異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫

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200.エシハにて(8月19日〜9月1日)

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翌日、マルチェナの街を後にした俺達は、引き続き近隣の村をマルチェナと同様に解放して回った。
次に訪れたのが10日ほど前までは連絡が取れていたエシハの街だが、ここにも屍食鬼ネクロファゴの侵蝕は広がっていた。むしろマルチェナの人々のように非情な決断或いは自己犠牲の精神が追いつかなかったのか、固く閉ざされた街の中を屍食鬼が徘徊している状態だった。夕陽に照らされたその光景をドローンのカメラ越しに確認したアリシアとビビアナが、ほとんど同時に悲鳴にも似た呻き声を上げた。

「なにこれ……」

「街全体がネクロファゴに……そんな……」

口に出さずとも皆の思いは同じだっただろう。それほどインパクトのある映像だった。
だが驚いてばかりもいられない。徘徊する屍食鬼は見た感じ全て成人男性の、明らかに街の人の姿だ。しかしどうやら奴らは扉を開ける程度の知能も失っている。とすれば破壊されていない家屋や地下室などには生き残りがいるかもしれない。
マルチェナの街で空気感染はしないことに確信を得た俺達は、エシハの街の一角に拠点を構えて結界を張り、虱潰しに安全地帯を拡げていく方法で屍食鬼を排除していった。倒した亡骸は一旦収容し、街全体を解放した後に検分すればよい。

この作業(作業という表現は被害者に失礼極まりないが、そう割り切らないとやってられないのだ)の過程でアリシアとカミラが共同で結界魔法の魔道具化に成功した。魔石を埋め込んだ杭を要所に配置し発動させると、杭と杭の間に結界が張られるのである。杭そのものにも強力な硬化魔法が同時に発現するから、杭を破壊されたり倒されたりすることもない。
この魔道具のおかげで、結界魔法の得意なアリシアが魔法の維持に没頭せずに済むようになったのは大きな成果だった。家一軒とか1ブロックだけなら連続行使が可能な彼女でも、徐々に効果範囲を拡げていくのは些か無理があったのだ。

こうして俺達は昼間は家々を一軒づつ解放してまわり、夜間は徘徊する屍食鬼を解放してまわる作業をおよそ一週間に渡って続けた。
街のあらゆる場所で精密にスキャンしても屍食鬼の反応が無くなり、赤翼隊アラスロージャスに引き継げたのは8月も終わる頃であった。

◇◇◇

この作業の途中で気付いた事がある。
俺達ではない何者かに首を刎ねられた屍食鬼の骸を幾つも発見したのだ。それも決まって広場や街の大通りといった開けた場所に、時には折り重なって発見されたのだ。その切り口は実に鮮やかで、ビビアナなどはノエさんの固有魔法の痕跡ではないかと疑い出すほどだった。

「もしだよ、仮にノエさんが来てるんだとしたら、どうして姿を見せないんだろ。おかしくない?」

「きっと何か理由があるのですわ。例えば……」

「例えば?」

「ノエさんもネクロファゴになっている……とか。まさかねぇ」

「止めなよアイダちゃん、それにイザベルとビビアナも。縁起でもない。そもそもここはタルテトスの奥地だよ。ルシタニアの、それもノエさんの地元からどれだけ離れてると思ってるの」

「それもそうですわね。私の思い過ごしですわ」

次の目的地であり本来の目的地でもあったグラウスに向かう途中、郊外で野営することにした俺達の話題は、専らその話だった。
ごく自然に年長組の三人、俺とカミラ、ソフィアは少し離れた場所で娘達の会話を見守っている。

「ビビアナ達はあんなこと言ってるけど、カズヤ君の意見は?」

カミラに話を振られた俺は、広場で見た屍食鬼の骸を思い出しながら答える。

「あの切り口な、高周波ブレードでは、ああいった切り口にはならないと思うんだ」

「どういうことですの?」

「あの魔道具は刀身に纏わせた魔力を高速振動、つまり激しく細かく、目にも見えないし感じないぐらいの速さで振動させて対象物の原子間力を弱めて切り離している、簡単に言えば対象物に触れた瞬間にその場所を柔らかくして切っているんだ。だからある程度硬い、例えば木や骨ならばともかく、肉を断てば切り口が少し溶けたような跡が残るはずなんだ」

