ヤバみのある日本人形みたいに綺麗な先生の見えないトコロ

サトー

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7.酔った勢い

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先生は基本自分からぺらぺら喋ったりしない。
あれこれ質問しまくっても、二言三言、返ってくるくらいで、放っておいたらずっと黙って座ってるような人だ。
俺が梨をちょっとずつ食べてるのを、ただ黙って観察して、時々確認するかのように無表情で「…うまいか」と聞いてくる。
母親が小さい子にオヤツをあげてる時みたい…ではなく、実験動物への餌やりみたいだった。
それ以外は、ただぼんやりとしているように見える。
ここじゃないどこかに意識を飛ばして、何か考えているようだった。

「センセ、なんか嫌なことあったの?」
「………無い」

言うと思った。先生みたいな人は間違っても彼女に叱られたことを俺なんかに打ち明けない。
高校の時、「センセ―彼女いんの?」って授業中に聞いたら、露骨に無視されたし。そういうのは秘密主義っぽい。
でも、デパートの地下で、ずぶ濡れのまま落ち込んでいた先生は本当に気の毒な様子に見えた。
なんか…もっと先生のことを大切にしてくれる彼女作ればいいのに、って思う。
だって、東京からここまで高速使っても二時間弱はかかるのに。遥々遠くからやって来た先生を邪険に扱うような奴といて先生は幸せなんだろうか。



「……先生、ビール飲む?」
「…お前、俺は車で来てんだぞ。いい加減にしろ」

さっき俺が謝った時と同じくらいキレていた。
「もう帰る」と言い出しそうなので、俺は慌てて「センセ―、怒んないでよ!違うって!さすがに、飲酒運転はダメだってわかってるって!ごめんごめん!」と謝った。
「…わかれば、いいんだよ。絶対やるな」と先生は頷いた。

「先生さ、泊まってけばいいじゃん」
「…は?」
「車べつに置いてても怒られないし、今日泊まってったら一緒にビール飲めるじゃん」
「…生徒とは飲まないし、家にも泊まらない。わかったな」
「先生、もう教師じゃないし俺も高校生じゃないじゃん。俺、二十歳になったら、先生みたいなソンケー出来る大人とお酒飲みたかったんだよね。だからお願いー」

と少し甘えた感じで言った。
意外とこれは効果があったみたいで、先生は言葉に詰まっている。
やっぱり元教育者だから「ソンケー出来る大人」とか言われたら冷徹人間の先生でも嬉しいんだろうか。
とはいえ、「おっ、そうだな」と即答するわけにもいかないようで、もごもごしていた。

「…お前は、元生徒だし…」
「でも、先生、絶対案内状出しても成人式の後の同窓会とか来てくれないでしょ?じゃあ、今日しかないじゃん!お願い!お願い!」

たぶん、仮に出したとしても本当に来ないつもりなんだろう。黙って、俺から目を逸らすと、「ふー」と息を吐いた。
末っ子だからなのか、こうやって人に対してお願いすることに子供の頃から全然抵抗は無かった。
親になんでも素直に甘える俺に兄や姉も呆れていたし「甘やかしすぎ」って親も怒られてたけど、実際こういう性格だと得することのが多いし、わりとどこ行っても可愛がられた。
リョーちゃんには「ハヤトさん、よくそんなふうに無差別に誰にでもベタベタできますよね。ある意味ソンケーしますよ。プライドとかないんスか?」って言われるけど。

「…ほんとに成人してるんだろうな」
「ほんとほんと!俺、誕生日4月3日だもん」
「…学生証を見せろ」

恐喝ですか?って聞きたくなるくらい、ドスのきいた怖い声だったけど、言う通りにしたら、一応二十歳だってことは信じてくれたみたいだった。良かった、四月生まれで。

「二十歳超えてるからいいよね?ね?」
「………本当に、少しだけだからな」

「やったー!」って大喜びする俺を先生はゲンナリした顔で眺めている。
先生、お酒飲んだら今日あった嫌なこともちょっとは忘れるかなって思った。





「先生、ビールでいい?ストロングもあるよ」
「…あまり飲めない」
「そうなんだ。コーラに味近いのなら飲めんじゃない?」

冷蔵庫から冷えた缶を取り出して手渡したが、先生はまだ躊躇しているようだった。
じれったいので、プルトップを開けてあげて、無理やり乾杯した後も、毒が入ってるとでも思っているのか、中々口をつけない。
それでも、少しだけは飲むって約束したからなのか、諦めたような顔でほんの一口だけ飲んだ。

