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184.先行出撃(8月13日)
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野営地での俺達のテントは野営地のほぼ中央、指揮官の天幕近くに張ってある。別に俺達がVIP待遇という訳ではなく、行軍が止まったその場所を中心に構えた結果そうなっただけである。
俺達がテントに戻るのとほぼ同時に、兵士達も偵察隊が戻って来たことに気付いたようだ。途端に周囲が慌ただしくなる。
先に戻ってきたニ隊は大した情報を持ち帰らなかった。自然と残る一隊への期待が高まっていたのだろう。
だがその期待は衝撃へと形を変えて赤翼隊の面々と指揮官を打った。
出撃20名、未帰還8名、重傷者3名。
報告を受けた赤翼隊指揮官シドニア伯ガスパールは、苛立ちを隠せなかった。
「何が起きた!」
彼が詰問したのは偵察隊を編成した小隊の小隊長だ。名は確かヘルマンだったか。
ガスパールの前で膝を折るヘルマンの拳が土を握り締める。
「それが要領を得ませぬ。ただ恐怖に慄くばかりで……」
「もういい。俺が直接話を聞く!」
従卒が差し出した剣を受け取り、ガスパールが歩き出した。
と、こちらを振り返る。
「お前達も同行してくれ。狩人の力が必要になるやも知れん」
「承知した」
短い返答のみで、俺達も移動を開始した。
◇◇◇
当然の事ながら、偵察隊が持ち帰った情報がそのまま一般の兵士に伝えられるわけではない。普通は参謀本部なり情報部なりが分析精査して立案した作戦として伝えられるものだ。
だが今回は違った。
野営地に辿り着くなり倒れ込んだ偵察隊を大勢の兵士達が取り囲んでいる。いや、包囲していると表現した方が正しいか。戻ってきた偵察隊の何人かが馬車の荷台に取り縋り喚いている様は殆ど狂人のそれである。集まった兵士達も動揺して当然だろう。
「鎮まれ!それでも我が配下の強者か!」
ガスパールの一喝で今にも剣を抜きそうだった兵士達が姿勢を正し道を開ける。大した統率力である。
そんな感想を押し殺して、ヘルマンとガスパールに続く。
荷台で取り縋られていたのは一人の傷だらけの男だった。
◇◇◇
荷台に寝かされた男は偵察隊隊長であった。
名はイバンというらしい。
彼が負っている傷は殆どが咬傷のように見えた。鎖帷子を身に付けていなければ喰い千切られていただろう。荷台を取り巻く兵士達も皆何処かしら負傷している。
駆け寄ろうとするアリシアを制して、治癒魔法を込めたKD弾を腰だめのグロッグ26から発射する。
ほぼ水平に飛翔したKD弾は狙い過たず荷台に横たわる男の剥き出しになった太い上腕に命中し、治癒魔法が発動した。
男の全身を緑色の光が包み、光が消えた頃には男の傷は外観では分からなくなっていた。
兵士達の喧騒の中ではごく小さな発射音など聞こえなかったのだろう。手を近づけることもなく治癒魔法が行使されたことに驚きの声が上がる。
アリシアも見様見真似で治癒魔法を使い始める。呆気に取られるガスパールと兵士達を他所に、帰還した12名の兵士達の治癒が終わった。
◇◇◇
その夜の事である。
指揮所兼ガスパールの居室に招かれた俺達は、偵察隊が持ち帰った情報を聞く事ができた。
マルチェナに辿り着いたイバン率いる偵察隊が目にしたのは、ぴったりと閉ざされた門に取り付く“生ける屍”の群れだった。その数はおよそ十数体。背格好からして近隣の農夫と衛兵のように見えたらしい。
「そこでイバンは隊を2つに分けた。奴は攻め手を指揮して屍共に襲い掛かったが……」
「返り討ちにあったのですね」
ビビアナの言葉にガスパールが軽く鼻を鳴らして答える。
「ああ。屍共は武装していたらしいが、勝算はあったのだろう。こうなっては驕りというべきだが」
武装していたとはどういう意味だ。まさか門を破壊する破城槌でも運用していたのではあるまいな。
「武装していたとは“生ける屍”がですか?盗賊を見間違えたのでは?」
