上 下
28 / 176
博多にて

28.この世界の話

しおりを挟む
本居忠親もとおりただちか
櫛田神社の宮司でもあるこの若い男は、しきりに俺たちの世話をやいてくれた。

宮司といえば、この神社の神職の元締めのようなものだろうに。まあよく言えば飾りっ気がないという事だろう。

社殿の傍に建つ社務所の一室に招かれ、この地域の地図を見せられながら、人々の暮らしぶりや土地柄、歴史について、様々なことを教えてくれた。

筑前国ちくぜんのくに。元の世界の福岡県福岡市から朝倉郡あたりまでの範囲をそう呼ぶ。国府こくふは太宰府。現在の守護は少弐しょうに家。

以前は朝廷から任命された国司こくしが実権を握っていたが、鎌倉に幕府が成立すると、幕府が任命した武家である守護に実権が移り、現在は国司という存在自体が形骸化している。

博多の街は博多大津はかたおおつとも冷泉津れいせんづとも呼ばれ、平氏が実権を握っていた頃に袖のみなとと呼ばれる貿易専用の人工島が築かれた。この世界でも有数の貿易港のようだ。

袖の湊の東には、宋人街が築かれ、今でも異国情緒溢れる建物が立ち並んでいる。

博多の街の人口はおよそ1万人。うち3割程度は大陸にルーツを持つ。
確かにすれ違う人々の中にも、青や紅のようにすらっとした長身の、およそ日本人離れした見た目の人達がちらほらといた。
大陸から渡ってきた背景は様々らしいが、最近の渡来人は貿易を行う商人、そして古くは大和朝廷の時代の百済滅亡のタイミング。
ここは俺の知識と合致している。やはり百済滅亡とそれに伴う難民流入はあったのだ。

水城みずきの堤が築城されていない理由も、本居の話から見えてきた。
その謎を解く鍵は精霊の力を駆使する陰陽師にある。
百済から流入してきた難民達は、大半が知識階級だったらしい。陶工や鍛治職人、農業や治水の技術者に加え、いわゆる陰陽道の先人たちも大量にいた。それら陰陽師達は、精霊に溢れるこの地に歓喜し、その力を借りてこの地を守ることを決意したのだ。

残念ながらそれら陰陽師達はこの地に留まることはなく、朝廷のある京に移り、平安時代まで続く日本の陰陽道の礎となったようだ。
そのかわり彼らはこの地にたくさんの子孫を残していった。
それら子孫は武家や呪術師となり、今でもこの地に根付いている。本居家もその一つらしい。


ここに来て俺は自分の持っていた元の世界の歴史を忘れる決意をした。
元の世界とよく似ているが、どうやら根本が違う。今まで懸命に元の世界との共通点を探してきたが、そもそも元の世界の歴史には精霊や神々の力など関与していないだろう。
今ここに俺がいるという事実が、元の世界とは根本的に違う世界なのだという現実を突きつけてきた。

「兄様、難しい顔をしている……」

小夜が心配そうな顔をしている。

「これからどう生きようかと考えていたところだ」

そう言って小夜の頭を撫でる。

「そうですなあ……斎藤様は大層特異なお方だ。このまま在野に置くには惜しい。かと言って宮仕えするにしても難しい。
在野の人材を登用するには、戦で功を挙げるか、何か実績を作るか……」

戦ねえ…もし何かの戦に参戦するとなれば、青達式神は文字通り一騎当千の働きをするだろう。

小夜はともかく、俺もそれなりに活躍できそうではある。しかし今の博多で戦というのも考えにくい。

「そうだ!確か宰府からの道中にて集落の争いを止められたのでしたな?乙金と金隈の。あの地域は境界もややこしく、以前から少弐様の頭を悩ませていた土地。その争いを止めたとなれば実績は十分ですな!」

ほう……そういうものか。人助けはしておくものだ。

「そういえば、斎藤様がこの地に降り立ったのはどの辺りですかな?」

そう言って本居が地図を差し出す。
旧仮名遣いで地名が書き込まれているが、不思議と理解できる。

「この辺りだ」

そう言って指差したのは、嘉麻郡かまぐんと朝倉郡の間。山深く、辺りに地名の記載はない。

「よろしい!ではその地域の郡司として推挙してみましょう!なに、郡司と言ってもほとんど実権などありませぬ。実質は豪農と変わらず、その地を開墾し年貢を納め、いざ事が起きれば守護に従い国を守る。そんな役目に過ぎません」

要は地方役人のようなものか。

「しかも国人がいるわけでもありませんからなあ。要は守護たる少弐家のお墨付きを得て、その地を開墾するというだけのことです。人手が必要なら、この博多やその他の荘園から集められればよろしい。どこにでも食いっぱぐれた者たちはおります。いかがですかな?」

いかがも何も、少々飛躍しすぎではないか?
いきなり地方役人になれと言われても…

「おもしれえじゃねえか!国造りだ。タケル!受けろ!」

紅が手を叩く。

「旦那様に我らは従います。共に我らの地を作りましょう」

青も乗り気のようだ。

「タケル兄さんと一緒なら大丈夫」

そう言いながら、小夜が俺の右手を取る。小夜の右手は白の左手を、白の右手は黒の左手を握っていた。

「私達は一蓮托生。どこへでも付いていく」と黒と白が口を揃えて言う。

「決まりですかな?ではさっそく明日にでも少弐様に上申致しましょう。今宵はこの部屋で休まれるがよい。明日は朝から人材探しですな!」

そう本居が話を纏める。

いつのまにか夜も更けていたようだ。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

長尾 隆生
ファンタジー
旧題:放逐された転生貴族は冒険者として生きることにしました ★第2回次世代ファンタジーカップ『痛快大逆転賞』受賞★ ★現在三巻まで絶賛発売中!★ 「穀潰しをこのまま養う気は無い。お前には家名も名乗らせるつもりはない。とっとと出て行け!」 苦労の末、突然死の果てに異世界の貴族家に転生した山崎翔亜は、そこでも危険な辺境へ幼くして送られてしまう。それから十年。久しぶりに会った兄に貴族家を放逐されたトーアだったが、十年間の命をかけた修行によって誰にも負けない最強の力を手に入れていた。 トーアは貴族家に自分から三行半を突きつけると憧れの冒険者になるためギルドへ向かう。しかしそこで待ち受けていたのはギルドに潜む暗殺者たちだった。かるく暗殺者を一蹴したトーアは、その裏事情を知り更に貴族社会への失望を覚えることになる。そんな彼の前に冒険者ギルド会員試験の前に出会った少女ニッカが現れ、成り行きで彼女の親友を助けに新しく発見されたというダンジョンに向かうことになったのだが―― 俺に暗殺者なんて送っても意味ないよ? ※22/02/21 ファンタジーランキング1位 HOTランキング1位 ありがとうございます!

異世界で神の使徒になりました

みずうし
ファンタジー
突如真っ白な空間に呼び出された柊木 真都は神と対面する。 そして言われたのが「気にくわない奴をぶっ飛ばしてほしい。チートあげるから」だった。 晴れて神の使徒となった柊木は『魔法創造』の力で我が道を行く!

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

処理中です...