上 下
175 / 240

174. ルイサの覚醒①(7月30日)

しおりを挟む
眼前の魔物を掃討し、前方にいる黒ずくめの集団に気を取られていた俺達の後方、村の中から1匹のゴブリンが襲いかかった。
悲鳴を上げるグロリアと猛然と突っ込んでくるイザベルの間で俺がUSPハンドガンから放つAT弾はゴブリンを捉えられない。
スローモーションのように眼前の光景が流れていく。
奴の鋭く長い爪がグロリアの顔面に届くかに見えた瞬間。

「イヤァァァァ!」

気合一閃斜め下から飛び上がったのはルイサだ。
彼女はビビアナとアイダから贈られた短剣を、その小さな身体の前に構えてぶつかったのである。

決死の一撃はゴブリンの胸部を貫いた。
だが落下の力を跳ね返すことが出来ずに、返り血を浴びながら荷台の外に落ちる。

「ルイサから離れろ!」

飛び込んできたイザベルがゴブリンの胴体を蹴り飛ばす。短剣が刺さったままだった奴の胴体は半ば引き裂かれながら塀に叩き付けられた。

「ルイサ!大丈夫!?」

「グロリア様!お怪我は!?」

皆が口々に叫びながら集まる。
俺とアリシアも荷台を降りルイサの下に向かう。
彼女は短剣を握ったまま、イザベルの腕の中でガタガタと震えている。だがその目はカッと見開き、自分が倒したゴブリンの死骸を見据えたままだ。
呼吸は激しく顔面蒼白で額にはじっとりと汗が滲んでいる。

「ビビアナ、水をくれ。アリシアは鎮静魔法の用意を。ショック症状だ」

「ショック?どこか怪我を!?ルイサ!ルイサってば!」

激しく揺さぶろうとするイザベルを止め、ビビアナが差し出したペットボトルの水でルイサの顔を拭い手を洗う。ビビアナもアイダも動揺してはいるが取り乱してはいない。
アリシアが鎮静魔法を掛けるとようやくルイサの体から力が抜け、握り締めていた短剣から手を離した。

アイダと二人掛かりでルイサを荷台に寝かせる。
荷台の上ではグロリアが泣きじゃくりソフィアに宥められていた。彼女もゴブリンの返り血を浴びたのか、真っ白な服に点々と血痕が付いている。

「アリシアさん、グロリア様にも鎮静魔法をお願いできますか?」

「もちろんです。怪我はなさそうですか?」

「外傷はないようです。とりあえず落ち着きさえすれば」

アリシアがグロリアにも鎮静魔法を掛けると、すぐに彼女は静かになった。どうやら眠ったらしい。
2人とも外傷はないがゴブリンの血を浴びている。小さな傷でもどんな感染症を引き起こすか知れないから、2人纏めて治癒魔法を掛けておく。

「大丈夫そう……ですわね」

「当然。小鬼ごときに負けるルイサじゃないわ。そんなヤワな鍛え方はしなかったでしょ」

「そういえばルイサちゃんってこれが初めてじゃない?魔物を狩るの」

「そういえばそうだね。鳥とかウサギは狩ってたけど、魔物は初めてかも」

「うちの周りじゃそうそう出会さないしな。そうか、それでこんなになったのか」

荷台に横たわるルイサとグロリアの側で娘達が一息付いている。

「カズヤ君、あいつらがいないわよ」

カミラの言葉に顔を上げる。
カミラとソフィアが見つめる先、確かに先程までいたはずの黒衣の集団の姿が消えていた。

◇◇◇

「とりあえず村に入る?」

カミラの言葉に我に返る。またしても黒衣の者を取り逃してしまったという自責の念で呆然としてしまっていた。

「いや、この状況を説明するのも面倒だし、どこかで野宿しよう。野営地に心当たりは?」

「私もその方がいいと思う。すぐ外で戦闘があったのに様子を見にも来ないなんて異常だわ。野営地はすぐ探してみる」

「魔物の死骸は?このまま夜を迎えると少々不味いかもしれないです。もっともこの辺りの魔物が全部ここに居たのかも知れませんけど」

「俺とアイダで回収する。ソフィアとビビアナ、アリシアは二人を頼む」

「承知しましたわ。生きているのはいないと思いますが、お気をつけて」

「ああ。アイダ、行くぞ」

「はい。アリシア、ビビアナ。ルイサの事、任せるよ」

アイダが剣を抜き、俺の隣に立つ。

「そう気負うな。だが慎重に行こう」

アイダを伴い魔物の死骸を回収する。
モスカスとトロー、オーガにゴブリン。特にゴブリンは途中で数えるのを止めた。少なくとも50匹はいただろう。トローが身につけていた貴金属の類は思わぬ臨時収入になるはずだが、今はそんな事を喜ぶ気分ではなかった。

