上 下
59 / 67
アルカンダラ

57.錬成魔法(6月25日)

しおりを挟む
イリョラ村へと向かう荷馬車の上で、初めての錬成にチャレンジする。
案内してくれているカミラが言うには、適切な素材を用意して対象物を細かく思い描き一心不乱に知恵と工芸の神ミナーヴァに祈りを捧げるらしい。祈りながら真剣に手を動かせば、より良い物が出来上がるというのだが、それって普通に物を作っているだけではないだろうか。

まあいい。それが錬成魔法だというならそれでいいじゃないか。
素材はジャンクパーツの中から適当に選ぶ。何も無ければ土からも錬成できるらしい。土にはあらゆる元素が多かれ少なかれ含まれているのだからさもありなん。

対物狙撃銃なら、口径と発射用バネを大きくしてエアチャンバーの気密性と剛性を上げれば基本的な構造はボルトアクションのエアガンと同じでいけるだろう。せっかくだからマガジンとコッキングボルトに魔石を仕込んで、楽に給弾できるようにしよう。
イメージするモデルは2種類あるが、ボルトアクションにするのならバレットM82は対象外だ。やはり某アニメで有名になってしまったPGMへカートⅡ一択か。
口径12.7mm、全長1380mm、銃身長700mm、重量およそ14kg。その重量故に地面か支持物で安定した三点支持ができるよう、フロント部には二脚バイポットを備える。
使用する弾丸は直径13mm×長さ40mmの円錐と円筒を組み合わせた弾丸形。さすがに12.7×99mmNATO弾を再現する必要はない。何せ装薬は不要だし仮に装薬まで作っても管理が大変なだけだ。
真球形のBB弾を使わないからホップアップ機構ではなく銃身内にライフリングを施す。長距離狙撃のためにはロングレンジのスナイパースコープも必須だろう。Φ50mmにすると全長400mmほどの大きさになるが、全長1380mmの長大な銃には似合うか。

カミラが御者台から錬成魔法の詠唱を教えてくれるが、さっぱり頭に入らない。要はミナーヴァという神様にお願いすればいいのだろう。

「じゃあミナーヴァさんよろしく!」

これを詠唱などというと真剣に魔法を学ぶ者達に袋叩きに合いそうだが、それでも荷馬車に荷台が光り輝いた。
余りの眩しさに思わず目を背ける。馬が嘶き、荷馬車が急停車する。

光が消えたそこには、二脚バイポットを展開して鎮座する銃が一丁あった。

◇◇◇

「何だ今のは!貴様何をした!」

何とか愛馬を落ち着かせたカミラが御者台から身を乗り出して襲い掛かってくる。思わずヒップホルスターのUSPハンドガンを引き抜きながら荷台の端に飛び退き彼女に相対する。

「聞きたいのは俺の方だ。今のが錬成魔法なんだろう?違うのか?」

「知らん!錬成魔法というのはもっとぼんやりとした光と共に発現するものだ。あんな強烈な……なんだそれは」

そういうカミラの視線の先には二脚バイポットを展開したままのヘカートⅡもどきが鎮座している。

「それを今から確認する。いいか、手に取るからな」

身構える彼女を制しながら、ヘカートⅡもどきを持ち上げる。ずっしりと重たい。10kg近くはあるだろう。
マガジンを引き抜くと円錐形のライフル弾の弾丸のみがぎっしりと詰まっている。装薬にあたる部分はマガジンの一部分が盛り上がって埋めているようだ。コッキングボルトは軽く動くが、引き切るとガシンという重い音がしてチャンバーに弾丸が送り込まれる手応えがある。
撃ってみるか。
丁度おあつらえ向きに道の横に切り株がある。切り株に銃身を預けて、その前方300m付近の岩を狙う。

ガツン!!

