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24.時差
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「……だ、だよね」
口に出して言ってみると、いよいよそれが現実として肩に重くのし掛かってきて、なんだか取り返しのつかないことになってしまったようだった。
「俺は不能です」と告白しているのと同じだと思えた。まだ20歳なのに。
「いや、立たなかったことよりも、それで空気冷やしちゃうことのがダサいでしょ…。フツーに「ちょっと触るか、しゃぶるかしてよ?」と言えばいいものを…。はあ…」
「……あそこまで空気冷やしたの生まれてはじめてだし、あの状況でそんなこと言えないって!泣いてたし……泣いてなかったとしても、先生、ほんとに怖いんだから」
「「いいじゃん!ちょっとでいいからさあ」で次回からは押せばいいじゃないっすか。得意でしょ?」
バカだねー、とリョーちゃんが呆れた顔をしながら、番組の編集作業に戻ってしまったから、部屋ではまた、テレビの音が嫌に響いた。
今度は音楽番組だったから、トーク中はわりと静かで、曲を披露している間はさっきのクイズ番組とは違う騒がしさがあった。
音楽番組は、「他のゲストの後ろで何か可愛いことやってたりとか、そういうことがあるからマジで気が抜けない」とリョーちゃんは言っていてさっきよりもずっと集中していた。
「……全然、聞いてなくていいんだけどさ」
「あー………はい」
「…なんとかしてあげたいと思ったのに、結局先生が元気になると、当たり前のことなんだけど……俺は、先生が男だってことに今さら引いてしまっている……。
なんにも出来ないのに、何か出来ると思って「一緒にいよう」って言ったりなんかして、本当に、俺は最低だ……」
「あー……ねー……」
本当に聞いていないようだったけど、大好きなアイドルが飼っている犬の話をしている間、俺がタラタラと喋ってもリョーちゃんは怒ったりはしなかった。
かえってそれが、話しやすかった。
ほとんど聞いていない相手に、一人言のように喋り続けたのは、「そんなことないよ、ハヤトさん最低じゃないよ!」と言って貰うためじゃなくて、どれだけ自分が先生に対して、失礼なことをしたか確かめるために、そうしたかったからだ。
「ハヤトさん、なんかグダグダ言ってましたけどお……逆、逆」
「えっ」
「今までは、先生がかわいそうなのと、母親がヤバすぎってことに目がいってて、他のことが見えてなかっただけ。男なのに男を好きになってしまったって悩みが遅れて来たんすよ。
アホだから悩みごとも時間差っすね。なんか、もう終わったー、みたいなテンションでいるけど、しんどいのは、こっからっすよ」
「時間差……」
先生の悩みごとを聞いただけで、ものすごく先生との距離が縮まったと、もしかしたら俺は勘違いしていたのかもしれない。
実際お母さんに会ってみたり、先生の身体に触れたりして、ようやく……本当にようやく、「なんとかしてあげたい」と側にいることを決めた瞬間に産まれる責任と、男の人を好きになってしまったことへの戸惑いの両方が、生々しく「悩みごと」として姿を現したのかもしれなかった。
きっと、先生はとっくにそれに気が付いていた。それで、離れていってしまったに違いなかった。
──最後に先生と過ごした日、あの時の先生の泣き方は夏の日の夕立みたいだった。
「降ってきた」と顔をあげた瞬間にザーッと大きな雨粒が次々と落ちてきて、雨宿りをしようと建物の影に慌てて避難した瞬間には止んでいるような。
「えっ、泣いてる」とオロオロしながらそれを悟られないようにして、額を冷やしてやっていたら、いつの間にか泣き止んでいた。
見開いた目から涙がボロボロと流れ落ちているのに、顔はいつもみたいに無表情だった。
しゃくりあげるとか、顔を歪めるとかそういうことは一切無かった。ただ、「この人、もしかしたら死ぬんじゃないだろうか」と思わせる鬼気迫る泣き方だった。
翌日、「もうここには来たくない。しばらく、母親に会わないことにしたのに、ここへ来たら母親のことを嫌でも思い出して気分が悪くなる。
もう、会いたくないから連絡もしないで欲しい」と一方的に告げて出て行ってしまった。
気分が悪くなる、会いたくない、なんて人から言われたのははじめてだった。
昨日抱き合った時のことと、泣いて「額が痛い」と言っていたこと……。たぶん、額の痛さそのものよりも、そうなるまでに起こったことが、何かとてつもなく辛いことだったんだろうか、という気はした。
だから、両方に対して「ごめん」と謝った。
気持ちに応えられなくてごめん、辛いことが合っても、その気持ちに上手く寄り添えなくてごめん。
そういう意味を込めて謝ったけど、「もう本当に会いたくない」とキッパリ気絶された。
それからはずっと、電話はもちろん無視。ラインは基本シカトされてるけど、数日に一回まとめて既読がつく。それで、「ああ、生きてんだ」と生存確認する日が続いている。
全然興味がないのだろうと思われる女性アーティストの出演部分を削除しながら、リョーちゃんがようやくこっちを向いた。
「東京に行きます?」
「えっ……」
リョーちゃんにそう言われる前に、何度か自分でも考えたことはあった。けれど……
「……家の場所知らないんだよね」
「ハヤトさんってば……いくらでも呼び出す方法くらいありますよ」
合法だよね?と一応確認すると「当たり前でしょーが!全く!」と怒鳴られた。キレてはいるけどやっと番組の編集をやめて、「連絡を取れるようにしてやる」という約束を守る気になったみたいだった。
