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158.神々の加護②(7月18日)

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虹の加護を持っている幼い少女ルイサは、虹の神イリスの加護しか持ってはいない。
つまり怪我をしても治癒魔法は使えないし、魔物の気配を探るための風魔法も使えない。
この世界の日常生活で必要とされている生活魔法の類いも使えないはずだ。魔力がないわけではないから、魔道具は使えるのだろうか。
アイダやイザベルのように剣や短剣で戦えるというなら話は別だが、そうでなければ狩人として山野に出ることすら難しいだろう。

「なあビビアナ。ルイサはその事を?」

「もちろん知っていますわ。ですがあの子が、孤児であるあの子が自分の力で生きていくには“魔物狩人カサドールになるしかない”と思っているようですわね」

「どうしてそうなる。どこかの家に養子に入って、普通に暮らす事はできないのか?」

「そうですわねえ……そういう物好き……というか、道楽者に買われることはあるように聞いていますけど」

「物好き?買われる?どういう意味だ?」

俺の言葉に多少の怒気を感じたのかもしれない。
ビビアナがハッとした顔を見せた。

「いえ。孤児の行く末にもいろいろあるということですわ。狩人にならない孤児が必ずそうなるとは……」

慌てるビビアナの様子を見て、俺自身も反省するところがある。元の世界の、それも現代日本においてさえ、養子となった子に明るい未来があるとは限らない。そもそも両親が健在でも不幸になる子供がいるのは、ニュースやワイドショーで散々見てきたではないか。
とはいえ、自分の目の前で起きる不条理をそのまま受け入れられるほど、俺の神経は図太くはないらしい。

「なあビビアナ。神々の加護は後天的に得ることもある、そう言ったよな?」

「……ええ。申しましたわ。ですがどうしたらご加護を与えられるのか、その基準、というか手順のようなものはわかっていません。何かの試練を乗り越えれば与えられるという方おりますし、全くの気紛れや偶然だと主張される者もおります」

「だが実際に加護を得た、つまり今まで使えなかった系統の魔法を使えるようになった例はあるのだろう?」

「それは……あります。水魔法と火魔法しか使えなかった者が、突然治癒魔法を使えるようになった例などは……」

「だとすれば、そういった人達の例から、後天的に加護を得る方法の目星が付くのではないか?」

「そう……ですわね……ですが、それは神様を試すことに他なりませんわ」

そうとだけ言って、ビビアナが口を閉ざした。
これ以上この話を追求するのは避けよう。事は彼女の信仰に関わる部分なのだ。
つい日本にいると雑多な宗教観に染められてしまう。初詣に行き、雛祭りや端午の節句を祝い、夏祭りや秋祭りを催し、クリスマスを祝う。そもそも初詣でお寺に行くこともあれば神社にも行く。大きな寺ともなれば、敷地の一部にお社があるのも珍しくない。
それでも神々への信仰が生活の一部になっているかと問われれば、胸を張って答えられる人はそう多くはないように思う。
しかしこの世界の、少なくともビビアナにとっては神々への信仰は生活の一部であり、物の考え方のベースとなっているのだ。そういった意味では、彼女の意識は他の娘達と違って巫女や神職に近い存在なのかもしれない。

無言のまま歩き続ける2人の間を、ゆったりとした風が吹き抜ける。
森の木々の隙間から、アルカンダラの街の外壁が見えた。

「カズヤさん!ご案内いたしますわ!」

ビビアナが駆け出した。

◇◇◇

さて、アルカンダラは直径が2キロメートルほどの城郭都市であり、東西南北にそれぞれ門がある。俺達がログハウスとの往復で通るのは市街地を擁する南門、養成所は東門をその敷地で囲むように建てられている。自ずと南から東のエリアは雑多な店や住居が連なる場所となっており、南門には衛兵が詰めてはいるものの、特にセキュリティはない。俺達が普段買い物をするのはこのエリアだ。
一方で街の北側はもう一重の石壁に囲まれ、市街地側にある内門と北門には厳重なセキュリティが敷かれている。この内側は所謂高貴な方々、例えばアルカンダラ領主や領主に連なる貴族が住み、高級品を扱う店が入っている。俺のような庶民には縁遠い場所だ。
ちなみにアンダルクス川に面した西門側には労働者階級が多く暮らすらしい。そして西門の外には貧民街があるようだが、俺はまだ足を踏み入れた事はない。

ビビアナは南門から中心部を通り過ぎて、北のエリアへと向かった。セキュリティの厳しい内門も顔パスである。
彼女は自分の実家については語ろうとはしないが、どうやら“いいところのお嬢様”だったのは間違いないだろう。もしかしたら有力な貴族の娘だったのかもしれないし、少なくとも実家は内門の更に内側にあるのだろう。

