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223.ログハウスでの相談(9月29日)

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ログハウスに戻った俺達は今後について話し合った。
話が途中で脱線するのは仕方ないとして、大筋としては今回の任命に嫌は無いというのは共通認識だ。そもそも任地の半分は無人となった地域である。誰に憚ることもないのだ。
憚るとすれば他の貴族達、特に同格となる伯爵家の面々だが、そちらはシドニア伯ガスパールが抑えることになっているらしい。

「ってことは姐御、事前に知ってたんだね?」

「もちろんじゃ。儂とカズヤの一大事ぞ。儂が受け身に回るわけがなかろう」

「姉様、仕掛けたのは姉様では?どうにも短期間で話が進みすぎています」

「アイダよ、当然じゃ。儂が治める地の面前のことじゃからな。口は挟ませてもらった」

いったいいつの間に。だがルツは転移魔法を使えるし、俺が知らないところで校長やその他の有力者と話を付けていてもおかしくはない。王宮で開かれるという祝勝会に転移魔法で参加するというのも改めて考えればおかしな話だ。俺自身は王宮になど訪れたことはない。ということはルツが連れて行くということで、当然ルツは王宮に足を踏み入れたことがあるのだろう。

「ルツ、いつの間にそんなことを?」

「儂も暇じゃったからの。ちょくちょくアルカンダラとタルテトスを行ったり来たりしておっただけじゃ。もちろん秘密裏に、水面下で調整するってやつじゃ」

「暗躍の間違いだろ。それでカズヤ、大役だがどうするんだ?」

家に帰ってきて口調が戻ったカミラが言う。
考えあぐねているうちに、ビビアナが口を開いた。

「まずは行動方針を決めませんとね。魔物を1匹も通さない事を第一の目的にするなら、国境に長大な土塁を築くなんていかがでしょう」

「その場合、大襲撃グランイグルージオンが起きれば他の地域に多大な被害をもたらす可能性が高いな」

カミラが言うとおりだ。魔物が、ルツの言葉で言うところの奔流のように押し寄せてくるのならば、当然その波は低い所へ流れて行く。その先に人口密集地があれば大惨事になるのは目に見えている。

「やっぱり復興じゃないでしょうか。まずは税収確保のためにも領民を増やさなければ」

領民……領民かあ。アイダの意見はもっともなのだが、正直に言えば身に余る気がする。

「領民が増えても食べ物なんかどうするの?どこの倉にも食料なんて残ってなかったよ?」

俺達だけならなんとでもなるのだが。
敵対するわけでもなし、当面の間は隣接するバルバストロとルシタニアから融通してもらえるだろうか。或いは適正な価格で購入するとして、その対価はどうやって稼ぐ。魔物を狩ってアルカンダラに持ち込むか。

