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222.棄民(9月29日)

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屍食鬼ネクロファゴによって人口が激減した地に辺境伯として赴任する。その詳細をサラ校長や王宮から派遣されたというプラードなる王国魔法師に聞いている最中に、ルツが“棄民”と発言した。
その言葉にサラ校長が慌てたように反応した。

「大賢者様、棄民というのは言い過ぎです。ただ、生活に困窮する者達がアルカンダラや他の街にもいるのは事実です」

「街の外には住む家さえ無い者達もおるようじゃからの。そういった者達を入植させると。まあ昔からよくやる手ではあるが」

ルツが言うとおりである。明治初頭に蝦夷地、今でいう北海道の開拓に従事した屯田兵は、大政奉還によって失業した武士階級が主であった。彼等の救済の意味合いだったのだ。平時は土地の開墾を行い、有事の際には武器を取って戦う。そもそも屯田あるいは軍屯という制度そのものは西暦前200年ごろの前漢の時代にまで遡る。つまりそれほど珍しい制度ではない。
明治時代を引き合いに出すならば、1900年代から1970年代まで続いたブラジル移民も同じである。奴隷解放によって労働力を失ったブラジルと、主に農村部の窮乏生活の救済という日本のニーズがマッチした結果、政府主導による移民政策が進められたのだ。

「サラ校長、そういった人達を入植させるとなると、それぞれの街の人口が減ります。領民の数が減ることに対して、ルシタニア公や他の貴族の反発はないのでしょうか」

「その心配は不要です。彼等の多くは戸籍もなく、当然税金も払っていない。港湾での荷物運びなどの肉体労働に従事する者もおりますが、それとてさほどの影響はないでしょう」

つまり為政者にとっては取るに足らない存在だということか。そう考えるとなかなか不憫に思えてきた。いくら生活に困窮しているからといって、そうやって切り捨てていいはずがない。
思わず奥歯がギリっと鳴る。それに気付いたのか、アイダが声を上げた。

「しかし、領民の数はそのまま兵の数となります。先程のお話からするに、カズヤ殿の兵が増えるのを良しとしない方々もおられるのではありませんか?」

「ふむ。民の数は兵の数か。騎士らしい考え方じゃな。じゃがな、まともに訓練もしておらぬ兵など、矢避けか囮にしか使えぬ。それですらまともに使えるかどうか」

「我が国は徴兵制ではない。兵とは自らの強い意思で志願するもの。徴用した兵など物の役にも立ちますまい」

ここまで沈黙を保っていた寮監バルトロメがようやく口を開いた。

「バルの言うとおりじゃ。よって棄民を連れて行っても問題はないし、為政者にとっては貧民街の解消の方が得になるということじゃ」

ルツが“棄民”と言う度にサラ校長の眉間に皺がよる。
見かねたようにソフィアが割り込んできた。

「生活に困窮する者達の中には、使えていた家が断絶して暇を出された使用人や騎士階級の者、原隊も家族も失った元兵士や狩人、農地を失った小作人や店が潰れた商人もいると聞きます。中には有能な人材もおりましょう。必ずやカズヤさんのお力になれるかと」

ソフィアはこの話に乗り気のようだ。
もう少しフランクに考えてみよう。そもそも無人と化したロンダとグラウスを諦めるならば、問題はもっとシンプルになる。成人男性のほとんどを失ったエシハの復興に人手が必要なのは間違いないが、ここには文字通り一騎当千の魔法使いもいる。王宮が言うようにルツの助けを借りれば、エシハの復興はそう難しいことではないのかもしれない。

だが、それでいいのだろうか。
貧民街、そして街の外には困窮する者達もいるという。
そんな人々に新天地への希望を見せることは、そんなに悪いことだろうか。
旧約聖書の時代、奴隷状態のヘブライ人を指導して“約束の地”を目指したモーセの旅は過酷を極めたという。彼の地が“乳と蜜の流れる約束の地“だとは到底思えないが、少なくとも住居と仕事は提供できる。
そういえばいつだったか、ルイサの将来の夢を聞いたことがある。自分と同じ境遇の孤児を集め支援したいというものだった。こんな形で現実味を帯びてくるとは考えもしなかったが、これも運命というやつだろうか。

「いずれにせよ俺は彼らのことを全く知りません。入植者については少し考えさせていただきたい」

現時点ではこう言うのが精一杯だった。
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