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201.ロンダに向かう(9月2日〜4日)
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ロンダの街はバルバストロの南東の外れ、ニーム山脈の裾野に位置している。アルカンダラに伝わった情報では“グラウス近郊の村に吸血鬼バンピローが出た“ということだったが、エルヴァスとマルチェナ、エシハで得た情報では”ロンダ近郊のテハーレス“が最初に被害が出た村らしい。いずれにせよこの地域は位置関係で言えばルシタニアに近いのだが、わざわざエルヴァスを経由して大回りしているのは単に街道が無いためだという事らしい。街道がなければ橋がない。つまりニーム山脈から流れる幾つもの川を渡る橋を探して右往左往しなければならない。だから馬車の旅なら遠回りでも街道を進んだほうがいい。というのがカミラの口から語られた理由だった。
そのカミラであるが、昨夜の大泣きの痕跡など微塵も感じさせないまま馬車の手綱を握っている。御者台に同席するソフィアはそんなカミラを時折イジっては大層邪険にあしらわれている。
荷台ではアリシア達が楽しそうにお喋りしている。古来より”女三人寄れば姦しい“と言われるが、ここにいるのは実にその倍だ。俺の肩身がどんどん狭くなりそうなものだが、そう感じさせないでいてくれるのは娘達の人柄の成せることだろう。
一見すれば女の子達が楽しくお喋りしているだけなのだが、イザベルとアリシアの足元には無骨なヘカートⅡとG36Vがバイポットを展開して鎮座しているし、アイダが座る横には愛用の長剣とM870が立て掛けてある。イザベルとルイサが食料調達に赴く時にも、彼女達は武装することを忘れない。ここは人里離れた長閑な街道だが、そのせいか魔物の密度も濃いはずなのである。
◇◇◇
長閑な街道である理由はすれ違う人がいないせいかもしれない。当然と言えば当然である。この街道の途中にあるマルチェナとエシハの街は瀕死の状態だし、今向かっている地域がどうなっているか、推測するのは難しくない。
「カズヤ君、ロンダまであと半日ってとこだけど、その前に件の村に近づくわよ」
手綱を握るカミラが小声で背中越しに伝えてくる。その声は心なしか緊張と怒りが含まれているようにも感じる。件の村、つまりマルチェナとエシハで聞いた、衛兵達が焼き討ちにした村、テハーレスだ。
「ああ。全員、戦闘体制。ルイサとグロリアは内側に」
俺の掛け声で慌ただしく席替えが行われる。
御者台にはアイダとアリシアが移り、手綱はアリシアが握る。その左側にはM870ショットガンと愛用の長剣を装備したアイダが陣取り、アリシアの左側面を守る。アリシアの後ろ、荷台の右側先頭には俺、左側には短槍を握るビビアナ、ビビアナの後ろには着剣した三八式歩兵銃と共にカミラが陣取る。俺の右側には対物ライフルであるヘカートⅡと狙撃銃PSG-1が鎮座し、さらにその後ろでイザベルが待ち構える。ソフィアはグロリアとルイサを両脇に抱えるようにして荷台の中央部に陣取る。これが魔物の襲来に備えながら突っ走る時によく採用するフォーメーションだ。馬車を走らせながらだから、全員が腰を下ろしたままになる。だから真下がどうしても死角になるのだが、そこはアリシアの結界魔法でカバーする。
「カズヤさん、前方に魔力の気配がありますわ」
ビビアナが俺の耳元で報告する。ほぼ同時にイザベルが警報を出す。
「前方500、魔力反応!大きいよ!」
長距離索敵魔法を放てば距離4000m程度までの魔力検知が可能だが、魔力を持った相手には察知される恐れがある。風魔法を応用した探知魔法なら逆探知されないが探知距離が短くなる。それならば索敵に優れたビビアナとイザベルに任せておくほうがいい。およその距離と方向、そしてその対象が脅威となるのか否かが判断できれば避けるのか潰すのかを選択できる。対象を詳細に分析するのは潰すと決めてからでいい。
