃなくて、鈴井さん、一秒で数万円が手に入るというチャンスについてもっとよく考えた方がいいんじゃない?」
 「ええ……」

 こんなに嫌がっている俺にそんなことを言えるってどういうこと? これって何目線のアドバイス!?
 頭の中は混乱していたけど、同時に 一秒で数万円、という言葉は確かにすごく魅力的に感じられた。まだ手に入ったわけでもないのに、服や靴といった欲しいものが次々と頭に浮かんでしまう。

「……どうして俺のパンツなんですか?」
 「どうして、か……」

  そう聞き返されると思っていなかったのか生田さんは長いこと黙っていた。 ふむ、と顎に手を当てて、真剣な顔で何かを考えている。そうまでして、俺を納得させる理由を探しているのか、と思うとなんだか背筋が寒くなるような気がした。 

「……ほいほい脱がれると物足りない。だから、プロの人には頼めない。それから」 

 自分より若くて可愛い人が自分の言ったことに対して、「嫌だ!」「やめてください!」と大騒ぎしてくれると堪らなく嬉しい。若くて可愛い顔をしていれば性別は男女どちらでも構わない……、と生田さんは平坦な口調でそう説明した後「わかってくれた?」と肩を竦めた。

「全然わかりません……」
「おかしいな……なるべくわかりやすく説明したはずなのに。逆にどこがわからない?」 
「全部です」 
「わかった。じゃあ、わからなくてもいいから、とりあえずほんの一瞬、穿いているパンツを見せて欲しい」 
「ええ~……」

 生田さんは、本当に見るだけだから何も心配することはない、と必死だった。 

「失恋したばっかりで、俺なんかのパンツを見て一万円も使ってしまったら、あとで絶対虚しくなってしまいますよ……」

  本音は「キモイ、怖い、帰りたい」だけど、さすがにそう言うわけにはいかず、冷静に生田さんを諭した、つもりだった。だけど、生田さんは「虚しくなんかならない」と一歩も引かない。

 「もともとリンちゃんとも、そういう関係だったけど、俺はいつも満足していたし」 
「……そういう関係って?」
 「リンちゃんは、会うたびに金をせびってきたし、機嫌が悪い時は金を受け取った瞬間に『もう少しいさせてよ』と玄関で土下座する俺を容赦なく家から追い出したよ」 
「え!? 大丈夫ですか? それって」 

 たぶん、付き合ってるって言わないと思います、と言いたかったけど、リンちゃんのことを思い出してしまったのか生田さんがまたボロボロ泣き出してしまったから言えなかった。
 「うう……リンちゃん……。俺が渡したプレゼントをどんどんフリマアプリで売るところが、この子こんなに可愛い顔してやることがエグいなと思って最高に興奮したのに……」
 「え!?」
「俺の連絡は無視するのに、フリマアプリの値引き交渉にはマメに応じて迅速で丁寧な取引をしてるのはおかしい……どう考えてもおかしいって……うう……」
 「はあ……」

 ツッコミどころがありすぎて、「泣かないでくださいよ」と言うことしか出来なかった。たまに低い呻き声を漏らしながら、涙を拭うこともせず生田さんは静かに泣いた。大人の男性が本当に悲しいことが起こった時にする泣き方だった。

「……で、鈴井さんパンツを見せて欲しいんだけど」 

 泣き止んだと思ったら、普段通りのキリッとした顔で生田さんは再び交渉を始めた。 ここまで来たら押せばイケる、と思われているのかもしれない。 
「で、でも……こういうことは、ちょっと……」 
「……鈴井さん、俺は明日も仕事に行かないといけない。そのためには、今日の失恋を吹き飛ばすような出来事が必要なんだ」 
「うう……でも……あの、ほんとに俺、そういうことは無理です……」

「……鈴井さん、俺の誠意が足りない? だったら五万円でも十万円でも払うし、土下座もする……! 鈴井さん、お願いだからパンツを見せて欲しい!」
 「わーっ! やめてください!」

  放っておいたら本当に土下座をしそうな勢いだった。慌ててフローリングの床に膝まづく生田さんの肩を掴んで止めた。

 「五万円なんかいりません!  土下座もやめてください!  パンツくらいそんなことをしなくても見せます!」 
「ほんと!?」

  しまった、と言った瞬間には後悔していた。けれども、生田さんがガバッと顔を上げるから、その勢いに押されて思わず頷いてしまった。 生田さんの目は獲物を見つけた鷹のように鋭く光っている。パンツを見たいというだけで、こんなにギラギラした顔をするなんて、と俺は内心震え上がっていた。 鈴井さん本当にありがとう、と嬉しそうな顔をする生田さんに対して、引きつった顔で愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。

「鈴井さん、出来ればこう……本当は見せたくないのに仕方なく、嫌々やってるって感じを全面に出してもらえると嬉しいんだけど。あんまりパパっと脱がないで焦らすような感じで……」 

 怖いしめんどくさいし、さっさと見せて帰ればいいや、と思っていた俺の心を見透かしたかのような言葉だった。

 「わ、わかりました……」

  すでに、前金ということで一万円は受け取ってしまっている。こういうことをしてお金を貰うのって犯罪とかになるのかな、なんだか、ものすごく悪いことをしているような気がする……と棒立ちでモジモジしていると、待ちきれないのか生田さんに「鈴井さん」と名前を呼ばれた。 

