上 下
223 / 238

222.棄民(9月29日)

しおりを挟む
屍食鬼ネクロファゴによって人口が激減した地に辺境伯として赴任する。その詳細をサラ校長や王宮から派遣されたというプラードなる王国魔法師に聞いている最中に、ルツが“棄民”と発言した。
その言葉にサラ校長が慌てたように反応した。

「大賢者様、棄民というのは言い過ぎです。ただ、生活に困窮する者達がアルカンダラや他の街にもいるのは事実です」

「街の外には住む家さえ無い者達もおるようじゃからの。そういった者達を入植させると。まあ昔からよくやる手ではあるが」

ルツが言うとおりである。明治初頭に蝦夷地、今でいう北海道の開拓に従事した屯田兵は、大政奉還によって失業した武士階級が主であった。彼等の救済の意味合いだったのだ。平時は土地の開墾を行い、有事の際には武器を取って戦う。そもそも屯田あるいは軍屯という制度そのものは西暦前200年ごろの前漢の時代にまで遡る。つまりそれほど珍しい制度ではない。
明治時代を引き合いに出すならば、1900年代から1970年代まで続いたブラジル移民も同じである。奴隷解放によって労働力を失ったブラジルと、主に農村部の窮乏生活の救済という日本のニーズがマッチした結果、政府主導による移民政策が進められたのだ。

「サラ校長、そういった人達を入植させるとなると、それぞれの街の人口が減ります。領民の数が減ることに対して、ルシタニア公や他の貴族の反発はないのでしょうか」

「その心配は不要です。彼等の多くは戸籍もなく、当然税金も払っていない。港湾での荷物運びなどの肉体労働に従事する者もおりますが、それとてさほどの影響はないでしょう」

つまり為政者にとっては取るに足らない存在だということか。そう考えるとなかなか不憫に思えてきた。いくら生活に困窮しているからといって、そうやって切り捨てていいはずがない。
思わず奥歯がギリっと鳴る。それに気付いたのか、アイダが声を上げた。

「しかし、領民の数はそのまま兵の数となります。先程のお話からするに、カズヤ殿の兵が増えるのを良しとしない方々もおられるのではありませんか?」

「ふむ。民の数は兵の数か。騎士らしい考え方じゃな。じゃがな、まともに訓練もしておらぬ兵など、矢避けか囮にしか使えぬ。それですらまともに使えるかどうか」

「我が国は徴兵制ではない。兵とは自らの強い意思で志願するもの。徴用した兵など物の役にも立ちますまい」

ここまで沈黙を保っていた寮監バルトロメがようやく口を開いた。

「バルの言うとおりじゃ。よって棄民を連れて行っても問題はないし、為政者にとっては貧民街の解消の方が得になるということじゃ」

ルツが“棄民”と言う度にサラ校長の眉間に皺がよる。
見かねたようにソフィアが割り込んできた。

「生活に困窮する者達の中には、使えていた家が断絶して暇を出された使用人や騎士階級の者、原隊も家族も失った元兵士や狩人、農地を失った小作人や店が潰れた商人もいると聞きます。中には有能な人材もおりましょう。必ずやカズヤさんのお力になれるかと」

ソフィアはこの話に乗り気のようだ。
もう少しフランクに考えてみよう。そもそも無人と化したロンダとグラウスを諦めるならば、問題はもっとシンプルになる。成人男性のほとんどを失ったエシハの復興に人手が必要なのは間違いないが、ここには文字通り一騎当千の魔法使いもいる。王宮が言うようにルツの助けを借りれば、エシハの復興はそう難しいことではないのかもしれない。

だが、それでいいのだろうか。
貧民街、そして街の外には困窮する者達もいるという。
そんな人々に新天地への希望を見せることは、そんなに悪いことだろうか。
旧約聖書の時代、奴隷状態のヘブライ人を指導して“約束の地”を目指したモーセの旅は過酷を極めたという。彼の地が“乳と蜜の流れる約束の地“だとは到底思えないが、少なくとも住居と仕事は提供できる。
そういえばいつだったか、ルイサの将来の夢を聞いたことがある。自分と同じ境遇の孤児を集め支援したいというものだった。こんな形で現実味を帯びてくるとは考えもしなかったが、これも運命というやつだろうか。

「いずれにせよ俺は彼らのことを全く知りません。入植者については少し考えさせていただきたい」

現時点ではこう言うのが精一杯だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

処理中です...