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カディス

50.カディス防衛戦を終えて(6月6日)

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アルカンダラからの援軍が到着したのは、街の被害状況の調査と駐屯地前の死骸の片付けが終わった6月6日の事だった。
第一報を入れた早馬が出たのが6月3日の早朝だったから、援軍の到着が妙に早いと首を傾げていたのだが、その理由はゲバラからの報告で明らかになった。
ちなみに俺達はビビアナが定宿にしていた宿屋に泊めさせてもらっている。女将も主人も地下室に逃げ込んで無事だったのは不幸中の幸いというべきか。

「実はビビアナさんが援軍を手配してくれていたんです。アルカンダラには衛兵隊だけでなく国軍も駐屯していやすから、国軍が動いてくれたってわけです。でもお三方のような魔物狩人カサドールと違って、国軍が動くともなると兎に角準備に時間が掛かる。まあ早い話が襲撃には間に合わなかったってことですな」

ビビアナはきちんと自分の役割を果たしていたらしい。彼女の最期を看取った事をこの宿の女将さんに話した時も、女将さんは大粒の涙を流していた。彼女はこの街で愛される魔物狩人カサドールだったようだ。

「そうか。だったらあのまま静観しておいたほうがよかったかな」

「いやいや勘弁してくださいよ旦那!あのまま放っとかれたら衛兵隊は壊滅、街の被害もどこまで拡がったことか!そもそもアルカンダラからの援軍が一千、しかも三割は輜重兵ときている。あの大群にどれだけ役に立ったか……それで旦那、不思議な証言が集まっているらしいんです」

「ほう、どんな?」

援軍についての不満とも取れる発言をして慌てて話題を変えるゲバラに話を合わせる。彼はわざとらしく辺りを見渡してから、小声で続けた。

「それがですね、何度も笛の音が聞こえたってんですよ。しかもその証言をしているのが子供ばっかりなんでさ」

「子供か……具体的には何歳から何歳までだ?」

「うちの上の子も聞いたってんで、10歳ぐらいの子供は聞いてると思うんですがね。姐御はどうでした?」

「私は特に聞いてないと思うけど、夢中だったからなあ。カズヤは?」

「聞こえてたら何か調べているだろうな。カレイラはどうだ?」

「僕は聞いた気がする。この街に入った時と、駐屯地が襲われていた時。そういえば群れが押し寄せてくる合図みたいに甲高い笛の音が鳴っていた」

「お前なぁ。なんでもっと早く言わない」

「だって誰も何も言わないし……てっきり僕の幻聴か何かだと思って……」

そうか。どうやら俺の方に聞く姿勢が足りなかったようだ。社会人に“報・連・相”の重要性を説く機会は数多あるが、本当は上司の側にこそ報・連・相を受ける姿勢が求められているのだ。ん?別に俺はカレイラの上司でも同僚でもない。憎っくき敵役だったな。

「そうか。それは悪かったな。何か気付いたことがないか尋ねるべきだった。次からはそうしよう。それで、どんな音だった?笛の音にもいろいろあるだろう」

「何かの楽器だったの?それとも合図する口笛?こんなふうに」

カリナが指で輪っかを作って口に入れ、器用にホイッスルを鳴らす。

「う~ん……近いけどもっと高い音だった」

とすればモスキート音のような、あるいは犬笛のようなものか。人の話し声は概ね1,000Hz前後だという。これが救急車のサイレンになると3,000Hz前後となる。もっと周波数の高い、例えば17,000Hzになると一般的に20代後半では聞こえなくなる。
一方で犬はもっと高い20,000Hz帯の音が聞こえるという。この違いを使って犬にだけ聞こえる音を出すのが犬笛だ。
ということは……

「何者かが魔物を操っていたということか」

思えば魔物の波状攻撃は不自然な感じだった。全ての魔物が一斉に襲いかかってくるならまだしも、どこかこう、こちらの戦力を計っているかのような、ないしは疲弊を狙っているかのような、そんな攻撃だったのだ。

