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2.読書をするということ
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次の日。昨日の陽気が嘘のように、王都はこれまでに経験のない豪雨に見舞われた。これでは外で日向ぼっこもできない。しかもこの雨はしばらく続くらしい。折角の休日だというのに、今日は一日中部屋に籠もるしかない。
オレはベッドに寝転がり、重くて分厚い本を広げた。
ユーリちゃんに返却を頼まれた本に興味が湧いたので、返す手続きをしてから自分で借りたのだ。
物語の内容は、架空の国の貴族と、彼の屋敷で働くメイドの恋の物語。身分が違う二人の、儚くも切ないラブストーリー――らしい。
ユーリちゃんが読んでいたという理由で惹かれて借りてみたけど、冒頭の数ページですっかり飽きてしまった。
やっぱり本ってつまらない。
本を閉じるとベッドのサイドボードに放り投げた。
元々、本を読むことは苦手なのだ。
オレは、きちんとした教育を受けていない。
オレが生まれた村では、金色の瞳と漆黒の髪の両方を持つ者は、悪魔の子と怖れられていた。「悪魔の子」の容姿を持つオレは、生まれてすぐに捨てられた。
物心が付いた頃には色街におり、十四歳で客を取るようになるまでは、娼婦宿の女将や、娼婦の女性たちが面倒を見てくれていた。
オレの言葉遣いが少々女性っぽいのは、女性に囲まれて育った影響もあるかも知れない。
みな、気さくで面倒見の良い女性たちではあったけど、暮らしは決して豊かではなく、自分の生活で精一杯だった。客が取れる年齢になれば、独り立ちをしなければいけなかった。
オレは男だけど、ここブロデリック王国は人口が多い分、いろいろな思考の持ち主も多い。男娼の需要も多かった。
客を取り始めたオレは、たちまち人気の男娼となった。
ろくな教育も受けないまま育ったオレが、文字の読み書きを覚えたのは十五歳の時。常連客だった教師の男が、見るに見かねて教えてくれたのだ。
しかし、元々集中力が足りない上に、文字を覚えたのが遅かったせいで、最後まで本を読み切ったことは一度もない。
そういえば、ルカって、あの教師の男に雰囲気が似てるかも。
寝室に入ってきたルカ・エヴァンズを目で追いながら、オレはそう思った。
読み書きを教えてくれた男もまた、金髪に澄み切ったブルーの瞳をしていた。
雰囲気は似ているけど、断然、ルカの方が好みだ。元々、その顔立ちが気に入って自分のツガイにしたのだ。
人好きのする、さわやかで甘い顔立ちのルカは、優秀なアルファだ。
オレとツガイになる前は、複数のオメガと関係を持っていたらしい。
オレとツガイになった今でも、他のオメガたちに絶大な人気を誇っている。柔らかくて心地の良い声も、彼の人気をより強固なものにしていた。
「ウィル。パンケーキ焼いたけど、食べるかい? ――あれ?」
甘い香りが漂う皿をサイドボードに置こうとしたルカが、一瞬驚いたように目を見開いた。
「この本、ユリシーズが図書館で借りていた本だよね」
ルカが無造作に置かれた本を手に取る。
「なんでルカが知ってるの?」
「俺が薦めた本だからね。たしか、返却は昨日までだった気がするけど。なんでウィルが持ってるんだ?」
返却日まで把握しているなんて、どれだけユーリちゃんの世話を焼いているのだろう。
ユーリちゃんとルカは読書仲間として、こっそりと本の貸し借りをしているようだった。本人達はオレやグレッグに気を遣ってこっそりやっているつもりなんだろうけど、バレバレだ。
本を全く読まないオレは疎外感を感じて、とても気に入らない。