「いいや。いくら驕っていたとしても、人間と屍を間違えるほどイバンは阿呆ではない。奴がそう言うのならば、武装した屍がいたと考えるべきだ」
「それで、彼らは一体でも倒せたのですか?」
「戦果は確認できていない。だがむざむざとやられただけではないと確信している」
確信か。リーダーが部下の功績を確信するのは結構な事だが、闇雲に突っ込んで返り討ちにされ未帰還者を出した。その未帰還者が屍になって襲い掛かってきたら目も当てられない。
「確認せねばなりませんね」
「そのとおりだ。そこでお前達に頼みがあるのだが……」
「“先行して出撃し、可能であれば駆逐してこい”ですか?」
「……そうだ」
ガスパールの唇は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。
そもそもガスパール率いる赤翼隊と俺達は共闘関係にはあるが指揮系統は別である。
王国法 第14条 第2項には“魔物からの地域防衛指揮は3人以上のカサドールから選抜された1名を指揮官の任に充て、王国軍がそれに協力するものとする”と明記されているらしいが、現時点の赤翼隊の活動は治安維持出動でしかない。
よって、指揮系統が別々なのは当然なのである。
だからこそガスパールは“依頼”という形式を取っているが、本音はどうなのだろう。
いずれにせよ俺達は先行出撃を申し出ようとしていたのだ。
彼の依頼は渡りに船と言うやつだ。
「わかりました。俺達は明日早朝に出撃します」
俺の返事にガスパールは大きく息を吐いた。
「案内は必要か?」
ガスパールのこの申し出は純粋な善意によるものかもしれない。身中の虫を疑わなければならないような関係でもなかったはずだ。
返答に窮した俺に代わって答えたのはカミラだ。
「不要よ。私と、それにソフィアがいるわ」
「……そうか。武運を祈る」
ガスパールはそう呟いたっきり押し黙った。
この3人には何か因縁があるのだろうか。
ガスパールは折につけカミラに近づこうとするがカミラが素気無くあしらいソフィアが混ぜっ返す。そんなやり取りを数日間見てきたが、敢えて踏み込む気にはなれなかった。
何はともあれ、先行出撃の同意を取り付けた俺達は指揮所を後にして、自分達のテントで一晩ぐっすりと眠った。
折から降り出した雨は未帰還者を悼む兵士達の涙か。
俺達がテントに戻るのとほぼ同時に、兵士達も偵察隊が戻って来たことに気付いたようだ。途端に周囲が慌ただしくなる。
先に戻ってきたニ隊は大した情報を持ち帰らなかった。自然と残る一隊への期待が高まっていたのだろう。
だがその期待は衝撃へと形を変えて赤翼隊の面々と指揮官を打った。
出撃20名、未帰還8名、重傷者3名。
報告を受けた赤翼隊指揮官シドニア伯ガスパールは、苛立ちを隠せなかった。
「何が起きた!」
彼が詰問したのは偵察隊を編成した小隊の小隊長だ。名は確かヘルマンだったか。
ガスパールの前で膝を折るヘルマンの拳が土を握り締める。
「それが要領を得ませぬ。ただ恐怖に慄くばかりで……」
「もういい。俺が直接話を聞く!」
従卒が差し出した剣を受け取り、ガスパールが歩き出した。
と、こちらを振り返る。
「お前達も同行してくれ。狩人の力が必要になるやも知れん」
「承知した」
短い返答のみで、俺達も移動を開始した。
◇◇◇
当然の事ながら、偵察隊が持ち帰った情報がそのまま一般の兵士に伝えられるわけではない。普通は参謀本部なり情報部なりが分析精査して立案した作戦として伝えられるものだ。
だが今回は違った。
野営地に辿り着くなり倒れ込んだ偵察隊を大勢の兵士達が取り囲んでいる。いや、包囲していると表現した方が正しいか。戻ってきた偵察隊の何人かが馬車の荷台に取り縋り喚いている様は殆ど狂人のそれである。集まった兵士達も動揺して当然だろう。
「鎮まれ!それでも我が配下の強者か!」
ガスパールの一喝で今にも剣を抜きそうだった兵士達が姿勢を正し道を開ける。大した統率力である。
そんな感想を押し殺して、ヘルマンとガスパールに続く。
荷台で取り縋られていたのは一人の傷だらけの男だった。
