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205.吸血鬼②(9月4日〜5日)
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ルツと名乗る吸血鬼らしい少女にイザベル達が喧嘩を売った。端的に記せばその一行で済む状況である。
ベースにしている土塁の上に腰掛けて見守る俺達の前で、ビビアナが別の土塁を拡張する。直径20mはあるだろうか。ちょっとした体育館ぐらいの広さはある。土塁の内側を明るく照らしているのはアリシアが照明弾のように打ち上げる光魔法だ。
その中心ではイザベルとルツがそれぞれ自分の獲物を抜き放って構えている。審判役はアイダがやるらしい。
「いいか。死んでしまうような攻撃と、土塁全体に及ぶような広範囲魔法攻撃は禁止だ。勝敗は続行不能になるか負けを認めた場合だ。わかってるな!」
「もちろん。意識を失ってもその減らず口が叩けるか見ものだな」
「そっくりそのまま返してやる。お兄ちゃんは渡さないからね!」
“死んでしまうような攻撃”か。イザベルならばよもや喰らいはしないだろうが、ルツの戦闘能力は未知数だ。万が一、首でも刎ねられようものなら……
心配が顔に出ていたのだろう。カミラが覗き込んできた。
「後悔してるか?」
「後悔というか、止めても止めないだろうな。カミラ、お前ならあれを倒せるか?」
「それは殺すって意味?無理ね。無力化って意味でも無理だわ」
そうである。あれは一種の天災のようなものだ。それは俺達の誰もが一目見た時に悟ったはずだ。備える事はできても、そして事後の被害を極小化する事はできても、あれを止める事はできないだろう。止める事ができるとすれば……
「現時点で、あるいは将来的にネクロファゴを生み出さないというのなら、そっとしておいたほうがいいかもしれない」
「そして人々は恐怖に怯えながら生きるの?」
「いいや。だから密な監視が必要だ。そしてもっとも監視しやすいのは、手元に置いておくことだ」
「そうね……たぶん、あの子達も同じ事を考えているわよ。そして共に生きられる存在なのかどうかを見極めようとしている」
「“戦って”か?」
「そう。戦って。いくら言葉を尽くしても平行線なら、最後は拳を交えるしかないでしょう」
言葉を尽くすほど語り合ってもいないと思うのだが。いやはや、とんだスポコンである。分かり合うためには剣を結ぶしかないのか。
月明かりと光魔法に照らされて、イザベルとルツが剣を向け合う。
イザベルは愛用の短剣を両手に構えている。
対するルツが両手で持つ剣は細身で刀身が緩やかにカーブしている。その形は日本の大太刀にも似ている。
「せいっ!!」
気合一閃、イザベルが両の手で斬り込んだ短刀は、ルツの首に触れる寸前で躱される。直後に攻撃に転じたルツの刃がイザベルに襲いかかる。
キン!キン!という澄んだ音が繰り返し土塁の中で響く。
「うわぁ……すごい……」
ルイサが感嘆の声を上げるが、グロリアには何が起きているかわからないらしい。きょとんとしたまま土塁の中とルイサの顔を見比べている。
「イザベルの剣を躱すかよ」
「それよりあの剣、思ったより伸びるんですわね。イザベルさんもよく凌ぐ!」
カミラとソフィアも不謹慎この上ないがこの突発イベントを楽しんでいる節がある。
数十合に及ぶ打合いでも互いに有効な剣撃にはならずに、持久力勝負の様相を見せ始めた。更に十数合打ち合ったところで、二人同時に膝を付いた。
「ちょ、ちょっと、あんた、いい加減に、しなさいよ」
「お前こそ……いい、加減に、諦めたら、どうだ」
二人とも大きく肩で息をしているのに、お互い悪態を吐く気力は残っているらしい。そろそろ頃合いか。
「アイダ!引き分けだ。二人に飲ませてくれ」
そう言いながら水が入ったペットボトル2本、アイダに投げる。
「承知しました。ただいまの勝負!引き分け!」
器用に空中でキャッチしたアイダの高らかな宣言と同時に、二人が崩れ込む。
アイダとビビアナが駆け寄って二人に水を飲ませる。
待つ事数秒。
「よっしゃふっかぁーつ!」
勢いよく飛び起きたイザベルがアイダに押さえ込まれる。
「復活じゃない!引き分けだ!気絶してただろう!」
「あれ、バレてる?」
「当たり前だ!白眼剥いてたくせに」
