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206.娘達の報告(9月5日)

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一夜明けると娘達が引き上げてきた。服は多少汚れてはいるが目立った怪我は無いようだ。

「眠っ!お兄ちゃん眠っ!」

「イザベル!お行儀が悪いぞ!カズヤ殿、おはようございます」

「まったく、一晩中お喋りしたり戦ったりしてるからですわ。カズヤさん、ルツさんはお帰りになられました。また今夜来るそうですわ」

「カズヤさん、いろいろ報告があるんですけど、とにかく寝たいです」

四者四様の報告を聞きながらホッとする。とりあえず娘達を寝かせよう。

「そうか。無事で何よりだ。テントで少し寝るといい」

カミラ達を起こしてイザベル達に寝床を明け渡す。4人が寝るとなると馬車の荷台では狭いし、今日の移動は無理だろう。

◇◇◇

今日の移動は無いと聞いて、カミラがルイサとグロリア、それにフェルを連れて周辺の探索兼狩りに出掛けた。ルイサは経験が必要だし、グロリアはじっとしてはいられない性格だから正直助かる。
お留守番することになった俺とソフィアは自然と連れ添って話をすることになった。

「あの子達は結局ルツさんを受け入れることにしたみたいですね」

「そうだな。敵対するよりはいいが……」

「バンピローを討ちに来たのに、扱いに困りますか?」

「まあな。元凶を断つという目的は達成できそうだが、これでいいのかという気もする。そもそもアレを連れ帰っていいものかどうか……」

「いいんじゃありません?ルツさんも言っていたじゃありませんか。妖精種に有翼種に一角オオカミ、ここにバンピローが加わったところで何か問題が?」

「あるだろう。人に仇為すかどうかだ」

「あら。妖精種や有翼種が人を襲うことはないと?」

「襲うのか?」

「それは時と場合によるでしょう。有翼種が西の外れの孤島に翼を畳んだのは、単に彼らが人の住む地に配慮した結果だと思いますか?」

それもそうか。人間は自分とは違う存在、ある集団の中で異質なものを排斥する傾向がある。大抵は小集団であるその被害者達が反撃に出た時、そこには必ず争いが生まれる。だからイザベルは街中ではフードを被って頑なに外そうとはしないのだろう。もし仮にルイサが有翼種であることを公表すれば、間違いなく同じ状況になる。
ならばどうする。俺に何が出来るだろう。
やれやれ。わからない事が多すぎて嫌になる。

◇◇◇

昼過ぎになって娘達が起きてきた。最初はアイダ、次にビビアナ、アリシアの順で最後がイザベルだ。
身支度を整えた娘達が集まる頃にはカミラ達が獲物をぶら下げて帰ってきた。今日の獲物はウサギが三羽とキジに似た鳥が一羽。一羽ずつはルイサが仕留めたらしい。

下処理を終えたカミラ達の合流を待って、昨夜の報告会が開かれる。
司会進行は事態を客観的に見ていたアリシア、報告者は主にアイダとビビアナだ。こういう時のイザベルは妙に擬音語が多くて報告には向いていない。

彼女達の報告を纏めると、要点は以下のとおりだ。

1.ルツは人間ではない。数百年を生きる魔物の上位種、または神に近い存在である。

2.ルツが自分を称した“ドゥワンデ”という表現は、“人ならざる存在もの“の総称として使われていた古い言葉である。その意味についてはアルカンダラに住むアリシアの父親ならば何か知っているかもしれない。