口に出して言ってみると、いよいよそれが現実として肩に重くのし掛かってきて、なんだか取り返しのつかないことになってしまったようだった。
「俺は不能です」と告白しているのと同じだと思えた。まだ20歳なのに。
「いや、立たなかったことよりも、それで空気冷やしちゃうことのがダサいでしょ…。フツーに「ちょっと触るか、しゃぶるかしてよ?」と言えばいいものを…。はあ…」
「……あそこまで空気冷やしたの生まれてはじめてだし、あの状況でそんなこと言えないって!泣いてたし……泣いてなかったとしても、先生、ほんとに怖いんだから」
「「いいじゃん!ちょっとでいいからさあ」で次回からは押せばいいじゃないっすか。得意でしょ?」
バカだねー、とリョーちゃんが呆れた顔をしながら、番組の編集作業に戻ってしまったから、部屋ではまた、テレビの音が嫌に響いた。
今度は音楽番組だったから、トーク中はわりと静かで、曲を披露している間はさっきのクイズ番組とは違う騒がしさがあった。
音楽番組は、「他のゲストの後ろで何か可愛いことやってたりとか、そういうことがあるからマジで気が抜けない」とリョーちゃんは言っていてさっきよりもずっと集中していた。
「……全然、聞いてなくていいんだけどさ」
「あー………はい」
「…なんとかしてあげたいと思ったのに、結局先生が元気になると、当たり前のことなんだけど……俺は、先生が男だってことに今さら引いてしまっている……。
なんにも出来ないのに、何か出来ると思って「一緒にいよう」って言ったりなんかして、本当に、俺は最低だ……」
「あー……ねー……」
本当に聞いていないようだったけど、大好きなアイドルが飼っている犬の話をしている間、俺がタラタラと喋ってもリョーちゃんは怒ったりはしなかった。
かえってそれが、話しやすかった。
ほとんど聞いていない相手に、一人言のように喋り続けたのは、「そんなことないよ、ハヤトさん最低じゃないよ!」と言って貰うためじゃなくて、どれだけ自分が先生に対して、失礼なことをしたか確かめるために、そうしたかったからだ。
「ハヤトさん、なんかグダグダ言ってましたけどお……逆、逆」
「えっ」
「今までは、先生がかわいそうなのと、母親がヤバすぎってことに目がいってて、他のことが見えてなかっただけ。男なのに男を好きになってしまったって悩みが遅れて来たんすよ。
アホだから悩みごとも時間差っすね。なんか、もう終わったー、みたいなテンションでいるけど、しんどいのは、こっからっすよ」
「時間差……」
先生の悩みごとを聞いただけで、ものすごく先生との距離が縮まったと、もしかしたら俺は勘違いしていたのかもしれない。
実際お母さんに会ってみたり、先生の身体に触れたりして、ようやく……本当にようやく、「なんとかしてあげたい」と側にいることを決めた瞬間に産まれる責任と、男の人を好きになってしまったことへの戸惑いの両方が、生々しく「悩みごと」として姿を現したのかもしれなかった。
きっと、先生はとっくにそれに気が付いていた。それで、離れていってしまったに違いなかった。
──最後に先生と過ごした日、あの時の先生の泣き方は夏の日の夕立みたいだった。
「降ってきた」と顔をあげた瞬間にザーッと大きな雨粒が次々と落ちてきて、雨宿りをしようと建物の影に慌てて避難した瞬間には止んでいるような。
「えっ、泣いてる」とオロオロしながらそれを悟られないようにして、額を冷やしてやっていたら、いつの間にか泣き止んでいた。
見開いた目から涙がボロボロと流れ落ちているのに、顔はいつもみたいに無表情だった。
しゃくりあげるとか、顔を歪めるとかそういうことは一切無かった。ただ、「この人、もしかしたら死ぬんじゃないだろうか」と思わせる鬼気迫る泣き方だった。
翌日、「もうここには来たくない。しばらく、母親に会わないことにしたのに、ここへ来たら母親のことを嫌でも思い出して気分が悪くなる。
もう、会いたくないから連絡もしないで欲しい」と一方的に告げて出て行ってしまった。
気分が悪くなる、会いたくない、なんて人から言われたのははじめてだった。
昨日抱き合った時のことと、泣いて「額が痛い」と言っていたこと……。たぶん、額の痛さそのものよりも、そうなるまでに起こったことが、何かとてつもなく辛いことだったんだろうか、という気はした。
だから、両方に対して「ごめん」と謝った。
気持ちに応えられなくてごめん、辛いことが合っても、その気持ちに上手く寄り添えなくてごめん。
そういう意味を込めて謝ったけど、「もう本当に会いたくない」とキッパリ気絶された。
それからはずっと、電話はもちろん無視。ラインは基本シカトされてるけど、数日に一回まとめて既読がつく。それで、「ああ、生きてんだ」と生存確認する日が続いている。
全然興味がないのだろうと思われる女性アーティストの出演部分を削除しながら、リョーちゃんがようやくこっちを向いた。
「東京に行きます?」
「えっ……」
リョーちゃんにそう言われる前に、何度か自分でも考えたことはあった。けれど……
「……家の場所知らないんだよね」
「ハヤトさんってば……いくらでも呼び出す方法くらいありますよ」
合法だよね?と一応確認すると「当たり前でしょーが!全く!」と怒鳴られた。キレてはいるけどやっと番組の編集をやめて、「連絡を取れるようにしてやる」という約束を守る気になったみたいだった。
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