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204.吸血鬼①(9月4日)

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ルツと名乗る少女は、俺達の文字どおり只中で自らを吸血鬼バンピローと称した。
それを聞いた俺達の衝撃といったら、後で思い返しても冷や汗ものである。
俺は左側のアイダと右側のカミラにほぼ同時に首根っこを掴まれ後ろに引き倒された。仰向けに倒れ込みながらも、視界の隅では短剣を抜き放ったイザベルがルツの首を襲う姿が見える。

「イザベル!待て!」

思わず口を吐いた言葉には俺自身も驚いた。

「お兄ちゃん!なんで!!」

文句を言いながらもイザベルが飛び退る。

「カズヤ殿!お下がりください!」

「まさか噛まれてないでしょうね!?」

アイダとカミラが俺とルツの間に立ち塞がる。

「あらあら。大丈夫ですよ。今は満ち足りていますし、今後は渇くこともないでしょう。カズヤと共に在る限りは」

「だから!何でそんな話になってんの!?お兄ちゃんの話聞いてた!?私達はあんたを倒しにきたの!!」

両手に短剣を構えたままイザベルが叫ぶ。
長剣を握るアイダと、着剣した三八式歩兵銃を持つカミラの三人でルツを包囲する。

「倒す?どうして?」

ルツがあざとらしい仕草で小首を傾げる。

「どうしてって……あんたがバンピローで、この騒動の原因だからでしょ!?」

「そう……カズヤもそう思う?」

「ネクロファゴは浄化して土に還す。そうでないと被害者の魂が救われない。人々がネクロファゴになってしまう原因があるのなら、それも対処する。これも決定事項だ。それで……」

俺の正面に立つアイダとカミラを掻き分けてルツの前に立つ。

「カズヤ、危険だ。お前は男だぞ」

カミラが俺の右肩を掴んで引き戻そうとする。
だがこのままにしてはおけない。

「大丈夫だカミラ。ルツは話をしに来たと言った。攻撃の意思があるならとっくに攻撃されている。それにお前の魔法はこういう時こそ真価を発揮するはずだ。万が一の時は守ってくれ」

「……わかった」

大きな溜め息と共に、肩に置かれた手から力が抜ける。いつも心配掛けて申し訳ない。

「カズヤ殿、お気をつけて」

アイダの声に左手だけで答えて、ルツに向き直る。

「見てのとおりだ。まずは話をしよう」

ルツは大きく頷き、浮かせていた腰を再び下ろした。
俺もルツに倣ってさっきまでより近い位置に座り直す。互いに手を伸ばせば届く距離。娘達が暴発すれば俺もタダでは済まないだろう。
娘達も獲物を収めて少し離れる。
その姿を見てルツが少し微笑んだ。

「思った以上に理性的な反応です。安心しました。これまでの人間と言ったら怯えるか剣を振るうだけで話にならなかったのです」

それはそうだろう。俺達だって似たようなものだ。もし俺が冷静に見えるのなら、それは娘達の反応が苛烈だからこそだ。

「そうだったのか。それでさっきの水だが、身体に異常はないか?」

「あら。どうして?」

「俺が水魔法で生み出した飲料水は、西方の聖職者が使う聖水と同じ効果があるらしい」

「ふん。ジルバの手下共ね。人間共が魔物と呼ぶ雑魚ならいざ知らず、私のような上位種にとっては魔素の供給源にしかならない。それも上質な供給源。その水さえあれば人間の血など必要ない」

上位種か。その表現は正しく自身が魔物であると認めているのに等しい。いや、自ら吸血鬼と認めているから当然といえば当然か。
ルツが続けた言葉にイザベルが激昂した。

「そこにいる有翼種や妖精種にも、聖水とやらは効かないでしょう」

「当たり前だ!魔物と一緒にするな!」

「そう。私達は魔物の上位種。だから人間と共に生きることもできる。もっとも我々の寿命は人間種よりも長いから、寂しくなるけど」

何だ。何の話をしている。
確かにルイサの背中と足首には小さな翼がある。有翼種とは、この世界の神話では天空を舞う魔物と戦う力として神々が遣わした存在らしいが、となれば当然それは人ならざる存在だ。そして妖精種も同じく人ならざる存在だろう。ルツは吸血鬼である自分も同じだと言いたいのか。

「ルツ。単刀直入に聞く。ネクロファゴを生み出したのはお前の仕業か?」

肯定が返ってきた時、俺と娘達はどういう反応をするだろう。自問するまでもなく分かりきっている。イザベルとアイダ、それにカミラが放つ殺気の圧が増す。肯定が返ってきた瞬間に、彼女達はルツに向かって殺到するだろう。

