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博多にて
28.この世界の話
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本居忠親。
櫛田神社の宮司でもあるこの若い男は、しきりに俺たちの世話をやいてくれた。
宮司といえば、この神社の神職の元締めのようなものだろうに。まあよく言えば飾りっ気がないという事だろう。
社殿の傍に建つ社務所の一室に招かれ、この地域の地図を見せられながら、人々の暮らしぶりや土地柄、歴史について、様々なことを教えてくれた。
筑前国。元の世界の福岡県福岡市から朝倉郡あたりまでの範囲をそう呼ぶ。国府は太宰府。現在の守護は少弐家。
以前は朝廷から任命された国司が実権を握っていたが、鎌倉に幕府が成立すると、幕府が任命した武家である守護に実権が移り、現在は国司という存在自体が形骸化している。
博多の街は博多大津とも冷泉津とも呼ばれ、平氏が実権を握っていた頃に袖の湊と呼ばれる貿易専用の人工島が築かれた。この世界でも有数の貿易港のようだ。
袖の湊の東には、宋人街が築かれ、今でも異国情緒溢れる建物が立ち並んでいる。
博多の街の人口はおよそ1万人。うち3割程度は大陸にルーツを持つ。
確かにすれ違う人々の中にも、青や紅のようにすらっとした長身の、およそ日本人離れした見た目の人達がちらほらといた。
大陸から渡ってきた背景は様々らしいが、最近の渡来人は貿易を行う商人、そして古くは大和朝廷の時代の百済滅亡のタイミング。
ここは俺の知識と合致している。やはり百済滅亡とそれに伴う難民流入はあったのだ。
水城の堤が築城されていない理由も、本居の話から見えてきた。
その謎を解く鍵は精霊の力を駆使する陰陽師にある。
百済から流入してきた難民達は、大半が知識階級だったらしい。陶工や鍛治職人、農業や治水の技術者に加え、いわゆる陰陽道の先人たちも大量にいた。それら陰陽師達は、精霊に溢れるこの地に歓喜し、その力を借りてこの地を守ることを決意したのだ。
残念ながらそれら陰陽師達はこの地に留まることはなく、朝廷のある京に移り、平安時代まで続く日本の陰陽道の礎となったようだ。
そのかわり彼らはこの地にたくさんの子孫を残していった。
それら子孫は武家や呪術師となり、今でもこの地に根付いている。本居家もその一つらしい。
ここに来て俺は自分の持っていた元の世界の歴史を忘れる決意をした。
元の世界とよく似ているが、どうやら根本が違う。今まで懸命に元の世界との共通点を探してきたが、そもそも元の世界の歴史には精霊や神々の力など関与していないだろう。
今ここに俺がいるという事実が、元の世界とは根本的に違う世界なのだという現実を突きつけてきた。
「兄様、難しい顔をしている……」
小夜が心配そうな顔をしている。
「これからどう生きようかと考えていたところだ」
そう言って小夜の頭を撫でる。
「そうですなあ……斎藤様は大層特異なお方だ。このまま在野に置くには惜しい。かと言って宮仕えするにしても難しい。
在野の人材を登用するには、戦で功を挙げるか、何か実績を作るか……」
戦ねえ…もし何かの戦に参戦するとなれば、青達式神は文字通り一騎当千の働きをするだろう。
小夜はともかく、俺もそれなりに活躍できそうではある。しかし今の博多で戦というのも考えにくい。
「そうだ!確か宰府からの道中にて集落の争いを止められたのでしたな?乙金と金隈の。あの地域は境界もややこしく、以前から少弐様の頭を悩ませていた土地。その争いを止めたとなれば実績は十分ですな!」
ほう……そういうものか。人助けはしておくものだ。
「そういえば、斎藤様がこの地に降り立ったのはどの辺りですかな?」
そう言って本居が地図を差し出す。
旧仮名遣いで地名が書き込まれているが、不思議と理解できる。
「この辺りだ」
そう言って指差したのは、嘉麻郡と朝倉郡の間。山深く、辺りに地名の記載はない。
「よろしい!ではその地域の郡司として推挙してみましょう!なに、郡司と言ってもほとんど実権などありませぬ。実質は豪農と変わらず、その地を開墾し年貢を納め、いざ事が起きれば守護に従い国を守る。そんな役目に過ぎません」
要は地方役人のようなものか。
「しかも国人がいるわけでもありませんからなあ。要は守護たる少弐家のお墨付きを得て、その地を開墾するというだけのことです。人手が必要なら、この博多やその他の荘園から集められればよろしい。どこにでも食いっぱぐれた者たちはおります。いかがですかな?」
いかがも何も、少々飛躍しすぎではないか?
