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159.神々の加護③(7月18日)

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「あらあら。カズヤ先生も面白いことを考えるわねえ」

校長先生が軽く笑う。
いつのまにか“カズヤ先生”と呼ばれているが、まあスルーしておこう。実際に教官として採用されているのは間違いない。そういえば給金ってもらったっけ……今度それとなく聞いてみるか。

養成所に着いてからすぐにビビアナは別行動を取った。彼女にも交友関係はあるのだし、アルカンダラの北エリアを案内するというビビアナの目的は果たされたのだから当然だ。
中庭を覗いてルイサの姿がない事を確認した俺は、その足で校長室に向かい思い付いた事を相談したのである。

「ご加護を得る条件……考えたこともなかったわ。ダナ、あなたはどうかしら?」

養成所の寮母ダナ アブレゴは40代半ばの小柄な女性である。校長先生とほぼ同世代の寮母さんは、校長先生の良き話し相手であり養成所全般の相談役のようだ。
そういえばダナはカミラ先生の事を“孫みたいなもの”と言っていた。だがどう見てもダナは40代半ばだ。実年齢と見た目に相当の乖離があるのだろうか。

そのダナは手にしていたカップを机にトンっと置き、テーブルの上で手を組んだ。

「そうですわねえ……生まれ持った以外の加護を受けた話はいろいろ聞きますが、どうしたら新たな加護を得られるかという研究事例はないように思います。もっとも自分がどんな加護を得ているかを、悪戯に他人に教えるものでもありませんからね」

たしか固有魔法についても詮索するのはマナー違反だったな。加護についても同じか。

「でも、よく知られた例はあります。治癒魔法が使えなかった女でも、子を産み母になると、ごく弱い治癒魔法が使えるようになったとか」

「そんな例なら他にもあるわ。迷子になった我が子をすぐに探し当てたとか、裁縫が急に上手くなったとか。そう考えると母親にまつわる内容ばかりね」

「そうね。そう考えると、やっぱり母って偉大よね。サラ、あなた子供はよかったの?」

「私?私に子供がいたら、その、ややこしいでしょ。それよりもあなたの方はどうなのよ。バルトロメと上手くやってる?」

なんだか文字どおり茶飲み話、というか井戸端会議的になってきた。ガールズトークと言うには少々年齢がな。というか、俺もいるのだが……

2人の話によれば、母親になると受けている加護が増えるか、あるいは変化することがあるらしい。
そういえば元の世界では「女性が母親になると脳の一部の領域、灰白質の大きさが変化する。シナプスの再接続をしているのかもしれない」という研究結果があったはずだ。仮に神々の加護が人体に直接作用しているのならば、出産という一大事を経て何らかの変化があってもおかしくはない。

「神々から授けられる力が加護だとすれば、例えばどこかの神殿に行って祈りを捧げるとかすれば、そこに奉られている神のご加護を受けられるのではないでしょうか?そんなに簡単なものではありませんか?」

俺の言葉にようやく俺がいる事を思い出してくれたらしい。
きまりの悪そうな顔をしながらお茶を啜った校長先生とダナは、しばらく沈黙を保った。

「そうねえ……でも、もしそうなら、神官達にもっと強力な加護が現れてもよさそうだけれど」

「もっとも神殿勤めの神官達と私達は、さほどの交流がありませんからね。もっと情報交換でもしていれば、あるいは何か分かるのかもしれませんが」

娘達の話を聞いていて不思議だったことがある。
ファンタジー物の冒険者パーティーといえば、剣士に槍使い、弓使いに魔法使いときて、回復役の聖職者か僧侶がいるのが常だ。
ところが娘達の話には聖職者が一切出てこないし、そういった人物が同じパーティーにいる姿も見かけない。
もちろん回復役というか治癒魔法の使い手としてはアリシアとビビアナがいるし、そう大怪我でもなければアイダやイザベルも自分で治してしまう。かすり傷程度なら薬草を塗ったり貼ったりしてお終いということも多い。
ファンタジーで聖職者が使う、いわゆる“神聖魔法”の代表例は浄化系統のものだろうが、アリシアの話では光魔法に分類されているらしい。治癒魔法と光魔法の使い手がいるなら、あえてパーティーに聖職者がいる必要がないということか。

