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163.イザベルとバルシャド①(7月19日)

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口喧嘩だけでは収まらず、イザベルとバルシャドが表に飛び出した。普段ならばイザベルを抑えるはずのアリシアやアイダも事態を静観している。それどころかビビアナはバルシャドを煽るような事を言う。

「相手の実力や戦力を推し測るのは当然。それすらできない者は魔物狩人カサドールになる資格などありません。バルシャド、無理せず負けを認めなさいな」

こんな調子である。
イザベル達3人娘は15歳、ビビアナは一つ上の16歳だ。バルシャドはビビアナの後輩でありイザベル達がタメ口を使うのだから、おそらく同い年なのだろう。
つまりバルシャドは“自分がどれだけ強いか知りた”いお年頃なのだ。

睨み合う2人をデッキの縁に腰掛けて眺める。
本日の主役であるはずのルイサはビビアナの案内で俺の右隣に座った。俺の左隣にはアイダが、その向こうにアリシアが座る。フェルは俺の足元に陣取った。
イザベルとバルシャドに近寄ったカミラが仲裁するのかと思いきや、どうやら審判役を買って出ただけらしい。

「これより一対一の決闘を行う。武器と魔法の使用は自由。降参させるか相手を行動不能にした方が勝ち。ただし治癒魔法では回復できないほどの傷を負わせてはならない。立会人はイネス カミラが務める。異論は?」

カミラが愛用の着剣した三八式歩兵銃を肩に担いで宣言する。
怪我をするのは仕方ないが殺してはならん。そういう事らしい。まあ学生同士の喧嘩なら妥当なところか。

「ありません」

「あら?ほんとにいいの?実力差ってやつを考えたほうがいいんじゃない?」

「なにを!」

イザベルが更に煽るが、一応クギを刺して置かねばなるまい。この小柄な銀髪の少女の腰のポーチにはM870ショットガンとヘカートⅡ対物狙撃銃が収納してある。一度彼女が本気になれば、短剣や弓矢を使わずとも押し寄せるゴブリン達を粉砕し1km先の岩をも砕くのだ。バルシャド リエラの実力が如何程のものかは知らないが、どう考えてもイザベルに分があり過ぎる。

「イザベル。エアガンは使用禁止だ。間違っても使うなよ」

「え~。まあいいか。どうせ勝つのは私だし。じゃあ、もう一振り使うか。アイダちゃん投げて」

俺の言葉に不満を漏らしつつも、さほどの反抗は見せない。最初からエアガンは使うつもりがなかったのか。自分の腰のポーチとホルスターを外してアイダに投げる。
受け取ったアイダは、替わりに自分の腰の短剣を鞘ごと放り投げた。短剣というよりも大型のナイフ、彼女達の言葉ではナーサと呼ばれる類のものだ。

「ふん。そんな短いナーサで何ができるか!勝ち抜き戦で勝ち知らずのお前に僕が負けるわけないだろう!」

「へ~んだ。あんな面倒な試合、誰が出るかっての!」

言い合いながらも2人は戦闘態勢に入った。
イザベルは右手に愛用の短剣を、左手にアイダのナイフをそれぞれ逆手に構え、バルシャドは短槍を正眼に構える。
だが2人は睨み合ったままジリジリと距離を取っていく。まずは魔法戦を行うつもりらしい。
そういえばイザベルが純粋に魔法のみで戦う姿は見たことがない。魔法と体術の組み合わせ或いは体術のみであれば負けることはないと思うが、果たしてこの距離でどう戦うつもりなのやら。

「アイダ。さっき彼が言った勝ち抜き戦って、前に言っていた競技大会のことか?」

「はい。養成所で年2回行われるトルネオのことです。年齢別に予選を行い、本戦は年齢関係なしに試合が行われます。ビビアナは5回連続で優勝しているはずです」

「6回目は出場できませんの。もう卒業してしまいましたから。アイダさんも何度か勝ち進んでおられましたわよね」

「剣士の部ではそれなりに。相手が魔法師や魔導師でなければ、まあ太刀打ちできるのですが」

「アリシアはどうだったんだ?」

「カズヤさんの意地悪。私が出場するわけないじゃないですか」

そうか。アリシアは今でこそ魔物狩人カサドールらしい働きができているが、俺に出会うまでは生活魔法が得意なだけの女の子だったな。

「ルイサ。いきなり悪いな。普段はみんなちゃんとしているから、安心してくれ」

「あ、はい。大丈夫です」

ルイサは青みがかった長めの前髪を撫で付けながら答える。その髪の奥にある瞳が心無しか踊っているように見える。これから始まる試合を心待ちにしているのか。
2人の距離が10mほどになったところで、カミラが担いでいた三八式歩兵銃を振り下ろした。始めの合図らしい。