「違う。いや、正確には私の意思ではない」

だが返ってきたのは中途半端な否定の言葉だった。
自分の意思ではない。という事はコントロールできないとでも言うのか。

「自分の意思ではないとはどういう事だ」

「眷属を生み出す力はある。正しくは“あった”と言うべき。でも今は無い。だから私の意思ではない」

「眷属とはネクロファゴのことだな」

「そう。今回の発生は私の意思によるものではない」

「では誰の意思だ。それとも無意識のうちに発生させてしまうようなものなのか?」

汗や代謝物のように、あるいは何らかの細菌やウイルスをばら撒いて屍食鬼を生み出すとすれば、やはり放ってはおけない。
だがルツは首を振って答えた。

「そんな事はない。眷属を生む行為は自分の命を削るような特別なこと。こんな何百もの眷属を生み出すなんてあり得ない」

無意識のうちに発生させることはないと。
ではどうやって屍食鬼は生まれている。感染症を例にすれば、第1次症例、その疾病を最初に集団に持ち込んだ人から始まって次々と第2次症例、第3次症例と拡がっていく。屍食鬼が増える過程もおそらくそれによく似ている。とすれば、何もルツ一人で何百もの眷属を生み出す必要は無い。誰かが発症すれば、つまり集団の中の誰か一人を眷属にすればいいのだ。

「ではどうしてネクロファゴがそこら中にいる?」

「わからない」

わからないか……どうにも埒が明かない。
先程ルツは“眷属を生み出す力があった”と表現した。続く言葉では“今は眷属を生み出す力が無い”とも言っている。なんらかの理由で眷属を生み出す力を失っているのならば、それはいったいいつだ。
痺れを切らしたか、イザベルが割って入ってくる。

「あんたじゃなくても、あんたの仲間がやってるんじゃない?」

「それはない。私はこの300年、同胞と会っていない。たぶん死に絶えたんだと思う」

「300年!?あんた何歳のつもり!?」

「700、飛んで14だ」

「はぁ!?700歳ってこと!?」

「正確には最初の70年以外は数年おきに目覚めたり眠ったりしていた。だから700歳というのは誇張しすぎかもしれない」

「いやいや、それでも数百歳ってことだろう。まったくそうは見えないが……」

「まぁ“上位種”様ですから。私達人間とは数え方が違うんじゃありません?」

「これは異なことをいう娘だ。年齢の数え方など、この地で生きるものならばそう違いはあるまい」

まあそうだろう。四季があるらしいこの地で、一年の定義がそう大きく変わるはずもない。

「ふぅん……まぁいいや。あんた、私と勝負しなさい。あんたが勝ったら話ぐらい聞いてあげる。私が勝ったら、2度とお兄ちゃんに近づかないで」

イザベルがとんでもない事を言い出した。いや、だいたいとんでもない事を言い出すのはイザベルなのだが、今回はいつも以上に訳がわからない。

「小娘、それでは何の意味もない。私が勝ったらカズヤを貰う。それでいいならその勝負受けてやるぞ」

そしてその挑発に乗るルツ。この二人、もしかして似た者同士ではあるまいな。
年長組のカミラとソフィアを見るが、二人とも呆れたように首を振るばかり。それどころかカミラは煽るような事を言う。

「死なない程度にな。殺すのは無しだ」

「わかってるよ。あんたもそれでいいでしょ」

「当然だ。格の違いを思い知らせてやろうぞ」

空中で火花を散らさんが如く睨み合うイザベルとルツの間にビビアナが割って入る。

「お待ちになって。カズヤさんを賭けての勝負なら私も黙ってはおりませんことよ。ねえアイダさん」

「もちろんだ。カズヤ殿は渡さない!」

ビビアナもアイダも止める気はないようだ。

「じゃあ決まりね。ビビアナ、向こうにColiseo作ってよ」

「面倒くさいですわね。広い場所ならどこでもいいんじゃありません?」

「逃げたらどうすんのよ」

「ほぅ。逃げるとは誰が。お前さんか?」

「はぁ?あんたに決まってんでしょ」

「まあまあ、決まったんなら行くぞ」

4人は言い合いながら移動を始めた。
残された俺とアリシア、カミラとソフィア、それにルイサとグロリアが顔を見合わせる。コリセオとは何だ。作る?ものなのか。
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