◇◇◇

ルイサ達の所に戻ると、野営地を探しに行っていたカミラがちょうど帰ってきた所だった。

「小川の少し上流側に小高い丘がある。そこなら見晴らしもいいし村を監視できる位置ね。水利も悪くない。この子達が回復するまでの間の拠点にはなる」

報告を聞いて二つ返事で移動を決めたのは、俺達の背後にある襲撃されたはずの村に拭い切れない不信感を覚えていたからだろう。兎に角一刻も早くこの場所を離れたい。そう思っていたのは俺だけではなかったらしい。
俺とアイダが離れている間に、ルイサとグロリアは血だらけになった服を着替えさせてもらったようだ。2人ともゆったりとした白いワンピースを着て、シェラフの上に寝かされている。
手分けしてルイサとグロリアを荷台に乗せ、カミラの先導で野営地に向かう。イザベルとソフィアが荷台に同乗し、アイダが殿を務める。俺とビビアナが馬車の側面に付き、アリシアが馬車をゆっくりと走らせる。
カミラが案内してくれたのは村からおよそ10分ほどの距離の場所であった。
日があるうちに野営の準備を終えなければ。

◇◇◇

その夜のことである。
昨夜見張り番を引き受けてくれたカミラとソフィア、未だ目を覚まさない2人に付き添うイザベルとビビアナをテントに入らせると、今夜の見張りは俺とアイダで務めることになった。アリシアも傍で眠っている。一日中手綱を握って疲れたのだろう。
俺とアイダも交代で寝る。
先にアイダがアリシアの隣で横になった。この2人、背格好も性格もまるで違うが、こうして見ると実の姉妹のようにも見える。
そういえばルイサとグロリアも見た目は正反対だが同じ服を着せるとどことなく姉妹のようにも思えるのが不思議だ。
木々の隙間から見える夜空には星が瞬き、風に乗って虫の鳴き声が聞こえる。昼間の血生臭さを風が洗い流していく。
あとはあの2人が回復すれば全て元どおりだ。結局姿を見せなかった村人の事など知ったことではない。

アイダの隣で寝ていたフェルがむくりと起き上がった。その直後、視界が漂白されたように真っ白になった。
後方から何か得体の知れない気配が圧力となって押し寄せる。
何か強烈な爆発か。
続くであろう衝撃波と熱波を恐れて、アイダとアリシアが寝ていた辺りに身を投げる。
だが光はすぐに弱まった。そして指向性を持って一方向から差し続けている。
テントの方だ。

恐る恐る振り返ると、確かに一条の光がルイサとグロリアが寝かされたテントの入り口から漏れ出ていた。LEDランタンの光ではない、もっと強い光だ。

「イザベル!ビビアナ!無事か!」

慌ててテントの入り口を開く。
そこには光輝く何かを抱き締めるイザベルとビビアナがいた。

「お兄ちゃん……ルイサが……ルイサが……」

イザベルが震える声を発する。

目が覚めたアイダとアリシアもテントの中に顔を出す。

「イザベルちゃん大丈夫!?」

「とりあえず外へ!動けるか!?」

2人の呼びかけに我に返ったらしいビビアナが先に動き出す。寝ているグロリアを引き摺りながらテントの外に這い出る。

「イザベル!ルイサを渡せ!」

光輝くそれがルイサと言うなら、後ろから抱き締めたままではイザベルは身動きできない。
光の中に手を差し入れる。熱は感じない。だがルイサの身体そのものが光っているようだ。
最初は嫌がったイザベルも、俺がルイサを抱き寄せると手を離した。そのままルイサを抱き寄せイザベルの手を引いてテントの外に出る。ルイサの身体は小柄ではあるが、その身体の重さをほとんど感じない。
異変に気付いたカミラとソフィアも起きてきていた。

「何ですのこの光は」

「わからない。だがさっきよりは弱くなっている」

俺の腕の中でルイサを包んでいた光は急速に弱まり、いや、収縮したと表現した方が正しいかもしれない。光はルイサの背中と足首の辺りに集まり始めている。
と、手に感じていた僅かばかりの重ささえ感じなくなる。ルイサの身体は間違いなくここにあるというのに。
フッとルイサが宙に浮いた。
昔見たアニメ映画の“空から降ってきた少女”を逆再生するかのように、ルイサの身体は宙に浮きゆっくりと登っていく。

「ルイサ!」

呆気に取られて見上げる皆の中で俺が最初に動けたのは、あの紺色の服を着たおさげの少女のおかげだろうか。
彼女の手に飛び付き引き下ろす。
仰向けの姿勢から正立した彼女の背中の光が強さを増す。
手を握ったまま思わず目を背けるが、今度こそ光が消えた。
ゆっくりと振り向いた先には……白い翼の天使がいた。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...