「先生、美味しい?」
「…コーラに似てる」
「え?だって、コーラ味だもん」

ロボだから、感想のバリエーションがそんなにないんだろうか。
オイシイ、ワカラナイ…オレ……。コーラ…、カフェイン…。CO2…。
とか頭の中でやっているに違いないとか考えるとちょっと面白かった。

何も食べないで酒飲むのってキツイかなと思ってカップ麺作ったら、意外とそれはフツーに食べていた。食べるのはやっぱり遅いけど。
そもそも咀嚼回数が多いし、飲み込む前に一端間が空く。「これは飲み込んでもいいんだろうか」って確かめるみたいに。
次の一口にいくまでも遅い。どのくらいの量を箸ですくおうかとか、いちいち考えながら食べてるのかってくらい、全ての動作がゆっくりだった。
ただ、先生は箸の持ち方と食べ方がすごいキレイで、それ見ただけでやっぱり育ちがいいお坊ちゃんなんだろうなーって思う。
両親に大事に育てられてきたって感じがする。ガラスケースの中の人形みたいに。壊れないように大切に守られてきたんだろう。

「あまり飲めない」と言うのは本当みたいで、ほんの少し飲んだだけなのに、先生の顔はぼっと赤くなっていた。
それでも口をつけてしまった手前、残すのが申し訳ないのか時間をかけて半分くらいは飲んでいた。

「先生、いつもすぐ酔うの?お酒飲むことある?」
「………うん?」

質問しといたうえに、べつに怖いことを言われたり、叱れらたりしたわけじゃないのに、俺は死ぬほどビックリした。
頬が赤いだけで、べつに目つきとかはいつも通りの先生なんだけど、ほんの少し頭を傾けて聞き返す、という仕草を先生がしたことが衝撃だった。
「なんだって?もう一度言ってみろ」「はっきり喋りなさい」「はあ?いい加減にしろよ」と、怖い顔で言うのが俺の知ってる先生だ。

「先生、大丈夫?もう酔ってんの?」
「…え?酔ってる?俺が?」

フッ、と先生が笑った後「…酔ってるかな?」ともう一度聞いた。

「…いや、酔ってんじゃん。え、ダイジョブ?」
「…お前…尊敬してるとか、言ってたな、俺を」

酔ってんのにそういうのは覚えてんだ、と思う。頭の中にメモリーチップが入ってるから、たぶん可能なんだろう。

「…お前、あれだけ厳しくされて、よくそんな風に思えるな。」
「えー当たり前じゃん。今まで出会った先生の中で一番尊敬してるよ!厳しくしてくんのも愛の鞭って奴でしょ?」
「…そうかもな…お前のことは………」
「えっ?俺のことがなに?」

珍しくたくさん喋ったかと思ったら、急に電池が切れたみたいに喋らなくなった。
ずっと黙ったまま下を向いているから、さすがに心配になって、「先生」と何度も呼んでも反応が無かった。
仕方なく、怖いけどテーブルに乗せられた先生の手の甲を人差し指で突いてみたら、一応、ぴくっていう反応はあった。

「先生?」
「……頭が痛い」
「えっ?えっ?ダイジョブ?」

先生は顔をしかめながら、もう一度「…頭が痛い」とだけ言った。
毎日早朝に出勤して、遅くまで残業するという生活を週5日繰り返して、1時間目から4時間目まで連続で数学の授業教えても絶対に「疲れた」と言わなかった先生がそう言うってことは、たぶん、相当具合悪いんだろう。