いきなり地方役人になれと言われても…
「おもしれえじゃねえか!国造りだ。タケル!受けろ!」
紅が手を叩く。
「旦那様に我らは従います。共に我らの地を作りましょう」
青も乗り気のようだ。
「タケル兄さんと一緒なら大丈夫」
そう言いながら、小夜が俺の右手を取る。小夜の右手は白の左手を、白の右手は黒の左手を握っていた。
「私達は一蓮托生。どこへでも付いていく」と黒と白が口を揃えて言う。
「決まりですかな?ではさっそく明日にでも少弐様に上申致しましょう。今宵はこの部屋で休まれるがよい。明日は朝から人材探しですな!」
そう本居が話を纏める。
いつのまにか夜も更けていたようだ。
櫛田神社の宮司でもあるこの若い男は、しきりに俺たちの世話をやいてくれた。
宮司といえば、この神社の神職の元締めのようなものだろうに。まあよく言えば飾りっ気がないという事だろう。
社殿の傍に建つ社務所の一室に招かれ、この地域の地図を見せられながら、人々の暮らしぶりや土地柄、歴史について、様々なことを教えてくれた。
筑前国。元の世界の福岡県福岡市から朝倉郡あたりまでの範囲をそう呼ぶ。国府は太宰府。現在の守護は少弐家。
以前は朝廷から任命された国司が実権を握っていたが、鎌倉に幕府が成立すると、幕府が任命した武家である守護に実権が移り、現在は国司という存在自体が形骸化している。
博多の街は博多大津とも冷泉津とも呼ばれ、平氏が実権を握っていた頃に袖の湊と呼ばれる貿易専用の人工島が築かれた。この世界でも有数の貿易港のようだ。
袖の湊の東には、宋人街が築かれ、今でも異国情緒溢れる建物が立ち並んでいる。
博多の街の人口はおよそ1万人。うち3割程度は大陸にルーツを持つ。
確かにすれ違う人々の中にも、青や紅のようにすらっとした長身の、およそ日本人離れした見た目の人達がちらほらといた。
大陸から渡ってきた背景は様々らしいが、最近の渡来人は貿易を行う商人、そして古くは大和朝廷の時代の百済滅亡のタイミング。
ここは俺の知識と合致している。やはり百済滅亡とそれに伴う難民流入はあったのだ。
水城の堤が築城されていない理由も、本居の話から見えてきた。
その謎を解く鍵は精霊の力を駆使する陰陽師にある。
百済から流入してきた難民達は、大半が知識階級だったらしい。陶工や鍛治職人、農業や治水の技術者に加え、いわゆる陰陽道の先人たちも大量にいた。それら陰陽師達は、精霊に溢れるこの地に歓喜し、その力を借りてこの地を守ることを決意したのだ。
残念ながらそれら陰陽師達はこの地に留まることはなく、朝廷のある京に移り、平安時代まで続く日本の陰陽道の礎となったようだ。
そのかわり彼らはこの地にたくさんの子孫を残していった。
それら子孫は武家や呪術師となり、今でもこの地に根付いている。本居家もその一つらしい。
ここに来て俺は自分の持っていた元の世界の歴史を忘れる決意をした。
元の世界とよく似ているが、どうやら根本が違う。今まで懸命に元の世界との共通点を探してきたが、そもそも元の世界の歴史には精霊や神々の力など関与していないだろう。
今ここに俺がいるという事実が、元の世界とは根本的に違う世界なのだという現実を突きつけてきた。
「兄様、難しい顔をしている……」
小夜が心配そうな顔をしている。
「これからどう生きようかと考えていたところだ」
そう言って小夜の頭を撫でる。
「そうですなあ……斎藤様は大層特異なお方だ。このまま在野に置くには惜しい。かと言って宮仕えするにしても難しい。
在野の人材を登用するには、戦で功を挙げるか、何か実績を作るか……」
戦ねえ…もし何かの戦に参戦するとなれば、青達式神は文字通り一騎当千の働きをするだろう。
小夜はともかく、俺もそれなりに活躍できそうではある。しかし今の博多で戦というのも考えにくい。
「そうだ!確か宰府からの道中にて集落の争いを止められたのでしたな?乙金と金隈の。あの地域は境界もややこしく、以前から少弐様の頭を悩ませていた土地。その争いを止めたとなれば実績は十分ですな!」
ほう……そういうものか。人助けはしておくものだ。
「そういえば、斎藤様がこの地に降り立ったのはどの辺りですかな?」
そう言って本居が地図を差し出す。
旧仮名遣いで地名が書き込まれているが、不思議と理解できる。
「この辺りだ」
そう言って指差したのは、嘉麻郡と朝倉郡の間。山深く、辺りに地名の記載はない。
「よろしい!ではその地域の郡司として推挙してみましょう!なに、郡司と言ってもほとんど実権などありませぬ。実質は豪農と変わらず、その地を開墾し年貢を納め、いざ事が起きれば守護に従い国を守る。そんな役目に過ぎません」
要は地方役人のようなものか。
「しかも国人がいるわけでもありませんからなあ。要は守護たる少弐家のお墨付きを得て、その地を開墾するというだけのことです。人手が必要なら、この博多やその他の荘園から集められればよろしい。どこにでも食いっぱぐれた者たちはおります。いかがですかな?」
いかがも何も、少々飛躍しすぎではないか?
いきなり地方役人になれと言われても…
「おもしれえじゃねえか!国造りだ。タケル!受けろ!」
紅が手を叩く。
「旦那様に我らは従います。共に我らの地を作りましょう」
青も乗り気のようだ。
「タケル兄さんと一緒なら大丈夫」
そう言いながら、小夜が俺の右手を取る。小夜の右手は白の左手を、白の右手は黒の左手を握っていた。
「私達は一蓮托生。どこへでも付いていく」と黒と白が口を揃えて言う。
「決まりですかな?ではさっそく明日にでも少弐様に上申致しましょう。今宵はこの部屋で休まれるがよい。明日は朝から人材探しですな!」
そう本居が話を纏める。
いつのまにか夜も更けていたようだ。
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