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カディス

49.カディス⑤(6月2日〜5日)

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その後のことは正直あまり覚えていない。マガジンチェンジを繰り返し、BB弾を徳用袋から補給しバッテリーを交換しながら撃ち続けた。魔物の群れは何度も、少なくとも5回か6回に分けて押し寄せてきたと思うが、そのどれも駐屯地を囲む馬防柵を乗り越えることはできなかった。
気がつくと駐屯地の前には魔物の死骸が積み上がっていた。

◇◇◇

事が終わって駐屯地に入った俺達を待ち受けていたのは拍手喝采でも歓喜の声でもなかった。遠巻きにする衛兵達が俺達に向けたのは恐怖に慄く眼差しだったのである。多数の魔物に襲われた恐怖以上に、その魔物を殲滅した俺とカリナが恐ろしかったのであろう。
それでもこの街の衛兵隊長、エンリケ カラコーロは普通に接してくれた。彼は初老の域に達しようかという偉丈夫だが、その肌は赤銅色に日焼けしている。彼は古傷の多い腕を剥き出しにして俺達一人ひとりと握手を求めてきた。

「お前さん達が窮地を救ってくれたのだな。恩に着るぞ」

「いいえ。こちらこそ遅くなって。それで被害状況は?」

「死傷者多数。もちろん衛兵にも住民にも。今はそれしか言えん。当然捜索には出るが、現時点で出動できる人数はほんの一握りだ」

事実だろう。人口数千人の街で衛兵が占める割合はおそらく数%だ。高く見積もって10%としても数百人しかいない。自警団のような組織は有しているだろうが、まず行政機能が生き残っているかどうかが問題だ。

「とりあえず負傷者の治療を行います。回復した者は戦線復帰もできるでしょう。カレイラ、引き続き周辺警戒を頼む。カリナは俺と一緒に負傷者の救護を。ゲバラは……原隊に復帰するのだろう?」

「もちろんです旦那!でも誰か生き残っているかどうか……それより旦那方のご案内をします。ほら……特に旦那はその……」

言い淀んでいる彼が言いたい事はわかる。魔物とはいえ多くの命を屠った直後なのだ。文字どおり殺気だっているに違いない。それに見慣れない服装と装備を身に付けた俺は、人々の目には魔物そのものに映るかもしれない。

「わかった。よろしく頼む」

俺はゲバラの申し出をありがたく受け入れることにした。

◇◇◇

ゲバラの案内で救護所となった広間に入る。そこには負傷者が溢れていた。二日間に渡ってろくな医療措置も受けられなかったのだろう。気温の高さも相まって酷い臭いが満ちている。

「ゲバラは部屋の換気を!窓を開けてくれ。カリナは軽傷者を診てくれ。マンティコレを狩った時と同じだ。出来るな?」

「任せて!生死判定と傷口の洗浄だよね!」

早速カリナがペットボトルを片手に取り掛かる。
俺も部屋全体に広範囲治癒魔法エリアヒールを掛けてから、重傷者の治療に取り掛かった。

◇◇◇

結局、駐屯地に立て籠った衛兵130名のうち、炊事係など40名を除く戦闘可能な者のほとんどが何らかの怪我をしていた。戦線に復帰できた者は50名に満たなかった。

その50名を指揮して、衛兵隊長エンリケ カラコーロは市内捜索と近隣の街への早馬による連絡を発令した。
俺とカリナはその捜索には加わらず、駐屯地の前に堆く積まれた魔物の死骸の処理を請け負った。放置すれば衛生状態が極めて悪化するのは間違いないし、住民達の精神衛生上も良いわけがない。まあ死骸のうちのたぶん8割ぐらいは俺とカリナに責任があるのだから当然と言えば当然だ。ゲバラが連絡係として残ってくれた。ちなみにカレイラは捜索のほうだ。