◇◇◇
荷台に寝かされた男は偵察隊隊長であった。
名はイバンというらしい。
彼が負っている傷は殆どが咬傷のように見えた。鎖帷子を身に付けていなければ喰い千切られていただろう。荷台を取り巻く兵士達も皆何処かしら負傷している。
駆け寄ろうとするアリシアを制して、治癒魔法を込めたKD弾を腰だめのグロッグ26から発射する。
ほぼ水平に飛翔したKD弾は狙い過たず荷台に横たわる男の剥き出しになった太い上腕に命中し、治癒魔法が発動した。
男の全身を緑色の光が包み、光が消えた頃には男の傷は外観では分からなくなっていた。
兵士達の喧騒の中ではごく小さな発射音など聞こえなかったのだろう。手を近づけることもなく治癒魔法が行使されたことに驚きの声が上がる。
アリシアも見様見真似で治癒魔法を使い始める。呆気に取られるガスパールと兵士達を他所に、帰還した12名の兵士達の治癒が終わった。
◇◇◇
その夜の事である。
指揮所兼ガスパールの居室に招かれた俺達は、偵察隊が持ち帰った情報を聞く事ができた。
マルチェナに辿り着いたイバン率いる偵察隊が目にしたのは、ぴったりと閉ざされた門に取り付く“生ける屍”の群れだった。その数はおよそ十数体。背格好からして近隣の農夫と衛兵のように見えたらしい。
「そこでイバンは隊を2つに分けた。奴は攻め手を指揮して屍共に襲い掛かったが……」
「返り討ちにあったのですね」
ビビアナの言葉にガスパールが軽く鼻を鳴らして答える。
「ああ。屍共は武装していたらしいが、勝算はあったのだろう。こうなっては驕りというべきだが」
武装していたとはどういう意味だ。まさか門を破壊する破城槌でも運用していたのではあるまいな。
「武装していたとは“生ける屍”がですか?盗賊を見間違えたのでは?」
「いいや。いくら驕っていたとしても、人間と屍を間違えるほどイバンは阿呆ではない。奴がそう言うのならば、武装した屍がいたと考えるべきだ」
「それで、彼らは一体でも倒せたのですか?」
「戦果は確認できていない。だがむざむざとやられただけではないと確信している」
確信か。リーダーが部下の功績を確信するのは結構な事だが、闇雲に突っ込んで返り討ちにされ未帰還者を出した。その未帰還者が屍になって襲い掛かってきたら目も当てられない。
「確認せねばなりませんね」
「そのとおりだ。そこでお前達に頼みがあるのだが……」
「“先行して出撃し、可能であれば駆逐してこい”ですか?」
「……そうだ」
ガスパールの唇は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。
そもそもガスパール率いる赤翼隊と俺達は共闘関係にはあるが指揮系統は別である。
王国法 第14条 第2項には“魔物からの地域防衛指揮は3人以上のカサドールから選抜された1名を指揮官の任に充て、王国軍がそれに協力するものとする”と明記されているらしいが、現時点の赤翼隊の活動は治安維持出動でしかない。
よって、指揮系統が別々なのは当然なのである。
だからこそガスパールは“依頼”という形式を取っているが、本音はどうなのだろう。
いずれにせよ俺達は先行出撃を申し出ようとしていたのだ。
彼の依頼は渡りに船と言うやつだ。
「わかりました。俺達は明日早朝に出撃します」
俺の返事にガスパールは大きく息を吐いた。
「案内は必要か?」
ガスパールのこの申し出は純粋な善意によるものかもしれない。身中の虫を疑わなければならないような関係でもなかったはずだ。
返答に窮した俺に代わって答えたのはカミラだ。
「不要よ。私と、それにソフィアがいるわ」
「……そうか。武運を祈る」
ガスパールはそう呟いたっきり押し黙った。
この3人には何か因縁があるのだろうか。
ガスパールは折につけカミラに近づこうとするがカミラが素気無くあしらいソフィアが混ぜっ返す。そんなやり取りを数日間見てきたが、敢えて踏み込む気にはなれなかった。
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