「ユーリちゃんが返したのを、オレが借り直したんだよ」
「へぇ。ウィルが本に興味を示すなんて珍しいね。その本は面白いよ。ヒロインのメイドのメアリーが、とてもいじらしくて可愛いんだ。ユリシーズは、切ないすれ違い系の話が好きみたいだかから薦めてみたんだけど、ちゃんと最後まで読めたのかな?」
「さぁね。昨日、今日までに返さなきゃいけないって、慌てて返そうとしてたけど。読み終わってないなら、帰ってきてからそれを読めば良いんじゃない?」
オレはあと二週間は借りていられる。ユーリちゃんは明日にでも帰ってくるらしいので、十分に読めるだろう。
「ウィルはもう読まないのか?」
「んー。なんか、雨の音がうるさくて集中できないんだよね」
「そんなこと言って、ただ単に、読むのが面倒になっただけだろ」
図星を指され、オレは唇をへの字に曲げる。
「だったら、ルカが読み聞かせてよ」
「えー?」
ルカは面倒くさそうな声を上げた。
「いいじゃん。オレ、ルカの声好きだし。前に読み聞かせしてくれたとき、聞き心地良かったよ」
一年前、本を読みたがらないオレに読み聞かせを提案したのはルカだった。
ルカとしては、オレに知識を増やして欲しいとか、趣味を見つけて欲しいとか思っていたんだろうけど、あまり気が乗らなくて一度きりになっていた。
「前は読んであげるって言っても、官能小説なら聞いてあげるとか宣ってたくせに」
「だって、この本はルカのオススメなんだろ? オレにもオススメしてよ」
何となく口を突いて出た言葉だったけど、ルカがふっと口元を緩めたので、不本意な誤解を生んだことに気が付いた。
「今度のお茶会でユーリちゃんと本の話をしたいだけだよ。話題作りのため!」
決してユーリちゃんに嫉妬をしているわけではない。
ルカが勘違いをして調子に乗るといけないので、その辺ははっきりと言っておかなければいけない。
「話題作りね。まあ、今日は暇だし、いいよ。読んで聞かせてあげる」
ベッドの上で寝転がっているオレの横に腰を下ろしたルカは、本を開くと、顔に見合った甘い声で朗読を始めたのだった。
オレはベッドに寝転がり、重くて分厚い本を広げた。
ユーリちゃんに返却を頼まれた本に興味が湧いたので、返す手続きをしてから自分で借りたのだ。
物語の内容は、架空の国の貴族と、彼の屋敷で働くメイドの恋の物語。身分が違う二人の、儚くも切ないラブストーリー――らしい。
ユーリちゃんが読んでいたという理由で惹かれて借りてみたけど、冒頭の数ページですっかり飽きてしまった。
やっぱり本ってつまらない。
本を閉じるとベッドのサイドボードに放り投げた。
元々、本を読むことは苦手なのだ。
オレは、きちんとした教育を受けていない。
オレが生まれた村では、金色の瞳と漆黒の髪の両方を持つ者は、悪魔の子と怖れられていた。「悪魔の子」の容姿を持つオレは、生まれてすぐに捨てられた。
物心が付いた頃には色街におり、十四歳で客を取るようになるまでは、娼婦宿の女将や、娼婦の女性たちが面倒を見てくれていた。
オレの言葉遣いが少々女性っぽいのは、女性に囲まれて育った影響もあるかも知れない。
みな、気さくで面倒見の良い女性たちではあったけど、暮らしは決して豊かではなく、自分の生活で精一杯だった。客が取れる年齢になれば、独り立ちをしなければいけなかった。
オレは男だけど、ここブロデリック王国は人口が多い分、いろいろな思考の持ち主も多い。男娼の需要も多かった。
客を取り始めたオレは、たちまち人気の男娼となった。
ろくな教育も受けないまま育ったオレが、文字の読み書きを覚えたのは十五歳の時。常連客だった教師の男が、見るに見かねて教えてくれたのだ。
しかし、元々集中力が足りない上に、文字を覚えたのが遅かったせいで、最後まで本を読み切ったことは一度もない。
