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27.迎え

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「絶対に出ないだろう」と思いながらかけた電話で、コール音がふいに止まって「はい」と相手の声が聞こえた時は、どんな人でも動揺して、きっと上手く言葉が出てこないに違いなかった。




東京駅の構内はザワザワと騒がしくて、田舎では考えられないくらいの数の人が行き来していた。
相変わらずデッカイ場所だ……と思ったし多少迷ったけど、適当に歩いていれば、景色から「ああ、ここ来たことある」と、なんとなく道順を思い出せた。

なんだったら、「すみません、ちょっと道を教えてください」と知らないサラリーマンから声をかけられたから、駅構内の地図を一緒に眺めながら目的の場所を探した。
俺だって前に通ったことのある通路や店を覚えているというだけで、駅構内の隅から隅まで把握しているというわけではないから、間違えたり迷ったりして、なんとかサラリーマンを出張に行くためだという京葉線のホームまで送り届けた。

「俺も今着いたばっかで、東京の人じゃないっす」と断ることは出来なかった。
今まで自分も、知らない場所ではガンガン人に道を聞いてきたからだ。



結局東京駅に着いて一段落した頃には、時間は18時過ぎになっていた。先生が今日仕事なのか休みなのかも分からない。なんとなく、この時間ならボチボチ退社し始めている人が多いだろう、と思って、その時間に合わせて来ただけだからだ。
仕事だったとして、残業があるのかないのかも分からない。


ラインでリョーちゃんに教えられた通りのメッセージを入れとく前に、一応電話してみるか……と思い、スマホを取り出した。
既読はつけるのに、電話だけは何十回かけても絶対に出てくれない。
口をきいてしまったら、「お願いお願い!もう一回だけ会おう」と俺にせがまれて、決意が揺らぐ、とでも考えて警戒されているのか、単純に声が聞きたくないからなのか。

いつもどんな人にかける時も10コール鳴らして取らなかったら切ろう、と決めている。
「やべっ、電話」とオタオタしてポケットやバックから取り出して「もしもし?」と電話に出れるまでにかかるのが、だいたいそのくらいの時間だと自分なりに思っているからだ。

先生への電話は、もうシカトされすぎて、10コール数えて切るのが目的みたいになっている。
やっぱ、「うっせーなー」とか思ってんのかな、と考えながら、コール音のカウントが「5」を迎えた時、ぶつっと音が止まった。

「……はい」

間違いなく先生の声だった。けれど、出ると思っていなかったから、俺がかけたのは本当に先生の番号だよな?とパニックになった。
 
 「……あの、俺」

元気?と気軽に尋ねる勇気は無かった。長い沈黙の後「……なにか?」とものすごく疲れているダルそうな声で聞かれた。
じっと耳を澄ませたけど、先生の声以外は何も聞こえなかった。家か会社か、建物の中にいるような気がした。
 
 
「いや、今、東京」
「は……」
「あのさー、先生に会いたくて来ちゃったんだけど、駅が広すぎて…」
 
 「道に迷っちゃって」と嘘をつく前に、「何処にいる」と冷ややかな声が聞こえた。
高校生の頃、寒くて起きられないせいで遅刻が続いていると、「……高瀬君、君、今日で今月五回目の遅刻だ」と門の前で声をかけてきた時と同じくらいキレている。
あえて「高瀬君」呼びなのが、マックスで怒っているわけではないけど、やや怒っているという雰囲気を漂わせていた。
「キレ具合を調整しちゃって…」とヘラヘラしていたら、ものすごい顔で睨まれたことを覚えている。

「東京駅の…どの、出口から出たらいいのかわからなくて……」
「……今からどこにも動くな」
 
本当は丸の内口から出られるけど、嘘をついた。先生は、知らない人に声をかけられても返事はするな、特に「待ち合わせ?迎えを頼まれて来たんだけど」と言われたとしても絶対に着いていくな、と小学生の下校指導をする時に言うようなことをガミガミ言ってきた。
今見える一番目立つものを伝えたところで、ぶつっと電話が切れた。



どのくらいの時間で到着するのかが分からなくて、人の邪魔にならないところでソワソワと先生を待っていた。
不思議なことに「迷ったから迎えにきて」と連絡をしてしまうと、本当に不安で心細い気分になった。
先生、来るかな、来たらまず今迷惑かけたことを謝らないとな、と思っていると、ガッと強い力で腕を掴まれた。

「ひっ」
「なにやってんだっ!」

30分程度でやって来たことにも、腕を捕まれるまで気配を全く感じなかったこと両方に驚いて心臓が止まるかと本気で思った。

俺が高校生だった頃と何も変わらなかった。
音もなく近寄ってきて、ぬっと現れたと思った時にはすでに捕まっている……先生は先に声をかけたら生徒に逃げられるということを分かっているからなのか、いつもそういう方法をとっていた。
 
「ちょっ、先生、人見てるよ…」
「何をやってると聞いてるんだっ!」
 
先生の怒鳴り声で、道行く人がチラチラとこっちを見ているというのに、そんなことは一切気にせずに怒りを爆発させていた。
 ここまで先生を怒らせたのは、修学旅行で京都に行った時に、自由時間で友達と本当に自由にし過ぎて、集合時間に一時間も遅れてホテルに戻ってきた時以来だった。

「……ごめん」
「…………お前はっ!何を考えてんだ!」

その後も先生はキレすぎて、言葉が上手く出てこないのか「がっ」とか「だっ」と言った後、怒りで唇を震わせていた。
よくよく見たら、髪は右側だけ潰れていて、服装は部屋着にサンダル履きだった。どう見ても家で休んでいて着の身着のまま飛び出してきたという格好だった。

「……行くぞ」

人の目が気になったのか、怒りで顔を赤くしたまま歩き始めた先生の後を慌てて追った。
そのまま、大手町駅まで歩いて東京メトロに乗った。
 
 19時前の車内の混み具合は最悪だった。朝はもっと混んでいるのが普通なのか、先生は涼しい顔をして腕組みをして立っていた。
それでも、たまに細い身体がグラグラしていたから、黙って腕を差し出したら「不本意ながらも掴まるざるを得ない」という顔をしてムッツリと押し黙ったまま掴まってきた。
 
 15分も乗らないうちに、先生が「降りるぞ」と呟いたので黙って従った。
先生と並んで立っていると、いろいろな人と目が合った。先生は綺麗な顔をしているから、人の視線を集めてしまうようだった。当の本人はそんなことには気付かないのか、ずっとブスッとしていた。
 
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