「大きいですわ……」
ビビアナの豪奢な金色の前髪がべっとりと汗で濡れている。振り返るとイザベルの顔色も良くない。既知の魔物であれば、イザベルもビビアナも正体をきちんと表現するはずだ。この娘達が感じている魔力の持ち主は一体何だ。
「アリシア、距離300で馬車を止めてくれ。イザベル、カウントを頼む」
「了解!10、9、8、7……」
イザベルのカウントが続く。
イザベルと共に斥候として突出し対象を視認する役を負うことが多いビビアナが、両手の汗を拭って短槍を握り直す。
「3、2、1、今!」
アリシアが手綱を引き絞り、ゆっくりと馬車を停止させる。
と同時にイザベルとビビアナが馬車から飛び降り、身を屈めながら前方へと走り出した。その30mほど後をカミラが追う。
その間に俺はイザベル達が抜けた穴をカバーするため荷台の後方に移動しながら周囲300mのスキャンを済ませる。直近に異常が無いことを確認してから、スキャンの結果をアイダの固有魔法“譲渡”でアリシアとソフィア、もちろんアイダ自身にも共有する。
「カズヤさん、これは……」
「子供か?でも背負ってるのは大剣?」
そうである。スキャン結果として浮かび上がったのは、焼け落ちた村の中心で何か作業をしている小さな人型の姿であった。
◇◇◇
「大剣を背負った子供が廃墟の中で何をしているのでしょう。その魔力の持ち主はこの子で間違いないのですか?」
「間違いないようだが、子供と決めつけるのは早いかもしれない」
スキャン上で得られた情報は、「焼け落ちた廃墟とその只中で何かをしている強い魔力を持つ“人型の何か”がいる」というだけなのだ。スキャン情報だけでそれが人間であると決めつける危険は、逃げ遅れた子供だと思い込んでいた反応が実はゴブリンでルイサが襲われたという事実で思い知った。やはり目視で確認しなければ。
「イザベルとビビアナが戻ってきました。カミラ先生は……」
アイダが前方を指差す。カミラの姿は見えないが、発砲音も魔法を使った感じもなかったからトラブルではなさそうだ。
「橋頭堡を確保するために残ったんだろう。アリシア、移動の準備を」
「はい」
アリシアが手綱を握り直す。
「報告!焼け跡から50の距離で身を隠せるところがあるよ。カミラ先生が押さえてる」
「相手を目視できてるか?」
「いいえ。残骸の影になっていて、そこからは見えません。ですがドローンを飛ばせば見えるかと」
ドローンを飛ばせばいい。それはそのとおりなのだが、長距離を移動させるとなると発見されるリスクもあるし、何より回収に時間が掛かる。俺が操作するにせよアリシアが操作するにせよ、長距離飛行であればそれだけ手が取られるのも痛い。
「わかった。アリシア、移動する。イザベルとビビアナは案内してくれ」
「はい、移動します」
アリシアがゆっくりと馬車を走らせはじめた。
◇◇◇
200m強を移動するのにたっぷり数分掛けて、馬車はカミラが押さえている地点に辿り着いた。街道が大きく右に曲がる、その頂点付近が人の背丈ほどに高くなって数本の木が生えている、そこにカミラが伏せていた。彼女の三八式歩兵銃は廃墟の方向に向いているが、何かを狙っている感じではない。その証拠にカミラは頬付けを外して顔だけこちらを向けた。
「どうだ。何か見えるか?」
「いいや、焼け落ちた残骸だけだ。動く物は見えない。だがその向こうに何かいる」
カミラの横から向こう側を覗くが、確かに彼女が言うとおり無機質感さえある燃え残りが見えるだけだ。
「アリシア、いけるか?」
「はい。小型ドローン、飛ばします」
アリシアが選んだのは操縦可能距離100メートル、滞空時間5分程度の小型ドローンである。手のひらサイズのドローンとスマートフォンを組み合わせた玩具であるが、これがなかなかに操作性が良い。もちろん無風であることが条件だし、搭載しているカメラの性能はイマイチではあるのだが、飛行音も小さいし限界高度まで上昇させれば見つかる心配も少ない。
