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18.綺麗なお兄さん
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キーボードをパチパチ叩く音の隙間から先生の説教する声が聞こえてくる。高瀬、大学の課題は直前に一気にまとめてやるんじゃなく、ちゃんと計画を立てて取り組め。お前、一年生なら分かるけど、もう二年だろ?だいたい、お前はやればちゃんと出来るんだから…
「あー!もう!話しかけるから何書こうとしてたか忘れたじゃん!」
振り返ってそう叫んだ拍子に目に飛び込んできたのは、さっき書いたレポートが赤字で添削されまくっているところだった。
「は…?何してんの?」
「……いや、漢字の変換ミスだとか、そういうのを…」
「あー!いいって!そういうのは!休んで待っててってば!」
「お前、急に文体が変わるところが何ヵ所かあるが、どこかからコピーしてないだろうな?ちゃんと引用元を記述して…」
「…………本当にやめてってば!」
添削ロボと化した先生は止められなかった。先生は数学科を出ているはずだけど、理系、文系に関係なくどんな勉強も俺より出来るらしかった。…絶対に運動なんかしないくせに、「フットサルにおけるフィジカルの定義について説明しなさい」という課題のレポートですら、一字一句飛ばさずに読んで、接続詞の使い方が間違ってるだとか、構成がどうのこうの言ってくる。
「……もうほんと頭痛い。死ぬ…」
大嫌いなレポートを3日間で四つも書いているうえに、先生にクドクドクドクド説教されて、本当に頭がおかしくなりそうだった。
…先生が今日家に来ると分かっていながら、それまでに課題を終わらせておかなかった自分が悪いというのは分かっている。それを差し引いたとしても、ストレスで爆発して死にそうだった。
「お前、そんなこと言ってる場合か?親が高い学費を払って何のためにお前を大学に通わせているかよく考えろ。お前に期待しているからであって………おい、イヤホン外せ」
「はああ…」
先生が添削したレポートは元々の文章よりも、読みやすくてスッキリしていて、俺よりも遥かに賢そうな人間が書いたものになっていた。
「※字数を稼ぐためにダラダラと文章を書かない」とかいう俺の心を見透かしたかのようなコメントが余白に書いてあってギクッとしたり、長々と説教された高校生の頃を思い出して震え上がったりもしたけど、面倒を見てもらったおかげで、なんとか単位は落とさずにすみそうだった。
「……良かったな」
先生も嬉しそうだった。久しぶりの人に物を教えるという行為で心が満たされたのか、心からの笑顔を浮かべてすごく満足そうにしている。
「…お前はやっぱりやれば出来るよ」
「ははは…」
白いスベスベした手で遠慮がちに頭を撫でられた。…先生の顔をじっと見た。普通の綺麗なお兄さんだった。
はじめて先生のお母さんに二人で会いに行って以来、目に見えて先生はどんどん元気になっていった。
ダイエット中の女の人よりものを食べなかったのが、少食の成人男性程度に食事をとるようになった。ベッドに入った瞬間に熟睡する時もある。相変わらず静かではあるけど前に比べたら本当によく笑うようになった。
「…お前に会って以来、母の…状態がすごく良くなった。いつ会っても穏やかで、優しくて、まともに会話が出来る。高瀬、お前みたいに明るく元気のある人間に会ったことは、母にとっていいことだったみたいだ…」
えー、よかったじゃーん、と返事をしながらも、あのお母さんのベタベタした話し方と、ふとした瞬間に見せたゾッとする程暗い表情が頭から離れなかった。
そもそも、医者でもカウンセラーでもない俺に一度会ったくらいで、 今まで二十年以上繰り返してきた実の息子への酷い態度を、急に止められるとはとてもじゃないけど思えなかった。
…絶対にまたやる、という予感がしていた。その時、こんなに幸せそうな先生は、それを受け止めきれるのかそれが心配だった。きっと、一度、優しくされた分、今までより何倍も辛く感じられるだろう。
けれど、元気になった先生を見ていたらそんなことは絶対に言えなかった。
そして、それとはべつの問題が俺自身の中で起こっていた。
寝る前に、空調がキツい、寒い、とすり寄ってきた先生の腕は確かに冷えていた。相変わらずスベスベしていて、シャワーの後だから石鹸のいい香りがした。
