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カディス

47.カディス③(6月2日)

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駐屯地正門の側面に位置する倉庫の屋上に俺とカリナだけで転移する。現時点でカレイラはモノの役には立ちそうにないし、ゲバラも同じくだ。

「カリナ、これを使ってくれ」

ミリタリーリュックからMP5A5とMP5Kを取り出してカリナに渡す。集弾性はG36Vよりも劣るが、特にMP5Kは銃身が短く取り回ししやすい。装着するマガジンは220連ダブルショートマガジン。2丁合わせて440発。

「セレクターはここ、レバーを下げれば発射できるようになる。弾には貫通魔法が付与してあるから、狙って引き金を引けばいい。最初は1発づつ撃て。狙い方はわかるな?」

「大丈夫!」

カレイラ率いる衛兵隊を撃った時の彼女の腕はなかなか良かったように思う。まあこれだけ密集した魔物だ。どれかには当たるだろう。

「俺は大物を狙い撃ちする。小物は任せた。合図をするまで待て」

「了解!」

カリナがMP5A5の環孔照門ピープサイトを覗き込む。俺もPSG-1のスコープを覗く。狙うのは真っ黒な体毛のトロー。彼我の距離およそ20m。皮膚が露出したバイタルポイント……耳ならどうだ。いかに矢を通さない剛毛といえど耳まではカバーできていない。

「撃て!」

言うのと同時に引き金を引く。初速90m/sで発射されたBB弾が狙い過たずトローの耳に吸い込まれて、反対側に血の雨を降らせた。トローの巨体が前方に倒れ込む。

隣のカリナも撃ち始めた。正門周辺の石垣に群がるゴブリンを、ほぼ百発百中で撃ち抜いている。そもそも彼女の弓矢の腕は確かなのだ。見越し射撃をマスターしているのだから、あとはエアガンから撃ち出されるBB弾の初速にさえ慣れれば問題ないのだろう。
俺も負けじとトローを3頭倒し、オーガの掃討に移る。
トローに比べればオーガは狙い所が多い。防具らしいものを一切身につけていないから身体中のバイタルポイントがほぼ露出している。それでも一撃で仕留められる急所は限られる。眉間、目、頚椎、そして心臓だ。
駐屯地前の幅10mほどの通りにひしめくゴブリンに混じって、10頭ほどのオーガがいる。ゴブリン10匹弱に1頭のオーガで群れを作るらしいから、押し寄せたゴブリンは100匹ほどだろうか。
2頭のオーガを倒したところでようやく異変に気付いたらしい。1頭のオーガが何が起きているか確認するようにキョロキョロとし始めた。そのオーガの眉間を狙い撃つ。奴は何匹かのゴブリンを巻き込んで崩れ落ちた。
残りは7頭。PSG-1の残弾は8発。無理をせずG36Vに切り替える。20mで直径5cmの集弾性を求めないなら、狙撃銃でなくアサルトライフルでも十分だ。
二脚バイポットは展開せずに、斜め下向きの膝射姿勢で3.5倍スコープを覗き込む。普段携行しているG36Cよりも250mmほど全長が長いが、左手でハンドガードを二脚ごと包み込むように支えると安定する。セレクターを単発に合わせて狙いをつける。
引き金を絞る。スコープの先で血飛沫が上がる。狙う、撃つ、戦果確認。このサイクルを7回繰り返し、動くオーガは見えなくなった。
あとはゴブリンだけだ。
ここに来て奴等は倉庫上に陣取る俺とカリナに気付いたようだがもう遅い。セレクターをフルオートに切り替えてゴブリン共を薙ぐ。
最後の一匹が倒れると、辺りを奇妙な静寂が包んだ。

◇◇◇

「終わった……のかな……」

カリナが深く深呼吸しながら呟く。
駐屯地の正門前には地獄絵図が広がっていた。一面の血の海に折り重なり倒れる多数の死骸。血と排泄物の臭気がここまで上がってくる。広範囲探索魔法レーダーは石造りの建物が多くて役に立たないが、半径300mをカバーする探知魔法スキャンには他に魔物の姿は無い。

「ああ。当面の危機は去ったと思う。だがこう入り組んでいてはな」

「建物一つづつ確認して回るしかないか……」

「そうだな。その役目は衛兵に任せたいところだが」

PSG-1とG36Vのマガジンを交換してから、カリナに渡していたMP5A5の残弾数を確認する。220連ショートマガジンの半分ぐらいしか減っていないから、無駄弾はあまり使わずに済んだようだ。BB弾を補充し、ゼンマイを巻く。
と、探知魔法スキャンに反応が出る。この反応はトローが一頭だけか。カレイラ達がいる倉庫の向こう側からこちらに走ってくるようだ。
G36Vに持ち替えてスコープを覗く。来る場所がわかっているなら、建物の影を出た瞬間に狙撃してやる。

「カズヤ!」

悲鳴にも似たカリナの小さくも鋭い声に、スコープから顔を上げる
彼女の視線の先にはゴブリンの一団がいた。だがカリナが声を上げた理由はゴブリン共が頭上に掲げたものがものだったからだ。それは縛り上げられた金髪の女性だった。

「人質か!いったいどこから!」

言いながら手にしていたG36Vを構える。
いや、ダメだ。どう撃っても人質に当たる。

「ビビアナさん!ビビアナさん!そんな奴等やっつけてください!」

隣の倉庫の上からゲバラが叫んでいる。あれがアルカンダラから派遣されたというビビアナか。
3.5倍スコープの向こう側で、彼女は頭を振り乱している。手足は拘束され猿轡まで噛まされているから動かせるのは頭だけなのだろう。
どうする。トローは真っ直ぐやってくる。あと30秒もせずに姿を現すはずだ。ビビアナを救うには奴等の真横に移動するしかないが、トローから横撃される。トローを倒してからの救出で間に合うだろうか。トローを狙撃している間にビビアナの首でも折られやしないか。それでなくともトローが倒れ込んだ先に奴等がいたら下敷きになってしまう。
頭を過ぎるのはあの洞窟で救えなかった赤毛の少女、それに繰り返し夢に出てくる白髪の少女と黒髪の少女、夢の中では彼女達をアリシア、イザベル、アイダと呼んでいる。もしかしたらビビアナは彼女達の同級生かもしれない。ならば尚の事このまま見殺しにはできない。

「カズヤ!」

カリナが叫ぶ。行くしかない。

「カリナ!奴等の真横に転移する!援護を!」

「わかった。気をつけて!」

カリナにMP5A5を渡してから、人質を取っているゴブリン共の真横に転移する。右側からトローが突っ込んでくる。その眉間に狙いを定めて引き金を引く。
命中。奴は断末魔の雄叫びを上げながら両腕を振り回す。そしてスコープの中で金髪が舞った。ビビアナの目がスコープ越しに俺の目を捉え、直後にトローの振り回した腕に当たって叩き落とされる。

「カズヤ!」

カリナが叫ぶと同時に左側からフルオートの発射音が聞こえる。既のところで飛び退き、そのまま膝から崩れ落ちる。

何が起きた。
俺はトローの眉間を撃った。撃ち抜いた。どうしてビビアナが宙を舞っている。

「カズヤ!あの子が!カズヤ!」

カリナの声で我に返る。
辺りを見渡すが動くものはない。ビビアナを捕らえていたゴブリン共はカリナが倒してくれたようだ。
石畳の上に叩き付けられたビビアナの元へと駆け寄る。
一眼見ただけで救急救命が無駄であることを悟る。彼女の首はあらぬ方に折れ曲がり、仰向けの後頭部からは夥しく出血していた。
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