およそ50mの距離を20秒ほどで飛んだドローンが、アリシアの手元に映像を送り始めた。皆が彼女の周りに集まる。
「これは……」
「何かを拝んでいる?」
「そうとしか見えないな。なんの儀式だろう。まさか……」
スマートフォンに映し出される映像に一同が息を呑む。
そこにあったのは幾つもの土饅頭と粗末なスコップ、その前で首を垂れる一人の人影であった。
そのカミラであるが、昨夜の大泣きの痕跡など微塵も感じさせないまま馬車の手綱を握っている。御者台に同席するソフィアはそんなカミラを時折イジっては大層邪険にあしらわれている。
荷台ではアリシア達が楽しそうにお喋りしている。古来より”女三人寄れば姦しい“と言われるが、ここにいるのは実にその倍だ。俺の肩身がどんどん狭くなりそうなものだが、そう感じさせないでいてくれるのは娘達の人柄の成せることだろう。
一見すれば女の子達が楽しくお喋りしているだけなのだが、イザベルとアリシアの足元には無骨なヘカートⅡとG36Vがバイポットを展開して鎮座しているし、アイダが座る横には愛用の長剣とM870が立て掛けてある。イザベルとルイサが食料調達に赴く時にも、彼女達は武装することを忘れない。ここは人里離れた長閑な街道だが、そのせいか魔物の密度も濃いはずなのである。
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長閑な街道である理由はすれ違う人がいないせいかもしれない。当然と言えば当然である。この街道の途中にあるマルチェナとエシハの街は瀕死の状態だし、今向かっている地域がどうなっているか、推測するのは難しくない。
「カズヤ君、ロンダまであと半日ってとこだけど、その前に件の村に近づくわよ」
手綱を握るカミラが小声で背中越しに伝えてくる。その声は心なしか緊張と怒りが含まれているようにも感じる。件の村、つまりマルチェナとエシハで聞いた、衛兵達が焼き討ちにした村、テハーレスだ。
「ああ。全員、戦闘体制。ルイサとグロリアは内側に」
俺の掛け声で慌ただしく席替えが行われる。
御者台にはアイダとアリシアが移り、手綱はアリシアが握る。その左側にはM870ショットガンと愛用の長剣を装備したアイダが陣取り、アリシアの左側面を守る。アリシアの後ろ、荷台の右側先頭には俺、左側には短槍を握るビビアナ、ビビアナの後ろには着剣した三八式歩兵銃と共にカミラが陣取る。俺の右側には対物ライフルであるヘカートⅡと狙撃銃PSG-1が鎮座し、さらにその後ろでイザベルが待ち構える。ソフィアはグロリアとルイサを両脇に抱えるようにして荷台の中央部に陣取る。これが魔物の襲来に備えながら突っ走る時によく採用するフォーメーションだ。馬車を走らせながらだから、全員が腰を下ろしたままになる。だから真下がどうしても死角になるのだが、そこはアリシアの結界魔法でカバーする。
「カズヤさん、前方に魔力の気配がありますわ」
ビビアナが俺の耳元で報告する。ほぼ同時にイザベルが警報を出す。
「前方500、魔力反応!大きいよ!」
長距離索敵魔法を放てば距離4000m程度までの魔力検知が可能だが、魔力を持った相手には察知される恐れがある。風魔法を応用した探知魔法なら逆探知されないが探知距離が短くなる。それならば索敵に優れたビビアナとイザベルに任せておくほうがいい。およその距離と方向、そしてその対象が脅威となるのか否かが判断できれば避けるのか潰すのかを選択できる。対象を詳細に分析するのは潰すと決めてからでいい。
「大きいですわ……」
ビビアナの豪奢な金色の前髪がべっとりと汗で濡れている。振り返るとイザベルの顔色も良くない。既知の魔物であれば、イザベルもビビアナも正体をきちんと表現するはずだ。この娘達が感じている魔力の持ち主は一体何だ。
「アリシア、距離300で馬車を止めてくれ。イザベル、カウントを頼む」
「了解!10、9、8、7……」
イザベルのカウントが続く。
イザベルと共に斥候として突出し対象を視認する役を負うことが多いビビアナが、両手の汗を拭って短槍を握り直す。