「明日、何時に起きる?」と形のいい小さな唇が動いた。
「あー、そうだねー…どうしよっかなー」
俺のハッキリしない返事を聞いても怒ったりしないで、微笑んでいる。長い睫毛で縁取られた目が、ほんの少し細められた。眠いけど、幸せを感じているような穏やかで優しい、可愛い顔だった。
…マジで男にしか見えなかった。
少し前に気がついてしまった。先生が元気になればなる程、男にしか見えなくなっていることに。
もちろん、今まで先生を女だと思っていたわけではない。初めて会った時から先生のことは男の人だと分かっているし、「もしかして女の人?」と思ったことは一度もない。
…けれど、雨に打たれてずぶ濡れな時、落ち込んでいる時、ものをしんどそうに食べている時…。そういう時の先生は儚げで繊細で今にも壊れそうで、「女の人っぽい男」に見えた。ものすごく魅力的に思えて惹かれた。
お母さんのことで辛い思いをしていることや、身をすり減らすようにして教師の仕事をしていたことを知った時は、絶対に何とかしてあげたい、助けたい、と本気で思った。
先生が笑うと嬉しい。「美味しい」と何かを食べていると安心する。
良いことだって分かっているのに、前みたいに一緒に寝ても全然ドキッとしなくなっている。
先生のことを押し倒したあの日は「抱きたい、抱ける」と思っていた。たぶん、先生と再会した日の俺に聞いたとしても「うーん………ギリ抱けるかも」と答えたかもしれない。
けれど、今は…本当に出来る気がしなかった。
俺からそういった欲求自体が無くなったのでは?と思い、いろいろ試してみたら、普通に性欲はあった。
このままでは前に先生に言われた「女の亜種を試したかった奴」になってしまう。絶対嫌だ、それだけはなったら駄目だ、と必死で頑張ってるけど、余計にプレッシャーを感じて、先生と一緒にいると今までとは違う意味で緊張する。
先生のことを深く知れるまではプラトニックでいこうと自分に約束をしたことは確かに覚えている。
けれど、自分の意思でそうしているのならまだしも、そもそもドキリともしなくなったのは全く別の問題だ。
ヤバイヤバイヤバイ、まだセックスもしてないのにセックスレスって、この世の中で絶対俺くらいだ、と思ってなおさら焦った。
さっきも、先生から言われた「やれば出来る」という励ましの言葉が別の意味にしか聞こえなくて、「ほんと今は無理ですすみません」と心で土下座した。
「電気消すよ…」
うん、と頷いてから、先生は遠慮がちにくっついてきた。今までの人生で誰かにそうすることを拒絶された経験があるのか、自信がなさそうにこわごわと俺の服にしがみついている。
…何が一番辛いって、先生は結構頑張って、俺との距離を縮めようとしていることだった。
今日だって、あと数センチ顔を先生の方に傾けたらそのままキスが出来るかもしれなかった。…でも、出来なかった。
キスはたぶん出来るけど、その先に進めるかがわからない。たぶん、胸は触れる。でも、先生の、性器を見たとして、その時自分のが立たなかったらどうしよう、と思うとどうしても怖くなってしまう。
25歳でまだまだ若い先生には、よく考えてみたら普通に性欲があったって全然おかしくない。最近、自分から抱き着いてくるようになったのは、付き合っている相手に触ってみたいとか、自分に触って欲しいとか、そういうことを思っているのかもしれなかった。
どうしよう、先生ごめん、…と、思っているうちに先に先生は眠ってしまった。
安心しきった寝顔を見ていると、申し訳なくて死にたくなった。
結局、その日はほとんど眠れなかった。
──寝不足で頭痛がするのを堪えながら、服をたたみ直していると、「ハヤトさあん」とリョーちゃんが後ろから急に声をかけてきた。
「……ビックリしたあ。急に声かけんのやめてよ」
「ずうっと、ここにいましたけど?ハヤトさん、なんかボーッとしてるし元気ないっすよね?例のメンヘラ女とついに別れました?」
「別れてないし、まずメンヘラじゃないから」
ふふふ、と笑うリョーちゃんは嬉しくて堪らないようだった。
リョーちゃんはこの手の話題が大好きだ。休憩所で一緒にテレビを見ている時に、ワイドショーで芸能人の離婚のニュースが流れると「だと思ったあ。本人達以外は、誰もが別れると思ってましたよね?」とウッキウキで言う。
他にもCMで最近人気が出始めたアイドルや女優を見ると「……枕」と意味深に呟く。
