君を想う

ゆっけ

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婚約者編

ⅩⅩⅩⅣ

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 あの日からヴァレンティーナは笑顔をよく見せてくれるようになった。
 丹精込めて育てた薔薇をヴァレンティーナの髪に差してやれば、金の髪によく赤が映えた。
 それを見て嬉しくなったジルベルトが笑うとつられるようにヴァレンティーナも笑ってくれて、穏やかで和やかな時間を過ごしていた。


 ある日、両親も不在、ヴァレンティーナも来ていなかった日の事。
 この日は、雨で庭園に出る事が出来なくて、雨が窓を叩くのをぼんやりと眺めていた。
 コンコン、と扉が叩かれたので返事をすると旦那様にお客様がいらっしゃっていますが、どういたしましょう?と侍女が困った様に伝えてくる。

「父は不在だと言って、帰ってもらって」

「それが…」

 階下からドタドタという音と言い争うような声が聞こえた。

「邪魔をする」

「困ります!」

 入室して良いと言う言葉を待たずに入ってきたのは、小太りの装飾過多な服を着た男だった。

「我はコブトーである。我は国王陛下より伯爵位を賜った由緒正しき貴族である」

 コブトー?コブトーリ?小太り?と取り留めもなく考えていたが、相手は伯爵であるらしい。
 一応、此処は公爵の屋敷な筈だし、そんな屋敷内で地位を振りかざすのは常識がなってないと感じた。
 此処が公爵の屋敷だと分かっていないのだろう。

「……コブトー伯は一体何のご用ですか?父は今、不在なのですが」

 ふんっと鼻を鳴らして、ジルベルトの向かいのソファに勝手に座ったコブトー。
 その非常識にジルベルトは眉を顰めたが、コブトーは、そんなジルベルトの表情にも気付いていない。

「そんなの知っておるわ。小童が庭園の管理をしておるのか」

 公爵子息を小童と言うコブトーは、やはり此処が公爵の屋敷だと気付いていないらしい。
 よく、これで貴族などと言えたものだな、とジルベルトは内心で毒を吐いた。

「そうです」

「では青い薔薇があるというのは真か?」

「ありますよ」

「では、その青い薔薇を我に寄越せ。金なら払う」

 非常識な上に無礼な事を言っている事にも気付いていないのかと呆れる。

 貴族である自分の要求が当然通るものと思っている。そんな傲慢で驕りに凝り固まったコブトーという伯爵にジルベルトは辟易した。

「お金の問題ではありません。あの薔薇達は僕が大事に育てているものです。誰にも譲る気はありません」

「何!!我に逆らうのか!!」

「どうぞ、お引き取りを」

 扉の近くで待機していた侍女が扉を開ける。その動作だけで出てけと言っている。

「ちっ。これだからガキは」

  コブトーが出ていった後に屋敷の皆で塩を撒いた。
 帰ってきた両親が部屋中塩まみれになっていて驚いていた。



「そんな事があったのか」

「はい」

 一応、コブトーの事を報告した。ナルサスは考え込むように腕を組み、翠玉の瞳でジルベルトを見据える。

「コブトーと言えば、薔薇好きで有名だ。自分が欲しいと思った物は手段を選ばずに奪うという悪評が噂れさている」

「…最低ですね」

「うむ……公爵家だと知らないらしいからな。取り敢えず、明日からは護衛をつけよう」

「分かりました」

「子供相手に無謀な事をして来る程に暗愚では無いと信じたいね」

 ナルサスは、息子を見下ろすと嫌がる彼を抱き上げて、膝に乗せた。
 ジルベルトは藻掻いて抵抗していたが、大人の腕力には勝てなかったのか暫くすると諦め、動かなくなった。
 無抵抗になったのを確認するとナルサスはたっぷりと柔らかい息子の髪を撫でて一日の疲れを癒した。

 ジルベルトの心中は、「父上、いっそ猫でも飼えば良いのに」と思っていた。


 昨日の雨が嘘だったかの様に今日は快晴だった。
 ウキウキしながら帽子を被って庭園へ行くと庭師のジムがもう手入れの作業をしていた。ジルベルトも早速、手入れをしているとヴァレンティーナがやって来た。

「ティーナ、こんにちは」

「こんにちは、ジル」

 笑顔で挨拶を交わしていると後ろの方でジムが笑っている声が聞こえた。

 土に肥料を撒いたり、植え替える作業をしたりと休憩を挟みつつも時間は過ぎていき、夕方近くになっていた。

「ティーナ、ごめんね?今日は、ずっと庭園で手入ればかりしていて」

「いいえ。楽しかったので大丈夫ですよ。それに今日は、お父様とお母様から泊まって良いと許可が下りました。ですので、今日は泊めて下さい」

「急だね」

 ジルベルトの言葉は困ってそうなのに顔は、楽しそうに笑っている。

 そのジルベルトの反応に断られたらどうしようと思っていたヴァレンティーナは安堵した。

「今日のお詫びに、これどうぞ」

「パンジーですか?」

「そうだよ。別名三色スミレって言うんだ。大切に育ててね」

 ヴァレンティーナに一株だけ植えた鉢植えを渡す。ヴァレンティーナは嬉しそうにパンジーの花を突いている。

「ありがとうございます。大切にしますね」


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