上 下
219 / 238

218.引き継ぎ(9月7日〜27日)

しおりを挟む
その後の俺達は、温泉の近くに拠点を構えて事後処理に当たった。ルツの使い魔であるオオカミとコウモリが守る神域サグラノからも近く、何より一日の疲れを癒せる場所があったからだ。
こんな楽しみでもなければ、屍食鬼ネクロファゴの処分(というと大変に語弊があるが、もうほとんどそういう気分だった)と埋葬作業は精神的に負担が大きかったのだ。
遺体も屍食鬼も一纏めに街ごと燃やそうとする赤翼隊アラスロージャス隊長シドニア伯ガスパールを思い止まらせてくれたのは、やはりカミラとソフィア、そして“東の森の大賢者”と呼ばれるルツの存在が大きい。
このルツは、見た目はローティーンの少女のくせに実年齢は七百余歳という吸血鬼バンピローである。だがこの時代では彼女が吸血鬼であるという認識はほぼ無く、ただ単に“東の森にある神域サグラノに住む大賢者”としての伝承が貴族の間で残っているだけだった。これ幸いと彼女を担ぎ出したのが正解だったのである。
もっともルツは不服そうで、皆の前ではたびたび不満を漏らしていた。今でもそうである。

「まったく、儂を何だと心得ておる。儂はお主らにとっては神にも等しい存在ぞ。それを良いように使いおって……」

「まぁまぁ姐御、私達って言うよりお兄ちゃんの役に立ってるんだから良かったじゃん!」

「そうですわ。私達だけでは、あの荒くれ者を抑えることなんでできませんでした。ねぇカミラさん?」

「ソフィアの言うとおりだ。ルツの姉貴には感謝している」

「そうか?まあお主らの役に立っているなら仕方ないのぅ。わっはっはっは」

きっと湯煙の向こうではお湯の中でルツが仁王立ちしているのだろう。
そうそう、温泉であるが女湯しかないのはあまりに不便だということで、大岩の裏側にも湯を引き込み俺専用にしている。専用といっても女性陣が来ないというだけで、岩の向こう側の声は聞こえるし、ルイサやグロリア、果てはルツに至るまで突撃してくるのには困った。初めの頃は年少組を叱っていたアリシアやビビアナも、もうすっかり諦めているようだ。

◇◇◇

そのルイサであるが、自然死(実質は魔素を取り込めなくなったことによる餓死であるが)した多数の屍食鬼から魔石を回収する大変便利な魔法を発現させていた。超常現象の一つ、アポートである。

そもそもこれはルツが転移魔法の応用だと言ってルイサに物体移動魔法デポルテを教えようとしたことが原因だ。目の前の物体を違う場所に移動させる一種の念動力だったようなのだが、ルイサに発現した魔法は“見えない場所にある物体を手元に引き寄せる”魔法だった。

何せこの魔石は人間だった頃に体内を巡っていた魔素の結晶らしく、このまま埋葬しては魔素で大地を満たすというマグスニージャルの思う壺になる可能性があったのだ。既に流された血はどうしようもないが、魔石に蓄積された魔力までくれてやる必要はない。
この事に気付いた俺達は膨大な数の屍食鬼一体づつを解体して魔石を取り出す労力を思ってげんなりしたのだが、そこで役に立ったのがルイサが使えるようになった魔法という訳だ。
ルイサはこの魔法をアポーニャと命名した。
アポーニャの“見えない場所にある物体を引き寄せる”という特性で、大量の屍食鬼の骸から一気に魔石を回収することができたのである。これがイリョラ村で出会ったダミアン一家のルシアの固有魔法、念動力シコキネシスではこうはいかなかっただろう。

ルイサだけが固有魔法に相当するような魔法を2つも発動できることを疑問視する声も娘達にはあったのだが、イザベルの言葉で一応は納得した様子だ。彼女はこう言い放ったのだ。

「まぁルイサも私も純粋な意味での“人“ではないからね。もしかしたら私も秘めたる力を持ってるかもしれないし!楽しみ!!」

天真爛漫というか純粋無垢というか、どちらかといえば欲求に忠実なだけのイザベルであるが、俺も娘達も彼女に救われている。などと本人に伝えたらより一層増長すること間違い無しだから、誰も直接は口にはしないが。

「そうですわ。カズヤさんのおかげで魔力総量も増えていますし、固有魔法が一人に一つって定説そのものが間違っていたのかもしれませんわ!」

「そっか。ルツ姉さんが使う魔法も私達にとっては固有魔法みたいなものだよな。固有魔法というのが単に珍しいとか魔力消費が極端に多い魔法だったら、私達まで伝承されなかった可能性だってあるのか」