「あ、あの、すみません……。今、脱ぎます」 
「いや、すごくいいよ。俺の言ったことをわかってくれたんだね、嬉しいよ……」 

 うっとりとした声でそう言われても、どういう意味なのかわからなかった。 生田さんの様子をうかがうと、ソファーに腰掛けて俺のことを舐めるようにじっと見ている。……もしかしたら、焦らしていると思われているのかもしれない。 早くしないと、とファスナーに手をかけた。ジジ、とゆっくりと下ろしながら、そういえば今日穿いていたのはどんなパンツだったっけ、古いのかな、新しいのかな、とかそんなどうでもいいことを考えていた。生田さん以外のことに意識を飛ばしていないと、とてもじゃないけど恥ずかしくてやり遂げられなさそうだった。
 ズボンからモタモタと片方ずつ足を引き抜く。……俺だったら絶対こんなものを見たって興奮しない。ただのローライズボクサーを吐いた男の下半身なんて珍しくもなんともない。けれど、確認しなくたって生田さんの視線が自分のどこに集中しているのかわかってしまって、恥ずかしくて顔を上げられなかった。頬が熱い。 

「鈴井さん、上着の裾でパンツが見えにくいから少し上の方に捲ってくれないかな」
 「こ、これでいいですか……?」 
 さっきから注文が多い、と不満に思いつつも言われた通りに従うと「……すごく、いい」と上ずった声が聞こえた。 

「も、もういいですか? あの、ごめんなさい……本当に恥ずかしくて」
 「は……」 
「生田さん……」
 「……はっ!  鈴井さん、ゴメン、ありがとう。見とれてしまっていた。本当にありがとう」 そう言われてホッと胸を撫で下ろした後、急いで服を着た。やっと終わった。ずっとドキドキしていたし、恥ずかしかったし、パンツを見せている間はものすごく時間が長く感じた。 

 「じゃあ、お邪魔しました……」

  おやすみなさい、とペコッと頭を下げて、部屋から出て行こうとすると「鈴井さん」と呼び止められた。

 「……まだ何か?」

  呼んでおいて、生田さんはなかなか喋ろうとはしなかった。ただ、黙って穴が開くほど俺の顔を眺めている。

 「……あの」
 「鈴井さん。鈴井さんはどうやらパンツを見せる才能があるみたいだ、それでもし良かったら」
 「ないです! そんな才能!  絶対ないです!」
「……良かったら、俺と雇用契約を結んでくれないかな」

 パンツを見せる才能なんて、あったとしても全然嬉しくなんかない。それなのに、生田さんは「鈴井さんは天才だ」と俺を称賛して、またもや「土下座するから!」と迫ってきた。さっきから隙あらば土下座しようとしてくるし、「誠意を見せる」というよりは、そういう性癖なのかもしれなかった。 

「だから土下座はやめてくださいってば! そ、そんなパパ活とかエンコーみたいなことは出来ません」
 「……鈴井さん、ちょっとパパ活ってもう一回言って貰える?」
「パパ活?」
「……いいな」
「な、なにがですか……?」 

 思わず首を傾げて困惑していると、生田さんが、すすっと俺の側へ一気に距離を詰めてきた。なんだか、怖い。体に触られるかもしれない、と思って後ずさると、生田さんは体一つ分という一定の距離を保ったまま、俺の顔をじっと見下ろしていた。

 「鈴井さんの唇から、パパ活という言葉が出てくるだけでいい。興奮する」
「……へ、変態」

 目が合わない、と思ったけど、おそらく唇を凝視されているからだと、すぐに理解した。そう思うと怖くて、気味が悪くて、ぎゅっと口を固く閉じた。 

「……鈴井さん、もし、これからもパンツを見せてくれたり……鈴井さんの身体を見せてくれるのなら、今日みたいにお金を払う。どうかな?」 

 無理です、という意味を込めて首をブンブン横に振った。何か言ったら、また怖いことを言われそうな気がした。

 「……時給を鈴井さんの言い値で払ったっていいよ。五万円でも十万円でも……どうかな? 一年や半年分の料金を一括で払ったっていいんだよ」
「えっ!? そんな大金貰えません!」
 「じゃあ、いくらならいいのかな」 

 正直いって、さっき生田さんに言ったように、売春みたいなことはしたくなかった。けれど、生田さんの変態趣味に付き合うだけで数万円のお金が簡単に手に入るというのは魅力的だ。

 「……鈴井さん、特定の人とこういうことをするのは犯罪じゃない。むしろ、俺は救われるし、これは人助けなんだよ」 
「ひ、人助け……」
「鈴井さん」

  鈴井さん、優しい声で何度もそう呼ばれる。どうしよう、どうしよう……。お金にはすごく困っている。後期の学費を振り込んだばかりで残高はほとんどないし、毎日実習や資格試験の勉強で忙しくて、本当はバイトも減らしたい。それで、結局はすごく迷ったけど、「こ、怖いことしないなら……」と頷いてしまった
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