「先生、ごめん…。こんなにお酒弱いって思わなくて…ごめんね。もう寝てなよ。ベッド使っていいから」
「………すまない、そうさせてもらう」
「わーっ!スーツ!皺になるから!」

そのまま横になろうとするから、なんとか起こしてとりあえずジャケットだけ脱がせて腕時計も外した。
迷ったけど、俺としてはいい服がグチャグチャにされるのは耐えられなかったから、「お願いだから寝る前に着替えなよ」って頼みこんで、俺の服を着てもらうことにした。
先生のジャケットを丁寧にハンガーにかけて吊るした後に様子を見ると、まだ一つもシャツのボタンを外せていなかった。
ボタンが先生の指先からツルツルと逃げていく。
先生も最初は黙って挑戦してたんだけど、そのうちイライラしてきたのか舌打ちした後、無言で引きちぎろうとしたので、しょうがないから俺が脱がせることにした。
シャツの一番上のボタンを外したら、先生の鎖骨が見えてドキッとした。横に真っ直ぐ伸びた左右対称の鎖骨は細くて、色が白いから女の人みたいなデコルテをしてる。
いやいや、先生男だし…と思ったけど、その後はなぜか手が震えてボタン外すのに手間取ってしまった。
Tシャツ着せようとしたら、暑いのか嫌がったから、スーツ用の半袖インナーだけ着た状態にさせといた。

…下脱がせるのはさすがに躊躇した。
自分で脱いでくんないかなって思ったけど、ベルトが上手く外せないことに、またイライラしてそうだったから、もう諦めて俺がした、全部。
ベルト外した後、ファスナー下ろす前に、「えっ、これ大丈夫だよな?」って気持ちになって、焦って先生の方を見たら先生はだるそうに項垂れていて、表情はよくわからなかった。
先生、頭痛くて早く眠りたいだろうしと思い切ってファスナー下ろしたら、先生の履いてる下着が少し見えてその瞬間に、なんか、もう駄目だできないってしか思えなかった。
俺も酔ってんのか心臓がすごいバクバク言ってて、これ以上は無理、死ぬ、って気がした。



「…おい」

スウェット履かせようと思って悪戦苦闘してたら、急に怖い声が聞こえてビクッて身体が震えた。怖くて顔が上げられない。
先生ってなんか身体的な接触嫌がりそうなイメージあるから、なるべく皮膚に触らないようにしてたら時間がかかるわけで…単純に着替えが遅いことに腹を立てているのか、急に冷静になって服脱がされてる状況に気付いたのかわからないけど、どちらにせよ怖いから俺は先生の足首を見ながら固まっていた。

「…眠い」
「は…?」
「…眠いんだが」
「…先生、これ自分で履ける?というか、履いてほしい。ほんとにお願いだから」

通じたのか、ノロノロと先生はスウェットを腰まで引き上げる。
身長はそれほど変わらないはずだけど貸したスウェットは先生にはブカブカだった。
肩・胸囲・ウエストのどこにもボリュームが無いから服買う時苦労してんだろうな、と思う。

ベッドに遠慮がちに腰かけていた先生は、コテって横になった。
「なんで、ここにお前がいて、俺がいるんだろう」とでも言いたげな顔をしていたけど、先生は何も言わないでそのまま目を閉じた。
しばらくしたら、微かに寝息が聞こえてきた。様子を見ると、真一文字に口を結び、何かに耐えるようにぎゅっと目を閉じていた。
酔って寝ちゃった時も気を抜かないのは先生らしいと思ったけど、なぜか胸が締め付けられた。

いつもこんな寝顔で寝ているんだろうか。心休まる瞬間はあるのだろうか。
ロボットみたいに感情の起伏に乏しい先生にも本当は人間らしい心みたいなのがあって、何かが原因で固く閉ざされてしまっているのではないのだろうか。
今日、結局何があったか聞けなかった。聞けなかったけど、知りたいと思った。

どんなに怒られてもいい。先生ともっと深く向き合っていく覚悟を、俺は決めた。




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