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第2章 魔王の魔力の残滓を追って
第30話 彷徨う魔力の残滓
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side "それ"
"それ"は岩陰で震えていた……。
なんなのだあれは……。あの精霊術師は……。
もうお分かりだろうが、"それ"は魔王の魔力の残滓だ。
"それ"は大精霊や精霊術師たちの目を盗んで空を飛んで逃げのびた後、アラグリア大陸にいる四天王ベッガスに取り憑き、彼を魔王に育てようとした。
しかし、残り少ない魔力を節約しながら飛んで、なんとかベッガスの城に辿り着いたときにはすでにベッガスは消し去られた後。
窓から城に入り込もうとした直前で城の中で行使された強力な光の魔法に気付いて隠れたおかげで見つかりはしなかったようだが、危なかった。
思い出すと震えてしまうほどの光の魔力だった。
弱点属性である聖属性ではないというのに、"それ"には消し去られる未来しか思い浮かべられず、一目散に逃げた。
あの光の精霊たちはやばい。
そして人間の精霊術師もやばい。人間のくせに、連れている精霊が強すぎる。
"それ"は次に、仕方なくファージュ大陸にいる四天王ゴルヴェスの元へ向かうことにした。
ゴルヴェスは残念なことに本人の戦闘能力はあまり高くない。
こいつは多くの魔物を支配して付き従えることによって四天王に上り詰めた魔族だった。
つまり、他の四天王より弱い。
だが、"それ"には他に選択肢がない。
ただの魔力の残滓である"それ"には誰かに取り憑いて力を吸い上げたり、洗脳して操ることしかできない。
思えば魔王は楽だった。
精霊でもあり魔族でもあった魔王はその生い立ちのせいか、巨大な力を持っているにもかかわらず心が弱く、隙だらけだった。
普段は力で覆い隠しても、"それ"が夢の中で囁けばイチコロだった。
そして魔王を操り、自分は闇に隠れて好き放題に魔族や魔物を動かして世界の半分以上を支配下に置いたのだ。
"それ"は世界の支配などにはあまり興味がなかったが、魔族が強くなればなるほど自らも強化されるから軍を動かして魔族による世界支配を進めた。
しかしそんな魔王でもあっさりとやられてしまった。
あの精霊たちや精霊術師に対抗するには、より強力なものを支配下に置くしかない。
だが、当然ながらそんなものはすぐには見つからない。
ならば、ある程度の期間隠れられるものを見つけながら順番に乗り移っていくしかない。
そのための駒としてゴルヴェスを使うために、今度こそ精霊術師よりも先に辿り着いてやると意気込んで"それ"はファージュ大陸に向かった。
そして"それ"は無事に精霊術師よりも前にファージュ大陸のゴルヴェスの城に忍び込むことに成功した。
なんとか隙を狙って取り憑くべく、ゴルヴェスの座るイスの後ろに潜んだ。
そこまでは良かった。
あとはゴルヴェスが眠るのを待って、夢に入り込んで永遠の夢を見せつつ体を支配しようと思ったそのとき……
精霊術師がそこにやってきたんだと思う……。
思うというのは、"それ"は精霊術師自体を見ていないからだ。
やってきたのは突然の破壊音。
そして崩れ落ちる城。
なにかでっかいものが降ってきたのだ。
絶対にあの精霊術師だと確信した"それ"だったが、動きを取る前に部屋が潰れてしまった。
だが、幸運なことにゴルヴェスが生きており、周囲のがれきを取り除いた。
難を逃れた"それ"だったが、ゴルヴェスは魔物たちを指揮して飛び上がった。
飛び上がってしまった。
落ちて来た巨大なゴーレムのような岩をめがけて。
そこに降り注ぐ強力な風……。
魔物も四天王も普段は風など全く気にすることなく飛び回っているが、今日のそれは違った。
濃厚な魔力を含んで凄まじい突風。
それが時間の経過とともに角度を変えながらずっと降り注ぐ、そんな状況で飛び続けられるものはいなかった。
巨大なゴーレムも消えてしまい、城も崩れ落ちており、風から身を隠せる場所がない。
