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230.Another side:策謀(10月8日)
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カズヤ達が王と謁見した翌日、王都タルテトスの南西に位置するセトゥバル公領内では領主セトゥバル公マヌエルが焦っていた。
タルテトス王国を支える四公爵家、つまりバルバストロ、ルシタニア、カルタヘナ、そしてセトゥバルの各家は、王都タルテトスにも邸宅を構えている。いや、王都にだけでなく各公の領地にもそれぞれ邸宅があるのはさながら現代社会における在外公館と同じである。だから王都に向かうからといって支度に手間取るようなことはない。わざわざ壮行会と称して様々な情報を集め意見と意思の統一を図っているのは、今回の招集がバルバストロ領内で起きた屍食鬼騒動の戦勝記念と、功績者の叙勲、更には騒動で断絶した伯爵家の名跡を継がせることを目的としているからだ。
屍食鬼騒動は当然セトゥバル公の耳にも届いていた。常に西のオスタン公国からのプレッシャーに備えているセトゥバル公マヌエルとしては、“東側のことは東側でケリをつけろ”といった心境であったのは間違いないし、オブラートに包みながらもそう公言していた。
しかしである。
明確に“勝った”、つまり騒動を短期間で沈静化してしまうことは彼の想定外であった。どんなに早くても半年や一年ぐらいは掛かるだろうと考えていたのだ。それを数ヶ月で治めてしまうとは驚きを通り越して畏怖さえ感じている。
それにである。
戦功のあった者に伯爵家の名跡を継がせるという事は、誰かを新たに貴族として取り立てるということだ。
誰かとは誰だ。
今回の騒動ではバルバストロ公配下のシドニア伯ガスパール率いる赤翼隊が動いていた。だがガスパールは既に伯爵位にある。
マヌエルの手元に届いた情報では、ルシタニア公領内から派遣された魔物狩人の一団が屍食鬼を殲滅した功で伯爵位を、それもバルバストロとルシタニアから領地を割譲され辺境伯を賜るらしいのだ。
この情報を掴んだマヌエルは、その一団にどう対処するべきかを側近のマイヨール侯デブルーやカルタヘナ公ガルシアと相談していた。
場所はマヌエルの屋敷である。彼等は豪華な応接セットに陣取り、アルコール臭を撒き散らしながらワインに酔っていた。
「しかしマヌエル様、一概には信じられませんな。いくら地方の小さな街とはいえ、魔物が占拠した、というよりも住民のほとんどが魔物化した街一つを一晩で解放するなどあり得ないでしょう」
そう話すのはマイヨール侯デブルー。長めの髪を後ろに撫で付け頬には大きな刀疵のある男である。その外見も相俟って武闘派と名高い男だ。
「全くだマイヨール侯。事実なら恐るべき戦闘力である。是非とも欲しい」
そう返したのはカルタヘナ公ガルシア。代々続くカルタヘナ公爵家の長男として生まれた彼は、齢十三にしてノルトハウゼン大公国との小競り合いに参加して戦果を上げ子爵の地位を得た叩き上げの軍人である。そしてセトゥバル公マヌエルの配偶者の叔父に当たる。この辺りは日本の戦国時代と同じく有力者同士の血縁関係は濃いのだ。
必然的にマヌエルとガルシアの間には緩やかな上下関係が生じている。主従関係と呼べるほど強固なものではない。両者とも各公爵家の主人でありその意味では対等だ。しかし両者の僅かな年齢差と戦績が“完全に対等”な関係を許さなかった。
「欲しい……ですか。しかしガルシア殿。奴等が我らに従うでしょうか」
「マヌエル殿。別に奴等を我等が従える必要はない。下賤な狩人など最前線に送り込めばいいのだ。バルバストロ公は各地から狩人を動員してノルトハウゼンに送り込んでいるではないか」
「それは領内の養成所と連絡所の力が強いからでしょう。如何に無法者の集まりとて、親の言うことは聞くものですからな」
