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デニア

37.デニアにて①(5月25日)

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デニアに辿り着いた俺達は、ドゥランの実家らしき屋敷の前でドゥランと別れて、この街の連絡所に向かった。
カレイラは振り返りもせずにスタスタと歩いて行くが、俺とカリナはお上りさんよろしく周囲をキョロキョロとしながら広場兼荷揚げ場を歩く。
白っぽい石とこれまた白い漆喰で構成された街並みは、なかなかに目に優しくない。
波止場には大きな三角形の帆を二枚張った船が2隻停泊しており、屈強な男達が荷物を担いで船と波止場の倉庫の間を行ったり来たりしている。
港の風景にはそぐわないバリスタが2基、海を睨んで配置されている。海賊でも出るのだろうか。

と、カレイラが迷いもなく建物の中に入って行く。俺とカリナが慌てて追い掛けたその建物は、オープンテラスを備えた小洒落たカフェのようにも見えた。

◇◇◇

建物の中はまだ午前中だというのに賑わっていた。幾つかあるテーブルは既に埋まっており、朝から引っ掛けているのだろう赤ら顔の男達が騒いでいる。

「満席なのよ、ごめんなさいね。こいつらったら朝から出来上がっちゃってさ」

そんな中、きびきびと近付いてきたのは店員さんだろう。
彼女は俺とカリナ、カレイラを順番に見て首を傾げた。

「お酒……じゃなさそうね。もしかして魔物狩人カサドールの方かしら」

「そうだ。連絡所がここだと聞いたが、間違いないか?」

一同を代表してカレイラが答える。未だ声変わり前の少年特有の少し高い声に何か思うところがあったのだろうか。店員さんが訳知り顔に微笑んだ。

「そっちのお客さんね。ついて来て」

そう言って店の奥へと入って行く。

「おっ!魔物狩人カサドールの兄ちゃん達か?噂を聞き付けてさっそくお出ましか!?」

酔っ払い達の声に追い立てられるように店の奥へと足を踏み入れた。

◇◇◇

「ほぅ。狩人にしては若いな。駆け出しか?」

店の奥には表側の店のカウンターと相対する位置にもう一つカウンターがあり、そこに陣取る男の横顔を見ながら男の前に出た。
彼の第一声がさっきの質問である。

「ザバテルから来た。これが紹介状だ」

ザバテルの連絡所で書いて貰った羊皮紙の巻物を彼に手渡す。
ザバテルの街で過ごした10日間の大半は宿屋と衛兵隊駐屯地の往復だったが、あくまでも俺とカリナの身分は“狩人と見習い”で押し通した。
俺のように正式な魔物狩人カサドールではない野良の魔法師や魔導師は、場合によっては恐怖の対象にすらなるらしい。考えてみれば当然である。衛兵隊一個中隊が手も足もでない魔物を、単独で打ち倒すのだ。仮に街中で狩人が暴れたら、そう考えるだけで人々の恐怖は察して余りある。
しかし魔物の脅威に相対するために狩人の力が必要不可欠なのは事実で、狩人の側も狩人達の権利は守らねばならない。
そのために編み出されたのが“登録制”と各地の連絡所だ。魔物狩人カサドールと認められた者には徽章エンブレマが与えられ、その徽章を持つ者は“人々を魔物から護る”責任がある。
一方で人々は“徽章を持つ狩人”ならば安心して付き合えるのだ。
その話を聞いた時、カリナがボソッと「それって犬の首輪と一緒じゃない」と呟いたが、正にそういう意味なのだろう。良心的と言っていいか分からないが、”人に仇なす狩人の徽章からは猛毒が撃ち込まれて死の裁きを与える“なんてことはないようだが、人心に与える影響を考えれば力を管理する必要性は理解できるというものだ。