アイダの言葉にイザベルが渋々といった感じで力を抜く。
「いやあ、あんなに強いとは思わなかった。ルツ、あんたやるわね」
負けたとは言わないが歯が立たなかったのは事実だろう。それでもイザベルは気にした様子もなく笑っている。
「ふん。イザベルとか言ったか。なかなか良い剣筋をしておる」
ビビアナに介抱されていたルツが、ようやく上半身を起こした。
「あれ?負けを認めた?ねぇ認めたよね今!」
「アホかお前は。引き分けと、そう言われただろう」
「アイダちゃんの判定はそうだけど、ルツが負けを認めるんならルツの負けだよね?」
「誰が負けを認めたって?そうかお前か」
「ほらほらルツさん。イザベルさんも。勝負はついたんですよ。ルツさん、次は私がお相手しますわ」
「え、いや、すぐにはその……」
「あら。じゃあ私の不戦勝ということでよろしいですわね。じゃあアイダさん、出番ですわよ」
「何をいうか!ちょっと待てと言っておる!」
急いでルツが立ち上がろうとするが足元がおぼつかない。
「その様子じゃ私も不戦勝だな。二勝一分けで私達の勝ちだ」
「だから!お前ら卑怯だぞ!」
「あらあら。おほほほほ。作戦勝ちですわ!」
やれやれ。娘達のやり取りを見ていると気が抜けた。今さら命のやり取りになることもないだろう。ここは娘達に任せてみよう。
「アリシア。ありったけの水を持ってイザベル達に合流してくれ。怪我には気をつけるように。あと不寝番は任せたとな」
「あは。わかりました!合流します!」
アリシアが身軽に土塁の上から飛び降り、イザベル達の元に向かう。
「カミラ、ソフィアも。あいつらに任せて寝よう。ルイサはソフィアと一緒に寝るといい」
「お兄さん。私もあっちに行っちゃダメですか?」
ルイサには不寝番はやらせていない。正式に魔物狩人カサドールになったらやってもらうつもりだが、きちんと寝かさないと明日からの移動に差し支える。そしてルイサが行けばグロリアも我が儘を言い出すに決まっている。
「今夜は止めておけ。何か聞きたいことがあれば明日一緒に聞こう」
「わかりました。ルツさん、明日も来てくれるでしょうか」
「明日もと言うより、本人が飽きるまではいるんじゃないか」
確証はない。だが確信はあった。ルツの合流によって、今まで解らなかったことが一気に繋がっていく、そんな気がしていた。
ベースにしている土塁の上に腰掛けて見守る俺達の前で、ビビアナが別の土塁を拡張する。直径20mはあるだろうか。ちょっとした体育館ぐらいの広さはある。土塁の内側を明るく照らしているのはアリシアが照明弾のように打ち上げる光魔法だ。
その中心ではイザベルとルツがそれぞれ自分の獲物を抜き放って構えている。審判役はアイダがやるらしい。
「いいか。死んでしまうような攻撃と、土塁全体に及ぶような広範囲魔法攻撃は禁止だ。勝敗は続行不能になるか負けを認めた場合だ。わかってるな!」
「もちろん。意識を失ってもその減らず口が叩けるか見ものだな」
「そっくりそのまま返してやる。お兄ちゃんは渡さないからね!」
“死んでしまうような攻撃”か。イザベルならばよもや喰らいはしないだろうが、ルツの戦闘能力は未知数だ。万が一、首でも刎ねられようものなら……
心配が顔に出ていたのだろう。カミラが覗き込んできた。
「後悔してるか?」
「後悔というか、止めても止めないだろうな。カミラ、お前ならあれを倒せるか?」
「それは殺すって意味?無理ね。無力化って意味でも無理だわ」
そうである。あれは一種の天災のようなものだ。それは俺達の誰もが一目見た時に悟ったはずだ。備える事はできても、そして事後の被害を極小化する事はできても、あれを止める事はできないだろう。止める事ができるとすれば……
「現時点で、あるいは将来的にネクロファゴを生み出さないというのなら、そっとしておいたほうがいいかもしれない」
「そして人々は恐怖に怯えながら生きるの?」
「いいや。だから密な監視が必要だ。そしてもっとも監視しやすいのは、手元に置いておくことだ」
「そうね……たぶん、あの子達も同じ事を考えているわよ。そして共に生きられる存在なのかどうかを見極めようとしている」
「“戦って”か?」
「そう。戦って。いくら言葉を尽くしても平行線なら、最後は拳を交えるしかないでしょう」
言葉を尽くすほど語り合ってもいないと思うのだが。いやはや、とんだスポコンである。分かり合うためには剣を結ぶしかないのか。
