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178. エルヴァスにて(8月8日)
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日が陰る前にエルヴァスにたどり着いた俺達は、荷馬車に乗ったまま城壁の内側へと入った。馬車が二台余裕ですれ違える程の幅の門には両側に衛兵が立っており、行き交う人々に厳しい視線を送っていた。
それでも徽章を軽く掲げる俺達には一瞥されるだけで特に誰何はなかった。魔物狩人というだけで、ある程度の身元は保証されるのだろう。
分厚い城壁を抜けると、華やかな街並みが広がっていた。
だが行き交う人々は忙しなく、その顔はどこか憂いを帯び、足早に通り過ぎていく。
「綺麗な街だね!」
「そう?私はアルカンダラのほうが好きだけど。でもあのお店は行ってみたい!」
「確かに。アルカンダラはこじんまりとしてはいるが、養成所のおかげで守りは堅いし狩人も多い。だからこう、なんて言ったっけ」
「自由闊達?」
「そう!それだ!さすがビビアナ!」
「どういたしまして。でも少々活気に乏しいですわね」
4人娘も街の人々の様子が気になるようだ。
フェルが足元で軽く唸る。
と、街の中心部から軽い地響きにも似た振動が伝わってきた。
「カミラ、馬車を向こうの路地へ」
ソフィアの誘導で馬車は交差する路地へとゆっくりと進み停止する。
大通りに面する事になった荷台後方のビビアナとアイダが自然な動きでそれぞれの獲物を握る。
振動が徐々に近づいてくるにつれて、その正体がスキャン上でもはっきりと見えてきた。隊列である。それも一糸乱れぬ隊列は、これまで接してきたどの街の衛兵隊よりも練度が高いことを思わせる。
「衛兵隊の出動か?」
「いや、それにしては門の衛兵に変わりはなかった。多分これは……」
「タルテトス正規軍、いわゆる国軍ですわ。でもどうしてこの時期に」
「北の小競り合いが落ち着いて帰還するんじゃないのか?そもそも農閑期の小競り合いを夏まで引っ張ったほうが異常だ」
そんな話をしてる間に、大通りに隊列が差し掛かる。
腰までを覆う鎖帷子に濃い小豆色のマント、腰に剣を帯び右手には短槍、左手に小型の丸盾。概ね衛兵隊と同じ装備だが一眼で違いを見つけるとするなら兜だろう。
衛兵隊の兜が飾りのないいわゆるヘルメットであるのに対し、眼前を通過する兵士達の兜には赤い兜飾りが付いている。そして掲げられた旗に描かれているのは黄色地に赤い双頭の獅子か。
「赤翼隊」
カミラが呟く。
「赤い翼?」
呟きを聞き取ったイザベルが小首を傾げながら御者台の二人を見る。
「あの兜飾りを翼に見立ててそう呼んでいるの。タルテトス正規軍の中でも最精鋭の遊撃部隊。指揮官の名は確か……」
「シドニア伯ガスパール。バルバストロ公爵配下の側近で自身は若くして伯爵号を授与された貴族よ」
「なんだ。貴族の坊ちゃんかぁ」
「そう馬鹿にできるものでもなくってよ。見てなさい」
そんな話をしている間にも隊列は進み、装備の構成が変わっていく。
短槍に丸盾と剣の重装歩兵の後ろからは長槍の槍兵、大楯の盾兵、弓兵が続いた。兵士達に混じって騎乗しているのが指揮官クラスか。
その中でも槍兵部隊と盾兵部隊の間で騎乗した騎士が一際目を引く。兜の赤い房飾りに替えて赤く染めた羽根飾りを付けた騎士。鎖帷子の上からこれまた赤い胸当てを付けている。
「赤い翼ねえ。ただの羽根じゃん」
「背中から翼が生えているのかと思いました」
「ルイサちゃんを見た後なら尚更ね」
「でも強そうだな。あの御仁は」
