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8.お茶会
しおりを挟む七日後。
豪雨でコーネル城に帰れずにいたユーリちゃんが帰ってきたので、中庭でお茶会をすることになった。
お茶会にはルカも招待されていた。
メイドの格好をして以来、ルカとろくな会話をしていない。しかし、お茶会の参加を断ったらユーリちゃんががっかりするだろうということで、二人で参加することになった。
鈍感なユーリちゃんは、オレとルカの微妙な空気に気がついていないようだ。
一方、グレッグは気がついているようだけど、何も言わない。
波風を建てないよう気を使っているのか、はたまた、ただ単に興味がないだけなのか。
普段は真面目で物腰の柔らかいグレッグだけど、ユーリちゃん至上主義な嫌いがある。基本的に、ユーリちゃんと彼が大切にしている中庭以外には興味がないのだ。
「ユーリちゃん、大変だったね」
「ああ。道が土砂崩れで通れなくなって、なかなか帰れなかった」
「グレッグと離れ離れで寂しかったんじゃない?」
「当たり前だ。早く帰りたくて仕方がなかった」
冷やかしのつもりで言ったのだが、真面目に返されて、笑うしかない。
ユーリちゃんのグレッグに対する感情はまっすぐで、常に全力投球だ。三年経った今でも全く変わらない。
そのまっすぐさが羨ましいと思った。
「軍医のシーザーが、南ブロデリックに異動になったんだってね。ツガイのアナトリーも一緒に。ユーリちゃん、アナトリーの代わりに副隊長に任命されたんでしょ? 三年目にして大出世じゃん」
話題を変えるために密かに仕入れた情報を披露する。ユーリちゃんは驚いたように目を見開いた。まだ正式に発表されていない情報だ。
アナトリーはコーネル城で暮らすオメガたちで結成されている部隊の副隊長だ。
魔物や他国と戦闘になった時、真っ先に最前線に立ち、アルファたちをサポートする。
「よく知っているな。だが、私は副隊長代理だ。現副隊長が、隊長代理に繰り上げになるので、彼をサポートするだけだ」
「それでも十分に出世だよ」
コーネル城に来て三年という月日は、オメガにとってまだまだひよっこ同然だ。そんなユーリちゃんが代理とは言え、オメガを総括する部隊の副隊長になったのだ。
情報を教えてくれたエリックは、この情報が確かならば、前代未聞のことだと言っていた。
「副隊長なユーリちゃんを早く見たいなぁ」
人見知りでマイペースなユリシーズが人の先頭に立っている姿は想像できないが、戦場でオメガたちを仕切っている姿は美しいだろう。
「副隊長代理だ。それに、副隊長代理になったからと言って、私は何も変わらないぞ」
「同期として誇らしいじゃん」
「ウィルフレッドは出世を狙っているのか?」
「止めてよ。そんな、めんどくさい。オレが偉くなったら、みんな遠慮して近づいてくれなくなっちゃうよ」
「みんな?」
意味が分からず不思議そうにしているユーリちゃんに、「そ、みんな」と笑ってはぐらかした。
「オレは、自由気ままなのがいいの。セックス以外で体力なんて使いたくないし、出世なんて興味ないね」
「ウィルが隊長になんてなったら、部下のツガイを食い散らかして反感食らって、隊は離散しちゃうよ」
今まで黙っていたルカが口を挟む。嫌みを含んだその言葉に、オレは「ふん」と鼻を鳴らしてふんぞり返る。
「うん。それはそれで面白そうかも。そうしたら、ルカとのエッチの回数も減るかもね」
「別に俺は困らないけど?」
「ふーん」
険悪な空気が流れる。
「け、喧嘩はよくないぞ!」
突然、困り顔のユーリちゃんが割って入ってくる。
「……やっぱり、喧嘩しているように見える?」
ルカは苦笑混じりにそう言った。
「グレゴリーが、二人は喧嘩しているって」
「ちょっと、グレッグ。ユーリちゃんに余計なこと教えないでくれる? これでも気遣ってたんだからね」
あれだけ険悪な雰囲気を垂れ流しておいて、気を遣っているもなにもないが、ユーリちゃんにはいつもの軽い口喧嘩としか映らないだろうと思っていた。
オレの抗議の声に、グレッグはすました顔で、
「それでしたら、その険悪なムードをどうにかして下さい。お二人の態度に、ユリシーズ様が困惑されていたので、教えて差し上げただけです」
と言った。
言い返すことができず、オレは押し黙る。