月明かりと光魔法に照らされて、イザベルとルツが剣を向け合う。
イザベルは愛用の短剣を両手に構えている。
対するルツが両手で持つ剣は細身で刀身が緩やかにカーブしている。その形は日本の大太刀にも似ている。
「せいっ!!」
気合一閃、イザベルが両の手で斬り込んだ短刀は、ルツの首に触れる寸前で躱される。直後に攻撃に転じたルツの刃がイザベルに襲いかかる。
キン!キン!という澄んだ音が繰り返し土塁の中で響く。
「うわぁ……すごい……」
ルイサが感嘆の声を上げるが、グロリアには何が起きているかわからないらしい。きょとんとしたまま土塁の中とルイサの顔を見比べている。
「イザベルの剣を躱すかよ」
「それよりあの剣、思ったより伸びるんですわね。イザベルさんもよく凌ぐ!」
カミラとソフィアも不謹慎この上ないがこの突発イベントを楽しんでいる節がある。
数十合に及ぶ打合いでも互いに有効な剣撃にはならずに、持久力勝負の様相を見せ始めた。更に十数合打ち合ったところで、二人同時に膝を付いた。
「ちょ、ちょっと、あんた、いい加減に、しなさいよ」
「お前こそ……いい、加減に、諦めたら、どうだ」
二人とも大きく肩で息をしているのに、お互い悪態を吐く気力は残っているらしい。そろそろ頃合いか。
「アイダ!引き分けだ。二人に飲ませてくれ」
そう言いながら水が入ったペットボトル2本、アイダに投げる。
「承知しました。ただいまの勝負!引き分け!」
器用に空中でキャッチしたアイダの高らかな宣言と同時に、二人が崩れ込む。
アイダとビビアナが駆け寄って二人に水を飲ませる。
待つ事数秒。
「よっしゃふっかぁーつ!」
勢いよく飛び起きたイザベルがアイダに押さえ込まれる。
「復活じゃない!引き分けだ!気絶してただろう!」
「あれ、バレてる?」
「当たり前だ!白眼剥いてたくせに」
アイダの言葉にイザベルが渋々といった感じで力を抜く。
「いやあ、あんなに強いとは思わなかった。ルツ、あんたやるわね」
負けたとは言わないが歯が立たなかったのは事実だろう。それでもイザベルは気にした様子もなく笑っている。
「ふん。イザベルとか言ったか。なかなか良い剣筋をしておる」
ビビアナに介抱されていたルツが、ようやく上半身を起こした。
「あれ?負けを認めた?ねぇ認めたよね今!」
「アホかお前は。引き分けと、そう言われただろう」
「アイダちゃんの判定はそうだけど、ルツが負けを認めるんならルツの負けだよね?」
「誰が負けを認めたって?そうかお前か」
「ほらほらルツさん。イザベルさんも。勝負はついたんですよ。ルツさん、次は私がお相手しますわ」
「え、いや、すぐにはその……」
「あら。じゃあ私の不戦勝ということでよろしいですわね。じゃあアイダさん、出番ですわよ」
「何をいうか!ちょっと待てと言っておる!」
急いでルツが立ち上がろうとするが足元がおぼつかない。
「その様子じゃ私も不戦勝だな。二勝一分けで私達の勝ちだ」
「だから!お前ら卑怯だぞ!」
「あらあら。おほほほほ。作戦勝ちですわ!」
やれやれ。娘達のやり取りを見ていると気が抜けた。今さら命のやり取りになることもないだろう。ここは娘達に任せてみよう。
「アリシア。ありったけの水を持ってイザベル達に合流してくれ。怪我には気をつけるように。あと不寝番は任せたとな」
「あは。わかりました!合流します!」
アリシアが身軽に土塁の上から飛び降り、イザベル達の元に向かう。
「カミラ、ソフィアも。あいつらに任せて寝よう。ルイサはソフィアと一緒に寝るといい」
「お兄さん。私もあっちに行っちゃダメですか?」
ルイサには不寝番はやらせていない。正式に魔物狩人カサドールになったらやってもらうつもりだが、きちんと寝かさないと明日からの移動に差し支える。そしてルイサが行けばグロリアも我が儘を言い出すに決まっている。
「今夜は止めておけ。何か聞きたいことがあれば明日一緒に聞こう」
「わかりました。ルツさん、明日も来てくれるでしょうか」
「明日もと言うより、本人が飽きるまではいるんじゃないか」
確証はない。だが確信はあった。ルツの合流によって、今まで解らなかったことが一気に繋がっていく、そんな気がしていた。
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