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193.マルチェナ③(8月17日)
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飾りのないヘルメットに濃い緑色のマント姿の男に先導されてマルチェナの街に入る。男の名はエウリコ クレアル、衛兵隊副隊長であるらしい。
街の家々は石積みの基礎に木造で、通りに面する側の窓には花など植えられていたのか木製の箱が掛かっている。
だが街中の各所で排水溝が溢れ、異臭を漂わせている。
平時は風光明媚な街並みなのだろうが、今となっては見る影もない。
クレアルは街の奥へと進み、一軒の建物の前で足を止めた。
扉は閉じられ太い閂が外から掛けられている。建物の中からは微かに唸り声が聞こえてくる。
「ここは?」
説明を求める俺の声にクレアルが苦々しく歪めた唇を震わせて答える。
「怪我人を集めている」
救護所だろうか。しかしそれならば何故窓にまで角材を打ち付けているのだ。
「救護所ということか?」
「救護所……まあそう言えば聞こえは良いがな。隔離していると言った方が正しい」
隔離、隔離か。とすれば……
「やはりネクロファゴに襲われた人々か」
「そうだ。襲われて兆候が出た者を一箇所に集めている」
「兆候?」
「ああ。発熱や頭痛、筋肉痛といった風邪の症状に近いが、数週間で錯乱して誰彼かまわず襲いかかるようになる。そうなる前に一箇所に集めておかねば手遅れになるからな」
クレアルの言葉を聞いてビビアナが怒りの声を上げた。
「そんな非人道的なことが許されるとお思いですか!?」
「非人道的か……もちろん本人達も納得している。あれを見ろ」
彼は更に奥を指差す。そこにあったのは焼け落ちた廃墟、ドローンが映していた建物の跡だ。
猛烈に嫌な予感がする。
「あれは……火事の跡ですね」
「そうだ。ネクロファゴとなった者、じきにネクロファゴになってしまう者が自らを処した、その跡だ」
「自らを……治癒魔法師はいないのですか?」
「もちろんいた。だが先の騒乱で死んだ。これはテハーレスを焼いた我々への罰だ。今はもう時が過ぎるのを待つしかない」
つまりである。テハーレス、ロンダ近郊の最初に騒乱が起きた村を鎮圧した衛兵隊の誰かがウイルスを持ち込み、そのウイルスが街中に蔓延したのだろう。
初期症状が風邪にも似たその感染症が、人々を屍食鬼に変貌させ次の犠牲者を生んでいる。
彼等はそれを理解し、感染者を一箇所に集めて焼き払う事で沈静化を図っているのだ。
これを非人道的だと糾弾するのは簡単だ。
だが治療方法も無く治癒魔法師もいない状況では他にどうすることもできないのだろう。
「もし赤翼隊がこの街の状況を知れば、間違いなく焼き討ちする。門を固めて周囲を取り巻き、蟻1匹逃さぬように」
“人狩り”と恐れられる赤翼隊である。必要と判断すれば非情な行いにも躊躇しないかもしれない。ガスパールがそこまでするとは考えにくいが、大丈夫だと請け合えるほど彼等との仲は親密ではない。
黙ったままの俺達に、クレアルが深々と腰を折った。
「我々衛兵隊への罰ならば受け入れる。だが街の者達に罪はないのだ。どうかこの者達を救ってくれ。頼む」
もとよりそのつもりでアリシアとソフィアを連れて来ている。屍食鬼に負わされた傷でも治癒魔法が効く事は確認できているし、もしこの街の衛兵隊が治療を拒んでも、むざむざと見殺しにする気などない。
「カズヤさん、ちょっと提案がありますの」
ソフィアが俺の耳元に唇を寄せてくる。
「提案?どうした?」
結果的に顔を寄せて囁き合うような体勢になったのは不可抗力である。だがアリシアとビビアナには不審に見えたらしい。彼女達も近づいてくる。
「グロリア様を使いましょう。あの方は一応はアルテミサ神殿から正式に派遣されております。多少は花を持たせませんと、角が立ちますわ」
「グロリアに治癒させるのか。でもあいつは治癒魔法なんぞ使えないだろう」
「そこは私達が手伝えばいいのです。あの方はただ立ってそれらしく振る舞っていれば役目を果たせますわ」
やれやれ。幼子を隠れ蓑にするみたいで気が引けるが、ソフィアの言いたいことも理解できる。せっかく出張ってきたのに何の功績も上げずに帰れないだろうしな。
「わかった。ソフィアとカミラで皆を迎えに行ってくれ。俺とアリシア、ビビアナでこの場は対応しておく」
「承知しましたわ。カミラさん、よろしい?」
「ああ。あいつら馬車ごと連れてきていいんだな?」
「頼む。街に敵対の意志は無いと判断する」
俺の言葉にカミラとソフィアが頷く。
「クレアル殿、アルテミサ神殿の神官がすぐ近くまで来ている。2人を迎えに行かせるから門を開けるよう指示を頼む。その間に俺とアリシア、ビビアナの3人で負傷者を治療しよう」
「わかった。ファビオ、アロンソ!お二人をご案内しろ。御三方はどうぞこちらへ」
彼等も俺達が敵対するのではないかと疑っていたのだろう。急にクレアルの態度が変わったのは、その疑いが晴れたということか。