空に上がっていたものはすでに地に落とされている。
悔しさを胸になんとか風から逃れて敵と戦おうとする魔物たちだったが、悲劇はその後にやってきた。
光り輝きながら。
"それ"は魔物たちの合間を縫って城から距離を取るべく動いていたが、そのおかげで助かった。
あまりの光に振り返った"それ"の目の前で、魔物たちと城の残骸と、なんと城があった大地をすべて消し飛ばしながら光り輝く球体が海に落ちて行ったのだ。
そしてぽっかりとあいた穴から見える巨大な水しぶき……。
"それ"は爆風で飛ばされてきた海水で水浸しになった。
そんな光景を見させられた"それ"は岩陰で震えていた……。
どれくらい震えていただろう。
あの精霊術師の魔力は覚えた。
ずっとその探知をしていた。
そしてあの精霊術師はファージュ大陸を去って行った。
それからさらに数日の間、そこにいた"それ"はようやく動き出した。
あてもない旅に……。
目的地はない。
なにせあの精霊術師に勝てるやつとして思い当たる魔族がいない。
もう1人の四天王は?と思う人もいるかもしれないが、なにを隠そう、"それ"が最後の四天王だ。
古の魔族ハルガラヴェス。
それが"それ"の名前だ。
彼は長くの時を生き、かなり前に肉体を失った。
それ以降こうやって他者に取り憑いて生きながらえている。
ずっと魔族の中枢で。
そのため新たな四天王は現れない。
これが四天王が3人しか知られていないからくりだった。
こんな無意味なことを考えていても仕方がない。
そう思って浮遊しながら放浪するハルガラヴェスはふと人間世界に目を向けた。
向けてしまった。
なにやら美味しそうな魔力を見つけてしまったのだ。
それは強い恨みを心に有すもの独特の香り。
すぅっと夢に入り、少し良い光景を見せてやるだけで簡単に体を支配できた。
思いのほか魔力もある。
本人は上手く使えていないようだが、この体がどうなろうと知ったことではないハルガラヴェスには無意識の制限など関係ない。
しかも人間だ。
人間相手ならあの精霊術師も全力で瞬殺、などということはできないかもしれない。
ハルガラヴェスは魔王が倒されて以降、はじめてゆっくり眠った。
"それ"は岩陰で震えていた……。
なんなのだあれは……。あの精霊術師は……。
もうお分かりだろうが、"それ"は魔王の魔力の残滓だ。
"それ"は大精霊や精霊術師たちの目を盗んで空を飛んで逃げのびた後、アラグリア大陸にいる四天王ベッガスに取り憑き、彼を魔王に育てようとした。
しかし、残り少ない魔力を節約しながら飛んで、なんとかベッガスの城に辿り着いたときにはすでにベッガスは消し去られた後。
窓から城に入り込もうとした直前で城の中で行使された強力な光の魔法に気付いて隠れたおかげで見つかりはしなかったようだが、危なかった。
思い出すと震えてしまうほどの光の魔力だった。
弱点属性である聖属性ではないというのに、"それ"には消し去られる未来しか思い浮かべられず、一目散に逃げた。
あの光の精霊たちはやばい。
そして人間の精霊術師もやばい。人間のくせに、連れている精霊が強すぎる。
"それ"は次に、仕方なくファージュ大陸にいる四天王ゴルヴェスの元へ向かうことにした。
ゴルヴェスは残念なことに本人の戦闘能力はあまり高くない。
こいつは多くの魔物を支配して付き従えることによって四天王に上り詰めた魔族だった。
つまり、他の四天王より弱い。
だが、"それ"には他に選択肢がない。
ただの魔力の残滓である"それ"には誰かに取り憑いて力を吸い上げたり、洗脳して操ることしかできない。
思えば魔王は楽だった。
精霊でもあり魔族でもあった魔王はその生い立ちのせいか、巨大な力を持っているにもかかわらず心が弱く、隙だらけだった。
普段は力で覆い隠しても、"それ"が夢の中で囁けばイチコロだった。
そして魔王を操り、自分は闇に隠れて好き放題に魔族や魔物を動かして世界の半分以上を支配下に置いたのだ。
"それ"は世界の支配などにはあまり興味がなかったが、魔族が強くなればなるほど自らも強化されるから軍を動かして魔族による世界支配を進めた。
