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30.いやらしい白

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「……お前、立たないとか言ってたけど……嘘をついてたのか?」
「いや、この前までそうだったんだけど……。ごめんねー、先生疲れちゃった?」

そっぽを向いたまま、先生はうんともすんとも言わなかった。
よっぽど疲れているかよっぽど機嫌が悪いかのどっちかなんだろうけど、ごめんね、と頭を撫でても手を払われなかったから、後者ではないのかもしれない。

「なんか、ごめんね……俺に付き合って何回も出させちゃって。気持ち良さそうだったから、つい」
「……お前、本当は悪いと思ってないだろ?」
「え?なんで?」
「……今からでも野宿しろ」
「やだ、もう動きたくない……」
「はあ……」

後ろからぎゅっと抱き締めると、デッカイため息が聞こえた。
セックスの後、全然顔を見せてくれないのは素っ気なくも感じられるけど、代わりに見える先生の背中に見とれた。

傷もシミも一つも見当たらない。先生は、いやらしいくらい真っ白な肌をしている。






キスの勢いでそのままフローリングに押し倒したら、先生が結構な勢いで頭をぶつけてしまって、その瞬間、「あ、終わった」と確信した。

「……ごめん」

先生がもぞもぞと起き上がった。「何を考えてんだ!」と左頬にビンタが飛んで来るかなと思ったら、そっと左手を掴まれた。「こっち」と導かれるようにして、先生の使っているシングルベッドに連れていかれた。



高瀬、確かめろ。

テストの時に分からない問題が多いということもあって、パパーッと解き終わって、机に突っ伏して寝ていたら先生からよく、名前と出席番号を書いたか「よく確かめろ」と言われた。
まだテスト中だから、他の生徒に聞こえないように小声で囁くように。

あれと、全く同じ言い方だった。高瀬、確かめろ。
ただ、小声でボソボソ喋っているだけなのに、確かめたら骨抜きにされるかもしれない、と思うような艶かしさが今日は感じられた。





先生は「電気を消せ。見たら萎えるだろ」と言ってきた。そう言われて、ハイ、そうですか、と消せるわけもなく、部屋は明るいままで照明のリモコンを遠くに置いたら、すごい顔で睨まれた。

「見せてよ」
「……じゃあ、手だけ見てろ。手なら女性とそう変わらない……」

誰かにそう言われたことがあるの?と質問したくなるような、言い方だった。
先生は渋っていたけど、今まで服で隠れて見えなかったところは、ものすごく魅力的だった。

「……何をジロジロ見てる」
「いや、色素が薄いなって……どうやったらそういう色になんの?」
「……なにが」
「なにがって……」

答えかねたまま乳首を凝視してたら、何かを察したようだった。それで、怒ってしまったのか恥ずかしかったのか、うつ伏せになってしまったまま岩みたいに動かなくなってしまって、元に戻すのに苦労した。
なんとか宥めて機嫌を直して貰ってからじゃないと再開出来なかった。


先生はほとんど声を出さないから、微かな息遣いと表情の変化で気持ちがいいのか、嫌がっているのか察しないといけなかった。
ものすごく長い時間をかけて、手と舌と唇で確かめるようにあちこち触れた。紛れもない男の人の身体だったけど、それ以前に大事な人の身体だった。

意外と先生はキスが好きみたいで、好きだ、と言い合わずに、お互いの気持ちを交換するみたいにして、何度もキスした。
気持ちが昂った先生から「……ハヤト、もっと」って言われた時は我慢が出来なくて、「もう、ダメ、出ない」って言われたのに、無理をさせてしまった。


そして、先生は恐ろしく手際が良かった。商品の受け渡しから集金という一連の流れにものすごく手馴れてる出前の配達の人みたいだった。
「すいません」と謝りながら一万円札で支払いをしたら、「えっ、もう釣り銭準備出来たの?」とこっちがビックリしてしまうくらい、手際がいい人がたまにいる。

そんな感じで、なんにも言わなくても俺の服を脱がせてくれたり、触ったりしてくれた。
えっ、そんなことまで?!と言いたくなるようなことまでしてくれた。メチャクチャ興奮した。



絶対、誰かとこういうことしたことあるよね、しかも頑なに「付き合ったことはない」としか言わないってことは、ものすごく複雑な経験をしてるよね…と思ったけど、先生はそのことについてあまり触れて欲しくなさそうだから、何も聞かないことにした。

「先生、彼女いるー?」と思ったことをポンポン聞いていいのは高校生までで、今の俺は多少なりとも成長して大人になっている。だから、あえて何も聞かないってことは今日覚えた。




