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236.着任(11月4日〜7日)

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領地の中心地をロンダに定めたのは、屍食鬼ネクロファゴの侵入によって無人となったロンダとグラウスの2つの街の中では都市基盤がより整備されていたからだ。領地に含まれるその他の街、マルチェナ、エシハ、バラメダ、カマス、セニュエラ、アスタのうち、領主または治安維持の責任者が死去しているマルチェナとエシハでは代表者を決めなくてはならない。
いっそのこと最も大きなエシハか、次いで人口の多い旧ルシタニア公領のセニュエラに居を構えてはという意見も娘達からは上がったのだが、住民感情と何より諸公に配慮して選べなかった。それらの街はルシタニア、バルバストロ両公の領地に近すぎるのだ。魔物を操る強力な戦力、そう見做されている俺達が領地の近くにいる、それだけで俺達の意思とは関係なく火種になりかねない。幸いなことに両公と、またタルテトス王とも良好な関係を構築できてはいる。なんなら俺達が辺境の地にいることで魔物の侵入を防いでいることは紛れもない事実であり、その恩恵を最も受けているのは両公なのだ。だがその好意に胡座をかいて刺激をする必要もないだろう。

さて、マルチェナの代表者については、そう大きく揉めることはなかった。マルチェナには衛兵隊副隊長のエウリコ クレアルと領主であるラモン グレイシア男爵が健在だし、グレイシア男爵の息子にして衛兵隊長のエンリケも近いうちに回復するだろう。だから領主はグレイシア男爵、衛兵隊長はクレアルで決まりだ。二人とも今回の騒乱を治められなかった責任を取ると言って固辞しようとしたのだが、そこはソフィアとビビアナを交えて説得した。
難航したのはエシハである。
職業や身分の関係なく殆ど全ての成人男性の命が失われたから、生き残った住民達は失った男手を復興支援に当たっていた赤翼隊アラスロージャスに求めたほどだ。その是非を問うつもりは無い。街を運営していくには様々な場面で男手が必要なのだ。
当然代表を引き受けてくれる者もなかなか見つからなかった。外部から合流する者にとも考えたのだが、住民感情に配慮するとそう簡単にはいかない。俺達も含めて結局は他所者なのだ。
そんな中で代表を引き受けてくれたのは1人の女性だった。名前はアドラ モレロ。褐色の長い髪を持つすらっとした体躯で、エシハ衛兵隊長の妻だった女性である。結婚前までは衛兵隊で小隊長を務めていたらしく、住民達からの信頼も厚い。新しく合流する元赤翼隊の荒くれ者達も一目置いているようだ。

「旦那!私が代表になるからには男爵様なんていらないよ!この街は私の婆さんの代にほんの小さな村から始まって、今じゃ人口3,000人のちょっとした街になったんだ。まあ男は減っちまったが私達女は生き残ってる。すぐに元どおりになるさ!」

数ヶ月ぶりに再開したという酒場で最初に会ったとき、彼女はそう言って笑ったものだ。
ちなみに残留した元赤翼隊の大半はエシハの衛兵隊に入隊したのだが、衛兵隊長は互選によってキケ ルビオに決まった。金髪に褐色の肌が印象的な重装歩兵出身者だ。

◇◇◇

さて、無人と化した街や村はさておき、旧ルシタニア公領から割譲されたバラメダ、カマス、セニュエラ、アスタの各街と周辺の村々には俺達の方から直接挨拶に出向くことにした。その事をマルチェナ衛兵隊長クレアルとエシハ代表モレロにそれぞれ別個に話したのだが、2人とも揃って反対した。わざわざ領主自ら出向くことはないという理由だ。
だが娘達は反対しなかった。むしろ現地を自分の目で見ておかないと、いざという時に土地勘が湧かないからだそうだ。俺が自分で出向くことを決めたのも同じ理由だ。もっとも俺の場合は行ったことがないと転移できないという実際的な問題もあった。

バラメダの街は人口3,000人ほどの中規模の街だ。カマスとセニュエラはバラメダよりももう少し小さく人口2,000人ほど。アスタに至っては街と呼ぶべきかどうかも怪しいほどの小ささで人口は1,000人にも満たないだろう。だが最も活気があるのはアスタの街だ。この街は魔物狩人が多く集まっている、というか狩人が一攫千金を狙うための寝ぐらにしている場所と表現したほうが正確だ。
アスタは領地のもっとも南、ニーム山脈が海に向かって突き出した岬の麓に広がる湿地帯に面している。周囲は魔素の濃い森に囲まれ、耕作地は僅かだ。とてもではないが自給自足出来るほどではない。およそ快適とは程遠い立地条件なのだが、それでも人々は生活している。

「そりゃあよ、ここは狩人カサドールが作った街だからよ!こと魔物相手なら情報も早いし団結も固い。兄ちゃん達の噂は知ってるぜ。えらい別嬪を連れた子供使いってお前さん達だろう?」

挨拶周りの手始めに立ち寄った酒場で、赤ら顔の大男が話しかけてきた。“子供使い”という言葉の意味が理解できずに、思わず辺りを見渡す。年齢的に“子ども”と呼べるのはルイサだけ、身長で言うならイザベルやルツも子供に見えるかもしれないが……
だが視線の先でカミラとソフィアが目を逸らす。こいつら何か知っているな。

「カズヤ。子供使いというのは私達の異名だ。全く遺憾なことだが、貧民街で孤児達の支援を申し出たことがそう伝わっているらしい」

「実際に“子供にしか見えない”方々を連れていますからね。でも悪いようには伝わっていないようです」

やれやれ。何ということだ。“子供使い”という言葉から連想されるのは、いたいけな少年少女をこき使って悪事を働くか少年兵ばかりを死地に向かわせる無慈悲な指揮官のイメージだ。しかし悪評でないのならそういうイメージとは違うのだろうか。ならば放置しても構わないか。
酒場の薄汚れた天井を思わず見上げる。その時だった。
荒々しく扉を開けて、血だらけの男が飛び込んできた。狩人がよく身に付けている粗末な革鎧にも血飛沫が散っている。

「大変だ!トローが!トローの群れだ!」

血だらけの男はそう叫んで倒れ伏す。酒場で管を巻いていた狩人達が俄かに色めき立った。

「おい!しっかりしろ!トローはどこだ!」

「誰か!こいつの名前を知らないか!?」

「ホアキンだ。今日は南西の森の哨戒任務のはずだ」

「南西の森だな。よし、動ける奴等を集めろ!稼ぎ時だ!」

赤ら顔の男の号令で男達が一斉に出て行く。どうやらあの男がリーダー格のようだ。
後に残されたのはホアキンと呼ばれた血だらけの男と俺達だけ。まさか放置も出来ずに治療を開始する。

◇◇◇

「ちょっと冷た過ぎない!?怪我人を捨て置いて出て行くなんて!」

「せめて治癒魔法が使える者をよこすぐらいすればいいのに」

「治癒魔法師は結構貴重なんだぞ。うちはアリシアがいるからあんまり実感はないけど」

「あら。私も治癒魔法は使えましてよ」

「ビビアナは途中参加じゃん。その頃にはもうお兄ちゃんがいたからなあ」

などと言いながら娘達がテキパキと治療に当たっている。
鎧や手足に付いていた血糊ほどには、彼自身の身体には目立つ傷はない。彼が倒れ込んだ原因は頭部挫傷、つまり棍棒のようなもので一発殴られていたからだ。
頭部を中心に掛けた治癒魔法が効いて彼が意識を取り戻したのは、だいたい数十分後のことだった。
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