しかしそんな魔王でもあっさりとやられてしまった。
あの精霊たちや精霊術師に対抗するには、より強力なものを支配下に置くしかない。
だが、当然ながらそんなものはすぐには見つからない。
ならば、ある程度の期間隠れられるものを見つけながら順番に乗り移っていくしかない。
そのための駒としてゴルヴェスを使うために、今度こそ精霊術師よりも先に辿り着いてやると意気込んで"それ"はファージュ大陸に向かった。
そして"それ"は無事に精霊術師よりも前にファージュ大陸のゴルヴェスの城に忍び込むことに成功した。
なんとか隙を狙って取り憑くべく、ゴルヴェスの座るイスの後ろに潜んだ。
そこまでは良かった。
あとはゴルヴェスが眠るのを待って、夢に入り込んで永遠の夢を見せつつ体を支配しようと思ったそのとき……
精霊術師がそこにやってきたんだと思う……。
思うというのは、"それ"は精霊術師自体を見ていないからだ。
やってきたのは突然の破壊音。
そして崩れ落ちる城。
なにかでっかいものが降ってきたのだ。
絶対にあの精霊術師だと確信した"それ"だったが、動きを取る前に部屋が潰れてしまった。
だが、幸運なことにゴルヴェスが生きており、周囲のがれきを取り除いた。
難を逃れた"それ"だったが、ゴルヴェスは魔物たちを指揮して飛び上がった。
飛び上がってしまった。
落ちて来た巨大なゴーレムのような岩をめがけて。
そこに降り注ぐ強力な風……。
魔物も四天王も普段は風など全く気にすることなく飛び回っているが、今日のそれは違った。
濃厚な魔力を含んで凄まじい突風。
それが時間の経過とともに角度を変えながらずっと降り注ぐ、そんな状況で飛び続けられるものはいなかった。
巨大なゴーレムも消えてしまい、城も崩れ落ちており、風から身を隠せる場所がない。
空に上がっていたものはすでに地に落とされている。
悔しさを胸になんとか風から逃れて敵と戦おうとする魔物たちだったが、悲劇はその後にやってきた。
光り輝きながら。
"それ"は魔物たちの合間を縫って城から距離を取るべく動いていたが、そのおかげで助かった。
あまりの光に振り返った"それ"の目の前で、魔物たちと城の残骸と、なんと城があった大地をすべて消し飛ばしながら光り輝く球体が海に落ちて行ったのだ。
そしてぽっかりとあいた穴から見える巨大な水しぶき……。
"それ"は爆風で飛ばされてきた海水で水浸しになった。
そんな光景を見させられた"それ"は岩陰で震えていた……。
どれくらい震えていただろう。
あの精霊術師の魔力は覚えた。
ずっとその探知をしていた。
そしてあの精霊術師はファージュ大陸を去って行った。
それからさらに数日の間、そこにいた"それ"はようやく動き出した。
あてもない旅に……。
目的地はない。
なにせあの精霊術師に勝てるやつとして思い当たる魔族がいない。
もう1人の四天王は?と思う人もいるかもしれないが、なにを隠そう、"それ"が最後の四天王だ。
古の魔族ハルガラヴェス。
それが"それ"の名前だ。
彼は長くの時を生き、かなり前に肉体を失った。
それ以降こうやって他者に取り憑いて生きながらえている。
ずっと魔族の中枢で。
そのため新たな四天王は現れない。
これが四天王が3人しか知られていないからくりだった。
こんな無意味なことを考えていても仕方がない。
そう思って浮遊しながら放浪するハルガラヴェスはふと人間世界に目を向けた。
向けてしまった。
なにやら美味しそうな魔力を見つけてしまったのだ。
それは強い恨みを心に有すもの独特の香り。
すぅっと夢に入り、少し良い光景を見せてやるだけで簡単に体を支配できた。
思いのほか魔力もある。
本人は上手く使えていないようだが、この体がどうなろうと知ったことではないハルガラヴェスには無意識の制限など関係ない。
しかも人間だ。
人間相手ならあの精霊術師も全力で瞬殺、などということはできないかもしれない。
ハルガラヴェスは魔王が倒されて以降、はじめてゆっくり眠った。
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