「ってことは、魔力が上がれば私もすっごい魔法が使えるようになるかもってことだね!次の測定が楽しみだなぁ」

「また養成所の計測器を壊すつもりじゃないだろうな。カズヤの魔力量を計ったあと、大変だったんだぞ」

「イーちゃん、それはお兄ちゃんが悪いんだよ」

とまあこんな感じである。
娘達がわいわい言うのを聞きながら、温泉での夜が更けていくのだ。

◇◇◇

事後処理を終えて全ての街と村を赤翼隊アラスロージャスに引き渡せたのは、3週間後の9月27日になってのことだ。
それまでもマルチェナと同様、屍食鬼ネクロファゴの掃討と死者の埋葬が終わった街や村は順次引き渡している。彼らは主に治安維持、というか他の魔物や盗賊が侵入しないよう警戒監視することが役目となった。
しかしながら総数800名(内、輜重兵200名)の大隊規模の部隊では4つの街と近隣の村々全てを監視するには人手が足りず、ルツの使い魔である数百のオオカミと数千のコウモリに監視の目を頼っているのが現実だ。
火事場泥棒のような行為も懸念されたが、隊長であるシドニア伯ガスパールが早々に残存資産の国有化を宣言し窃盗と略奪の禁止を厳命したおかげで、目立った被害は無いようだ。
埋葬の過程で、各街の領主とこの地方を治める伯爵の遺体を確認した。正確には本人の遺体かどうか判別するのは難しかったのだが、封蝋に各家々の印章を押す印璽を持っていたから間違いないだろう。このことはシドニア伯ガスパールにも伝えており、印璽もガスパールに預けてある。彼ならば然るべき処置を取るだろう。
ちなみにこの地方を治めていたのはオリエンタリス伯デメトリオ。代々続くオリエンタリス家でも、特に農業と畜産を振興し名君として知られていたらしい。

なお、小数の女性兵士(これにはガスパールの側付きや従軍してきた娼婦も含まれていた)にルツ本人が口を滑らせてしまったせいで、ルツが転移魔法を使えることと温泉の存在が赤翼隊の間では周知の事実となった。
おかげで温泉地に向かう女性兵士限定のツアーが組まれるようになっていたが、これも戦場でのささやかな楽しみと言うべきだろう。
引き継ぎを終えてアルカンダラに帰還することが決まった後の彼女達の悲哀に満ちた声と言ったら、思わずルツにこの場に残るよう説得しようかと思ったほどであった。

「なんで儂がタダ働き同然の仕事を続けねばならんのじゃ!一日10人限定と言っておるのに、来る日も来る日も寄ってきおって!」

「あれ?タダ働きって姐御、お金貰ってなかったっけ?」

「一人につき銅貨一枚じゃろう?あんなもの貰ったうちに入らんわ!」

「ってことは、毎日銀貨一枚ぶん、10日で金貨一枚になるのか。よかったねぇ、姐御!」

「ふん。どうせアルカンダラで宿でも取れば、一晩で吹き飛んでしまうわ!」

「へぇ……じゃあ姐御は私達と同じ家には泊まらないんだ。まぁ転移できるんだし、あの地下のお家に帰ればいいのか」

「ちょっと待て。なんでそんな話になっておる?儂もカズヤと同じ家で寝泊まりするに決まっておろう」

「申し上げにくいのだがルツ姉様、アルカンダラの家は部屋が四つしかありません。ルイサは私達の誰かと一緒に寝ていますし、イーちゃん殿に至っては廊下で寝てもらっている始末。ここでルツ姉様まで来られると、いささか狭くなってしまうのですが」

「だったらお主らの誰かが外で寝ればよかろう!?そもそもカズヤはどこで寝ておるのじゃ!?」

「外でなんて嫌ですわ。せっかくお家と寝台がありますのに。ここは先着順ということで、ルツさんが天幕でお休みになってくださいな」

「いや儂の質問に答えんか!カズヤはどこで寝ておるのじゃ!」

「俺は一階の自室だが」

「言っておきますがカズヤさんのお部屋は女人禁制ですからね!」

「そうだよ!私達だって入る時にはコンコンって扉を叩いて返事を待ってるんだからね!」

「そりゃあお主らには見せれん姿もあるわいなぁ。なんじゃ、カズヤもちゃんと男ではないか。儂で処理してもいいのだぞ?手伝ってやろうか?ん??」

いや、一応自室で寝ている事にはなっているのだが、実は自宅に帰って自分のベットで寝ているとは言えない俺であった。

◇◇◇

いざ引き継ぎといっても特に引き継ぐようなことはない。
何かあれば監視役のオオカミとコウモリがルツを経由して伝えてくれるし、治安維持は俺達の仕事ではない。
後のことをガスパールに任せ、転移魔法でアルカンダラに帰還したのは、9月28日のことだった。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。 その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。 更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。 果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!? この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

修学旅行のはずが突然異世界に!?

中澤 亮
ファンタジー
高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。 しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。 修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!? 乗客たちはどこへ行ったのか? 主人公は森の中で一人の精霊と出会う。 主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...