「喧嘩だなんて、大袈裟な物じゃないよ。ウィルフレッドが勝手に拗ねてるんだから」
ルカは小さく肩を竦めた。
「な! 人のせいにするわけ?」
「本当のことだろう?」
「ルカが余計なことばかり言うから悪いんだろ」
「だって、それは……」
「一体何があったんですか?」
このままでは言い争いが続くと思ったのか、グレッグが口を挟む。
よくぞ聞いてくれた。とばかりに、オレはグレッグの方に身を乗り出した。
「オレたち付き合い始めて三年目じゃん? いい加減マンネリ化しないように、ちょっとしたサプライズをしたんだよ」
「サプライズ、ですか?」
「そ。オレがメイドに化けてご奉仕してあげようって思ったわけ。そしたら、オレのメイド姿を見て、ルカが似合わないって言い放ったんだよ。女性もの下着と、ストッキングを穿いて、しかも、ガータベルトまでしっかりと着用してあげたのに! 酷いと思わない?」
ユーリちゃんに向かって同意を求めると、彼は微妙な顔で頷いた。多分、意味は分かっていないだろう。
構わず話を続ける。
「しかも、その後なんて言ったと思う? メイド姿なら、ユリシーズの方が似合いそうだね、だって! そりゃ、ユーリちゃんなら似合うだろうさ! 分かってるよ。ユーリちゃんは可愛いんだから。でも、それをわざわざ言うなんて、配慮が足りなさすぎる!」
言っているうちに段々腹が立ってきて、一気にまくし立てる。
勝手にメイドの格好をしておいて、似合わないと言われたからといって怒った自分も悪いと思う。しかし、あの場でユーリちゃんの名前を出さなくても良かったのではないか。
「……兄さん」
グレッグは咎めるような口調でルカを呼んだ。
「そんな顔で俺を見るなよ。お前だって思うだろ? ユリシーズの方がずっとメイド姿が似合いそうだって」
「思っても口にしないのが礼儀というものです。それに、妙な妄想をしてユリシーズ様を汚さないで下さい」
「な……っ」
弟に冷たく言い放たれて、ルカが絶句する。
グレッグはすました顔で眼鏡のブリッジを押し上げた。
そんなグレッグの服の裾を、ユーリちゃんが遠慮がちに引っ張る。
「なあ、グレゴリー」
「どうしました?」
「もしかして、二人の喧嘩の原因は、私のせいなのか?」
ユーリちゃんの言葉に、オレは慌てて首を振った
「なに言ってんの。ユーリちゃんは全然悪くないから! 悪いのは、デリカシーのないこの男!」
そう言って、ルカのことを人差し指で指さした。
「あー。もう、分かったよ。俺が悪かった。ウィルが俺のためを思ってやってくれたのに、配慮が足りなかった。本当にごめん」
「なんか、全然反省しているように見えないんですけど」
軽蔑したような半目でルカを睨んだ。
「でも、なぜメイドの格好なんだ? 俺はウィルが女性っぽいから付き合おうって思ったわけじゃない。そのままの君で十分なのにって思っただけだよ」
「だって、いつも同じじゃマンネリ化しちゃうじゃん」
「俺はしないよ。君は俺に飽きてきたの?」
「はぁ?! そんなこと一言も言ってないじゃん!」
オレがメイドの格好をしたのは、ルカが飽きないようにと思ったからだ。先から散々言っているのに、なぜオレが飽きたという話になるのだろう。
「だったら、今まで十分だろ。むしろ、いつか俺の方がウィルに飽きられるって心配していたくらいだし」
「なんでそうなるんだよ。オレ、ルカに飽きたことなんて一度もないけど」
ルカに抱かれれば、いつだって気持ちが良い。彼とのセックスは飽きたことなどない。むしろ、貪欲に求めてしまって怖いくらいだ。
「俺だってこれまでに、ウィルに飽きたなんて思ったことは一度もない。君は普段のままでも色気があるし、魅力的だよ」
突然の告白に、言葉を失った。
胸が早鐘を打つ。顔が火照るのが分かり、俯いた。
今まで、ルカには散々甘い言葉を囁かれてきた。
それなのに、なぜ、こんなにドキドキしているのだろう。
やっぱりオレ、変だ……。
どうして良いのか分からず、泣きたい気持ちになる。
「だから、今日は普通に愛し合おう? 飽きたなんて思わせないくらい、激しく抱いてあげるよ」
「ルカ……」
こうして、お茶会は妙な流れのままお開きとなったのだった。
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