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探索

11.洞窟にて(5月3日〜4日)

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少女の命は俺の腕から溢れ落ちたまま、戻る事はなかった。
ゴブリンとオーガの流す血の海の只中で、少女の亡骸を抱きしめたまま俺は声を上げて泣いた。
まるでこの数日間のストレスがドッと押し寄せてきたかのように、涙と嗚咽が俺の奥底から沸き上がってくる。

どれほど時間が経ったのだろう。
壁の松明の一つが落下した音で我に返る。
天井から差し込んでいた光は消え、壁の松明が燃え尽きるのも時間の問題だろう。

少女達をこのままにはしておけない。
ゴブリンは洞窟の魔柱とやらから力を得て生まれてくるらしい。少女の亡骸を喰らってオーガが生まれてくるかもしれない。亡骸が喰い荒らされる前に魔柱なる物を破壊しなければ、この少女も浮かばれないだろう。
少女を抱き上げ、血の海から離れた場所に横たえる。
赤毛の長い髪に白い肌。苦悶に歪めていたその顔は、今では安らぎを取り戻しているようにも見える。

ゆっくりと壁側に移動し、壁に下げられた遺体を回収する。まだ新しい2体も少女のものだ。
褐色の肌に銀色の長い髪、ツンと尖った耳を持つ少女と、黒髪のショートカットの少女。この3人が先行したという子供達か。
他にも3人の男の子がいたはずだ。

だがここにある遺体は全て女性のものだった。
どうやら遺体は左から右に行くにつれて新しくなっている。
一番左端の遺体は白骨化しているが、右端の方の遺体は幾分腐敗しているがまだ新しいようだ。
遺体の装束は様々で、手足に鎧を付けている者や、編み上げのサンダルのようなものを履いた者もいる。ただ一様に下半身は露出させられており、腹が裂けたような遺体もある。やはりオーガかそれに類するモンスターの苗床にさせられたのだろう。
とすれば男の子は既に喰われたのか。

いや、洞窟は更に奥へと続いている。奥に閉じ込められているかもしれない。要救助者を求めて、洞窟の奥へと進む。
幅1mほどの細い通路を抜けると、両側に部屋が並んだ幅2mほどの通路に出た。
部屋といっても各部屋の横幅は2m弱。通路に面した側には荒い鉄格子が嵌っている。
これは部屋というより独房だ。
通路の出口には大きな鍵束が掛かっていた。鍵の数は10個。一個が手の平サイズで、直径1センチほどの鉄の棒の先端に突起がある古典的な鍵だ。
房内を一つづつ確認するが、何もない。

独房エリアの突き当たりに、また幅1mほどの通路があった。
水糸の長さは残り100mほど。この長さが行動限界だ。真っ暗な通路をヘッドライトとフラッシュライトを頼りに進む。
3mほどで通路が終わり、また部屋に出た。
高さ2mほど、一辺の長さが5mほどのほぼ正方形の部屋の中心部に、武器やら防具やらが無造作に積まれている。
とりあえず壁に沿ってぐるっと一周するが、どうやらここが行き止まりのようだ。

あとは中心部に積まれた武器などの調査だが……恐らく価値のある武器や防具もあるのだろうが、俺にはさっぱりわからない。それになにせ暗い。

全部収納するか。

背負っていたミリタリーリュックを下ろし、リュックの口を開けて次々と放り込んでいく。
途中から手に触れるだけで収納されていくことに気づき、思いのほか捗る。

ものの数分で雑多な山の収納を終え、改めて室内をチェックする。だが入ってきた通路以外のルートは見つからない。
やはり男の子達は全滅したか、この場所ではない所にいるのだろう。

よし、戻ろう。

◇◇◇

最初の部屋に戻った俺の胸の内に、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
モンスターに対して?いや、それ以上に自分自身に対してだ。
なぜ洞窟の探索を後回しにした?この洞窟の存在を知ったのは、自宅防衛戦の翌日だった。その次の日には近くまで来ておきながら引き返したのだ。あの時突入していれば、子供達のうち何人かの命は救えたかもしれない。まだ子供達が洞窟にたどり着いていなかったのなら、もしかしたら全員の命が助かったかもしれないのだ。
やり切れない思いが押し寄せてくる。