「しかしマヌエル様。我がセトゥバルにおいては、そのどちらも影響力は強くありません。一応、各街と村に連絡所がありますが、魔物も少なく、必然的に力がある狩人は数が少ない。だからこそ衛兵隊と騎士団が精強になったとも言えますが」
「デブルーよ。お主が率いる我が騎士団の精強さ、タルテトス王国のみならず他国と比べても比類なきものではあるが、かと言っていきなり騎士団を他国に送り込むわけにはいかぬのだ」
「全面戦争になってしまう。それは心得ております。ですが西方諸王国の一部に怪しい動きがあるのは事実。オスタン公国も兵の一部を西側に振り向けております」
「そのせいで我が軍も西方に注目せざるを得ん。オスタン公国だけではない。ノルトハウゼンも南方の兵力の一部を妙に活性化させたまま西方にも動かしておる。この隙に影響力を浸透させたいものだがな」
「ガルシア殿の仰るとおりです。我々も商人に扮した間者を放ってはおりますが、通行税も関税もやたらと高く苦労しております」
「そこで魔物狩人なのだ。奴等が国境を超えても魔物を追ってのことならば問題にもされない。国境を超えた狩人が何かの手違いで村々を襲い衛兵を殲滅し街を占拠したとしても、それは魔物がやったことにできるだろう」
「とすると屍食鬼騒動がオスタンやノルトハウゼンで起きてくれれば良かったのですな。我が国民が害されることもなく、民の保護という名目で出兵できたものを。東方には一匹ぐらい残っておりませんかな」
「なるほど。秘密裏に探させるか?どうやってオスタンに放つかが問題になるが」
「ガルシア殿、ご冗談を。デブルーも少々悪ふざけが過ぎるぞ」
「失礼いたしました。しかし、その狩人の一団に領地を下賜するというのは納得できるものではありませんな。それも何処ぞの領土を切り取ったのならばまだしも、バルバストロとルシタニアの両公がご自身の領地を割譲するとのこと。自らの身体を切り売りするようなものではございませんか」
「デブルーの言うとおりだが、割譲される土地は魔物が多すぎて小規模な街と村がある以外はただの原野が広がっているそうだ。ああ、狩人の村が幾つもあるそうだが、よっぽど上手くやらねば逆に奪われてしまいそうだな」
「ほう、それは面白そうですなあ」
華美な酒席よりも戦場で血に酔うことを好む武闘派の男は、手にしたグラスを目の高さに掲げる。赤ワインが血に見えているのかもしれない。
「ふむ。デブルーよ。お主が代わりにその地を得てはどうか。今の所領よりもよっぽど歯応えがあるやもしれんぞ」
マヌエルの言葉は、或いは悪魔の囁きのような効果を持っていたかもしれない。デブルーはハッとした顔で両公を見て、慌ててグラスを置く。
「はっ。マヌエル様のお許しがいただけるのであれば」
そう言って伏せた彼の瞳の奥には野心という名の炎が黒く渦巻いていた。セトゥバル公配下のマイヨール侯としての地位には満足はしている。しかし結局のところ公爵家に成り替わることはできないだろう。それならば新天地で、実質的に5番目の州に相当する領地で存分に腕を振るったほうがよいのではないか。
デブルーが野心をどうにか瞳の奥に押し込んでいる間に、二人の公爵の話はどうやってデブルーを推挙するかに移っている。
「とするとマヌエル殿。来たる祝賀会で奴が任命されるのは避けねばならぬな。直ぐにデブルーを推挙するのもちと嫌らしい気もする。まずは白紙撤回を求めるところまでか」
「仰るとおり。叙勲などどうでもよいのですが、領地を与え変に力を蓄えさせるわけにはいきませぬ。ガルシア殿がご賛同いただけるならば四公の意思は二つに割れるということ。陛下も考えを改められることでしょう」
「もし上手くいかない場合はどうする?」
「そうですな……」
まどろっこしい。デブルーはそう思った。魔物狩人がどれほどのものか。鍛え上げた我が剣で切り捨ててくれる。
「その時は決闘か模擬戦を申し入れまする。一個小隊もあれば十分でしょう。下賎な狩人とは違うということ、陛下にも御照覧いただきましょう」
