ヤバみのある日本人形みたいに綺麗な先生の見えないトコロ

サトー

文字の大きさ
上 下
24 / 35

24.時差

しおりを挟む
 「……だ、だよね」

口に出して言ってみると、いよいよそれが現実として肩に重くのし掛かってきて、なんだか取り返しのつかないことになってしまったようだった。

「俺は不能です」と告白しているのと同じだと思えた。まだ20歳なのに。

「いや、立たなかったことよりも、それで空気冷やしちゃうことのがダサいでしょ…。フツーに「ちょっと触るか、しゃぶるかしてよ?」と言えばいいものを…。はあ…」
「……あそこまで空気冷やしたの生まれてはじめてだし、あの状況でそんなこと言えないって!泣いてたし……泣いてなかったとしても、先生、ほんとに怖いんだから」
「「いいじゃん!ちょっとでいいからさあ」で次回からは押せばいいじゃないっすか。得意でしょ?」

バカだねー、とリョーちゃんが呆れた顔をしながら、番組の編集作業に戻ってしまったから、部屋ではまた、テレビの音が嫌に響いた。
今度は音楽番組だったから、トーク中はわりと静かで、曲を披露している間はさっきのクイズ番組とは違う騒がしさがあった。
音楽番組は、「他のゲストの後ろで何か可愛いことやってたりとか、そういうことがあるからマジで気が抜けない」とリョーちゃんは言っていてさっきよりもずっと集中していた。

「……全然、聞いてなくていいんだけどさ」
「あー………はい」
「…なんとかしてあげたいと思ったのに、結局先生が元気になると、当たり前のことなんだけど……俺は、先生が男だってことに今さら引いてしまっている……。
なんにも出来ないのに、何か出来ると思って「一緒にいよう」って言ったりなんかして、本当に、俺は最低だ……」
「あー……ねー……」

本当に聞いていないようだったけど、大好きなアイドルが飼っている犬の話をしている間、俺がタラタラと喋ってもリョーちゃんは怒ったりはしなかった。

かえってそれが、話しやすかった。
ほとんど聞いていない相手に、一人言のように喋り続けたのは、「そんなことないよ、ハヤトさん最低じゃないよ!」と言って貰うためじゃなくて、どれだけ自分が先生に対して、失礼なことをしたか確かめるために、そうしたかったからだ。

「ハヤトさん、なんかグダグダ言ってましたけどお……逆、逆」
「えっ」
「今までは、先生がかわいそうなのと、母親がヤバすぎってことに目がいってて、他のことが見えてなかっただけ。男なのに男を好きになってしまったって悩みが遅れて来たんすよ。
アホだから悩みごとも時間差っすね。なんか、もう終わったー、みたいなテンションでいるけど、しんどいのは、こっからっすよ」
「時間差……」



先生の悩みごとを聞いただけで、ものすごく先生との距離が縮まったと、もしかしたら俺は勘違いしていたのかもしれない。

実際お母さんに会ってみたり、先生の身体に触れたりして、ようやく……本当にようやく、「なんとかしてあげたい」と側にいることを決めた瞬間に産まれる責任と、男の人を好きになってしまったことへの戸惑いの両方が、生々しく「悩みごと」として姿を現したのかもしれなかった。
きっと、先生はとっくにそれに気が付いていた。それで、離れていってしまったに違いなかった。






──最後に先生と過ごした日、あの時の先生の泣き方は夏の日の夕立みたいだった。

「降ってきた」と顔をあげた瞬間にザーッと大きな雨粒が次々と落ちてきて、雨宿りをしようと建物の影に慌てて避難した瞬間には止んでいるような。
「えっ、泣いてる」とオロオロしながらそれを悟られないようにして、額を冷やしてやっていたら、いつの間にか泣き止んでいた。
見開いた目から涙がボロボロと流れ落ちているのに、顔はいつもみたいに無表情だった。
しゃくりあげるとか、顔を歪めるとかそういうことは一切無かった。ただ、「この人、もしかしたら死ぬんじゃないだろうか」と思わせる鬼気迫る泣き方だった。

翌日、「もうここには来たくない。しばらく、母親に会わないことにしたのに、ここへ来たら母親のことを嫌でも思い出して気分が悪くなる。
もう、会いたくないから連絡もしないで欲しい」と一方的に告げて出て行ってしまった。
気分が悪くなる、会いたくない、なんて人から言われたのははじめてだった。

昨日抱き合った時のことと、泣いて「額が痛い」と言っていたこと……。たぶん、額の痛さそのものよりも、そうなるまでに起こったことが、何かとてつもなく辛いことだったんだろうか、という気はした。
だから、両方に対して「ごめん」と謝った。

気持ちに応えられなくてごめん、辛いことが合っても、その気持ちに上手く寄り添えなくてごめん。
そういう意味を込めて謝ったけど、「もう本当に会いたくない」とキッパリ気絶された。



それからはずっと、電話はもちろん無視。ラインは基本シカトされてるけど、数日に一回まとめて既読がつく。それで、「ああ、生きてんだ」と生存確認する日が続いている。



全然興味がないのだろうと思われる女性アーティストの出演部分を削除しながら、リョーちゃんがようやくこっちを向いた。

「東京に行きます?」
「えっ……」


リョーちゃんにそう言われる前に、何度か自分でも考えたことはあった。けれど……

「……家の場所知らないんだよね」
「ハヤトさんってば……いくらでも呼び出す方法くらいありますよ」

合法だよね?と一応確認すると「当たり前でしょーが!全く!」と怒鳴られた。キレてはいるけどやっと番組の編集をやめて、「連絡を取れるようにしてやる」という約束を守る気になったみたいだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

頼りないセンセイと素直じゃない僕

海棠 楓
BL
入学した高校で出会った新任教師はどうにもいけ好かないヤツ……だったのに!! 成績優秀だけど斜に構えた生意気男子と、モテモテゆるふわ現代文教師の甘酸っぱい恋模様。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

処理中です...