ハンドガードに添えた左手に衝撃を残して発射された弾丸は、狙い過たず岩に命中した。スコープの接眼レンズの向こう側で無数の欠片が舞う。目測距離300mの標的を一瞬で、少なくとも1秒以内に撃ち抜いている。感覚的には秒速500m程度だろうか。
規定内のエアガンの初速はおよそ秒速90メートル。
この世界で俺が使っているG36Cなどは発射時に魔法による加速が加わるようだが、それでもせいぜい秒速150メートルに満たない程度だ。
狩猟用の空気銃や拳銃弾の初速が秒速360メートルほど。
7.62㎜や5.56㎜のライフル弾であれば秒速800から900メートルほどのはずだから、ヘカートⅡもどきの弾速は拳銃弾以上ライフル弾以下ということになる。
もちろんバネによるものだけでなく魔法による加速も込みの数値ではあるが、恐ろしいエアガンを作ってしまったかもしれない。

「おい、それはなんだ!貴様、何を作った!」

荷馬車の御者台から見ていたカミラが降りて詰め寄ってくる。“語彙が少ない”などと余計な突っ込みができるような形相ではない。

「ボルトアクション式の対物狙撃用エアガン……だな。有効射程距離を調べたいから、どこか開けた場所に面した高い所はないか?」

「えあがんと言うのはお前が大事にぶら下げているあの黒いやつだろう。それは全然形が違うじゃないか!」

そりゃあ用途が違えば形も違う。剣だって背負うような大剣もあれば懐に忍ばせる懐剣だってあるじゃないか。同じシリーズのG36CとG36Vを見せたら説明できるだろうか。だが目下の問題はそこじゃない。

「用途が違うからな。普段持っているのは近距離用の取り回し重視のエアガン。これは狙撃用だ。お前さんだって槍と鞭は使い分けるんだろう。それで、いい場所はあるのか?」

カミラは大きく何度か深呼吸して踵を返した。彼女なりの自制の発露か。

「連れて行ってやる。さっさと乗れ」

とりあえず危機は脱したようだ。

◇◇◇

カミラが荷馬車を向かわせたのは、小高い丘の上だった。遠くにアルカンダラを幾重にも取り巻く石垣が見える。スコープのレティクルが示す距離はおよそ1km。周囲に人影はない。なるほど、申し分ない場所だ。

「試射するぞ。確認を頼む」

「確認って言われても……」

「ほら、これを使え」

馬を立木に繋いできたカミラに双眼鏡を渡す。

「なんだこれは」

「遠くが見える魔道具だ。小さい方のレンズを通して見てみろ」

「れんず……こうか?」

7倍28mm口径のコンパクトな双眼鏡は視野と倍率のバランスが良く、およそ1000m先を見た時の視界は130m弱だ。

「おお、これは凄いな。遠見の魔道具か!」

望遠鏡テレスコープの語源はギリシャ語のtēleとskopeinらしい。遥か彼方を見る器械という意味だ。カミラの感想は間違ってはいないが、それは魔道具ではなく文明の利器だ。同じくエアガンは魔道具ではないが、このヘカートⅡもどきは魔石を仕込んだから魔道具で間違いない。
丘の頂上に生えている草を踏み倒してから、伏射姿勢で構える。カミラもすぐ隣に立つ。

「前方に大きな木が見えるか。一本だけ生えている大きな木だ」

「ああ。立派なテージョの木だ。知ってるか。あの木からは強力な弓が作られる」

地中海性気候の地域に自生する大きな木。この距離では種類までは判別できないが、おそらく常緑針葉樹の類い。ヨーロッパイチイだろうか。

「あの木を狙うのか?相当な距離だぞ」

言われなくてもわかっている。スコープに映るその木の中心線は、ともすれば十文字形デュプレックスと重なって見えなくなるほどだ。

「なあカミラ」

狙いを付けるために深呼吸をする。

「なんだ?」

彼女も双眼鏡から目を離さない。

「狙った標的を必ず射抜く魔法とかないのか?」

大して意味のある質問ではなかった。ただ無言でスコープを覗いているのに耐えられなかっただけだ。

「固有魔法ならあるぞ。私はその魔法、“必中”の使い手を知っている。いや、正確には“知っていた”だな」

「そうか」

そんな便利な魔法があるのか。固有魔法ということは誰にでも使えるわけではないのだろう。

「お前が連れ帰った学生の中にその子はいた。イザベル、銀髪のミッドエルフの子だ」

ああ。あの子か。
夢の中に出てくる彼女は、ちょっと生意気なところもあるが甘えん坊で優秀な斥候スカウトだ。
夢の中でなら、元気なあの子達に会えるというのに。

息を止めて引き金を絞る。
スプリングが解放される手答えとともに、円錐形の弾丸が飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...