ビビアナが事前に宣言していたとおり、彼女が案内してくれた北エリアの家々はどれも大きく、店はどれも高級な品を扱う店ばかりだった。

ちょっとイメージしてほしい。
黄金色にライトアップされた煌びやかな店構え。入口に立つ2人のドアマンは武器こそ携行してはいないが、鍛え上げられた肉体を丁寧な縫製のスーツに押し込み、鋭い視線を周囲に投げかけている。
そんな店にビビアナは堂々と入って行くのだ。

そんな育ちの良いお嬢様が、名のある狩人として大金を稼いでいるのだ。さぞかし高級店で豪遊するのかと思いきや……

「カズヤさん!こっちの生地とこっちの生地だと、どっちが似合うと思いますか!?」

ビビアナが両手に持っているのは、両方とも生地見本である。どうやら彼女は、値の張る仕立て屋や装飾品を扱う店でひと通りデザインを見てから、自分で服を作るつもりのようだ。
思えば自分の活動服も縫っていたし、三八式歩兵銃を装備するようになったカミラ先生の服も仕立てていた。俺がもう着ない服を自分達のサイズに作り直したのも彼女である。
高級店に来てその振る舞いは冷や汗ものであるが、ビビアナも応対している店主らしき男も平然としている。この世界では普通なのか、あるいはビビアナが常連で“いつものこと”なのか。

「そうだな。ビビアナは色白だから、暖色系のほうが似合んじゃないか?」

俺が指さしたのは、オレンジ色がかった麻の生地だ。

「やっぱりそう思いますか!?じゃあこっちにします!おじ様、包んでくださる?」

「かしこまりました。ですがお嬢様、たまにはお召し物を当店で仕立てさせていただきたいものですな」

ビビアナに“おじ様”と呼ばれた、白い髭を蓄えた初老の男性はやはり店主のようだ。

「だって私が仕立てたほうがピッタリなんですもの。お小言はミナーヴァ様に仰ってくださいな」

「そんな滅相もない。街の守り神でも有らせられるミナーヴァ様に向かって、いやそんなそんな」

ミナーヴァという神の名が出てきた。確か錬成魔法を司る神のはずだが、ビビアナの裁縫は錬成によるものではない事は、目の前で服を仕立てる様を見ているから知っている。それならば何故にミナーヴァ、知恵と工芸の神の名が出てくるのだ。

◇◇◇

店を出て東エリアへと向かう。時折ビビアナと同じ養成所の制服を来た若者の姿を見かけるから、いわゆる放課後の時間になったのだろう。
道すがら、さっき感じた疑問をビビアナにぶつけてみた。

「あら。私の錬成魔法は、服を作れるほどには上手ではありませんことよ。だから針と糸でチクチク縫っているのですわ。カズヤさんもご存知でしょう?」

「ああ。ビビアナが裁縫が得意なのは知っている。だが錬成ではないのなら、どうしてさっき神様の名前が出てきたんだ?」

ビビアナが“何が疑問なんだろう”とでも言わんばかりに小首を傾げる。

「確かに私はミナーヴァ様のご加護も頂いております。なので錬成魔法も使えますが……錬成魔法を極める事ができるほどの強さのご加護はいただけてはおりませんの。そりゃあカズヤさんみたいに?もっと強いご加護があれば、素材さえあれば何でも作れるのかもしれませんが……」

「加護の強さによって、鍛えるかどうか決めているのか?アイダやイザベルは火魔法や風魔法の練習をしているが、そもそも加護の強さによって魔法の強さが決まるのなら、その努力は無駄なのか?」

「そんなことはありませんわ。えっと……例えが難しいのですけど、魔力量をワインだとすると、ご加護の強さは器の大きさ、魔法の強さはその器に注ぐワインの質といったところですわね。アイダ様やイザベルさん、養成所の皆が鍛錬に励んでいるのは、自身の内にある器に見合う量のワインを得て、その質を高めるためですわ」

「つまり、器の大きさまでは魔力量を増やすことができるし、どんな強さの魔法が使えるかは努力次第ということか?」

「まあざっくり言うとそうですわね」

「魔法を使わずに物作りをする人達は大勢いるよな。土魔法なしでも石壁を作り建物を建てる。きっとそういう職人達は幼い頃から修行して手に職を付けるのだろう。そういった行為について、神々の加護はどのように働くんだ?」

「またそういう不敬なことを……もちろん、ご加護が強いほうが上手に作れますわ。ん……正確には上達が早いと言うべきでしょうか。私だって最初から服を縫えたわけではありませんし、革細工ならアリシアさんのほうがよっぽどお上手ですわよ」

わかった。
神々の加護とは、ファンタジー世界では定番のスキルあるいはスキル上達チートなのだ。
先ほどのビビアナの例え話をそのまま解釈するならば、器の大きさは生まれながらに決まってしまうかもしれない。だが器に注ぐ飲み物の種類と質は、後天的に選べるのではないだろうか。
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