上 下
177 / 240

176. ルイサの覚醒③(8月1日〜3日)

しおりを挟む
夜遅くに降り出した雨は勢いを増し、俺達は足止めされた。
魔物に襲われかけた村を見下ろす小高い丘を野営地にしていた俺達は、結局移動を諦めて土魔法で造成した小屋で三日三晩を過ごすことになったのである。
小屋といっても最低限の部屋割りはしてある。年少組、年長組、居間兼炊事場兼俺の居室、トイレである。
幸い調理が不要な食料は収納魔法で大量に備蓄してあったし、俺と娘達の飲み水は水魔法で生み出せる。
ソフィアとグロリアは水魔法で生み出した水を口にしようとはせず、雨水を簡単に濾過したものを飲み水としていた。
元の世界の雨水にはどんな物質が含まれているかしれないが、およそ大気汚染とは無縁のこの世界では心配することもないだろう。

そうそう、グロリアである。
あの晩の騒動でも目を覚さなかった少女は、翌朝にはケロッと起き出していた。昨日の事を覚えていないという事もなく、ルイサが身を挺して自分を救った事も覚えているらしい。相変わらずの高飛車な態度もルイサの前では鳴りを顰め、皆の言うことをよく聞くようになった。

そのルイサであるが、背中と足首の翼はすっかり小さくなり、今では親指の爪ほどの白い翼が僅かに浮いているだけである。
一時的とはいえ白鳥のような翼の生えた異形の姿になったのである。皆の対応が変わってしまうのではないかと危惧していたが、そんな事は全くなかった。
俺はといえばそもそも魔物などいない世界で数十年暮らしていたのだ。こちらの世界は“なんでもアリ”と達観しているのかもしれない。
それでもルイサの今までの服だと妙に背中が盛り上がってしまうから、ビビアナが背中の開いた服を仕立て、その上から短いマントを羽織らせることにした。足首の翼はゆったりとしたレッグカバーで隠せている。その結果、ちょっと痛いゴスロリファッションのようなものが出来上がってしまったが本人が気に入っているならばそれでいいのだ。

雨で足止めされている間の話題といえば、当然ながらルイサの身に起きた不思議な事象についてであった。

「それでさ、ぶっちゃけ何か変わった?魔力が増えたとか」

「自分ではよくわかりません……」

「あら。明らかに増えているようだけど、自覚はないのね」

「魔法は?何か使えるようになった?」

「イーさんと何度か試してるんですが、四大魔法の初級中の初級ぐらいはなんとか」

「ホントに!?ちょっと見せて!」

ルイサがおもむろに土の床を指差し、クルッと手首を捻る。すると床の上にシャーレほどの大きさの土の器が出現する。
その土のシャーレの上にポッと火を灯し、風魔法でその火を揺らす。最後に指先から水を滴らせてその火を消す。
一連の動きは何気ない手遊びのようにも見えるが、つい先日まではこんな小さな魔法でさえ使えなかったのだ。随分な進歩である。

「ほぅ。鮮やかな手際ですね。よく練習しているようです」

「ソフィアさんはどんな魔法が得意ですか?」

「私は四大魔法、あまり得意ではありませんわ。どちらかといえば使役や暗示、精神系の魔法が得意です」

「根暗な性分だからな。“邪眼の魔女”ったあよく言ったもんだ」

「あら。それは敵側からの呼ばれ名でしょう」

「魔女?」

「そうだぞルイサ。こいつがひと睨みすると、どんな高名な騎士でも歴戦の兵士でもその場で硬直しちまうからな。そりゃあ恐れられたもんだ」

「そこをイネスが棘と鋭い切っ先の植わった黒い鞭で仕留めるの。だから付いた渾名が“エギダの黒薔薇”なのよ」

「イーさんって昔から槍使いじゃなかったんですか?」

「軍を辞めてから持ち替えたのよ。対人戦でもなければ鞭の使い用もないしね」

とまあこんな具合で取り止めもない話が居間では続いている。男一人だとこういう時の居場所が無くなって困る。
いや、雄という意味では相棒がいる。フェルだ。
一角オオカミの幼体である賢い魔物が豊かな尻尾で時折俺の足を打つのはどういう意味か。
それはさておき、カミラの二つ名の由来は少し意外だった。この世界では鞭が武器として成立しているらしい。カミラが鞭を振るう様はさぞかし似合うことだろう。

「そういえばルイサちゃんの御加護って強くなったの?」

「そうそう、私も気になってた!昨日ビビアナとこっそり確認してたでしょ」

「そうなの!?気になる~」

「で、どうだったの?勿体ぶらずに教えなさいよ」

「えっと……」

ルイサが許可を求めるようにビビアナを見る。

「ここにいるのは皆同じパーティードの仲間です。差し支えないでしょう。ほら、手を出して」

ビビアナがルイサの左手を取り、虹の神イリスに祈りを捧げる。
ルイサの手の平から溢れ出した光は……

「赤、橙、黄、黄緑、緑、青、藍、紫……8色!?」

イザベルが指折り数えたその光は、俺の目にも8色に見える。黄色から緑色へのグラデーションが黄緑色に見えるのだ。

「5色でも相当に珍しいのに、8色とは……」

「これはいよいよイリス様の御使い確定ね」

「じゃあルイサちゃんが転移魔法を使えるようになるのも時間の問題よね!」

アリシアの言葉はルイサを励ますためというより、風呂に入ってベッドで寝たいからではないだろうな。
ルイサが加わってからは俺の転移魔法は封じている。“強い虹の加護を持つ者として転移魔法を使えるようになる”ことがルイサの目標の一つだからだ。その目標をあっさりと俺がクリアしてしまったら、ルイサの心が折れるかもしれないという配慮からだ。
もちろん俺が転移魔法を使えることはソフィアとグロリアにも秘密である。

いつしか雨音が聞こえなくなっていた。
このまま天候が回復すれば、吸血鬼バンピローが出たというバルバストロの南東にあるグラウスに向かう旅路に戻れるだろう。
そもそもこの旅はグラウス近傍の村に出現したらしいバンピローなる魔物を討つためのものである。
道中で魔物に迫られていた村を見つけてしまったばっかりに足止めを喰らいルイサには怖い思いもさせたが、結果オーライだったのかもしれない。

先の魔物との戦いでルイサの身に何かが起きた。覚醒と表現してもいいだろう。
その覚醒がルイサにとって、そして娘達にとってどのような影響を及ぼすのかは判然としないが、見守るしかない。

◇◇◇

翌朝には昨日までの雨が嘘かのようにすっきりとした青空が広がっていた。
野営していた丘の上から見下ろす先にある村では、囲いの外に広がる畑の排水作業が始まっているようだ。
大量の魔物の死骸から流れ出た血は豪雨によって洗い流され、荒れた畑は魔物による被害なのか豪雨による被害なのか判別できなくなっている。

「放っておくか。立ち寄る必要もないだろう」

俺の言葉に皆が頷いた。

「様子を見るのに顔を出すわけでもなく引きこもってた連中だしな。まったく、開拓村とも思えん」

カミラの意見も最もだが、スー村のように引退した狩人や衛兵達によって成り立っている村ばかりでもないだろう。そもそも道中でほとんど魔物の気配がなかった地域である。突然の襲来にその備えも心構えも無かったのだとしたら、蹲り震えるしかできないのも理解できなくもない。

「見て!虹が出てる!」

ルイサが指差す西の空にはくっきりとした虹が掛かっていた。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

処理中です...