ともかく、紹介状を一読した男は改めて俺達に向き合った。

「ザバテルの件はこちらでも把握していた。そうか……お前さん達が新たな獅子狩人か。いや、いい時に来てくれた。俺は所長のラウロだ」

ラウロと名乗った男は、赤銅色の筋肉の塊のような男だ。身長は俺と同じぐらいだが体重は倍近くはあるだろう。握手する右手が握り潰されるかと危惧したほどだ。

「それで、ザバテルには何をしに?」

カウンターを出て俺達と握手を交わしたラウロは、そのまま奥のテーブルに着いた。
手招きされるまま俺達も着席する。

「アロンソ イバルラ ドゥランに同行して来た。実はな……」

俺はラウロに洞窟からの件を説明した。
彼は時折大きく頷きながら俺の話を聞いてくれた。

「そうか……マリア嬢ちゃんをな……そんな若さで大変な役回りを引き受けたもんだ。しかしどうして?」

ラウロは見たところ50代前後だろうか。俺の実年齢を明かしたとしても”若い“と鼻で笑われるだろう。
そんな俺でも彼が示した疑問は俺も幾度となく自問している。そして答えがまだ見つかってはいない。

「縁というやつかもしれない。洞窟で遺体を回収したのは、何かこう……衝動に駆られてのことだった。せめて何処かに埋めてやりたい、遺族が、誰かが待っているなら帰してやりたいって衝動だ」

「そうか。俺は元船乗りだ。まぁ船乗りじゃない奴をこの街で探すほうが難しいが、船乗りでも狩人でも、死と隣り合わせの仕事なのは変わりねぇ。お前さんの言葉を借りれば、俺がここでお前さんみたいな狩人の世話役になったのも何かの縁なんだろうな」

そう言ったっきりラウロは腕を組んだまま天井の片隅をしばらくの間見上げた。
静寂を破ったのは俺の隣に座ったカレイラだった。

「それで、さっき噂がどうのと聞こえたんだが、何かあったのか?」

そういえば酔客がそんな事を言っていた。それにだ。

「いい時に来たとも言ったな。狩人を歓迎するということは、魔物絡みか?」

我に返ったのだろう。ラウロは組んでいた腕を解き、身を乗り出した。

「そうだ。山向こうの港町、ナバテヘラを知っているか?」

「俺は知らないが、カレイラ、お前はどうだ?」

「もちろん知っている。海水を引き込んだ堀と岩礁帯に守られた街だ。ナバテヘラがどうかしたのか?」

「そのナバテヘラが魔物の大群に襲われた。海から上がって来やがったらしい」

「海から……魔物が海から上陸することはなかったのではありませんか?」

ドゥランからはそう説明されていた。この街の守りも後方の陸地に向けたもので、海に対する備えは特に見当たらない。

「今まではそうだった。だが実際に海から、こう、ぬめぬめした巨大な魔物が上がってきたんだ。紫色のウミウシみたいな奴だったそうだ」

紫色の大型のウミウシ。つまりアメフラシだろうか。

「そいつは四方八方に触手みてぇな腕を伸ばし、手当たり次第に毒液を吹き掛けて暴れ回ったらしい。居合わせた1人の狩人が衛兵隊と協力して何とか撃退したみてぇだがな。なんとバリスタを担ぎ出したらしい」

「バリスタ……それで被害は?」

「死者がざっと30人ってとこだったようだな」

「30人……」

無防備な海中から魔物が上陸してきて、街中を暴れ回って死者30人というのが多いのか少ないのか判断はできない。だが衛兵隊が奮戦したということだろう。

「それが起きたのがだいたい2週間前らしいな。おかげでこの街もすっかり臨戦体制だ。港のバリスタ、見ただろう」

港町にそぐわない攻城兵器が配置されていると思ったが、そういう事だったか。
2週間前といえば、俺達がまだエルレエラに滞在していた頃だ。

「それともう一つ。カディス北東の山中に魔物の巣が出来た。それもトローのな」

新しく出て来た地名らしき単語に反応できたのはカレイラだけだった。
だがトローという単語にはカリナもカレイラも反応した。それも過激な反応だった。
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