朝の情報番組のアナウンサーとタレントが共演者どうしで不倫してたことが報道された時は、店長とずっと「なんか結構前からデキてるような雰囲気ありましたよねー」と大盛り上がりだった。
いつも、「感性が独特すぎて着いていけねえ……」と思って、ハイハイそうだねーで流しているけど、夕べはほとんど寝ていないし、結構本気で悩んでいるから、今日は本当にやめて欲しかった。
「えー、そうっすかあ。なあんだ……よっぽど、その彼女アッチがいいんだ、へえー…」
「本当にそういうのじゃないから。次言ったら怒るよ」
「……ハヤトさんが、怒るなんて珍しい…。ふうん、よっぽどその彼女が好きなんだ」
うん、そう俺は先生が好きだ、と自分に言い聞かせるようにして頭の中で返事をした。今日だって、「じゃあ、また」と言われた時は嬉しかった。
だから、本気でなんとかしないといけない。次に会う日までには絶対……
「ハヤトさん、ちょっとお願いがあるんすけどお、……あの先生、椿さん、俺に紹介してくれません?」
「……は?」
「俺、ガチであの先生好きなんすよ。ああいう作り物みたいに綺麗な人、ほんとにタイプなんで。ハヤトさん、彼女いるんだしいいでしょ?」
「ダメ!」
「えー、なんで?」
「……大事な先生だから」
本当だった。大事な先生だから、絶対にリョーちゃんに取られたくなんかない。だけど、リョーちゃんは愉快そうにクスクス笑うだけだった。
「……ハヤトさあん、大丈夫、大丈夫。俺だって大事にするから」
……先生を大事にするってどういうことだろう。
少なくとも「女っぽく見えないから」という理由でグダグダ悩んでスキンシップを避けるのは、大事にしているからだとは言えないような気がした。
先生は本当に綺麗な男の人だ。たぶん、本人も、そうは思っているかは分からないけど、少なくとも他人からどう見られているかは理解しているようだった。
俺の今悩んでいることを知ったら、きっと「やっぱり、自分は女の代替品にされた」と深く傷つけてしまう。
「じゃー、ハヤトさん、気が向いたらでいいんで考えといてください」
「絶対向かない」
リョーちゃんがとんでもないことを言うからひどく心がざわついた。もしかしたら、気まぐれで言っただけかもしれないし、俺をからかって遊んでいただけかもしれない。
なぜか、先生の女みたいに白くて細い指と手首を思い出した。自分でもなぜ?と動揺するくらい、それを掴んで触りたくて堪らなくなった。
「あー!もう!話しかけるから何書こうとしてたか忘れたじゃん!」
振り返ってそう叫んだ拍子に目に飛び込んできたのは、さっき書いたレポートが赤字で添削されまくっているところだった。
「は…?何してんの?」
「……いや、漢字の変換ミスだとか、そういうのを…」
「あー!いいって!そういうのは!休んで待っててってば!」
「お前、急に文体が変わるところが何ヵ所かあるが、どこかからコピーしてないだろうな?ちゃんと引用元を記述して…」
「…………本当にやめてってば!」
添削ロボと化した先生は止められなかった。先生は数学科を出ているはずだけど、理系、文系に関係なくどんな勉強も俺より出来るらしかった。…絶対に運動なんかしないくせに、「フットサルにおけるフィジカルの定義について説明しなさい」という課題のレポートですら、一字一句飛ばさずに読んで、接続詞の使い方が間違ってるだとか、構成がどうのこうの言ってくる。
「……もうほんと頭痛い。死ぬ…」
大嫌いなレポートを3日間で四つも書いているうえに、先生にクドクドクドクド説教されて、本当に頭がおかしくなりそうだった。
…先生が今日家に来ると分かっていながら、それまでに課題を終わらせておかなかった自分が悪いというのは分かっている。それを差し引いたとしても、ストレスで爆発して死にそうだった。
「お前、そんなこと言ってる場合か?親が高い学費を払って何のためにお前を大学に通わせているかよく考えろ。お前に期待しているからであって………おい、イヤホン外せ」
「はああ…」
先生が添削したレポートは元々の文章よりも、読みやすくてスッキリしていて、俺よりも遥かに賢そうな人間が書いたものになっていた。
「※字数を稼ぐためにダラダラと文章を書かない」とかいう俺の心を見透かしたかのようなコメントが余白に書いてあってギクッとしたり、長々と説教された高校生の頃を思い出して震え上がったりもしたけど、面倒を見てもらったおかげで、なんとか単位は落とさずにすみそうだった。