そういえば、ルカって、あの教師の男に雰囲気が似てるかも。
寝室に入ってきたルカ・エヴァンズを目で追いながら、オレはそう思った。
読み書きを教えてくれた男もまた、金髪に澄み切ったブルーの瞳をしていた。
雰囲気は似ているけど、断然、ルカの方が好みだ。元々、その顔立ちが気に入って自分のツガイにしたのだ。
人好きのする、さわやかで甘い顔立ちのルカは、優秀なアルファだ。
オレとツガイになる前は、複数のオメガと関係を持っていたらしい。
オレとツガイになった今でも、他のオメガたちに絶大な人気を誇っている。柔らかくて心地の良い声も、彼の人気をより強固なものにしていた。
「ウィル。パンケーキ焼いたけど、食べるかい? ――あれ?」
甘い香りが漂う皿をサイドボードに置こうとしたルカが、一瞬驚いたように目を見開いた。
「この本、ユリシーズが図書館で借りていた本だよね」
ルカが無造作に置かれた本を手に取る。
「なんでルカが知ってるの?」
「俺が薦めた本だからね。たしか、返却は昨日までだった気がするけど。なんでウィルが持ってるんだ?」
返却日まで把握しているなんて、どれだけユーリちゃんの世話を焼いているのだろう。
ユーリちゃんとルカは読書仲間として、こっそりと本の貸し借りをしているようだった。本人達はオレやグレッグに気を遣ってこっそりやっているつもりなんだろうけど、バレバレだ。
本を全く読まないオレは疎外感を感じて、とても気に入らない。
「ユーリちゃんが返したのを、オレが借り直したんだよ」
「へぇ。ウィルが本に興味を示すなんて珍しいね。その本は面白いよ。ヒロインのメイドのメアリーが、とてもいじらしくて可愛いんだ。ユリシーズは、切ないすれ違い系の話が好きみたいだかから薦めてみたんだけど、ちゃんと最後まで読めたのかな?」
「さぁね。昨日、今日までに返さなきゃいけないって、慌てて返そうとしてたけど。読み終わってないなら、帰ってきてからそれを読めば良いんじゃない?」
オレはあと二週間は借りていられる。ユーリちゃんは明日にでも帰ってくるらしいので、十分に読めるだろう。
「ウィルはもう読まないのか?」
「んー。なんか、雨の音がうるさくて集中できないんだよね」
「そんなこと言って、ただ単に、読むのが面倒になっただけだろ」
図星を指され、オレは唇をへの字に曲げる。
「だったら、ルカが読み聞かせてよ」
「えー?」
ルカは面倒くさそうな声を上げた。
「いいじゃん。オレ、ルカの声好きだし。前に読み聞かせしてくれたとき、聞き心地良かったよ」
一年前、本を読みたがらないオレに読み聞かせを提案したのはルカだった。
ルカとしては、オレに知識を増やして欲しいとか、趣味を見つけて欲しいとか思っていたんだろうけど、あまり気が乗らなくて一度きりになっていた。
「前は読んであげるって言っても、官能小説なら聞いてあげるとか宣ってたくせに」
「だって、この本はルカのオススメなんだろ? オレにもオススメしてよ」
何となく口を突いて出た言葉だったけど、ルカがふっと口元を緩めたので、不本意な誤解を生んだことに気が付いた。
「今度のお茶会でユーリちゃんと本の話をしたいだけだよ。話題作りのため!」
決してユーリちゃんに嫉妬をしているわけではない。
ルカが勘違いをして調子に乗るといけないので、その辺ははっきりと言っておかなければいけない。
「話題作りね。まあ、今日は暇だし、いいよ。読んで聞かせてあげる」
ベッドの上で寝転がっているオレの横に腰を下ろしたルカは、本を開くと、顔に見合った甘い声で朗読を始めたのだった。
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