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5.未知なる世界への扉

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「頼んだのはオレだけどさ。即座に用意できるって、ちょっとキモイんだけど」

 ベッドの上に並べられた服を見て、鳥肌が立った。
 服を持ってきた男は、オレの侮蔑を含んだ視線に気づかずニコニコと笑っている。
 男の名前はフレディ。それなりに権威のあるアルファだけど、自分のツガイに色々なコスプレをさせては、色々なプレイを楽しんでいるという噂を聞いて声をかけた。
 フレディのツガイのオメガはとても地味な男なので、コスプレをさせて気分を上げているのかと思ったけど、単にフレディの趣味なのかも知れない。
 メイドの衣装を着れば、いつもと違う雰囲気になってルカも興奮するかと思い、フレディにメイドの服を頼んだ。まさかその場ですぐに用意をしてくれるとは思わなかった。

「全て未使用ですから安心して下さい」
「あぁ、うん。それは別にいいんだけど……。それにしても、想像していたよりも可愛らしいね。オレには似合わなさそう」

 ベビーピンクと白のチェック柄。ひらひらとしたフリルが沢山ついており、スカートの丈もやけに短い。
 これを着ている自分の姿を想像してみたが、いまいち似合うとは思えなかった。

「軍服の方がいいかも」

 メイドよりも、軍服でSMごっこをした方が楽しそうだ。
 しかし、フレディは凄い勢いで首を横に振った。

「そんなことありません! ウィルフレッド様なら、絶対に似合います!」
「それって、オレが女っぽいってこと?」

 中性的なユーリちゃんとは違い、オレはどこからどう見ても男だ。
 美人と称されることが多く、綺麗な顔立ちをしていると自負しているけど、骨格は立派に男だ。
 手足が長く、腰が細いので痩身に見られがちだけど、脱げば腹筋が六つに割れている。
 メイド服など似合うはずもない。

「女装が似合いそうもない男がメイド服を着るというところがいいんです! ウィルフレッド様の場合、艶やかな黒髪で、少々気が強そうで美しい顔立ちなので、尚更そそられると思いますよ!」

 男の力説を聞きながら、ふと先日見たユーリちゃんの姿を思い出した。
 可愛い顔立ちのユーリちゃんが軍服を着る。似合っていないのに、思わずムラムラッとくるあの感じ。
 オレがメイド服を着れば、あんな風になるのだろうか。

「軍服は軍服でそそられるかと思いますが、ウィルフレッド様の場合は軍服がしっくり来すぎて非現実的にはなれません。非現実的な恰好をすることで、非現実的なプレイも出来るというものです!」

 見た目は気の弱そうなオタクっぽい男なのだが、自分の好きなことになると饒舌になるらしい。
 フレディの熱さに若干引きながらも、納得してしまっていた。

「まあ、ちょっとだけ試着してみてもいいかな」

 一度着てみて気に入らなければ、軍服を用意して貰えば良いだろう。

「え? ここで試着されますか?」

 期待に満ちた眼差しに、気持ち悪いと思ったが、余所で試着するわけにもいかない。

「着替えるから、何をどう着れば良いのかだけ教えて」
「はい! 是非、下着の方も試着してみて下さい」
「でも、一度穿いたら返せないじゃん」
「大丈夫です!」

 何が大丈夫なのだろうか。

「着替えている間は部屋を出てってよ」
「も、もちろんです」

 心底残念そうなフレディに、心底気持ちが悪いと思った。フレディを部屋から追い出す。
 改めてベッドの上に並べられた衣装を見て、軽い溜息が出た。
 メイド服以外にも、下着やストッキングも用意されている。ブラジャーやショーツまで、一体どこで仕入れているのだろう。
 不思議に思いながら、長細い紐状のものを摘まみ上げる。

「なにこれ」

 多分、ブラジャーなのだろう。しかし、オレが知っている形状とは違う。
 両胸の部分に小さな三角形の布きれがあるだけで、カップなどはない。
 これでは、着用する意味がないのでは?

「乳首を隠せってこと?」

 その方がかえって恥ずかしいような気もするけど。
 首を傾げつつ、服を脱いだ。
 とりあえずブラジャーから身につける。しかし、着用後の完成形が想像できない。本来輪っかのストラップ部分に腕を通して着用すると思うんだけど、三角の布きれ以外は全て紐だ。

「ねえ! これ、どうやって着けるの?」

 ドアの外に待たせているフレディに声をかける。

「これって、どれでしょうか?」

 くぐもった声が外から聞こえた。ドアにでも張り付いているのだろうか。

「ブラジャーみたいなやつ」
「ああ、それですか。それは、三角の布の部分を、ち、ち、ちくび、乳首にですね、お、押し当てて……」
「きもい」

 ピシャリと言い放つ。あまりのキモさに肌が粟立った。

「もういいよ。何となく分かったから」

 本当はよく分からないが、三角部分が乳首に来るように、紐を調節して後ろで結べばいいのだろう。
三角の先端から上に伸びている二本の紐を首の後ろに回して結び、横に伸びている紐を脇から背中に回した。あとは背中で紐を結べば完成のはずだ。しかし、後ろで紐を結ぶのは難しい。
 背後に人がいることが苦手なのでフレディに頼むこともできず、とりあえず簡単に結んで終わりにした。
 今度は布の薄いローライズのショーツを摘まんで、無意識にゴクリと喉を鳴らした。
 ブラジャー以上に難易度が高い。
 客に頼まれて女装をしたことはあるけど、女性もの下着を着用したことはない。
 実は、女性下着を見るのも初めてだった。
 娼婦宿の女性達は、性に対してオープンかと思いきや、実はそうでもない。客でもないオレに下着姿を見せることは一度たりともなかった。