「そうですわね。剣でも槍でも一騎打ちは御免被りたい相手ですわ」
アイダとビビアナの感想に俺も同意である。
遠目での横顔ではその表情までは見えなかったが、何かこう、得体の知れないオーラのようなものを感じる。
「あれが件のシドニア伯よ。歳はまあ私達と変わらないはず」
「イーちゃんとどっちが強い?」
「真正面からならまず挑まない。自分の実力を弁えるのは狩人としては最も重要な事だ」
「あら。兵士として戦場でなら?」
「ふん。当然私が勝つ」
「あらあら。自信満々ね」
イザベルの何気ない一言から話が脱線している間に、隊列は過ぎていく。
「さて、今夜は屋根のある場所で眠れるかしら」
ソフィアが呟く。まったく変なフラグを立てるのは止めていただきたいものだ。
◇◇◇
ソフィアが立てた不吉なフラグは、結局のところ発動しなかった。エルヴァスの街でちゃんと屋根のある宿を確保できたのだ。それも並びの3部屋である。
部屋割りで娘達と年長組との間に多少の緊張が走ったのは事実だが、ソフィアとグロリアとルイサ、カミラとビビアナ、3人娘と俺という3組に無事に分かれる事ができた。
この街を訪れた事のあるカミラ達のお陰であっさりと宿を見つけられたのはよかったが、先程の赤翼隊の行軍については宿屋の主人も女将も揃って口を閉ざした。
ロビーや食堂には他に宿泊者の姿はなく、馬小屋にも他の馬は繋がれてはいなかった。1週間余りの旅に多少の疲れを覚えていた俺達は、馬とフェルの世話を済ませ自分達の食事を終えるとさっさと部屋に引き上げることになった。明日連絡所に行けば何かわかるだろう。
◇◇◇
翌朝早々に俺達は連絡所で事態を把握する事になる。
つまりは吸血鬼出現の報に国軍が動いたということだ。
状況を説明してくれたのはエルヴァスの連絡所所長にして自身も現役の魔物狩人であるアルトォロ サモラであった。アルトォロとはこの世界の古い言葉で“熊のように強い”という意味らしいが、名は体を表すというべきか、確かに熊のような巨漢である。だがそのつぶらな瞳には温和な笑みを浮かべて娘達に接してくれた。
いや、温和というよりも……
「あらぁ、いい時に応援が来てくれたわぁ。悪い時と言うべきかしらぁ」
妙に母音が耳に残る話し方をする男である。そして声が高い。これはいわゆるあれだ。お姉キャラというやつだ。
だがそんなサモラも、校長先生から預かった巻物を読んだ途端に声色が変わった。
「そう。あの人が貴方達をよこしたのね。それで、獅子狩人の徽章持ちは誰?」
ビビアナとカミラが俺達を指差す。当然指されたのはアイダ、アリシア、イザベルと俺だ。
「若い……若いわね。そして4人も。戦力としては十分過ぎるわ。すぐに赤翼隊と合流してちょうだい。ガスパールには私から一報入れておくわ」
どうやらこの連絡所長さんは昨日見かけた赤翼隊隊長たる伯爵の知り合いらしい。
それにしても“一報を入れる”と言っても、元の世界のように電話やメールなど無い世界である。電信機すらないのだ。いったいどうやって……
サモラがパンパンと手を叩く。
すぐに奥から少年が顔を出した。幼顔のイザベルよりも幼いがルイサやグロリアよりは年長に見える。
「カイ、ガスパールの旦那の居場所、分かってるわよね」
「はい。街の南東、僕の足ならすぐの場所に野営されておいでです」
「よし。この手紙をひとっ走り届けておくれ」
そう言うとサモラは手元を走らせる。
ものの数秒で仕上がったそのメモ書きを掴んで、カイと呼ばれた少年は走り出した。それは正に“脱兎の如く”というやつだ。
「あの子、ああ見えて走るのだけはどんな大人にも負けないの。貴方達はゆっくり向かえばいいわ」
