君を想う

ゆっけ

文字の大きさ
上 下
31 / 46
婚約者編

ⅩⅩⅩ

しおりを挟む
 いつもの様に薔薇の手入れをしながら、ふとした時に昨日のヴァレンティーナを思い出す。

 整った容姿に暗い影を落とす藍色の瞳と希薄な感情。されるがままで自分の意思が無い人形のようだ。

 今日も薔薇は綺麗に咲いてくれている。そこで何故か心を過ったのは。

 ――ヴァレンティーナが笑ったところを見てみたい。

 何故かそう思った瞬間、一気に顔を真っ赤にするジルベルト。誰も見ていない事を確認すると赤い顔のまま小さく息を吐き出した。


「マリーさん、今日のお菓子は何?」

「おや、坊っちゃん。今日は、マドレーヌを焼きましたよ」

「本当!僕はマリーさんのマドレーヌが大好きなんだ!」

「ははは。ありがとうございます」

「…ところで、マリーさん。…甘くないお菓子って作れるかな?」

「甘くない?何でまた?」

「え…あの…そ…その、甘いものが、あまり得意ではない人に食べて貰いたいんだ」

 ほんのりと頬を染めてモジモジとしているジルベルト。

 ジルベルトが小さな頃から公爵家で下働きとして働いているマリー。彼女は、ジルベルトが甘いものが大好きなのをよく知っていた。だからこそ、反対のものを作って欲しいと言い尚且つ頬を染めた意味を瞬時に察した。

 マリーの第六感が、告げている。

「ははん、好きな人だね」

「え!違っ!」

「顔に書いてますよ」

 マリーの第六感が、ジルベルトの顔が真っ赤になった事で外れていなかった事を如実に現していた。

「どうせだったら一緒に作りますか?」

「え?僕が?」

 本来なら厨房にだって貴族は入ってこないのに此処の家族は平気でやって来る。

 そして、マリーの提案は普通だったら貴族の子息には提示されないものだ。彼等は雇い主である。けっして親しく接していいものではない。

「作りたい!」

 両手を握り拳にして興奮気味にマリーを期待した眼差しで見詰める。

 それでも、この家族は下働きだろうと庭師だろうと友人のように接してくれる。
 働き手としては、こんなに良い雇い主はなかなか居ない。

 淡い恋心を抱いたジルベルトの助けに少しでもなりたいとマリーは思う。願わくば、思われている彼女にもジルベルトの事を好きになって貰いたいとも思う。


◇◇◇◇◇


 今日は、朝から雨だ。日課の庭園の花の手入れをしようとしたら庭師に止められた。なので、今日は自室でのんびりと読書をしている。詩集は読んでいると眠くなるので読まない。もっぱら読んでいるのは図鑑。それも花の。

 花を好きなジルベルトは自分の将来は花屋か庭師になろうと漠然と思い描いていた。

 一日の中で暇を見つけては、庭園で土を弄ったり、雑草を抜いたりとしていた。それが、楽しい。

「ジルベルト様」

 ノックの音で我に帰ったジルベルトが、返事をするとヴァレンティーナ様と言うお客様がいらっしゃってますと言うではないか。普通は先触れをだして、お伺いをたてるものだがジルベルトは気にしなかった。

「通してくれて大丈夫だよ」

「かしこまりました」

 直ぐにまたノックの音がして、扉が開きヴァレンティーナが入ってきた。

「お久し振り」

「はい」

 侍女にお茶を用意を頼むと応接間のソファへと座らせた。今日も平常運転の彼女に雨だけど大丈夫だったかと聞いてみた。

「大丈夫です」

 と必要最低限しか喋ってくれないヴァレンティーナ。挫けそうになるのを堪え、また話し掛けようとした時、お茶が用意ができたと侍女が声を掛けてきた。扉を開けて、部屋へ侍女がワゴンを押して入ってきた。

 侍女は手早くお茶の用意をしたかと思ったら、直ぐに退室していった。侍女は去り際にサムズアップしてジルベルトの健闘を祈った。

 耳まで真っ赤にさせたジルベルトは、緊張したようにお茶を淹れて、ヴァレンティーナの隣に座った。

「今日も茶葉はアッサムなんだけど…」

「飲めます」

「うん」

 まだ、淹れたての紅茶の表面がゆらゆらと揺れる。ジルベルトはミルクを入れて、掻き混ぜた。

「どうぞ」

 ヴァレンティーナに優しく話し掛けると彼女は、ミルクティーになったアッサムを一口飲んだ。

「美味しい」

 思わずと言ったようにポロッと零れた言葉が嬉しくてジルベルトは満面の笑みになった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

処理中です...