「女の子って、こんなに小さな下着をつけてるの? はみ出たりしないのかな……」

 布は薄いけど、フリルが沢山付いていてゴテゴテしている。
 女性の下半身事情はよく分からなかったが、男が着用したら確実にはみ出るだろう。
 勇気を出して穿いている下着を脱いで、ショーツを穿いた。

「うわぁ……。エグい……」

 可愛いフリルの合間からはみ出る自分の性器に頭を抱えたくなった。
 男遊びが激しい割に、綺麗なサーモンピンク色をしている自分のペニスは、コンプレックスだった。 
 サイズは一般並みなはずなのに、色がやけに子供っぽい。黒々とした陰毛との対比がさらに幼い色を際ただせている。女性を知らない童貞の象徴のようで嫌なのだ。
 だから、オレのペニスを見て、「綺麗だ」とか、「可愛い」と口に出した男は、即座に蹴り飛ばしてそれ以上関係を持たないことにしている。
 それが、フリルの合間から覗いているなんて、見るに堪えられなかった。
 必死に布の中に押し込めた。
 陰毛がはみ出るのは諦めた。剃ることはしたくない。余計に子どもっぽくなるから。
 ふと、ベッドの上を見て、ブラジャー以上に着用方法が分からない物を発見した。

「ストッキングと……、これってガータベルトってやつ?」

 どうやって穿くんだ? というオレの呟きに、

「ストッキングを穿いて、腰にガータベルトを着けて、ストッキングとガータベルトをホックで留めれば良いんです」

 というアドバイスが聞こえる。まさか、覗いているのではないだろうか。

「覗いてるんじゃないだろうな」
「ま、まさか。なんとなく、ガータベルトに苦戦しているように感じただけです。ちなみに、ガータベルトはパンティを穿く前に着用した方がいいですよ」

 パンティとか言わないで欲しい。それに、そんな大事なことはショーツを穿く前に言って欲しかった。

「あ、すでにパンティを穿いてしまったのなら、ガータベルトが後でも大丈夫です」

 ストッキングを穿いて、ガータベルトで留めた。こちらもフリルが沢山付いた仕様で、げんなりしてしまう。手早くパニエを穿いて目に入らないようにした。
 ワンピースを着て、腰巻きエプロンのストラップを腰で結ぶ。これでできあがりのようだ。腰の紐は縦結びになってしまったが、気にすることでもないだろう。
 おかしなところがないか、一通り確認する。
 スカートの丈は膝上二十センチと短く、沢山のフリルが付いている。胸元も大きく開いていて、なんだか服を着ている心地がしない。何よりも、股間が心許ない。
 本当にこれがメイド服なのだろうか?

「よし。もう入ってきて良いよ」

 その言葉を待っていましたとばかりに、フレディが部屋の中に駆け込んできた。
 メイド姿のオレを見つめて、フレディはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

「やっぱり似合わないよね。なんか、着替えるのも大変だし、やっぱり軍服に……」
「とっても似合います!!」
「え?」
「ああ、俺の目に狂いはなかった! マジ天使!」
「あ、うん。一部からは天使って呼ばれてるけど」

 オレの突っ込みも気にせず、フレディは何度も大きく頷いている。

「これなら、ルカも大喜びではないでしょうか!」
「そうかな……。ルカは喜ぶかな」

 自分では似合っているとは思えないが、他人から見れば似合っているらしい。

「はい。俺だって、もうこんなですから!」

 フレディは服の上からでもはっきりと分かる、勃起した股間を見せつけてくる。

「ちょ……、なに勃起させてんの?」
「着替えているウィルフレッド様を想像しただけでも大興奮ものですよ」
「そう。――じゃあ、この服を貰うよ。用意してくれてありがとう」

 そう言って、元々着ていた服をまとめて袋に詰めると、そそくさと立ち去ろうとする。

「待って下さい! ご褒美がまだです!」

 慌てたようにフレディに呼び止められ、内心舌打ちをした。服をくれる代わりに、ご褒美が欲しいということだったのだ。

「えっと、ご褒美ってなにがいいんだっけ?」
「はい! いま袋に詰めた服を一式を下さい!」
「は?」

 フレディの言っている意味が理解できず、まじまじとフレディの顔を見つめた。

「ウィルフレッド様の脱ぎたての私服が欲しいです」
「えー? 変なコトに使われたら嫌なんだけど」

 袋の中には、今日一日中穿いていた下着も入っているのだ。

「決して、流出はしませんから」
「――わかったよ。ほら」

 着ていた服を入れた袋を、渋々フレディに渡した。

「ありがとうございます! それと、もうひとつ」
「なに? この際だから何でもしてあげるよ。でも、折角の服を汚したくないから、本番はなしね」

 着替えるのが大変なので、このまま部屋に戻ってルカに見せたいと思っている。その前に汚すことだけはしたくない。

「では、俺の勃起したものを、口で慰めてくれないでしょうか?」

 とフレディは嬉しそうな顔で言った。
 ――まあ、それくらいならいいか。

「喜んで。ご主人様」
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