「……良かったな」
先生も嬉しそうだった。久しぶりの人に物を教えるという行為で心が満たされたのか、心からの笑顔を浮かべてすごく満足そうにしている。
「…お前はやっぱりやれば出来るよ」
「ははは…」
白いスベスベした手で遠慮がちに頭を撫でられた。…先生の顔をじっと見た。普通の綺麗なお兄さんだった。
はじめて先生のお母さんに二人で会いに行って以来、目に見えて先生はどんどん元気になっていった。
ダイエット中の女の人よりものを食べなかったのが、少食の成人男性程度に食事をとるようになった。ベッドに入った瞬間に熟睡する時もある。相変わらず静かではあるけど前に比べたら本当によく笑うようになった。
「…お前に会って以来、母の…状態がすごく良くなった。いつ会っても穏やかで、優しくて、まともに会話が出来る。高瀬、お前みたいに明るく元気のある人間に会ったことは、母にとっていいことだったみたいだ…」
えー、よかったじゃーん、と返事をしながらも、あのお母さんのベタベタした話し方と、ふとした瞬間に見せたゾッとする程暗い表情が頭から離れなかった。
そもそも、医者でもカウンセラーでもない俺に一度会ったくらいで、 今まで二十年以上繰り返してきた実の息子への酷い態度を、急に止められるとはとてもじゃないけど思えなかった。
…絶対にまたやる、という予感がしていた。その時、こんなに幸せそうな先生は、それを受け止めきれるのかそれが心配だった。きっと、一度、優しくされた分、今までより何倍も辛く感じられるだろう。
けれど、元気になった先生を見ていたらそんなことは絶対に言えなかった。
そして、それとはべつの問題が俺自身の中で起こっていた。
寝る前に、空調がキツい、寒い、とすり寄ってきた先生の腕は確かに冷えていた。相変わらずスベスベしていて、シャワーの後だから石鹸のいい香りがした。
「明日、何時に起きる?」と形のいい小さな唇が動いた。
「あー、そうだねー…どうしよっかなー」
俺のハッキリしない返事を聞いても怒ったりしないで、微笑んでいる。長い睫毛で縁取られた目が、ほんの少し細められた。眠いけど、幸せを感じているような穏やかで優しい、可愛い顔だった。
…マジで男にしか見えなかった。
少し前に気がついてしまった。先生が元気になればなる程、男にしか見えなくなっていることに。
もちろん、今まで先生を女だと思っていたわけではない。初めて会った時から先生のことは男の人だと分かっているし、「もしかして女の人?」と思ったことは一度もない。
…けれど、雨に打たれてずぶ濡れな時、落ち込んでいる時、ものをしんどそうに食べている時…。そういう時の先生は儚げで繊細で今にも壊れそうで、「女の人っぽい男」に見えた。ものすごく魅力的に思えて惹かれた。
お母さんのことで辛い思いをしていることや、身をすり減らすようにして教師の仕事をしていたことを知った時は、絶対に何とかしてあげたい、助けたい、と本気で思った。
先生が笑うと嬉しい。「美味しい」と何かを食べていると安心する。
良いことだって分かっているのに、前みたいに一緒に寝ても全然ドキッとしなくなっている。
先生のことを押し倒したあの日は「抱きたい、抱ける」と思っていた。たぶん、先生と再会した日の俺に聞いたとしても「うーん………ギリ抱けるかも」と答えたかもしれない。
けれど、今は…本当に出来る気がしなかった。
俺からそういった欲求自体が無くなったのでは?と思い、いろいろ試してみたら、普通に性欲はあった。
このままでは前に先生に言われた「女の亜種を試したかった奴」になってしまう。絶対嫌だ、それだけはなったら駄目だ、と必死で頑張ってるけど、余計にプレッシャーを感じて、先生と一緒にいると今までとは違う意味で緊張する。
先生のことを深く知れるまではプラトニックでいこうと自分に約束をしたことは確かに覚えている。
けれど、自分の意思でそうしているのならまだしも、そもそもドキリともしなくなったのは全く別の問題だ。
ヤバイヤバイヤバイ、まだセックスもしてないのにセックスレスって、この世の中で絶対俺くらいだ、と思ってなおさら焦った。
さっきも、先生から言われた「やれば出来る」という励ましの言葉が別の意味にしか聞こえなくて、「ほんと今は無理ですすみません」と心で土下座した。
「電気消すよ…」
うん、と頷いてから、先生は遠慮がちにくっついてきた。今までの人生で誰かにそうすることを拒絶された経験があるのか、自信がなさそうにこわごわと俺の服にしがみついている。
