上 下
38 / 67
デニア

37.デニアにて①(5月25日)

しおりを挟む
デニアに辿り着いた俺達は、ドゥランの実家らしき屋敷の前でドゥランと別れて、この街の連絡所に向かった。
カレイラは振り返りもせずにスタスタと歩いて行くが、俺とカリナはお上りさんよろしく周囲をキョロキョロとしながら広場兼荷揚げ場を歩く。
白っぽい石とこれまた白い漆喰で構成された街並みは、なかなかに目に優しくない。
波止場には大きな三角形の帆を二枚張った船が2隻停泊しており、屈強な男達が荷物を担いで船と波止場の倉庫の間を行ったり来たりしている。
港の風景にはそぐわないバリスタが2基、海を睨んで配置されている。海賊でも出るのだろうか。

と、カレイラが迷いもなく建物の中に入って行く。俺とカリナが慌てて追い掛けたその建物は、オープンテラスを備えた小洒落たカフェのようにも見えた。

◇◇◇

建物の中はまだ午前中だというのに賑わっていた。幾つかあるテーブルは既に埋まっており、朝から引っ掛けているのだろう赤ら顔の男達が騒いでいる。

「満席なのよ、ごめんなさいね。こいつらったら朝から出来上がっちゃってさ」

そんな中、きびきびと近付いてきたのは店員さんだろう。
彼女は俺とカリナ、カレイラを順番に見て首を傾げた。

「お酒……じゃなさそうね。もしかして魔物狩人カサドールの方かしら」

「そうだ。連絡所がここだと聞いたが、間違いないか?」

一同を代表してカレイラが答える。未だ声変わり前の少年特有の少し高い声に何か思うところがあったのだろうか。店員さんが訳知り顔に微笑んだ。

「そっちのお客さんね。ついて来て」

そう言って店の奥へと入って行く。

「おっ!魔物狩人カサドールの兄ちゃん達か?噂を聞き付けてさっそくお出ましか!?」

酔っ払い達の声に追い立てられるように店の奥へと足を踏み入れた。

◇◇◇

「ほぅ。狩人にしては若いな。駆け出しか?」

店の奥には表側の店のカウンターと相対する位置にもう一つカウンターがあり、そこに陣取る男の横顔を見ながら男の前に出た。
彼の第一声がさっきの質問である。

「ザバテルから来た。これが紹介状だ」

ザバテルの連絡所で書いて貰った羊皮紙の巻物を彼に手渡す。
ザバテルの街で過ごした10日間の大半は宿屋と衛兵隊駐屯地の往復だったが、あくまでも俺とカリナの身分は“狩人と見習い”で押し通した。
俺のように正式な魔物狩人カサドールではない野良の魔法師や魔導師は、場合によっては恐怖の対象にすらなるらしい。考えてみれば当然である。衛兵隊一個中隊が手も足もでない魔物を、単独で打ち倒すのだ。仮に街中で狩人が暴れたら、そう考えるだけで人々の恐怖は察して余りある。
しかし魔物の脅威に相対するために狩人の力が必要不可欠なのは事実で、狩人の側も狩人達の権利は守らねばならない。
そのために編み出されたのが“登録制”と各地の連絡所だ。魔物狩人カサドールと認められた者には徽章エンブレマが与えられ、その徽章を持つ者は“人々を魔物から護る”責任がある。
一方で人々は“徽章を持つ狩人”ならば安心して付き合えるのだ。
その話を聞いた時、カリナがボソッと「それって犬の首輪と一緒じゃない」と呟いたが、正にそういう意味なのだろう。良心的と言っていいか分からないが、”人に仇なす狩人の徽章からは猛毒が撃ち込まれて死の裁きを与える“なんてことはないようだが、人心に与える影響を考えれば力を管理する必要性は理解できるというものだ。