「面白い。ではそのようにしよう。こちらも尤もらしい口上を考えておかねばな」
こうして戦勝式を巡る策謀は巡らされたのである。
タルテトス王国を支える四公爵家、つまりバルバストロ、ルシタニア、カルタヘナ、そしてセトゥバルの各家は、王都タルテトスにも邸宅を構えている。いや、王都にだけでなく各公の領地にもそれぞれ邸宅があるのはさながら現代社会における在外公館と同じである。だから王都に向かうからといって支度に手間取るようなことはない。わざわざ壮行会と称して様々な情報を集め意見と意思の統一を図っているのは、今回の招集がバルバストロ領内で起きた屍食鬼騒動の戦勝記念と、功績者の叙勲、更には騒動で断絶した伯爵家の名跡を継がせることを目的としているからだ。
屍食鬼騒動は当然セトゥバル公の耳にも届いていた。常に西のオスタン公国からのプレッシャーに備えているセトゥバル公マヌエルとしては、“東側のことは東側でケリをつけろ”といった心境であったのは間違いないし、オブラートに包みながらもそう公言していた。
しかしである。
明確に“勝った”、つまり騒動を短期間で沈静化してしまうことは彼の想定外であった。どんなに早くても半年や一年ぐらいは掛かるだろうと考えていたのだ。それを数ヶ月で治めてしまうとは驚きを通り越して畏怖さえ感じている。
それにである。
戦功のあった者に伯爵家の名跡を継がせるという事は、誰かを新たに貴族として取り立てるということだ。
誰かとは誰だ。
今回の騒動ではバルバストロ公配下のシドニア伯ガスパール率いる赤翼隊が動いていた。だがガスパールは既に伯爵位にある。
マヌエルの手元に届いた情報では、ルシタニア公領内から派遣された魔物狩人の一団が屍食鬼を殲滅した功で伯爵位を、それもバルバストロとルシタニアから領地を割譲され辺境伯を賜るらしいのだ。
この情報を掴んだマヌエルは、その一団にどう対処するべきかを側近のマイヨール侯デブルーやカルタヘナ公ガルシアと相談していた。
場所はマヌエルの屋敷である。彼等は豪華な応接セットに陣取り、アルコール臭を撒き散らしながらワインに酔っていた。
「しかしマヌエル様、一概には信じられませんな。いくら地方の小さな街とはいえ、魔物が占拠した、というよりも住民のほとんどが魔物化した街一つを一晩で解放するなどあり得ないでしょう」
そう話すのはマイヨール侯デブルー。長めの髪を後ろに撫で付け頬には大きな刀疵のある男である。その外見も相俟って武闘派と名高い男だ。
「全くだマイヨール侯。事実なら恐るべき戦闘力である。是非とも欲しい」
そう返したのはカルタヘナ公ガルシア。代々続くカルタヘナ公爵家の長男として生まれた彼は、齢十三にしてノルトハウゼン大公国との小競り合いに参加して戦果を上げ子爵の地位を得た叩き上げの軍人である。そしてセトゥバル公マヌエルの配偶者の叔父に当たる。この辺りは日本の戦国時代と同じく有力者同士の血縁関係は濃いのだ。
必然的にマヌエルとガルシアの間には緩やかな上下関係が生じている。主従関係と呼べるほど強固なものではない。両者とも各公爵家の主人でありその意味では対等だ。しかし両者の僅かな年齢差と戦績が“完全に対等”な関係を許さなかった。
「欲しい……ですか。しかしガルシア殿。奴等が我らに従うでしょうか」
「マヌエル殿。別に奴等を我等が従える必要はない。下賤な狩人など最前線に送り込めばいいのだ。バルバストロ公は各地から狩人を動員してノルトハウゼンに送り込んでいるではないか」
「それは領内の養成所と連絡所の力が強いからでしょう。如何に無法者の集まりとて、親の言うことは聞くものですからな」
「しかしマヌエル様。我がセトゥバルにおいては、そのどちらも影響力は強くありません。一応、各街と村に連絡所がありますが、魔物も少なく、必然的に力がある狩人は数が少ない。だからこそ衛兵隊と騎士団が精強になったとも言えますが」