…何が一番辛いって、先生は結構頑張って、俺との距離を縮めようとしていることだった。
今日だって、あと数センチ顔を先生の方に傾けたらそのままキスが出来るかもしれなかった。…でも、出来なかった。
キスはたぶん出来るけど、その先に進めるかがわからない。たぶん、胸は触れる。でも、先生の、性器を見たとして、その時自分のが立たなかったらどうしよう、と思うとどうしても怖くなってしまう。
25歳でまだまだ若い先生には、よく考えてみたら普通に性欲があったって全然おかしくない。最近、自分から抱き着いてくるようになったのは、付き合っている相手に触ってみたいとか、自分に触って欲しいとか、そういうことを思っているのかもしれなかった。
どうしよう、先生ごめん、…と、思っているうちに先に先生は眠ってしまった。
安心しきった寝顔を見ていると、申し訳なくて死にたくなった。
結局、その日はほとんど眠れなかった。
──寝不足で頭痛がするのを堪えながら、服をたたみ直していると、「ハヤトさあん」とリョーちゃんが後ろから急に声をかけてきた。
「……ビックリしたあ。急に声かけんのやめてよ」
「ずうっと、ここにいましたけど?ハヤトさん、なんかボーッとしてるし元気ないっすよね?例のメンヘラ女とついに別れました?」
「別れてないし、まずメンヘラじゃないから」
ふふふ、と笑うリョーちゃんは嬉しくて堪らないようだった。
リョーちゃんはこの手の話題が大好きだ。休憩所で一緒にテレビを見ている時に、ワイドショーで芸能人の離婚のニュースが流れると「だと思ったあ。本人達以外は、誰もが別れると思ってましたよね?」とウッキウキで言う。
他にもCMで最近人気が出始めたアイドルや女優を見ると「……枕」と意味深に呟く。
朝の情報番組のアナウンサーとタレントが共演者どうしで不倫してたことが報道された時は、店長とずっと「なんか結構前からデキてるような雰囲気ありましたよねー」と大盛り上がりだった。
いつも、「感性が独特すぎて着いていけねえ……」と思って、ハイハイそうだねーで流しているけど、夕べはほとんど寝ていないし、結構本気で悩んでいるから、今日は本当にやめて欲しかった。
「えー、そうっすかあ。なあんだ……よっぽど、その彼女アッチがいいんだ、へえー…」
「本当にそういうのじゃないから。次言ったら怒るよ」
「……ハヤトさんが、怒るなんて珍しい…。ふうん、よっぽどその彼女が好きなんだ」
うん、そう俺は先生が好きだ、と自分に言い聞かせるようにして頭の中で返事をした。今日だって、「じゃあ、また」と言われた時は嬉しかった。
だから、本気でなんとかしないといけない。次に会う日までには絶対……
「ハヤトさん、ちょっとお願いがあるんすけどお、……あの先生、椿さん、俺に紹介してくれません?」
「……は?」
「俺、ガチであの先生好きなんすよ。ああいう作り物みたいに綺麗な人、ほんとにタイプなんで。ハヤトさん、彼女いるんだしいいでしょ?」
「ダメ!」
「えー、なんで?」
「……大事な先生だから」
本当だった。大事な先生だから、絶対にリョーちゃんに取られたくなんかない。だけど、リョーちゃんは愉快そうにクスクス笑うだけだった。
「……ハヤトさあん、大丈夫、大丈夫。俺だって大事にするから」
……先生を大事にするってどういうことだろう。
少なくとも「女っぽく見えないから」という理由でグダグダ悩んでスキンシップを避けるのは、大事にしているからだとは言えないような気がした。
先生は本当に綺麗な男の人だ。たぶん、本人も、そうは思っているかは分からないけど、少なくとも他人からどう見られているかは理解しているようだった。
俺の今悩んでいることを知ったら、きっと「やっぱり、自分は女の代替品にされた」と深く傷つけてしまう。
「じゃー、ハヤトさん、気が向いたらでいいんで考えといてください」
「絶対向かない」
リョーちゃんがとんでもないことを言うからひどく心がざわついた。もしかしたら、気まぐれで言っただけかもしれないし、俺をからかって遊んでいただけかもしれない。
なぜか、先生の女みたいに白くて細い指と手首を思い出した。自分でもなぜ?と動揺するくらい、それを掴んで触りたくて堪らなくなった。
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