上 下
31 / 48
第2章 魔王の魔力の残滓を追って

第30話 彷徨う魔力の残滓

しおりを挟む
side "それ"

 "それ"は岩陰で震えていた……。

 なんなのだあれは……。あの精霊術師は……。


 もうお分かりだろうが、"それ"は魔王の魔力の残滓だ。

 "それ"は大精霊や精霊術師たちの目を盗んで空を飛んで逃げのびた後、アラグリア大陸にいる四天王ベッガスに取り憑き、彼を魔王に育てようとした。
 しかし、残り少ない魔力を節約しながら飛んで、なんとかベッガスの城に辿り着いたときにはすでにベッガスは消し去られた後。

 窓から城に入り込もうとした直前で城の中で行使された強力な光の魔法に気付いて隠れたおかげで見つかりはしなかったようだが、危なかった。

 思い出すと震えてしまうほどの光の魔力だった。
 弱点属性である聖属性ではないというのに、"それ"には消し去られる未来しか思い浮かべられず、一目散に逃げた。
 あの光の精霊たちはやばい。

 そして人間の精霊術師もやばい。人間のくせに、連れている精霊が強すぎる。


 "それ"は次に、仕方なくファージュ大陸にいる四天王ゴルヴェスの元へ向かうことにした。
 ゴルヴェスは残念なことに本人の戦闘能力はあまり高くない。
 こいつは多くの魔物を支配して付き従えることによって四天王に上り詰めた魔族だった。

 つまり、他の四天王より弱い。
 だが、"それ"には他に選択肢がない。
 ただの魔力の残滓である"それ"には誰かに取り憑いて力を吸い上げたり、洗脳して操ることしかできない。

 思えば魔王は楽だった。
 精霊でもあり魔族でもあった魔王はその生い立ちのせいか、巨大な力を持っているにもかかわらず心が弱く、隙だらけだった。
 普段は力で覆い隠しても、"それ"が夢の中で囁けばイチコロだった。
 
 そして魔王を操り、自分は闇に隠れて好き放題に魔族や魔物を動かして世界の半分以上を支配下に置いたのだ。
 "それ"は世界の支配などにはあまり興味がなかったが、魔族が強くなればなるほど自らも強化されるから軍を動かして魔族による世界支配を進めた。

 しかしそんな魔王でもあっさりとやられてしまった。
 あの精霊たちや精霊術師に対抗するには、より強力なものを支配下に置くしかない。

 だが、当然ながらそんなものはすぐには見つからない。
 ならば、ある程度の期間隠れられるものを見つけながら順番に乗り移っていくしかない。
 
 そのための駒としてゴルヴェスを使うために、今度こそ精霊術師よりも先に辿り着いてやると意気込んで"それ"はファージュ大陸に向かった。

 そして"それ"は無事に精霊術師よりも前にファージュ大陸のゴルヴェスの城に忍び込むことに成功した。
 なんとか隙を狙って取り憑くべく、ゴルヴェスの座るイスの後ろに潜んだ。

 そこまでは良かった。
 あとはゴルヴェスが眠るのを待って、夢に入り込んで永遠の夢を見せつつ体を支配しようと思ったそのとき……


 
 精霊術師がそこにやってきたんだと思う……。
 
 思うというのは、"それ"は精霊術師自体を見ていないからだ。
 やってきたのは突然の破壊音。
 そして崩れ落ちる城。


 なにかでっかいものが降ってきたのだ。
 絶対にあの精霊術師だと確信した"それ"だったが、動きを取る前に部屋が潰れてしまった。
 だが、幸運なことにゴルヴェスが生きており、周囲のがれきを取り除いた。

 難を逃れた"それ"だったが、ゴルヴェスは魔物たちを指揮して飛び上がった。

 飛び上がってしまった。

 落ちて来た巨大なゴーレムのような岩をめがけて。
 

 そこに降り注ぐ強力な風……。


 魔物も四天王も普段は風など全く気にすることなく飛び回っているが、今日のそれは違った。
 濃厚な魔力を含んで凄まじい突風。

 それが時間の経過とともに角度を変えながらずっと降り注ぐ、そんな状況で飛び続けられるものはいなかった。
 巨大なゴーレムも消えてしまい、城も崩れ落ちており、風から身を隠せる場所がない。
 
 空に上がっていたものはすでに地に落とされている。

 悔しさを胸になんとか風から逃れて敵と戦おうとする魔物たちだったが、悲劇はその後にやってきた。
 光り輝きながら。


 "それ"は魔物たちの合間を縫って城から距離を取るべく動いていたが、そのおかげで助かった。

 あまりの光に振り返った"それ"の目の前で、魔物たちと城の残骸と、なんと城があった大地をすべて消し飛ばしながら光り輝く球体が海に落ちて行ったのだ。








 そしてぽっかりとあいた穴から見える巨大な水しぶき……。
 "それ"は爆風で飛ばされてきた海水で水浸しになった。





 そんな光景を見させられた"それ"は岩陰で震えていた……。



 どれくらい震えていただろう。


 あの精霊術師の魔力は覚えた。
 ずっとその探知をしていた。

 そしてあの精霊術師はファージュ大陸を去って行った。

 それからさらに数日の間、そこにいた"それ"はようやく動き出した。

 あてもない旅に……。




 目的地はない。
 なにせあの精霊術師に勝てるやつとして思い当たる魔族がいない。

 もう1人の四天王は?と思う人もいるかもしれないが、なにを隠そう、"それ"が最後の四天王だ。
 古の魔族ハルガラヴェス。
 それが"それ"の名前だ。

 彼は長くの時を生き、かなり前に肉体を失った。
 それ以降こうやって他者に取り憑いて生きながらえている。
 ずっと魔族の中枢で。

 そのため新たな四天王は現れない。
 これが四天王が3人しか知られていないからくりだった。


 こんな無意味なことを考えていても仕方がない。
 そう思って浮遊しながら放浪するハルガラヴェスはふと人間世界に目を向けた。
 向けてしまった。

 なにやら美味しそうな魔力を見つけてしまったのだ。
 それは強い恨みを心に有すもの独特の香り。


 すぅっと夢に入り、少し良い光景を見せてやるだけで簡単に体を支配できた。

 思いのほか魔力もある。
 本人は上手く使えていないようだが、この体がどうなろうと知ったことではないハルガラヴェスには無意識の制限など関係ない。

 しかも人間だ。
 人間相手ならあの精霊術師も全力で瞬殺、などということはできないかもしれない。

 ハルガラヴェスは魔王が倒されて以降、はじめてゆっくり眠った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...