衛兵達が捜索を進めるうちに、意外なことが判明する。
市中の被害が思ったよりも少ないらしいのだ。

「いや旦那、あっしもこんな大規模な襲撃を受けるのは初めてなんですがね」

死骸の片付けを進める俺とカリナにゲバラがそう切り出したのは、襲撃撃退の翌日の昼過ぎのことだった。片付けと言っても魔石やトローが身に付けていた貴金属を回収して収納していくだけだから、実のところ大した苦労はしていない。ただ数が多い。その数の多さに辟易していた。

「カリナ、少し休憩にしよう。水分補給はしっかりとな。ゲバラはどうした?暇なら手伝ってくれてもいいんだぞ」

「いやいや旦那ぁ、冗談はよしてくださいよ。あっしには連絡係って大事なお役目があるんですから。それでこうやって現場の情報をお伝えにきたんです」

このゲバラという男、こんな話し方をするのだっただろうか。そういえば口調だけで個人を特定できる表現方法を持つ言語は珍しいという。日本語で自分を示す一人称単数代名詞は私、俺、僕、儂と様々だが、これが英語だと“I”だけである。つまりゲバラが自分のことを“あっし”と言っているのは、単に俺がそう思い込んでいるだけなのかもしれない。

そんなことを考えているうちにもゲバラの話は続いている。

「捜索に行ってる連中が言うには、魔物に壊された家が少ないってんですよ。もちろん死人も怪我人も出てはいます。あっしの隊の連中も何人か死体で見つかってんですが、それにしても被害が少ない」

「被害が少ないならいいじゃない。あんたの家族は無事だったの?」

「へい。おかげさまで。親も女房も子供達も無事でさ。しかも家まで無事ときたら、これ以上望むのはバチが当たるってもんです。これも姐御と旦那のおかげですな!」

姐御ってお前なあ。言われた本人が嬉しそうにしているからいいのか。

「それはよかったな。それで、被害状況は纏まっているのか?」

「まだ集計中ってことなんですが、目立ってるのは北門と南門、これはもう完全に破壊されてやす。亡くなった方々もこの辺りに集中してるってことです。あとは船着場の辺りの倉庫が幾つか占拠されてやした。中はもう酷い有り様で、片付けには相当時間が掛かりそうって話です」

「占拠……それは巣になっていたということか?」

「巣というか寝ぐらですかね。もうそこら中がクソと小便でぐっちゃぐちゃらしいです」

カリナがあからさまに嫌そうな顔をする。あの洞窟を思い出す。たった十数匹のゴブリンでもかなりの異臭を放っていた。今回は数百匹の魔物だ。いかに倉庫が広かろうと、どんな状態になっていたか想像するのも嫌だ。

「それと、女の子が何人か倉庫から見つかったそうです。小鬼に攫われたんでしょうな」

ビビアナと、そして洞窟に捕らわれていた女性達と同様にか。という事は……

「その子達は無事なのか?」

「へい。駆け付けたカレイラさんが魔法で癒してくれたそうです。なんでも浄化魔法と治癒魔法を組み合わせた独自の魔法らしいんですが、これが詠唱が長いとかなんとか」

そうか。カレイラがやってくれたか。
彼もデニアの街で酔い潰れたアロンソに使った治癒魔法の詠唱はそう長くはなかったはずだ。にも関わらず、カディスでゲバラに治癒魔法を掛けようとした時の詠唱は非常に長かった。何か理由があるのだろうか。例えば魔法発動速度は本人の精神状態に左右されるとか。或いは一時的にスランプに陥っていたとか。
まあ俺は魔法をきちんと学んだわけではない。見様見真似ですらなく、何となく使っているに過ぎない。そんな俺が心配してやることでもないか。

ペットボトルの水を飲み干して、俺は腰を上げた。
死骸の山も半分くらいは片付けた。この調子では明日まで掛かりそうだ。

◇◇◇

魔物の死骸の片付けと石畳の洗浄には6月5日の午後まで掛かった。
回収できたのはゴブリンが649匹、オーガが58頭、トローが32頭、一角オオカミ46頭、そしてモスカスが23匹だった。
一方で住民達の死者は108人、衛兵隊の死者72人、魔物狩人カサドール3人、破壊された家屋が24棟、火災により焼け落ちた家屋が6棟となった。
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