「3、2、1、今!」
アリシアが手綱を引き絞り、ゆっくりと馬車を停止させる。
と同時にイザベルとビビアナが馬車から飛び降り、身を屈めながら前方へと走り出した。その30mほど後をカミラが追う。
その間に俺はイザベル達が抜けた穴をカバーするため荷台の後方に移動しながら周囲300mのスキャンを済ませる。直近に異常が無いことを確認してから、スキャンの結果をアイダの固有魔法“譲渡”でアリシアとソフィア、もちろんアイダ自身にも共有する。
「カズヤさん、これは……」
「子供か?でも背負ってるのは大剣?」
そうである。スキャン結果として浮かび上がったのは、焼け落ちた村の中心で何か作業をしている小さな人型の姿であった。
◇◇◇
「大剣を背負った子供が廃墟の中で何をしているのでしょう。その魔力の持ち主はこの子で間違いないのですか?」
「間違いないようだが、子供と決めつけるのは早いかもしれない」
スキャン上で得られた情報は、「焼け落ちた廃墟とその只中で何かをしている強い魔力を持つ“人型の何か”がいる」というだけなのだ。スキャン情報だけでそれが人間であると決めつける危険は、逃げ遅れた子供だと思い込んでいた反応が実はゴブリンでルイサが襲われたという事実で思い知った。やはり目視で確認しなければ。
「イザベルとビビアナが戻ってきました。カミラ先生は……」
アイダが前方を指差す。カミラの姿は見えないが、発砲音も魔法を使った感じもなかったからトラブルではなさそうだ。
「橋頭堡を確保するために残ったんだろう。アリシア、移動の準備を」
「はい」
アリシアが手綱を握り直す。
「報告!焼け跡から50の距離で身を隠せるところがあるよ。カミラ先生が押さえてる」
「相手を目視できてるか?」
「いいえ。残骸の影になっていて、そこからは見えません。ですがドローンを飛ばせば見えるかと」
ドローンを飛ばせばいい。それはそのとおりなのだが、長距離を移動させるとなると発見されるリスクもあるし、何より回収に時間が掛かる。俺が操作するにせよアリシアが操作するにせよ、長距離飛行であればそれだけ手が取られるのも痛い。
「わかった。アリシア、移動する。イザベルとビビアナは案内してくれ」
「はい、移動します」
アリシアがゆっくりと馬車を走らせはじめた。
◇◇◇
200m強を移動するのにたっぷり数分掛けて、馬車はカミラが押さえている地点に辿り着いた。街道が大きく右に曲がる、その頂点付近が人の背丈ほどに高くなって数本の木が生えている、そこにカミラが伏せていた。彼女の三八式歩兵銃は廃墟の方向に向いているが、何かを狙っている感じではない。その証拠にカミラは頬付けを外して顔だけこちらを向けた。
「どうだ。何か見えるか?」
「いいや、焼け落ちた残骸だけだ。動く物は見えない。だがその向こうに何かいる」
カミラの横から向こう側を覗くが、確かに彼女が言うとおり無機質感さえある燃え残りが見えるだけだ。
「アリシア、いけるか?」
「はい。小型ドローン、飛ばします」
アリシアが選んだのは操縦可能距離100メートル、滞空時間5分程度の小型ドローンである。手のひらサイズのドローンとスマートフォンを組み合わせた玩具であるが、これがなかなかに操作性が良い。もちろん無風であることが条件だし、搭載しているカメラの性能はイマイチではあるのだが、飛行音も小さいし限界高度まで上昇させれば見つかる心配も少ない。
およそ50mの距離を20秒ほどで飛んだドローンが、アリシアの手元に映像を送り始めた。皆が彼女の周りに集まる。
「これは……」
「何かを拝んでいる?」
「そうとしか見えないな。なんの儀式だろう。まさか……」
スマートフォンに映し出される映像に一同が息を呑む。
そこにあったのは幾つもの土饅頭と粗末なスコップ、その前で首を垂れる一人の人影であった。
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