3.吸血鬼が眷属を生み出すには、本来は自身の魔力の一部を他の生物(特に人間である必要はないようだ)に与える必要がある。

4.眷属の出来損ないまたは成れの果てが屍食鬼ネクロファゴであって、直接生み出した眷属があの様な悍ましい姿になることはない。

5.屍食鬼ネクロファゴがネクロファゴを生み出す、所謂“感染性”は本来の眷属には無かった現象である。何故そうなったのかは不明。

6.以上の事から自身に責任の一部があると考えたルツは、ネクロファゴを殲滅し葬り去るために、あの村にいた。これまで目撃した首が落とされた遺骸も彼女の仕業である。

質問は後回しにして娘達の報告を聞いていた俺とカミラはほとんど同時に天を仰いだ。

「やれやれ。結局わからないことばかりか。カズヤ、どうする?」

「わからない事がわかっただけ進歩だ。ルツが来るまでに、わからない事を纏めておこう」

「前向きじゃないか。だがそうだな」

俺とカミラ、それにアリシアとアイダとビビアナを加えて改めて車座になる。イザベルが含まれていないのは何かを察したかさっさとルイサ達のほうに行ったからだ。

「まったく、いつもいつも引っ掻き回すだけであいつは!」

不満を露わにするアイダの頭を軽く撫でる。

「イザベルはあれでいいと思う。直感で生きているようなイザベルがルツを受け入れた。ならば基本的にはルツを受け入れてもいいのだろう。だがそれには幾つかはっきりさせておかないといけない。協力してくれ」

「はい。承知しています。それで、何をはっきりさせましょうか」

「まずは今回の騒動の原因についてだ。“ルツ以外の吸血鬼バンピローが死に絶えているのならば、屍食鬼ネクロファゴを生み出したのはいったい誰で、どうやって”だな」

「そう……ですわね。昨夜ははっきりとは答えていただけませんでした」

「二つ目は、これはまあ俺の単純な興味でしかないが、数百年分の記憶というか知識があるのかどうか確認したい。人間はその生涯で大襲撃グランイグルージオンを体験するのは一回あるか無いかのはずだ。ルツならば既に何度も経験しているかもしれない」

「仮にそうなら、いったいどちらにくみしたのかも気になります。よもや魔物側ではないと思いますが……」

「アイダの言うとおりだ。もし仮に魔物側として人間を襲っていたのなら、その血の責任は未だに問われるものかもしれない」

「それは本人に聞くしかないわね。それで、アリシアの父君は確か魔物の研究者であったと記憶しているが」

カミラが突然話を振るものだから、振られたほうのアリシアが少々挙動不審になってしまう。

「えっと……具体的に何を研究しているのかはわかりません。聞いても教えてくれなくって。でも父の書斎には古い書物がたくさんありました。何度かは魔物狩人カサドールの方々がお土産として、大昔の文字で書かれた書物を持ってきたのを覚えています。その時の父のはしゃぎ様と言ったらもう……」

これまでも時折話には出てきたアリシアの父親は、アルカンダラで学者をしているらしい。同じ街に住んでいるのだからアリシアもたまには実家に顔を出せばいいと思うのだが、彼女には全くそんな素振りはない。親子仲が悪いのだろうか。そんなだからつい訪問する機会を逸している。

「大昔の文字……アリシアはそれを読めたのか?」

「まさか。なんだかミミズがのたうち回ったような文字でちんぷんかんぷんでした」

「ほう……とするとエラム帝国より前の文字か……ソフィア、貴様なら読めるか?」

カミラの問い掛けにソフィアが首を横に振る。

「読めるわけ無いでしょう。それにしてもエラム帝国が滅ぼした文明の文字ということでしょうか。もしもルツさんがその書物を読めたなら、少なくともエラム帝国以前の教養をお持ちという証拠にはなりますわね」

エラム帝国。魔物の支配領域を除く大陸全土を強大な力で支配した魔法帝国らしい。だがその帝国も終焉を迎え、幾つもの国家群が集合離散を繰り返して今の形で落ち着いた。ここタルテトス王国もその一つだ。

「やはりアリシアの父君の話を聞いてみたいな。アリシアはどう思う?」

話を向けるとアリシアは少しの間下を向いて黙った。

「そうですね。それがいいと思います」

顔を上げた彼女の顔は、何かを決心したかのようだった。
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