ともかく、紹介状を一読した男は改めて俺達に向き合った。

「ザバテルの件はこちらでも把握していた。そうか……お前さん達が新たな獅子狩人か。いや、いい時に来てくれた。俺は所長のラウロだ」

ラウロと名乗った男は、赤銅色の筋肉の塊のような男だ。身長は俺と同じぐらいだが体重は倍近くはあるだろう。握手する右手が握り潰されるかと危惧したほどだ。

「それで、ザバテルには何をしに?」

カウンターを出て俺達と握手を交わしたラウロは、そのまま奥のテーブルに着いた。
手招きされるまま俺達も着席する。

「アロンソ イバルラ ドゥランに同行して来た。実はな……」

俺はラウロに洞窟からの件を説明した。
彼は時折大きく頷きながら俺の話を聞いてくれた。

「そうか……マリア嬢ちゃんをな……そんな若さで大変な役回りを引き受けたもんだ。しかしどうして?」

ラウロは見たところ50代前後だろうか。俺の実年齢を明かしたとしても”若い“と鼻で笑われるだろう。
そんな俺でも彼が示した疑問は俺も幾度となく自問している。そして答えがまだ見つかってはいない。

「縁というやつかもしれない。洞窟で遺体を回収したのは、何かこう……衝動に駆られてのことだった。せめて何処かに埋めてやりたい、遺族が、誰かが待っているなら帰してやりたいって衝動だ」

「そうか。俺は元船乗りだ。まぁ船乗りじゃない奴をこの街で探すほうが難しいが、船乗りでも狩人でも、死と隣り合わせの仕事なのは変わりねぇ。お前さんの言葉を借りれば、俺がここでお前さんみたいな狩人の世話役になったのも何かの縁なんだろうな」

そう言ったっきりラウロは腕を組んだまま天井の片隅をしばらくの間見上げた。
静寂を破ったのは俺の隣に座ったカレイラだった。

「それで、さっき噂がどうのと聞こえたんだが、何かあったのか?」

そういえば酔客がそんな事を言っていた。それにだ。

「いい時に来たとも言ったな。狩人を歓迎するということは、魔物絡みか?」

我に返ったのだろう。ラウロは組んでいた腕を解き、身を乗り出した。

「そうだ。山向こうの港町、ナバテヘラを知っているか?」

「俺は知らないが、カレイラ、お前はどうだ?」

「もちろん知っている。海水を引き込んだ堀と岩礁帯に守られた街だ。ナバテヘラがどうかしたのか?」

「そのナバテヘラが魔物の大群に襲われた。海から上がって来やがったらしい」

「海から……魔物が海から上陸することはなかったのではありませんか?」

ドゥランからはそう説明されていた。この街の守りも後方の陸地に向けたもので、海に対する備えは特に見当たらない。

「今まではそうだった。だが実際に海から、こう、ぬめぬめした巨大な魔物が上がってきたんだ。紫色のウミウシみたいな奴だったそうだ」

紫色の大型のウミウシ。つまりアメフラシだろうか。

「そいつは四方八方に触手みてぇな腕を伸ばし、手当たり次第に毒液を吹き掛けて暴れ回ったらしい。居合わせた1人の狩人が衛兵隊と協力して何とか撃退したみてぇだがな。なんとバリスタを担ぎ出したらしい」

「バリスタ……それで被害は?」

「死者がざっと30人ってとこだったようだな」

「30人……」

無防備な海中から魔物が上陸してきて、街中を暴れ回って死者30人というのが多いのか少ないのか判断はできない。だが衛兵隊が奮戦したということだろう。

「それが起きたのがだいたい2週間前らしいな。おかげでこの街もすっかり臨戦体制だ。港のバリスタ、見ただろう」

港町にそぐわない攻城兵器が配置されていると思ったが、そういう事だったか。
2週間前といえば、俺達がまだエルレエラに滞在していた頃だ。

「それともう一つ。カディス北東の山中に魔物の巣が出来た。それもトローのな」

新しく出て来た地名らしき単語に反応できたのはカレイラだけだった。
だがトローという単語にはカリナもカレイラも反応した。それも過激な反応だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...