カミラとソフィアは門に向かい、俺とアリシア、ビビアナはクレアル達に連れられて建物の裏手に回る。
そこには衛兵2人が立つ裏口があり、その扉も外側から閂が下されていた。
街の家々は石積みの基礎に木造で、通りに面する側の窓には花など植えられていたのか木製の箱が掛かっている。
だが街中の各所で排水溝が溢れ、異臭を漂わせている。
平時は風光明媚な街並みなのだろうが、今となっては見る影もない。
クレアルは街の奥へと進み、一軒の建物の前で足を止めた。
扉は閉じられ太い閂が外から掛けられている。建物の中からは微かに唸り声が聞こえてくる。
「ここは?」
説明を求める俺の声にクレアルが苦々しく歪めた唇を震わせて答える。
「怪我人を集めている」
救護所だろうか。しかしそれならば何故窓にまで角材を打ち付けているのだ。
「救護所ということか?」
「救護所……まあそう言えば聞こえは良いがな。隔離していると言った方が正しい」
隔離、隔離か。とすれば……
「やはりネクロファゴに襲われた人々か」
「そうだ。襲われて兆候が出た者を一箇所に集めている」
「兆候?」
「ああ。発熱や頭痛、筋肉痛といった風邪の症状に近いが、数週間で錯乱して誰彼かまわず襲いかかるようになる。そうなる前に一箇所に集めておかねば手遅れになるからな」
クレアルの言葉を聞いてビビアナが怒りの声を上げた。
「そんな非人道的なことが許されるとお思いですか!?」
「非人道的か……もちろん本人達も納得している。あれを見ろ」
彼は更に奥を指差す。そこにあったのは焼け落ちた廃墟、ドローンが映していた建物の跡だ。
猛烈に嫌な予感がする。
「あれは……火事の跡ですね」
「そうだ。ネクロファゴとなった者、じきにネクロファゴになってしまう者が自らを処した、その跡だ」
「自らを……治癒魔法師はいないのですか?」
「もちろんいた。だが先の騒乱で死んだ。これはテハーレスを焼いた我々への罰だ。今はもう時が過ぎるのを待つしかない」
つまりである。テハーレス、ロンダ近郊の最初に騒乱が起きた村を鎮圧した衛兵隊の誰かがウイルスを持ち込み、そのウイルスが街中に蔓延したのだろう。
初期症状が風邪にも似たその感染症が、人々を屍食鬼に変貌させ次の犠牲者を生んでいる。
彼等はそれを理解し、感染者を一箇所に集めて焼き払う事で沈静化を図っているのだ。
これを非人道的だと糾弾するのは簡単だ。
だが治療方法も無く治癒魔法師もいない状況では他にどうすることもできないのだろう。
「もし赤翼隊がこの街の状況を知れば、間違いなく焼き討ちする。門を固めて周囲を取り巻き、蟻1匹逃さぬように」
“人狩り”と恐れられる赤翼隊である。必要と判断すれば非情な行いにも躊躇しないかもしれない。ガスパールがそこまでするとは考えにくいが、大丈夫だと請け合えるほど彼等との仲は親密ではない。
黙ったままの俺達に、クレアルが深々と腰を折った。
「我々衛兵隊への罰ならば受け入れる。だが街の者達に罪はないのだ。どうかこの者達を救ってくれ。頼む」
もとよりそのつもりでアリシアとソフィアを連れて来ている。屍食鬼に負わされた傷でも治癒魔法が効く事は確認できているし、もしこの街の衛兵隊が治療を拒んでも、むざむざと見殺しにする気などない。
「カズヤさん、ちょっと提案がありますの」
ソフィアが俺の耳元に唇を寄せてくる。
「提案?どうした?」
結果的に顔を寄せて囁き合うような体勢になったのは不可抗力である。だがアリシアとビビアナには不審に見えたらしい。彼女達も近づいてくる。
「グロリア様を使いましょう。あの方は一応はアルテミサ神殿から正式に派遣されております。多少は花を持たせませんと、角が立ちますわ」
「グロリアに治癒させるのか。でもあいつは治癒魔法なんぞ使えないだろう」
「そこは私達が手伝えばいいのです。あの方はただ立ってそれらしく振る舞っていれば役目を果たせますわ」
やれやれ。幼子を隠れ蓑にするみたいで気が引けるが、ソフィアの言いたいことも理解できる。せっかく出張ってきたのに何の功績も上げずに帰れないだろうしな。
「わかった。ソフィアとカミラで皆を迎えに行ってくれ。俺とアリシア、ビビアナでこの場は対応しておく」
「承知しましたわ。カミラさん、よろしい?」
「ああ。あいつら馬車ごと連れてきていいんだな?」
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俺の言葉にカミラとソフィアが頷く。
「クレアル殿、アルテミサ神殿の神官がすぐ近くまで来ている。2人を迎えに行かせるから門を開けるよう指示を頼む。その間に俺とアリシア、ビビアナの3人で負傷者を治療しよう」
「わかった。ファビオ、アロンソ!お二人をご案内しろ。御三方はどうぞこちらへ」
彼等も俺達が敵対するのではないかと疑っていたのだろう。急にクレアルの態度が変わったのは、その疑いが晴れたということか。
カミラとソフィアは門に向かい、俺とアリシア、ビビアナはクレアル達に連れられて建物の裏手に回る。
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