「それを試したことは?」

「俺は無い。そんな機会はなかったしな」

「迂闊にネクロファゴに近寄れませんからね。特にカズヤさんは」

そうである。マルチェナの街でもここエシハでも、感染して重症化した或いは屍食鬼になった者は例外なく男だった。この事実故に、屍食鬼ネクロファゴは“単なる感染症ではなく一種の呪いだろう”というのが現時点での俺達の理解だ。
だからこそ、このパーティーの中で唯一の男である俺は感染するリスクを犯せないのである。

「そこいらの小鬼で試してみては?何匹か連れてきましょうか?」

ソフィアが物騒な事を言う。

「止めてくれ。俺の剣の腕は知っているだろう。流石に今さら小鬼相手にくたばるのは嫌だ」

アイダが熱心に稽古を付けてくれているが、“最初に剣を握る学生よりはマシ、良くて新兵”というのが元軍人で元養成所教官であるカミラからの評価である。

結局のところ、エシハでもマルチェナの門前とマルチェナに至る街道でも、何者かが俺達に先んじて屍食鬼を狩っていることは間違いない。だが俺達がその正体を知るのはもう少し後のことであった。

◇◇◇

「それにしても……」

そうカミラが呟く。

「あら珍しく弱気ですわね」

揶揄うようなソフィアの言葉にもカミラの反応は鈍い。

「どうした?心配事か?」

「別に心配してもどうもならないんだけどね。エシハで解放したネクロファゴ、全部で何体だった?」

「600だな。正確には612人だ」

「ねえカズヤ君。人口3000人の街から600人余りの男手が失われて、街は成り立つと思う?」

男女比がほぼ同数で、成人の定義がおおよそ15歳以上だとするならば、成人男性の割合は30~40%程度、おそらく1000~1200人前後だろう。そのうちの半数が失われたのだ。実に30%近くの損失である。例えば太平洋戦争当時の日本の人口は約7400万人だった。そのうちの310万人が戦争の犠牲者になったと言われる。あの悲惨な戦争でさえ、犠牲者の数を割合で示せば4%でしかない。30%近くの、それも男性ばかりが失われた街が今後どのような辛酸を舐めることになるか想像もつかない。

「そうだな……でも……」

「どうしようもなかったじゃない。カミラ、あなたもしかして……」

「後悔はしていない。他にどうしようもなかった。ああするしかなかった。それはわかっている。頭ではわかっていても、それでもな」

膝を抱えるカミラの瞳が潤んでいるように見えるのは焚き火のせいだろうか。

「お泣きなさいな。たまには押し殺したものを吐き出さないと、潰されてしまいますわよ」

「ヤだよ子供達の前で」

ソフィアに答えるカミラが、まるで駄々っ子のようにそっぽを向く。

「あの子達なら話疲れて寝てますわ。見張りはフェルと私がいれば大丈夫。カズヤさん、カミラをお願いします」

そう言い残してソフィアがその場を離れた。寝ているアイダの側からフェルを連れ出し、少し離れた大樹の根元に座る。思えばカミラかグロリアと一緒にいない時は、この神官見習い付きの女性は一人でいる事が多い。全く、謎の多いというか、いまいち何を考えているか読めない人である。
ソフィアが離れたのを確認して、カミラが居住まいを正した。
正確には俺のすぐ隣に座り直した。

「いい、これは別にソフィアにそうしろと言われたからじゃないんだからね。こんな……子供達の前でこんなこと……」

何やらモゴモゴと呟くカミラの前で焚き火が小さく爆ぜる。

「今夜のことはすぐに忘れなさい。笑い草にしたりしたら承知……しないんだから……ね」

わざわざ念を押されなくても、俺の肩に縋って泣くカミラのことなど笑い草にできるはずもない。
カミラの泣き噦る声が静かな森に沁み渡っていく。結局彼女が泣き疲れて眠るまで、俺はただ頭を撫でることしかできなかった。
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