「……俺と先生がこうなったのって、そもそも先生が、俺のを口でしたと思ったからじゃん。まさか、勘違いがほんとになるなんてねー…」
「……そうだな」
「でも、良かった…。ちゃんと出来たから」

全然反応した。一回してしまうと、もっと触りたい、触って欲しいと思う。
良かった、と余韻に浸っていたら「……でも、最後まで出来てない」とそれを吹き飛ばすようなことを先生が急に言ってきた。

「……ま、まあ、そうだけど。そこは、焦らないでいいと思うよ。身体に負担もかかるし……」
「……高瀬、世間で話題になったストロング系飲料があるだろ。あれの500mlを飲ませれば、たぶん入るし最後まで出来る……」

この人、何言ってんの?と先生の方を見たら、真顔だった。何度確認しても冗談で言っているようには見えなかった。
どういう意味でそんなことを言っているのかよく分かってはいたけど、先生の言うようなことはしたくなかった。

さっき気が付いてしまった。全然そういうつもりは無かったのに、俺の手が先生のお尻に触れた時に、思い切り顔を強張らせていたことを。

先生が過去に誰かと何があったのかは知らないし、それを聞き出そうとも思わない。
けれど、今までに何か嫌なことや、怖いことがあったのかもしれない、と思えるような変化は見逃せなかった。
きっと俺はこれからも、先生が触れて欲しくないであろうことに、気づいていないフリをしながら、先生を大切にしないといけない。

だからあえて、「飲めないでしょー?あれ、俺でも飲み過ぎたらキツイし」ととぼけた。

「先生、そんなん飲んだらマジで死ぬって。
自分の肝臓の実力を過信しすぎっていうか……これからの人生は、普通のアルコールは諦めて子供ビール飲んだら?自分の身体、大事にしなよ」
「……過信…子供、ビール」
「先生、お酒飲むとなんか緩くなるじゃん?だから、もう外で飲んじゃ駄目だよ」

緩いうえに記憶まで無くすんだから絶対飲まないで欲しかった。「俺と二人の時だけだよ!これ、ジュースと変わらないよ?って言われても絶対駄目だからね!」と無理やり約束させた。



「先生?」
「うん……?」
「俺のことを、ふざけんなって思うのは全然いいし、ケンカっぽくなったとして、俺が全部悪いでも全然いいんだけどさ……だんまりなのは、本当やめて。
俺も心配するし、怒ってるのか、具合が悪いのか、わかんないじゃん?
いつでもすぐ会えるわけじゃないし……。ほんとに、「黙れ」とかでもいいからさ、すげー怒ってる時でもなんか合図ちょうだい。お願いだから……」

本当はこのまま幸せな気持ちのまま眠ってしまいたかった。
けれど、絶対大事なことだから言わないといけない、と思ってものすごく勇気を出した。

先生にこんなことは言いたくなかった。先生じゃなくて、ものをガンガン言い返してくる彼女に対してなら「無視とかそういうのほんとにやめろよ!」ともうちょっと強めにいってたかもしれない。

先生が俺にグイグイ押された時に断るのが苦手なのと同じように、俺は先生に対して直して欲しいとこを言うのが苦手だ。
ただ、ムッとされてもいいから「俺は本気で心配してるから、試すようなことはしないで」と伝えたかった。
分かってくれたのか、先生は「うん」と頷いてくれた。


「俺、もう家知ってるから、次こういうことになったら家に来るからね」
「……わかった」
「ほんとに来るからね」

ここまで人を追いかけたのは初めてだ、と思いながら目を閉じると一日の疲れがどっとやってきた。
まだ、起きて話したいけどな、次いつ会えるかわからないし、と眠気と戦っていると「高瀬」と先生に遠慮がちに名前を呼ばれた。

「ん……」
「……お前、俺が好きか」
「……どしたの、急に」

こっちを向いた先生がバツの悪そうな顔をしてソワソワしていた。「はっきり確かめないと眠れない」とでも言いたげだった。

「……不安になったの?」
「……そういうわけじゃ、」
「椿さん、大好きだよ」

本当は先生が一番欲しい「大好き」は俺からじゃなくて、別の……別の誰かを求めているのかも知れなかった。
正直言って悔しい。今すぐ何とかしたい。
ただ、相手はそうとう手強い。なにせ、25年も先生が求め続けた相手だ。
俺と先生には時間だけはまだまだあるのが救いだった。先生の25年分の孤独を埋めることはきっと出来る。


「……好きかどうか聞かなくても、さっきいろいろして、それで分かっていたけど、確かめたかった…」

今までこんなことは無かった、と先生は恥ずかしそうにしていた。
もう一回、お互いが好きだということを確かめるようにキスしたら「もう、本当にダメだ」って言いながら感じまくってて、先生はやっぱりどエロかった。






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