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2.尋問ロボット

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初めて浅尾先生に叱られたのは新学期が始まって、二週間も経たない頃だったと思う。
清掃時間中にその場にいた男子数人とふざけていたら、新品のホウキを俺が折ってしまったのだ。
一瞬「やべー」という雰囲気になったけど、まあ、いいかと思ってゴミ捨て場に持っていったら、誰かがチクったのか、それがクラス担任の女にバレた。そっから浅尾先生に話がいったらしかった。基本的に頭がいい学校だから、こういうちょっとしたことがすぐ問題になる。
その日、友達と帰ろうと教室から出て、階段の方へ歩き出そうとした所、後ろから突然呼び止められた。

「高瀬 隼人か。ちょっと来い」

全く抑揚のない声が誰もいないところからいきなり聞こえてきたように思えて、俺と友達は軽く悲鳴を上げた。
すぐさま振り返ると、浅尾先生だということに気付いて、「なんで浅尾が?」と二人で顔を見合わせた。
すると、「聞いてるか?高瀬、用があるから一人で来なさい」と俺の腕を掴んだ。細っこいくせに力がめちゃくちゃ強くて、すごく驚いたのを今でも覚えている。
俺はその先生の有無を言わせない態度にちょっと引きながらも、黙って着いていった。
浅尾先生と並んで歩いた時、あ、この人俺と身長そんな変わらないって気づいた。たぶん175cmくらいなんだろうけど、その日は怒ってる雰囲気のせいか大きく見えた。

生徒指導室に入ると、先生は俺に椅子に座るように促した。
俺は、たぶん、「学校の物は大切に使え」という話で済むだろうなと思っていた。
浅尾先生は黙って俺の前に一枚の紙切れを見せた。

「自在ホーキ 単価 880円」と汚ねえ字で書かれた手書きの請求書で、学校の近所にある金物屋の名前と電話番号のスタンプが押されていた。
一応、なんか言った方がいいんだろうかと思い「なんすか、これ」とだけ俺は言った。

「お前が今日壊して捨てた清掃用具の値段だけど、お前はどう弁償する?」

その後は、何を言っても浅尾先生の前では無駄だった。
「880円、バイトで稼ぐにしても1時間はかかるよな?この学校はバイト禁止だけどお前どうすんの?」「親の?お前の親がお前食わせるために、具合が悪くても身体引きずって仕事に行く日があるってお前知ってるか?」「なんで、壊した時すぐ言わなかった?」「さっきと言ってることが違うからもう一度最初から説明しろ」「バレなければいいと思って捨てに行ったのに、あとで謝るつもりだったって矛盾してないか?」等々、延々と質問が続いた。

もう、俺の小遣いから2,000円払うから許してください、と言いたくなるくらい浅尾先生はしつこかった。
何が一番キツイって矛盾してる部分を指摘されて何度も言い直しをさせられることだった。
だんだん、自分がその時どう思っていたかなんてことが思い出せなくなって、「学校のものは税金で賄われていて、その税金はたくさんの人の労働があって集められたものなのに、それを考えもせず物を簡単に壊しました。すみませんでした」と謝るまで続けられた。
何が怖いって、浅尾先生は俺が生徒指導室に入ってから出るまでの間、一切声を荒げたりせずに、ただ淡々と静かな口調で喋り続けていたことだ。尋問専門のロボットだ、とその時思った。

浅尾先生は俺にだけこういうことをしているのではなく、生徒の起こす問題は全部この手法で処理していた。”解決”ではなくて”処理”だ。
浅尾先生と二人きりで生徒指導室に入った奴は、もうそれだけで10000キロカロリーくらい消費したんじゃないかってくらい、全員疲れ果てて帰ってくる。
俺らの学年からあっという間に噂が広まって、学校中で「サイコ」「人格破綻者」と言われるようになった。

いま思えば、強ちその指摘は間違っていなかった。浅尾先生は、たぶんあの時から仕事だとか自分の家のこととか、その他諸々を、人形のように細い身体で、たった一人で背負っていたんだろうから、ああならざるをえなかったんだろうな、と今は思う。
とは言え、浅尾先生は見た目が良かったから、女子からは人気があった。…相手が女でも容赦なかったけど。


とりあえず、例の一件以来俺は浅尾先生にビビりまくっていて、数学の授業はマジメに受けるし、朝は先生が門番として正門に立ってるから絶対遅刻しないようになった。
それでも、一か月に一回くらいは「制服の着方が汚い」だとか「校内でスケボーに乗った」とか「教育実習生の作ったプリントでキャッチボールしてた」とかそういう理由で、浅尾先生に捕まっていた。
浅尾先生は俺を生徒指導室に呼んで、釈放する時には冷ややかな顔で「二度と来んじゃねえ」と言ってた。
そんな、先生との思い出は、今も俺という人間を形づくる基礎みたいになっていて、あの時ビシバシ鍛えられたから大学にも行けたし、ほんと厳しいけどそれがありがたいっていうか…そういう恩師との出会い?みたいなのは本当キチョ―だって浅尾先生と会ってわかった。


まあ、今、浅尾先生毎週俺の家に来て寝てるんだけど。

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