「いくぞ!氷槍カランバノ!」

バルシャドの頭上で2mほどの氷の槍が生成される。ビビアナの得意技だが、ビビアナが生成するものより一回り小さい。

「いっけぇ!」

掛け声と共に射出された氷の槍がイザベルを襲う。
だが彼女はヒラリとその槍を躱した。着弾した氷が砕け、土埃と氷の破片が舞う。

「あんた馬鹿じゃないの。来るとわかってる物理攻撃なんて、当たらなきゃ意味ないのよ!」

そう叫んだイザベルが両の短剣で虚空を切る。
一瞬の後にバルシャドの両手から血飛沫が上がった。

「なんだ今の。アイダわかるか?」

「風魔法、Grava de viento です。こう、空気の塊を相手にぶつける魔法ですが、ああもまともに喰らうとは……」

「まったく…なってないですわね。私の真似をするのは勝手ですが、使う魔法の時と場合を選ぶべきです」

ビビアナにまでそう言われてはバルシャド リエラ君も立つ背がないと言うものだ。彼が少し可哀想に思えてきた。

「なんのこれくらい!まだまだだ!」

バルシャドはまたしても氷の槍を撃つつもりらしい。

「はぁ……無理ですわ。あの子の今の魔力量ではカランバノはせいぜい3回、もしかしたら2回しか撃てないはずです。私やカズヤさんなら、無数の槍を四方八方から撃ち込むこともできるでしょうが」

ビビアナの呟きを聞いたルイサが俺の顔を覗き込む。長い前髪が額に張り付いている。この地域の気候はカラッとはしているが、日当たりのいいデッキは暑いのだ。

「お兄さん……も氷魔法を使えるのですか?」

「ああ、ビビアナほど上手くはないが。ほら、手を出して」

差し出されたルイサの小さな手の平に、シャーベット状の氷を生成して乗せる。ふむ、蜜でも掛ければかき氷ぐらいは作れるかもしれない。

「カズヤさん!私も欲しいです!」

アイダの向こうからアリシアが身を乗り出してくる。
何やらスポーツ観戦でもしている程になっているが、それもこれもバルシャドの魔法発動に時間が掛かりすぎるのだ。こんな調子では実際の狩りでは役に立つまい。

「一撃必殺の魔法を放つ。それ自体は決して悪い方法ではありません。相手が人間だろうと魔物だろうとです。ですが一度躱された後の対応が不味すぎるのですわ。まだまだ修行が足りませんわね」

ビビアナの冷静な指摘がバルシャドに届く事はあるのだろうか。
そんな俺達に苛立ったか、バルシャドが一際大きな声を上げた。

「喰らえ!カランバノ!乱れ打ち!」

乱れ打ちと叫ぶだけの事はある。今度の氷の槍は“槍”というよりも“矢”に近いサイズではあるが、その代わり数が多い。その多数の氷の矢がイザベルの正面を襲った。

「だから!」

しかしその矢もイザベルの前では無力だった。彼女が短剣を振るうと、矢が全て上方に吹き飛んだのである。

「何をどうしようが、当たんなきゃ意味ないでしょ!」

「そんな……お前!何をした!」

「何って風魔法の初歩中の初歩、torbellinoよ。あんただって使えるでしょ」

トルベリーノ。突風とか旋風といった意味か。

「トルベリーノなんかで僕のカランバノが防げるもんか!」

文字通り地団駄を踏んで悔しがるバルシャドの前で、イザベルは悠然と腰に手を当ててふんぞり返る。もちろん短剣とナイフは逆手に持ったままだ。

「基礎的な魔法でも強度さえあれば上位の魔法を上回る威力が出せるのよ。あんたの魔法は私には通用しないの。わかった?監察生さん?」

効果音をつけるとすれば“ぐぬぬ”というやつだろうか。実際にバルシャドは怒っている。怒り狂う一歩手前ぐらいには怒っているように見える。

「ならば!」

バルシャドは短槍の石突を地面に突き刺し、俺達には聞き取れないぐらいの声で何かを呟きはじめた。
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