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202.テハーレス(9月4日)

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ロンダ近郊の村、あのマルチェナとエシハの衛兵隊が焼き討ちにしたというテハーレスの廃墟の中心にいたのは、一面に広がる多数の土饅頭の前で、まるで祈りを捧げるかのように跪き首こうべを垂れる小さな人影であった。人相はもちろん、服の細かな意匠も遠過ぎて判別できないが、少なくとも大柄な体躯ではなさそうだ。

「あの細長く土を盛ったのは何でしょう。カズヤさんお分かりになりまして?」

ビビアナがスマートフォンの画面を指差して尋ねてくる。
この世界にも火葬と土葬の文化はあるはずだし、小型の墳丘墓は元いた世界でも世界中に存在した。この世界ではそんな文化がないのだろうか。

「簡易的な墓とは考えられないか?カミラとソフィアはどう思う?」

「墓ってもなあ。戦場で土葬するときは大きな穴を掘って遺体を並べて、それから土を被せる。結果的に前より盛り上がることにはなるんだが、この感じじゃ一体ずつ納めてるってことだろ。そんなやり方は聞いたことないぞ」

「何か異教の儀式、それとも魔物特有の儀式のようなものでしょうか。少々気味が悪いですわね」

「魔物の儀式……ってことは、ネクロファゴを生み出す儀式なんじゃないの?こいつがバンピローなんだよ!!」

「大声を出すなイザベル。ですがカズヤ殿、ソフィア殿の仰る異教の儀式という考えには賛成です。もしこれが葬送の儀式だとしても、少なくともタルテトス王国で信奉されるどの神々の教えにも、このような埋葬方法はありません」

「アイダさんの言うとおりですわ。私もこんな儀式見たことありませんわよ」

土饅頭。地面に、あるいは最低限の深さで掘った穴に遺体を横たえ、その上から土や砂を掛けただけの簡易的な墓は、確かに魔物が徘徊するこの世界では受け入れ難い埋葬方法だろう。
だとすると、たまたま誰かがやむ無く行った行為が儀式がかって見えてしまっているだけだろうか。それともイザベルが言うように本当に魔物が行っている儀式なのか。

「アリシア、ドローンを戻してくれ。これよりパーティードを二つに分ける。イザベルとアイダ、それにカミラは俺と同行。ビビアナとアリシア、ルイサ、ソフィア、グロリアはもう少し離れて待機。ビビアナに指揮を預ける。フェルはアイダと一緒に来てくれ」

「承りましたわ。ご武運を」

ビビアナがアイダをそっと抱きしめて何かを耳元で囁く。
アイダの頬がカッと赤くなったところを見るに、また歯の浮くような台詞を囁かれたのだろう。

「全く、緊張感のないことで。お兄ちゃん、G36Vはどうする?」

イザベルが不満げに呟きながら、馬車の荷台からヘカートⅡとG36Vを取り上げて聞いてくる。

「そっちは拠点防衛に有効だ。PSG-1と一緒に置いていく。アイダはM870を持っているな。イザベル、アリシアからMP5Kを借りておけ」

「え~。あれって狙いにくいからヤだなぁ。私もM870でいいでしょ?」

「M870もMP5Kも必要だ。弾幕が足りなかったらどうする」

同じM870でもアイダとイザベルでは装薬が違う。アイダのは5号装弾、大量に装填された直径3mmのAT弾によって、距離10mで散布界3mほどのキルゾーンを作り出す。一方でイザベルが持つM870に装填されているのはストッピングパワーを重視したリーサル型のスラッグ弾だ。

「了解~」

本来身軽さを好むイザベルのスタンダードな装備は両腰の短刀と背負った弓矢のみ。状況に応じて腰のポーチからエアガンを取り出せるようにしている。アイダは右手に長剣、左手にストックを切り詰めたM870を持って準備万端である。カミラは愛用の三八式歩兵銃に着剣し、最近は黒い鞭を束ねて腰に着けている。“エギダの黒薔薇”、自身をそう呼ぶ者達に再会して吹っ切れたらしい。かく言う俺はいつもどおりのG36CとUSPハンドガン、申し訳程度に腰に山刀マチェットを帯びるが、おそらく役には立たないだろう。

「準備はいいか?」

小声での呼びかけに娘達が無言で頷く。

「よし、行動開始!」

合図と共にイザベルとアイダ、そしてフェルが廃墟に向かってダッシュした。

◇◇◇

毎度思うのだが、娘達の身体能力はいったいどうなっているのだろう。廃墟までのおよそ30mをものの数秒で駆け抜けたイザベルとアイダが、振り返って手招きしている。元の世界での50m走の世界記録は5秒と少し。彼女達の足はそれよりも速いのではないだろうか。
凡人に過ぎない俺は彼女達に遅れることたっぷり3秒は掛かっただろうか。先行したアイダに変わって俺の直掩に着くことになったカミラと共に、イザベル達が確保した廃墟の影に滑り込んだ。