サモラの言葉に、ルイサが少し悔しそうな顔をする。ルイサも“虹の女神イリス”の強い加護を持っている。それこそ背中と踝に翼が生えるほどにだ。さっきの少年は自分のライバルだとでも感じたのだろうか。
それでも徽章を軽く掲げる俺達には一瞥されるだけで特に誰何はなかった。魔物狩人というだけで、ある程度の身元は保証されるのだろう。
分厚い城壁を抜けると、華やかな街並みが広がっていた。
だが行き交う人々は忙しなく、その顔はどこか憂いを帯び、足早に通り過ぎていく。
「綺麗な街だね!」
「そう?私はアルカンダラのほうが好きだけど。でもあのお店は行ってみたい!」
「確かに。アルカンダラはこじんまりとしてはいるが、養成所のおかげで守りは堅いし狩人も多い。だからこう、なんて言ったっけ」
「自由闊達?」
「そう!それだ!さすがビビアナ!」
「どういたしまして。でも少々活気に乏しいですわね」
4人娘も街の人々の様子が気になるようだ。
フェルが足元で軽く唸る。
と、街の中心部から軽い地響きにも似た振動が伝わってきた。
「カミラ、馬車を向こうの路地へ」
ソフィアの誘導で馬車は交差する路地へとゆっくりと進み停止する。
大通りに面する事になった荷台後方のビビアナとアイダが自然な動きでそれぞれの獲物を握る。
振動が徐々に近づいてくるにつれて、その正体がスキャン上でもはっきりと見えてきた。隊列である。それも一糸乱れぬ隊列は、これまで接してきたどの街の衛兵隊よりも練度が高いことを思わせる。
「衛兵隊の出動か?」
「いや、それにしては門の衛兵に変わりはなかった。多分これは……」
「タルテトス正規軍、いわゆる国軍ですわ。でもどうしてこの時期に」
「北の小競り合いが落ち着いて帰還するんじゃないのか?そもそも農閑期の小競り合いを夏まで引っ張ったほうが異常だ」
そんな話をしてる間に、大通りに隊列が差し掛かる。
腰までを覆う鎖帷子に濃い小豆色のマント、腰に剣を帯び右手には短槍、左手に小型の丸盾。概ね衛兵隊と同じ装備だが一眼で違いを見つけるとするなら兜だろう。
衛兵隊の兜が飾りのないいわゆるヘルメットであるのに対し、眼前を通過する兵士達の兜には赤い兜飾りが付いている。そして掲げられた旗に描かれているのは黄色地に赤い双頭の獅子か。
「赤翼隊」
カミラが呟く。
「赤い翼?」
呟きを聞き取ったイザベルが小首を傾げながら御者台の二人を見る。
「あの兜飾りを翼に見立ててそう呼んでいるの。タルテトス正規軍の中でも最精鋭の遊撃部隊。指揮官の名は確か……」
「シドニア伯ガスパール。バルバストロ公爵配下の側近で自身は若くして伯爵号を授与された貴族よ」
「なんだ。貴族の坊ちゃんかぁ」
「そう馬鹿にできるものでもなくってよ。見てなさい」
そんな話をしている間にも隊列は進み、装備の構成が変わっていく。
短槍に丸盾と剣の重装歩兵の後ろからは長槍の槍兵、大楯の盾兵、弓兵が続いた。兵士達に混じって騎乗しているのが指揮官クラスか。
その中でも槍兵部隊と盾兵部隊の間で騎乗した騎士が一際目を引く。兜の赤い房飾りに替えて赤く染めた羽根飾りを付けた騎士。鎖帷子の上からこれまた赤い胸当てを付けている。
「赤い翼ねえ。ただの羽根じゃん」
「背中から翼が生えているのかと思いました」
「ルイサちゃんを見た後なら尚更ね」
「でも強そうだな。あの御仁は」
「そうですわね。剣でも槍でも一騎打ちは御免被りたい相手ですわ」
アイダとビビアナの感想に俺も同意である。
遠目での横顔ではその表情までは見えなかったが、何かこう、得体の知れないオーラのようなものを感じる。