村にいたアニタは「俺がこの子達に呼ばれた」と言った。それが本当なら、その召喚主を失った今、俺がこの世界に居る意味は一体何だ。
何をして失われた命の償いをすればいい。

土の壁に拳を叩き付ける。
肩に伝わる衝撃と痛みが、俺がまだ生きている事を実感させる。
そうだ。俺はまだ生きている。
請け負った仕事を全うしよう。回収できた遺体を供養し、遺品があれば遺族に届けてもいい。少なくとも赤髪の少女の最期を看取ったのは俺なのだ。肉親に詰られようと、それは甘んじて受けなければいけないだろう。

視界の片隅に何かの構造物が入る。
土の壁から垂直に突き出された角柱状の岩。突き出た長さは30cmほどだが、どれだけ深く埋まっているかはわからない。
黒水晶か?
いや、水晶の透明感はない。まるで深夜の暗闇のような、全てを吸い込みそうな、それでいて確かに禍々しい雰囲気を放っている。
これが魔柱か。
少女はこれを破壊しろと言ったのか。しかしどうやって?

ミリタリーリュックから折り畳みスコップを取り出して、魔核を叩いてみる。
キンッと澄んだ音が響くが、割れたり砕けたりする感じではない。物理的に破壊するか、何か特殊な魔法でも使うのだろうか。
いや、これが魔柱だとすれば、迂闊に魔法を使うのは危険だ。魔力を吸い取って跳ね返すぐらいのことは起きるかもしれない。
村にいたデボラなら破壊方法を知っているか。
この世界で魔物を専門に狩る職業に就いていたようだし、いろいろ訳知りのようだった。掘り出して持ち帰ってみるか。

折り畳みスコップで魔柱の周りの土と岩を崩す。砂岩のようにさほど固くない岩に嵌まり込んでいたそれは、わりと簡単に掘り出すことができた。掘り出した真っ黒な石は全長1mほど、一編が10cmほどの歪な六角柱だった。
パラコードで縛り上げ、そのままミリタリーリュックに収納する。これはいきなり村の中に持ち込むべきではないだろう。まずはデボラに相談してみよう。

◇◇◇

作業を終えてミリタリーウォッチを確認する。
深夜2時を回っていた。この洞窟に突入したのは午後3時頃だった。かれこれ11時間以上、洞窟内部の調査を行なっていた事になる。
もっとも少女の亡骸を抱いて泣いていた時間も長かったのだが。

犠牲者達をこのまま放置もできない。だがミリタリーリュックにそのまま収納するのも気が引ける。何か麻袋のような物があればいいのだが。

そういえばさっき収納した雑多な物の中に、ずだ袋のような物があった。ショルダーバックのようなお洒落なバックではない。口を紐で縛れるようにできている単なる大きな布袋だ。あれの中身を出してしまえば、遺体を納められそうだ。

必要に迫られて中身を出すとはいえ、これも誰かの遺品なのだ。布袋の中身を一つづつ地面に並べる。
羊皮紙の手帳、皮の手袋、分厚い毛織物のマント。数着の服は男物のようだ。二回りほど小さな空の布袋と中身の入った布袋。中身は火打ち石と小さなナイフ、折り畳まれた布切れ。着火用の火口に使うのだろうか。
それ以外にも何かの干し肉とドライフルーツが入った袋がそれぞれ1つずつ。
この荷物の持ち主がどういった立場の人間で、どのような旅路を歩んでいたかはわからない。魔物を狩る狩人だったかもしれないし、単なる行商人だったかもしれない。
いずれにせよ言える事は、たったこれだけの荷物で旅に出る勇気は俺には無いという事だ。
空の布袋に男の持ち物を詰め直し、空いた大きな布袋に遺体を収納する。
少女達の亡骸を含めて、合計8体となった。
それぞれの身元が分かればそれに越したことはないが、わからなければ村の墓地に埋葬させてもらうのもいい。

陰鬱な気持ちを押し込めて立ち上がる。
時計の針は午前4時を示している。もうじき夜明けだ。夜明けまで待って洞窟を出よう。
一旦自宅まで戻り、風呂にでも入って昼まで寝れば、この気持ちも少しは晴れるかもしれない。
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