「どうだ?」

囁くようにカミラがイザベル達に尋ねる。
その問いの答えはすぐに自分の目で確認することになった。

「いない……誰もいない」

そうである。一面に広がる土饅頭の他は、そこには誰もいなかったのである。
改めて周囲をスキャンすると、すぐに居場所は判明した。

「見つけた。前方150の木の上。こちらを監視しているようだ」

「150か。狙えば届くけど」

イザベルが背負った弓を肩から外そうとするのを制する。
この距離では相手もこちらに攻撃できるとは思えない。あの短時間でどうやって150mも移動したのか気にはなるが、転移魔法かそれに近い効果の魔法を使えば俺達でも出来る芸当だ。

「少し待て。それよりもこの下に埋まっているものを確かめたい」

「そうですね。ネクロファゴだとして、きちんと無力化されていなければ包囲される恐れもあります」

「気が進まないわね。墓荒らしみたいなものでしょ」

みたいなものではない。純然たる墓荒らしである。ただし地面に手を触れるだけで掘り起こす必要がないのが救いか。

肩から下ろした弓矢を構えるイザベルと鞭を抜いたカミラが前方を監視する中、粛々と調査を開始した。

◇◇◇

全ての土饅頭を調べ終わったのは、日がだいぶ西に傾いた頃だった。
強い魔力反応は相変わらず付かず離れずの距離を保ったまま、俺達の監視を続けているようだ。
調査を終えた俺達は急ぎながらも悠然と廃墟を後にした。逃げる相手を追い掛けたくなるのが野生動物の性だというし、逆に気づいている事をわからせてしまうのも良くないはずだ。
ゆっくりと廃墟から退いた俺達は、廃墟から500mの地点をベースキャンプと定めて野営の準備に入った。例の如く直径10mほどを土塁で囲み、結界魔法の網を被せた安全地帯を設定し、その中で一晩を明かすのである。
ひと段落ついて焚き火を囲む俺達の話題は、当然テハーレスの調査結果であった。
口火を切ったのはカミラだ。

「あの盛り上がった土は墓ってことで間違いないのね」

「ああ。深さはまちまちだが、1.5から2メートルの深さに遺体が埋葬されている。穴は真っ直ぐ地面を穿っているから、かなり強力な土魔法が行使されていると思う」

「じゃあ、あのスコップは何?置いていただけってこと?」

「確かに粗末なスコップはあったが、あの数の穴をスコップ一本で掘るなどどれだけの時間を費やすか知れたものじゃない。魔法を使ったと考えるべきだろう」

「土魔法で穴を掘り、遺体を収めて埋め戻す。どう考えても埋葬ですわね。埋葬されているのはネクロファゴだけではなく人間も?」

「ソフィアが言うとおり、間違いなく墓だな。心臓部に魔石が残っているのがネクロファゴの遺骸だとすれば、ネクロファゴも人間も葬られているな。ネクロファゴと思われる遺骸は全て首が切断されていた。数は……」

共に調査に没頭してくれたアイダが、取っていたメモを見る。

「ネクロファゴの遺骸が120、それ以外が200です。200のうち、子供らしきものが40。男の子か女の子かは判別できないとのことです」

解剖学とか検死の知識があれば、もしかしたら骨盤の形なんかで性別を見分けられるのかもしれないが、俺の知識では遺体の大きさぐらいしかわからない。
それにしても、あの村を焼き討ちにした近隣の衛兵隊は、効果の確認というか結果を確かめようともしなかったのか。やり切れない思いで手にした煙草だが火を着けることもなく弄ぶ。

「この村の建物の跡から推測するに、だいたい40から50軒ぐらいの家があったようだ。一家族が5人から7人だとして、テハーレスの人口は200人から350人の間。埋葬されているのが320人ならば計算は合うな」

カミラが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

「やはり全滅ですのね。それで、映像で見た人影については何かわかりましたの?」

ビビアナの問いはここにいる全員が疑問に思っていたことだろう。だが収穫らしいものは何も無い。

「いや。ずっとこちらを窺っている気配はあったが、結局接触は無かった。だが状況から見て、あいつが墓を作ったのは間違いないと思う」

「ただの魔物じゃないってことだよね」

「そもそも魔物だと決めつけるのは早いんじゃないか。魔力の強い、カズヤ殿のような魔法師かもしれない」

「それ。でもさ、ビビアナも気付いてるよね。あいつの魔力反応は時々弱まったり強くなったりしてる」

「ええ。気付いておりますわ。周期的と言うほど規則正しくはないようですが。何か理由があるのでしょうか」

「隠蔽、とは言わないまでも、魔力を制御する術を身に付けているのだろう。私達だって魔力を垂れ流さないよう、最初に訓練を受けている」

「だったら何であんなにダダ漏れなのさ。まさか魔力で威圧してる?」

「いやあ、そんな事するだろうか。冬眠から覚めた熊じゃないんだから」

「熊ねえ……ねえ、ちょっと……」

何かを言いかけたイザベルがギョッとした表情で振り返る。

そこにいたのは熊ではなく、一人の少女であった。
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