「あれが件のシドニア伯よ。歳はまあ私達と変わらないはず」
「イーちゃんとどっちが強い?」
「真正面からならまず挑まない。自分の実力を弁えるのは狩人としては最も重要な事だ」
「あら。兵士として戦場でなら?」
「ふん。当然私が勝つ」
「あらあら。自信満々ね」
イザベルの何気ない一言から話が脱線している間に、隊列は過ぎていく。
「さて、今夜は屋根のある場所で眠れるかしら」
ソフィアが呟く。まったく変なフラグを立てるのは止めていただきたいものだ。
◇◇◇
ソフィアが立てた不吉なフラグは、結局のところ発動しなかった。エルヴァスの街でちゃんと屋根のある宿を確保できたのだ。それも並びの3部屋である。
部屋割りで娘達と年長組との間に多少の緊張が走ったのは事実だが、ソフィアとグロリアとルイサ、カミラとビビアナ、3人娘と俺という3組に無事に分かれる事ができた。
この街を訪れた事のあるカミラ達のお陰であっさりと宿を見つけられたのはよかったが、先程の赤翼隊の行軍については宿屋の主人も女将も揃って口を閉ざした。
ロビーや食堂には他に宿泊者の姿はなく、馬小屋にも他の馬は繋がれてはいなかった。1週間余りの旅に多少の疲れを覚えていた俺達は、馬とフェルの世話を済ませ自分達の食事を終えるとさっさと部屋に引き上げることになった。明日連絡所に行けば何かわかるだろう。
◇◇◇
翌朝早々に俺達は連絡所で事態を把握する事になる。
つまりは吸血鬼出現の報に国軍が動いたということだ。
状況を説明してくれたのはエルヴァスの連絡所所長にして自身も現役の魔物狩人であるアルトォロ サモラであった。アルトォロとはこの世界の古い言葉で“熊のように強い”という意味らしいが、名は体を表すというべきか、確かに熊のような巨漢である。だがそのつぶらな瞳には温和な笑みを浮かべて娘達に接してくれた。
いや、温和というよりも……
「あらぁ、いい時に応援が来てくれたわぁ。悪い時と言うべきかしらぁ」
妙に母音が耳に残る話し方をする男である。そして声が高い。これはいわゆるあれだ。お姉キャラというやつだ。
だがそんなサモラも、校長先生から預かった巻物を読んだ途端に声色が変わった。
「そう。あの人が貴方達をよこしたのね。それで、獅子狩人の徽章持ちは誰?」
ビビアナとカミラが俺達を指差す。当然指されたのはアイダ、アリシア、イザベルと俺だ。
「若い……若いわね。そして4人も。戦力としては十分過ぎるわ。すぐに赤翼隊と合流してちょうだい。ガスパールには私から一報入れておくわ」
どうやらこの連絡所長さんは昨日見かけた赤翼隊隊長たる伯爵の知り合いらしい。
それにしても“一報を入れる”と言っても、元の世界のように電話やメールなど無い世界である。電信機すらないのだ。いったいどうやって……
サモラがパンパンと手を叩く。
すぐに奥から少年が顔を出した。幼顔のイザベルよりも幼いがルイサやグロリアよりは年長に見える。
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「はい。街の南東、僕の足ならすぐの場所に野営されておいでです」
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ものの数秒で仕上がったそのメモ書きを掴んで、カイと呼ばれた少年は走り出した。それは正に“脱兎の如く”というやつだ。
「あの子、ああ見えて走るのだけはどんな大人にも負けないの。貴方達はゆっくり向かえばいいわ」
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