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★イフルート(4)
しおりを挟むルイの言う「いい夜」は、二人とも手探りで事を進めるような、ずいぶんぎこちない夜だった。
ルイはベタベタと甘えてくるわけでもないし、からかわれればすぐムキになる。喧嘩を売られた時は「どこで覚えてきた?」とぎょっとするような汚い言葉で言い返すくせに「潔癖かコイツ?」と疑いたくなるほど、セックスについての話題を嫌がる。
そんなルイが手を伸ばせば触れられる距離にいる。
体を近づけて唇を合わせた時に、ルイに対して俺が思ったのは「上手くはないが、慣れている」だった。
啄むようにして何度も口づけると、ルイの方からもそっと薄い唇を押し当ててくる。ほとんど厚みのないウエストに腕を回してぴったりと体をくっつけると、ルイからは石鹸の匂いがした。トワレも何もつけていない、よく体を洗ってそのままバスルームから出てきただけの、混じりけのない香りだ。
「……こんなに近くにお前がいることが、俺はまだ信じられない」
わざと、ルイにはわからないよう中国語でそう呟いた。案の定顔を上げて視線を合わせた後も、ルイは困っているようだった。
「レオ、お前そうやって時々中国人ぶるのはやめろよ」
「……お前こそ俺が中国語を使うたびに妙な顔をするのはやめろ」
「ずっと英語で話しているところだけを見ているから、レオが中国語で話すと変な感じがするんだよなー……。なあ、なんて言った?」
少しだけ前のめりになって、「知りたい」と目を輝かせるルイは、きっと教えられればなんでも素直に吸収するだろう。
「……いい言葉を教えてやるよ」
自分の質問を無視されたことについて、若干不満そうにしていたものの、「いい言葉」と耳にするとすぐにルイは「OK」と頷いた。
「好爽……。いい時は正直にそう言え」
「ハオ、シゥアン……? それ、どういう意味?」
「気持ちいい、だ。まあ、教えたところで最中にお前が上手く言えるとは到底思えないが……」
「はあー? お前、いい言葉ってそういう意味かよ!」
俺をからかって遊ぶなよ、と腹を立てているルイを見ていると、ほんの僅かではあるが、自然と自分の口の端が上がっているのがわかる。ルイは「嫌だよ」と言うだろうが、許されるのなら永遠にこうして戯れていたい。
「もっと、して」「触って」も教えておいたがルイは少しも喜ばなかった。ふざけるな、とふて腐れてそっぽを向いたルイの手に自分の手をそっと重ねた。
「からかってなんかいないさ。……俺はお前が喜ぶことをしたいだけだ」
本心を伝えているのに、不思議と照れ臭さは感じなかった。聞かされているルイの方はそうもいかないのか、すっかりおとなしくなって「俺は……」と一度口を開いたものの何か言いにくそうにしている。
「……先にこう言っておかないと、ルイ、お前は変な意地を張って我慢するだろ」
「俺はべつに……。嫌なことは何も……」
居心地が悪そうにしながらルイは「今日はそのつもりで来た」とたどたどしく話した。
「場所を変えよう」
今度はルイにもわかるよう英語で伝えてから、挨拶の時にそうするように軽くハグをした。怖がらせるような思いはさせない、また離ればなれになる時までは、ずっと側にいて欲しい。そういう意味も込めていたし、十三の頃から一人で抱えていた欲求をルイに全てぶつけることは出来ない、と自分自身を抑えるためでもあった。
OK、と素直に頷いた後、ルイはいつもと同じようにしっかりした足取りでスタスタとベッドまで歩いた。気負っているのか、それとも迷っていると感じさせないためなのか。ベッドに二人で寝転んでいよいよ、という時に「電気を消してくれ」と急に弱気になったルイがいじらしくて、俺は黙ったまま部屋を暗くした。
ベッドでは長い時間をかけてルイと抱き合った。同じベッドに寝そべってルイの顔をまじまじと見つめるのも俺には初めてのことだった。
腕の付け根から胸にかけての部分にルイの頭を乗せて、ポツポツと話をした。この辺りは夜は静かでいいといった、そういったとりとめもない話を。話しの内容よりも、シーツの上で互いの冷えた足先を擦り合わせたり、体温を分け合うようにして体の大部分を密着させていることの方が俺達にとってずっと重要だった。
「ん……」
服の中に手を入れられただけで、身を固くするルイを「しー」と宥めながら胸を撫でた。ルイの反応を頼りにさらさらとした素肌に触れ続ける。普段は物怖じしないでよく喋るルイが、だんだん言葉が途切れ途切れになり、話している内容にほとんど集中出来ていないようだった。
「待って、待ってくれ……」
「この方が好きだろ? 体も楽だ……」
微かに首を横に振った後、胸の先をくすぐるように刺激されてルイはもぞもぞと身動ぎを繰り返した。
相手を喜ばせようと派手に喘いだりせず、声を押し殺してじっと堪えるルイの姿は俺を強く惹き付ける。もっと暴いてやりたい、本当に感じている時はどんな反応をする? もう一押しで知りたくてたまらなかったことの答えがわかるような気がして、ルイの着ているものを脱がせた。
「……嫌か」
「まさか」
好爽、と呟いた後微笑んで親指を立てるルイを見て俺も笑った。色気を一切感じさせない「気持ちいい」のサインだ。想定からだいぶズレた使い方だったが、腹は立たない。
俺の手を握った後、勝手に親指を立てた格好にしてから「そうだろ?」と満足そうに頷くルイの唇を塞いだ。
触れたい、と心から感じた相手と抱き合うのは初めてだった。
まだ十代だった頃、女を抱いた後に「いったいいつ終わりがくるのだろう」と涙が溢れた時があった。父や祖父のように金を稼げるようになるまで? 誰もが羨むような美しい妻を見つけるまで? 子供を作って父親になるまで? その頃にはきっと、俺はあらゆるものを背負っていて、何もかも取り返しのつかないことになってしまっている。そんなことを考えながら、大粒の涙を流し、やがて何もかもが渇ききってしまった。
「レオ」
何も身に付けていないルイが腕と脚、全身を使って抱きついてくる。拗ねたり、くだらない冗談を言ったり、子供のようにじゃれついてきたり……。まだ、体に触りあっただけでしかないのに、ルイの肌に触れていると「何もかもから許されたのだ」という気がした。もちろん実際は完全に自由になったわけではない。父は俺を絶対に手離さないだろうし、「男を好きな男」として生きていくことを許さないだろう。
それでも、今この時、少なくともルイだけは「OK」と俺を受け入れた。すがるようにしてルイの細い体を抱き締めながら何度も口づけを交わした。
いいのか、と最後に確かめた時ルイは「大丈夫」と頷いて自分から四つん這いになった。より強い快感求めあっている、というより、今日愛し合った証を何か残そうと形式に拘っているからなのか、俺もルイもずいぶん緊張していた。
それでも、ルイは覚えたばかりの中国語で「気持ちいい」「もっとして」「触って」を使い分けて、先を促した。そうやってリードしてくれているのだと思うと愛おしくて、何度もこめかみや頬に唇で触れた。
「んっ、んんっ……」
突かれるたびに小さく声を漏らすルイは、奥まで深々と何度も挿入されて、恥ずかしそうにしながら達していた。射精する直前の一番感じている時は日本語しか話せなくなるルイを俺は夢中で求めた。
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