俺の言葉にゲバラは大きく頷いた。

「へい。旦那の仰るとおりでさ。そうじゃなきゃあんな攻撃は出来やしませんぜ。あいつらは最初に守りの堅い北門を攻めた。衛兵に非常召集が掛かって大半が北門に詰めたところで南門を破った。そんで一部が駐屯地を包囲して、残りは通りを真っ直ぐ北上して北門を内側から攻めた。いくら守りを堅めてたっていっても背後を取られちゃひとたまりもねえ。挟撃された衛兵隊は全滅、突破した魔物は合流して駐屯地を襲う。こんなの誰かが指揮しなきゃ人間でも無理ってもんです」

生き残った衛兵達からの聞き取り調査の結果、事態はそのように推移したことがわかっている。北門には外に向けてバリスタも備え付けられていたらしいが、内側から攻められるなど想定していなかったのだろう。完全に魔物に裏を掻かれている。そしてその指揮を執るための合図が犬笛だったのか。

「それで旦那、援軍を率いている将軍、名前を……えっと、何だっけかな……」

「ナヴァール伯の長子イエゴ。ルシタニアでは序列5位の伯爵家の跡取りだぞ。覚えておけ」

「ああ、そうそう。御子爵様でしたな。それで、その御子爵様が怪しい余所者が紛れ込んでいないか調べると仰られているそうで」

吐き捨てるようなカレイラの言葉をゲバラは受け流す。この二人、組ませればいいコンビなのかもしれない。
それにしても怪しい余所者か。確かに状況だけ見れば何者かが内部から手引きしたに違いないと考えるだろう。俺だってその可能性を疑う。

「んでもさ、私だったらさっさと逃げ出すけどね。魔物を操って街を襲った挙句に撃退されちゃったってことでしょ。いつまでも街の中に留まっているわけないじゃん」

「まあ姐御の仰るとおりですな。でも御子爵様はそうは考えてないようで。犯人探しに躍起になるだろうってもっぱらの噂です」

やれやれ。ご苦労な事だ。
俺はそう高くはない宿屋の天井を見上げる。
ん?ちょっと待て。怪しい余所者って、もしかして俺達が該当するのじゃなかろうか。

「早めに街を出たほうがよさそうだな」

「そうだね。別に怪しくはないけど、素性は知れないんだよね私達って」

「僕の身元はちゃんとしてるぞ。どうして逃げるような真似をしなきゃいけない」

「だったらあんただけ残ってればいいじゃない。それでお偉い子爵様御一行に取り調べられるのね。私とカズヤは先に行く」

「そんな……じゃあ僕も行く」

「決まりね。ねぇカズヤ、この街の連絡所に顔を出したほうがよくない?一応手紙も預かってるし」

「姐御、そいつはやめた方がいい。北上した魔物が行きがけの駄賃って具合にわざわざ連絡所を破壊してやがるんでさ。それに北門に詰めた魔物狩人カサドールの連中が役に立たなかったって、住民達が殺気だっていやす。普段から偉そうにしてたのが悪いんですがね」

亡くなった魔物狩人カサドールのうち一人はビビアナだ。残り二人は通り名と共に聞いている。一人は豪剣のガスパール、もう一人は灼熱のミランダというらしい。名のとおり両手剣使いと炎系魔法を得意とする魔法師だったそうだが、剣と炎だけでは襲いくる魔物を止めることは出来なかったということか。
沈黙を保つ俺達に向かってゲバラが続ける。

「それよりもさっさとアルカンダラに行った方がいいと思いやす。早馬に出た連中はみんな旦那方に助けてもらった奴らばっかりなんで、きっと旦那方のことを正しく報告しているはずです」

「なんか無駄に盛ってそうな気もするけど?」

「まあそいつは有名税ってもんです。偉くなってくださいよ旦那!」

偉くなりたいという欲求は元の世界でもこっちの世界でも持ち合わせていないんだがなあ。
それはそうと、今の俺達に選べる選択肢はそう多くはない。
俺は世話になった人達、具体的にはゲバラと宿屋の女将さんに金貨の袋を渡し、代わりにビビアナの遺品を受け取ってこの街を出た。きっと捜索されるだろう。もしかしたらただの捜索ではなく重要参考人あるいは容疑者として指名手配されるかもしれない。それより先にアルカンダラの養成所に辿り着き目的を果たさねば。
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