ヤバみのある日本人形みたいに綺麗な先生の見えないトコロ

サトー

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23.高速編集

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リョーちゃんの部屋は、もしも住宅展示場を建設するとして、その中に「裕福な家のドラ息子の部屋」を作るとしたらこういう感じになるだろうな、と思わせる空間だった。広さは余裕で30平米はありそうで、エアコンは天井埋め込み型だった。
ジャニーズJr.のコンサートDVDを見るためとゲームをするためのテレビは80インチの4Kだった。
「喉が乾いたけどキッチンまで行くのがめんどくさいから」という理由で小型の冷蔵庫まで設置されている。
 
一つだけ不思議だったのは、家のデカさと財力から考えると、絶対に一人部屋だろうになぜか二段ベッドが置かれているということだ。
二段ベッドというと、部屋を兄弟で共有している子供が使うものというイメージがあった。
イブ・サンローランのベッドシーツがかかってはいるけど、この部屋で微妙に浮いているように思えた。
 
なぜか絵を描くためのイーゼルスタンドや画材等は一つも見当たらず、不思議に思って理由を聞くと「絵を描く部屋は別にある」と当たり前のような顔で言われた。
 
「すげー、リョーちゃんマジで金持ちだったんだね」
「べつに……親が単なる成金なだけっすよ。ハヤトさん、俺、録画した番組の編集作業があるんで、しばらくの間、適当にくつろいでてもらえないっすか?
最近、デビュー組のバラエティでの活躍が著しいから忙しいんすよ」
「え?いや、俺の話は…?」
「あー、俺、編集しながらでも全然聞けるんで」
 
リョーちゃんは録り貯めしたバラエティー番組を超高速で編集し始めた。
ディスクに二枚保存するのが普通で、余計なものは基本全カット。ただし、たまにCMにも好きなアイドルが出演している時があるので、一応チェックはしているのだと、リョーちゃんは語った。
二枚残す必要あんの?と尋ねようとしたところで部屋のドアがノックされた。瞬間、部屋のドアが開いた。
カットされたマンゴーとお菓子をお母さんが運んできてくれたようだった。
 
「椋太、マンゴー持ってきたけど」
「……食べねえよ」
「アンタ、昨日は美味しい美味しいってバクバク食べてたじゃない」
「知らねえよ」
 
「いや、食べてたのかよ」という俺からの視線やお母さんがブツブツ言っているのに気付かないフリをして、リョーちゃんは一切テレビから目を離さなかった。
仕方がないから「あっ、すみません。どうもありがとうございます」と俺がトレーを受け取ると、お母さんはものすごくすまなさそうな顔をしている。そして、「あんた、お友達が来てるのにまたテレビばっかり見て!」と呆れたような声でリョーちゃんにそう言った。
 
「ほんと家にいる間は、テレビか人を殺すゲームしかやらないんだから」
「……人じゃねーよ」
「アンタ、あんなゲームばっかりやったら危ない人になっちゃうよ!逮捕されても知らないからね!お母さん言ったからね!」
 
リョーちゃんとお母さんのやり取りは、お互いにイライラしながら言い争っているようで、軽快でテンポが良くて明るかった。「こんな態度をとっても大丈夫だろう」という息子の甘えと、それを受け入れる母親、という長年の親子間の信頼が感じられるようなやり取りだった。
 
お母さんはテレビの画面を一瞬見た後、映ってる男の子を見て「あら!この子もうこんなに大きくなったの?はー、よその子は成長が早い早い」と言って部屋から出て行った。
 
「人を殺すゲームって普段何してんの?」
「べつにバイオハザードやってるだけっすよ。人じゃなくて、カビ人間だって何回も言ってんのに……。
で、今日は何でした?ついに、メンヘラの彼女と別れて今は新しいのを探してる最中でしたっけ?」
 「一つも当たってるとこねえじゃん!わざと言ってるでしょ」
 
 んふふ、とリョーちゃんが笑った。テレビの中ではいかにも聡明そうな顔をした愛嬌のある男性がクイズに答えている。アイドルの仕事をしているにも関わらず、俺よりも遥かに高学歴だった。
彼がクイズに答えるのを、リョーちゃんは息子の授業参観に来た母親のような顔で見守っていた。それを確認してから、俺はつらつらと先生とのことをリョーちゃんに話した。
 
リョーちゃんが「メンヘラの彼女」だと思っているのは実は男で、しかも高校の時の先生だということ。先生とお母さんとのこと。お母さんに先生と一緒に会いに行った日のこと。
最後に会った時、夜中に急に先生が号泣してバタッと寝たこと。次の日起きたと思ったら「もうここには来たくない」と言って、それっきりろくに連絡をとれていないということまで、思い出しながら出来るだけわかりやすく簡潔に話したつもりだった。
ドキドキしながらリョーちゃんの表情を伺うと、露骨に顔をしかめていた。
 
「ええ?デキてたんです?」
「えっ、うん、まあ…。え、それだけ?」
 「あと、ハヤトさん話の内容があっちに飛んだりこっちに飛んだりでほんっとーにわかりづらいっす!ほんとバカなんだから…。どうやって、付き合うまでにこぎつけたんすか?」
「どうと言われても……。べつにフツーに」
「どうせハヤトさんのことだから「大丈夫!大丈夫!いいからいいから!ねー、お願い!」とか言ってゴリ押しして付き合ったんでしょ?」
「ま、まあ…」
 
全く…と呆れたように言いながらも、リョーちゃんは番組を編集する手は一切止めなかった。もはや、絵を描くこと以外の特技として 成立するレベルに達している。
 
 「まあ、椿さん、ハヤトが大好きオーラが出てましたからね」
「うっそ!どこが?」
 
 一緒にいてもそんなオーラを感じたことはなかった。どちらかと言うと、「悪いことをするんじゃないか」とか「人の道を踏み外さないように」とかそういった眼差しで見られていることの方が多いような気がする。
 
「あの先生、俺と二人きりになると能面みたいな顔になってましたよ」
「それは俺が好きとかは関係なくて、単にリョーちゃんが危ない人だから怯えてただけだと思うけど…」
「俺の何が危ないんですかね。そして、ハヤトさんが危なくないとして、じゃあなんで大号泣して出て行かれたんですかね?うん?」
 「それは……」
 
自分の中で「なんとなくこれが原因で泣いたんだろうな」ということは分かっていたけど、それをいざ口に出してリョーちゃんに説明するのは憚られた。番組編集のリモコン操作で忙しそうな割には、返事を待ってくれなかった。決定ボタンと機能ボタンを交互に押しながら「さっさと言う!」と怒声が飛んでくる。
 
 
「俺が!先生がめちゃくちゃ元気になると、マジで男にしか見えなくて!それで…それで、この間立たなかったから……です」 
 
 
口にした瞬間死にたくなった。リョーちゃんの「ださあ…」という気の抜けたような声が聞こえてきてますます死にたくなった。気まずい空気が流れているのに、ついにクイズ番組で優勝チームが決まって「イェーイ!」という歓声と拍手の音が部屋中に響いていた。


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