「カズヤ先生。険しい顔をして、どうしたの?」

どうやら疑問が表情に出てしまっていたらしい。せっかくなので聞いてみよう。

「聖職者、神官さん達と魔物狩人カサドールは、同じパーティードを組んだりはしないのですか?彼らも魔法は使えるのでしょう?」

聞いた直後に少し後悔した。明らかに2人の表情が険しくなったのだ。

「カズヤ先生は神殿にご興味が?」

校長先生がテーブルの上で指を組み顎に当てる。
何やら地雷でも踏んだのだろうか。

「いいえ。神殿や聖職者の仕事には興味はありません。俺がいた世界の、俺の日常の宗教観は雑多なものでしたが、俺自身は信心深いほうではありませんでした。俺が興味があるのは、神々の加護が何故俺に強く与えられているのかということです。その理由がわかれば、あるいは俺がこの世界で何を為すべきなのかがわかるのではないかと」

「つまり、自分が何のためにこの世界に来たのかを知りたい。そのきっかけとして、神官の話が聞きたいということかしら?ダナはどう思う?」

「個人的な見解……というか何の確証もない話だけど、もしかしたら召喚魔法が使われたのではないかしら。その結果、彼が私達の元に現れた。それならば全部説明が付くのよね」

「召喚魔法ねえ……その可能性は私も考えたわ。でも召喚魔法は王家と王家に使える宮廷魔法師の秘儀よ。いったい誰が何のために召喚したというの?」

「それはわからないわ。でも彼はここではない別の世界の出身で、異常なほどの魔力を持ち、私達の知らない知識を持っている。歴史を振り返ってみれば、同じような人物を何人か挙げることができるのではなくって?」

「そうね。まずはマリア ピメンテルかしら。ピメンテル家は治癒魔法師の家系ではあったけれど、病いを防ぎ広まらないようにするための知識や習慣を広めたのは彼女よね。それにこの養成所の創立者、ディエゴ ヤクーモ師。彼もたぶん召喚者だったと思うわ」

ヤクーモ師。王立アルカンダラ魔物狩人カサドール養成所の初代所長にして、あのブレザー仕立ての制服の考案者。やはり転生者だったのか。

“コンコン”

校長室の重厚な扉がノックされた。
校長先生が返事する間もなく扉が開かれ、教官が1人飛び込んできた。

「校長!大変ですぞ!」

飛び込んできたのはモンロイ師。見事に頭頂部が光り輝く、魔法実技教官のダニエル モンロイである。

「どうしたのですか?騒々しいですね」

「モンロイが騒々しいのは昔からです。もう少し年齢相応の落ち着きを見せれば、学生達からも信頼を置かれるようになるはずなんですけど」

「寮母殿。そういった話は若いのの前では控えていただきたい。ではなくって!vampiroが現れましたぞ!」

モンロイの口から出た単語に聞き覚えがない。バンピロー?バンビーナとかバンビーノなら聞いたことがある。確かバンビーナは“女の子”、バンビーノは“男の子”。だが“子供が出た!”といって騒ぐこともあるまい。もしかして誰かの出産イベントを俺が聞き間違えているのだろうか。

「そうですか……それで養成所に依頼が?」

「いえ。それがアルテミサ神殿の神官が動くとのことです。ついては養成所に護衛の依頼があるそうでして……」

「狩猟の女神の神官が動くのであれば、わざわざ狩人が護衛に付くまでもないでしょう。そもそも正式な要請でもないのでしょう。放っておきなさい」

「それがですな。なんでも送り込まれる神官が曰く付きのようでして」

「誰なんです?」

「グロリア エンリケス。エンリケス家の娘です」

と言われても俺には誰のことだかさっぱりわからない。
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