「デブルーよ。お主が率いる我が騎士団の精強さ、タルテトス王国のみならず他国と比べても比類なきものではあるが、かと言っていきなり騎士団を他国に送り込むわけにはいかぬのだ」
「全面戦争になってしまう。それは心得ております。ですが西方諸王国の一部に怪しい動きがあるのは事実。オスタン公国も兵の一部を西側に振り向けております」
「そのせいで我が軍も西方に注目せざるを得ん。オスタン公国だけではない。ノルトハウゼンも南方の兵力の一部を妙に活性化させたまま西方にも動かしておる。この隙に影響力を浸透させたいものだがな」
「ガルシア殿の仰るとおりです。我々も商人に扮した間者を放ってはおりますが、通行税も関税もやたらと高く苦労しております」
「そこで魔物狩人なのだ。奴等が国境を超えても魔物を追ってのことならば問題にもされない。国境を超えた狩人が何かの手違いで村々を襲い衛兵を殲滅し街を占拠したとしても、それは魔物がやったことにできるだろう」
「とすると屍食鬼騒動がオスタンやノルトハウゼンで起きてくれれば良かったのですな。我が国民が害されることもなく、民の保護という名目で出兵できたものを。東方には一匹ぐらい残っておりませんかな」
「なるほど。秘密裏に探させるか?どうやってオスタンに放つかが問題になるが」
「ガルシア殿、ご冗談を。デブルーも少々悪ふざけが過ぎるぞ」
「失礼いたしました。しかし、その狩人の一団に領地を下賜するというのは納得できるものではありませんな。それも何処ぞの領土を切り取ったのならばまだしも、バルバストロとルシタニアの両公がご自身の領地を割譲するとのこと。自らの身体を切り売りするようなものではございませんか」
「デブルーの言うとおりだが、割譲される土地は魔物が多すぎて小規模な街と村がある以外はただの原野が広がっているそうだ。ああ、狩人の村が幾つもあるそうだが、よっぽど上手くやらねば逆に奪われてしまいそうだな」
「ほう、それは面白そうですなあ」
華美な酒席よりも戦場で血に酔うことを好む武闘派の男は、手にしたグラスを目の高さに掲げる。赤ワインが血に見えているのかもしれない。
「ふむ。デブルーよ。お主が代わりにその地を得てはどうか。今の所領よりもよっぽど歯応えがあるやもしれんぞ」
マヌエルの言葉は、或いは悪魔の囁きのような効果を持っていたかもしれない。デブルーはハッとした顔で両公を見て、慌ててグラスを置く。
「はっ。マヌエル様のお許しがいただけるのであれば」
そう言って伏せた彼の瞳の奥には野心という名の炎が黒く渦巻いていた。セトゥバル公配下のマイヨール侯としての地位には満足はしている。しかし結局のところ公爵家に成り替わることはできないだろう。それならば新天地で、実質的に5番目の州に相当する領地で存分に腕を振るったほうがよいのではないか。
デブルーが野心をどうにか瞳の奥に押し込んでいる間に、二人の公爵の話はどうやってデブルーを推挙するかに移っている。
「とするとマヌエル殿。来たる祝賀会で奴が任命されるのは避けねばならぬな。直ぐにデブルーを推挙するのもちと嫌らしい気もする。まずは白紙撤回を求めるところまでか」
「仰るとおり。叙勲などどうでもよいのですが、領地を与え変に力を蓄えさせるわけにはいきませぬ。ガルシア殿がご賛同いただけるならば四公の意思は二つに割れるということ。陛下も考えを改められることでしょう」
「もし上手くいかない場合はどうする?」
「そうですな……」
まどろっこしい。デブルーはそう思った。魔物狩人がどれほどのものか。鍛え上げた我が剣で切り捨ててくれる。
「その時は決闘か模擬戦を申し入れまする。一個小隊もあれば十分でしょう。下賎な狩人とは違うということ、陛下にも御照覧いただきましょう」
「面白い。ではそのようにしよう。こちらも尤もらしい口上を考えておかねばな」
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