「麦の収穫期と重なったからの。手付かずのまま打ち捨てられる畑も多かろう」

「果物の収穫はこれからですよね。葡萄酒にオリーバ油、仕込みに間に合うでしょうか」

「う~ん、やっぱり移住を進めるしかないのか。でも、あれだけの被害が起きた街や村に移住する人なんかいるのかな。私なら嫌だなあ」

「貧民街の人々だって好き好んであそこにいるわけではありません。幸い無事な家々も残っていますし、喜んでもらえて労働力も確保できる。一石二鳥では?」

「普通は嫌がるって事を彼らに押し付けるのか?どうやって説得する?」

「やっぱり魔物の脅威を減らすために、大きな土塁は必須ですわ!」

「そもそも領民がいないのなら守るものもないんじゃん?姐御の家に引きこもってればいいんじゃない?」

「それはあんまりだろう。そもそも辺境伯の領地ってどこからどこまでなんだ?カズヤ殿、聞かれていますか?」

「いいや。オリエンタリス伯の領地を引き継ぐんじゃないのか?ルツ、何か知っているか?」

「基本的にはそのとおりじゃ。バルバストロの南東、ルシタニアの北東、山脈沿いの一角というかほとんどを所領することになっておる。子爵ならば街一つに周辺の村々が領地、伯爵ともなれば幾つかの街とその周辺が領地というのが相場じゃが、辺境伯はその地域一帯を治めることが求められる。お主の領地にはバルバストロ公爵家の領地でありオリエンタリス伯が治めておったマルチェナ、エシハ、ロンダ、グラウスに加えて、ルシタニア公からはアンダルクス川の原流域に位置するバラメダ、バルバストロ公領にほど近いカマス、セニュエラ、アスタおよび周辺の村々の統治権が割譲される予定じゃ。ここには我が住まい、お前達が呼ぶところの神域サグラノも含まれる。ここタルテトス王国はバルバストロ、ルシタニア、セトゥバル、カルタヘナの四公とタルテトス王によって成立しておるが、カズヤは四公に次ぐ面積の土地を治めることになる」

神域サグラノか。そう言えば東の森のどこかに死の沼と呼ばれる自噴油田があるらしい。行く機会もあるだろうか。
それにしてもルシタニア公も思い切ったものだ。現在その地を治めている伯爵をどう説得するのだろう。まさか支配権を賭けて一騎打ちなどさせるのではあるまいな。

「アスタと言えばカディスの北東、ほとんど魔物の支配領域の低地ではありませんか。あの街は命知らずの魔物狩人カサドールが集うことで有名です。あのような場所までカズヤ殿に治めよと……」

「まあ領民の数でいえば現時点では普通の伯爵よりも少し多いぐらいじゃがな」

「でもさあ、王国最強とか言われてもいまいちピンとこないんだよね」

「考えてもみよ。国軍最精鋭と名高い赤翼隊アラスロージャスでさえ手も足もでなかったネクロファゴに、我らは独力で対処したのだぞ。もし仮に我らが牙を剥いたとき、いったい誰が我らを止めることができるかの?」

「転移魔法は使い方によっては暗殺や侵攻に極めて有益です。その転移魔法の使い手が三人も一同に会しているのですから、確かに恐怖でしょう」

「転移魔法だけではないでしょう。ルツさん、あなたが最も脅威なのでは?あなたを従えるカズヤさんを如何に丸め込むか。貴族連中が慌てふためく様が目に浮かびますわね」

「儂はもともと誰とも組むつもりはなかったし、今までもそうじゃったからの。気紛れに若者の面倒を見ることはあったが、ここまで旗色を鮮明にしたことは過去に無い」

「その理由が“腹が減る心配がないから”と知ったら、王宮の連中がどんな顔をするのやら」

「ふん。いくら強大な魔力を持っていようと、空腹には勝てぬよ。お主ら人間でもそうであろう。如何に理想を振り翳しておっても飢えの前には無力なものじゃ」

「あの、カマスって街の名に聞き覚えがあるのですが、もしかしたら祖母の故郷が含まれているかも知れません」

「えっと……確か、何回か前の大襲撃グランイグルージオンの時に不思議な魔力を持つ旅人が現れて街を救ったっていう」

「そうそう。もしかしてカズヤ殿と同じではないかと思って。祖母はもう亡くなってしまったが、直接街に行けば伝承を知る者がいるかも知れません」

そんな話もあったな。そう言えばアリシアの父親がアルカンダラで魔物の研究をしているのだった。次にいつ会えるのかも定かではないのだから、今のうちに娘達は実家に顔を出しておいたほうが良い気がする。

「そうだったな。カマスには行く機会もあるだろう。任命式までしばらく時間があるし、今のうちにアリシアの父君の話も聞いてみたい。どうだろう」

「わかりました。手紙で知らせておきます」

「それと、貧民街を見ておきたい。俺はまだ行ったことがないし、ルイサが世話になった場所だからな」

「それなら私が案内します。私はそこの生まれですし、孤児院の院長先生も喜んでくれると思います」

ルイサが小さく手を上げる。

「では私もご一緒しますわ。ルイサの後見人アユダンテとして、きちんと挨拶しておきませんと」

ビビアナも名乗り出る。

こうして任命式までにやることは決まった。
あとは臨んでみてどうなるかだ。思い悩んでも仕方ない。
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